第54話
赤黒い皮膚を粘膜のようなものでてらつかせながらこちらへ接近してくる怪物の前に立ちはだかったアランとアハトを確認した後、 先にナイフをじいちゃん達の近くまで投擲し、 モノとキアラを両手で抱えて移動する。
「じいちゃん! 2人を頼んだ! 」
2人を抱えてじいちゃん達の元へ預けた後、 俺は再び戻ろうとした時、 キアラが俺の手を咄嗟に掴んできた。
「ゼ、 ゼン…君…わ、 私……も」
言いたいことは分かっている。
本当に俺の力になりたい、 助けられるばかりは嫌だ。
そう思っているのだろうが、 今回の件で助けられたのは俺の方だ。 まさかここまで大人数で、 しかも聖騎士団長を連れてきてまで助けに来てくれたのだから…。
俺はゆっくりと掴んできた手を外していき、 キアラの頭をポンポンと撫でる。
「ありがとう、 今度は俺がみんなを助けなきゃいけないな…。 じいちゃん、 ばあちゃん…2人を連れて離れていてくれ。 正直何が起きるか分からないし、 流れ弾が飛んでこないように2人を守ってくれると助かるよ」
俺のお願いに、 じいちゃん達は強く首を縦に振ってくれた。
「…ならばわしらは1度グロリアに戻り、 この事を王に伝えてこよう。 可能な限りの援軍を寄越すようにも伝えてくる。 そして坊主…死ぬなよ」
筋骨隆々のスキンヘッドのおっさんは俺にそう言い残し、 他の聖騎士団長を連れて颯爽と国に帰還していった。
「……死ぬでないぞ、 ゼンよ」
「あぁ、 じゃあ…行ってくる!」
「────まてまて、 主…わしを忘れておらんか?」
その声は、 上からふわりと見下ろして来ていた二ルヴだった。
…正直忘れていた。
「ま、 まさか…これから声をかけようとしていた所だ。 といっても、 あんなやつ見た事も聞いた事もないから、 どうなるか分からないからな。 危険な橋なのは目に見えてる…それでも、 協力してくれるのか?」
俺の問に、 二ルヴは鼻息を一層荒くしながら答えた。
「無論じゃな!」
鋭利な牙を覗かせながらもにこやかに笑う二ルヴはとても頼もしかった。 実際竜の血のお陰で一時的ではあるものの身体能力の向上は凄まじいものだ。 しかしそれは言ってみれば借り物であり、 本体の身体能力は洞窟内で経験している。
俺はすぐにナイフにより瞬間移動でアランとアハトの元まで移動すると、 2人は何とか怪物の攻撃を去なしており、 しかし反撃の余地はない…といった状況だった。
「遅くなった! 二ルヴを含めて4人なら…何とかなりそうか?」
「どうだろうねぇ? とりあえず、 少し戦闘してみて分かった事がいくつかあるよ」
アハトが分析したことは、 まず、 本来のスキルであった『支配』は一切使えない事。 それは恐らくイギル自身の自我は完全に失われたことによるものだろう。攻撃の仕方も、 言ってしまえば単調なものではある。 全身の刃を用いて攻撃してきたりはするものの、 巧妙なことはしてこない。
そして次に、 戦闘能力の異常な高さだ。 攻撃は単調なものの、 その一撃一撃の威力は直撃してしまえば即死に繋がりかねない。 触れた地面は抉れており、 その威力が伺える。
更に、 過剰なまでの魔力感知能力。 一瞬の隙をみてスキルを使おうとすると、 それに反応して攻撃を仕掛けてくる。 故に反撃の余地がない。
「本当に怪物だな…防御にアハトとアラン、 攻撃に俺と二ルヴでどうにかするしかない…か」
そして、 俺たちは2手に分かれて攻撃と防御のツーマンセルでの戦闘態勢を整えることにした。
二ルヴとアラン、 俺とアハトで組み、 左右からの攻撃を試みる。
左右からの魔力反応に、 怪物は両方を常に警戒しておかなければいけなくなる。 そうすれば必ず生まれる隙を逃さずに一気に畳み掛ける。
先に攻撃を仕掛けたのは二ルヴだった。 二ルヴの場合はスキルとは違うが、 攻撃手段に魔力を使用するのは変わらないようで、 案の定怪物は二ルヴとアランの方へと攻撃を仕掛けた。 アランは常に魔力を消費しながら、 アイギスの耐久力を回復させながら二ルヴへの攻撃を防いでいる。 俺がモノとキアラを運んでいた時間もあり、 相当魔力を消費しているだろう…。
あまり時間を掛けすぎると先にこちらの魔力切れが関の山。
「今のうちに俺達も攻撃するぞ! 俺は何とか攻撃を回避するから、 この瞬間はアハトも攻撃に徹してくれ!」
「任せてよ♪」
アハトがパチンと指を鳴らすと、 今まで張っていた特殊な魔力障壁が消滅した。
「これで止められるとは思ってないが…『幻影捕縛陣』!」
怪物の影を利用し、 そこから拘束を試みる。 地面から伸びる影は怪物の四肢を拘束し、 一時的ではあるが拘束することに成功した。
「今だ!!」
俺の合図に二ルヴは生成した炎の玉を投げつけ、 アハトは魔力の篭った8本のナイフを同時に投擲し、 俺は大魔導師スキル『絶凍』で極大の氷の結晶を投擲させた。怪物に被弾した瞬間、 突如爆発が巻き起こった。
「っ!? な、 なんだ!?」
アランは二ルヴに掴まれて空中へと回避し、 既の所で爆発に巻き込まれずに済んだ。
「水蒸気爆発…だね、 水が非常に温度の高い物質と接触した瞬間、 気化されて発生する爆発の事だよ。 君の氷と竜の子の炎の玉が接触した影響だよ。 あれは…ひとたまりも無いだろうね」
イマイチ原理はよく分からないが、 爆風からしても爆裂系のスキル程の威力くらいはあったはずだ。 そんなものを攻撃の直後に防御無しで食らっているなら、 ただでは済まないだろう…。
二ルヴに襟首を掴まれ、 アランは情けなくも手足をブラつかせながらも俺達の所まで移動してきた。
「やった…と、 思うかい?」
アハトはまじかで見た2人に、 答えによってはあまり聞きたくはない質問をする。 しかし、 アランの顔には冷や汗のような物が見える。
「倒した…と言いたいのは山々なんだけどね…あの怪物は、 攻撃を受ける紙一重で魔力障壁のようなもので全身を覆っていたように見えたんだ」
「まじかよ、 そんな知能はないとばかり思っていたんだけどな…」
アランの言葉通り、 砂埃が散ってゆく最中、 その中心にはしっかりと立っている影が見受けられた。 円形に纏う障壁ではなく、 鎧の如くに着込むように障壁を巡らせていた。
「あいつ…一体なんなんだ?」
「団長…いや、 彼が解放させたものは、 恐らく『MOTHER』の指…でしょうね」
…MOTHERの指?
「MOTHERってのは、 たしか封印されている…んだろ? しかもその指を解放ってのは…どういう意味だ?」
「彼が元々MOTHERを復活させようと計画したのは、 その指の存在を見つけたからなんだよね」
アハトは、 本人から聞いたのか、 今回の復活騒動へと陥ったそもそもの根源について語った。
どうやら、 イギルは幼少期の頃に親に売られてしまい、 そこから逃亡しながら復讐を果たすために沢山の調べ物をいてしたのだとか。
そこで耳に挟んだのが、 『MOTHER』と呼ばれる怪物の存在を知ってしまった。 それからというもの、 イギルは『MOTHER』についての書物を漁り、 遂に自分の職業が『律者』と呼ばれる職業だということを知った。
そして、 その書物に書かれていたのが────『指』と呼ばれる10体の魔物の存在。 MOTHERが封印される前に、 自分の指を触媒に創り出した破壊のみを目的とした生物。 MOTHERの封印後に、 その指も討伐することに成功したのだが、 何をやっても触媒とされたMOTHERの指を消滅させることは出来ずに、 指は10箇所バラバラに散らされて封印されたら…と。
「その指を…彼はとうとう見つけ出していたんだよ」
頭に手を置いて『支配』したのは、 その指を…というわけか。
指の怪物はこちらを警戒しているのか、 口から唾液を滴らせながら喉の奥から唸っているような音が聞こえてくる。 無傷とはいえ、 流石に先程の爆発は効いている…といっていいだろう。
「それで、 昔はその指を倒すのにどれくらいの戦力で挑んだんだ?」
「昔の戦力と今の戦力では、 差を感じるんだけどねぇ、 昔はあれ1体に────500人の騎士を導入したらしいよ♪」
ふむ。
昔の騎士の実力は、 発展した現代の1/10と言われているようだが、 それに基づいて計算したとしても、 聖騎士50人で戦う相手に俺達はは4人…か。
そんな事を考えていた時。
「っ!? くるよ、 ゼン君!!」
アランの声にはっと指の怪物を見ると、 全身に纏うように張っていた障壁を、 両脚のみに変形させている所だった。
「あんな芸当…出来るようなやつだったか?」
先程までの単調な攻撃をしていた相手とは思えない程の精巧な魔力操作を行っている。 最悪な考えが思い浮かんでしまっているが、 口に出さない方が良さそうだ。
「彼奴、 戦闘をする中で成長しておるのか?」
なんで言うんだよ。
心の中で二ルヴにツッコミつつ、 そんな悠長なことはしていられない状況であると同時に、 もし本当にそうならば…長丁場は負けが確定していまうだろう。
手を抜いている訳でもないが…あまり出し惜しみをしている余裕もない。
その時。
すぐ隣で何かが砕ける音が聞こえてきた。
「……は?」
無意識的に音のした方へ目線が動くと、 そこにはアイギスを正面から破壊し、 アランへと打撃を繰り出していた指の怪物がそこにはいた。
俺は指の怪物の追撃を阻止すべく、 すぐに天眼を使用し、 指の怪物の脇腹に目掛けて『アイシクル』を発動させるも、 天眼を使用している俺の攻撃を魔力察知だけで回避された。
しかし、 そのおかげで指の怪物は俺達からも距離を取る形になったので、 目的自体は達成されている。 今はひとまずアランの救護が最優先だ。
急な打撃を受けたアランは、 上手く呼吸が出来ていない状態だった。
『勇者スキル:不屈の心 を獲得しました。』
不意に獲得したスキルは、 アランの持つ固有スキルなのだろう。 恐らくこのスキルのおおかげでアランは一命を取り留めているようだ。
「俺が回復に専念している間…2人でなんとか持ちこたえられるか?」
俺はすぐにアランへ『僧侶スキル:治癒』を使用しながら2人に託すが…その2人からの返答はなかった。
その意味を俺はすぐに理解した。
背後から伝わる殺気。
溢れ出る醜悪な魔力。
それらからは一切の慈悲を感じない。
「…くっ…もう、 大丈夫だよ…ゼン君。 ありがとう」
何とか急場は凌げたようだ。
今だ万全とは言えないまでも、 アランも先程よりも安定して呼吸も出来ている。
「悪いな、 本当はしっかりと治してやりたいけど…どうもあいつは許してくれなさそうだ」
「あとは、 自分でなんとかやってみるよ…」
残りの治癒は本人に任せ、 俺は殺気の主を見据える。
先程よりも少し形態が変わっており、 両脚の部分がより強靭になっていた。 アランへ攻撃した超速移動はその形態変化が生み出した速度だったのだろう。
指の怪物はゆっくりと浮遊するように上に移動し始めた──────が…何かおかしい。
「二ルヴ…あれ…」
「間違いなく彼奴本人ではないな」
そう。 浮遊している本人は、 俺らからみても理解出来ていないような素振りを見せていた。
「ということは…アハトが?」
「いやいや、 僕じゃあないよ? 」
そう否定するアハトだが…その様子から何か安堵しているような様子にも見えた。
その瞬間、 急に空に雲が立ち込め初め、 その雲を割って何かが降りてきた。
ゆっくりと降りてくるその何かは、 指の怪物の前まで来てピタリと止まった。
そこまで遠い訳でもないにも関わらず、 それが何か認識出来ない。 ぼやけて見えるし、 俺の目がそれが何かというのを認識するのを拒んでいる…と言ってしまった方が1番しっくり来てしまう。
『■■■■■■■■■■■■■■■…■■■』
何かが聞き取れない言語を発した直後────────この世のものとは思えないような奇怪な悲鳴を上げながら、 指の怪物は血肉を撒き散らして霧散した。




