第53話
天眼を使用した俺の思考速度は大幅に上昇し、 相手の行動が極度に遅く見る事が出来る。 そのお陰でイギルが土製の剣を追加で生成し、 合計6本になった剣で攻撃しようとする前にこちらから攻撃を仕掛ける事が可能となった。
「この剣、 有難く使わせてもらうよ」
武器がナイフだけというのは心もとないので、 生成された剣を手に取り、 他の剣を破壊させてもらう。 その際に気付いたが、 この剣にもハオの武器と同じ性能があるはずなのだが、 俺には空間を歪めるような事は出来ず、 通常の剣となんら変わらない性能しか引き出すことが出来なかった。
「やっぱり、 ハオの職業があってこその剣の性能だったのかもしれないな…そして、 その職業を手に入れる為に…」
『支配』というのはそういう意味だったのだろう。
他の剣を全て破壊した俺は、 そのままイギルの腹部へとその剣の切っ先を突き立てた。剣が確実に貫通した後、 すぐに天眼を解除させるとイギルは途端に吐血した。
「──っがは!?」
「だんちょう!!?」
クレアは咄嗟にイギルの状態に声を出すも、 『支配』の影響でこちらに来ることは出来ていなかった。
「流石に…目で追えないね…」
吐血する自分の血を手で受け止めるも、 それでは受け止められる程度の吐血量ではなく、 その血は地面を濡らし続けていた。
「これでお前の計画も終わりだ」
「ふふ…ふ、 そうだね。 こんな…状態じゃどうする事も出来ないよ…だから────っぐぅぅあ!」
そう言いながら、 イギルは自分の腹部を貫通している剣を握り、 身体から無理やり引き抜こうと試みる。 俺はその気迫に驚き、 思わず柄から手を離してしまった。 イギルは掴んだ手が刀身によって切りつけられながらも、 徐々に剣を身体から引き抜いていく。 剣が引き抜かれていくほど、 その傷口からは更に鮮血が溢れ出ていたが、 それでもイギルは無理矢理にでも引き抜いた。
「ごほっ……君には、 僕と一緒に新世界を…見ていたかったよ…」
「俺はそんなものに興味はない。 俺を育ててくれたじいちゃんとばあちゃん…それに、 俺の事を知っても今までと変わらないように接してくれる皆と、 くだらない事で笑ったり、 くだらない事で喧嘩したり…それで満足なんだ」
引き抜いた剣の形を保つ力さえ残っていないのか、 持っていた剣はボロボロと崩れて本来の土へと形を戻していた。
そして、 イギルはよろよろと体勢を整えることすら出来ないまま、 その右手で自分の顔を覆い隠す。
「せめて、 最後まで諦めずにいかせて…もらうよ────『支配』」
その瞬間、 イギルの足元から禍々しい黒い魔力が大量に溢れ出し、 その魔力で全身を丸く覆い始めた。
「な…なんだ、 これ…」
俺は、 イギルの作り出したこの状況に追い付けずにいると、 突如目の前の球体から槍の如く速さで、 魔力で出来た結晶のようなものを突き出して攻撃してきた。
「ッ!?」
急な攻撃と回りきらない思考のせいもあり、 回避するのは不可能だった。 俺は不意に目を瞑ってしまうも、 その攻撃が俺を捉える事はなかった。
「大丈夫かい! ゼン君!」
その声に反応して目を開けると、 アランが『アイギス』を顕現させて俺の身を守っていた。 何とか防いでいるが、 結晶の力に少しずつ足が下がっており、 押し負けつつあるようだ。
「…すぐ、 治す…」
俺の元へ駆けつけてくれたのはアランだけではなく、 モノとキアラもすぐに駆けつけ、 治癒スキルで俺の傷を治してくれていた。
その間にも、 黒い球体のような物から何とか防いでいるアランは、 視線を球体から外さずに俺に声をかける。
「彼は一体何をしたんだ…このままではいずれアイギスも破壊されてしまう。 その前に一旦ここから離れよう」
モノのおかげで傷も殆ど治り、 俺は次の算段を考える。
今なら全員離れる事が出来るかもしれないが、 それはアランが結晶からの攻撃を防いでくれているからだ。 そうなればアランだけ置いて逃げてしまう事となる…。 ならば一旦モノとキアラだけでも…いや、 結局アランはここに残ったままだ。 根本の解決にはなっていない。
一体どうするのが最前なんだ…。
「僕も、 手を貸そうか?」
俺が頭を抱えていた時、 急に後ろに現れたのは────アハトだった。
アハトは後ろに手を組み、 ニコニコとしながら平然とそこに立っていた。 音も気配も立てずに現れたアハトに、 キアラはすぐに拳を構えて警戒する。
「そんなに警戒しないでおくれよ〜。 先に言っておかないといけない事があるけど…僕が相手した君たちの団長達は皆無事だよ。 僕のスキルで国に帰してるから♪」
「…そんな、 ことする…意味が、 ない…」
実際の戦闘を見ていない俺は話の発端が分からないが…要するに、 アハトが戦闘していたグロリア王国の聖騎士団長は敗北した。 しかし、 アハトは全員国に送り返している…ということか。
確かに目的が分からない。
が、 今はそんな事を問い詰めている暇は無いかもしれない。
「ゼン君! アイギスが破損仕掛けているみたいだ…どうする! 正直僕はその男を信用してはいない。 団長達が殺される瞬間を見たのも…間違いない…でも……」
アランが言わんとする事は分かっている。
じいちゃんとばあちゃんならどうにかしてくれるかもしれないが、 動かない所を見ると、 『支配』の影響で動けないクレアが何かしているに違いない。 ふと視線を2人にやって見ると、 案の定2人は首を横に振っていた。
そうなれば、 現状頼ることの出来る人物は…不服ながらこの男、 アハトに限られてくる。
そして、 アハト本人もそれを分かっていてのこのタイミングだろう。
「お前はモノと俺を攻撃した。 俺も正直お前を信用出来ないし、 最も意図が分からない。 でも、 お前ならこれをどうにか出来るんだな?」
アハトは、 それを待ってましたと言わんばかりにニヤリと不気味に口角を上げる。
「もちろん、 任せておきなさい。 人間に出来ない事は大抵出来るのがこの僕さ♪」
アハトはそう言って、 結晶から守っている盾の横から────平然と歩き出した。
「…っ馬鹿!!」
俺は咄嗟に引き戻そうと手を伸ばすが、 それを引き止めたのはキアラだった。
「あの人の周り、 魔力障壁が貼ってあります…今ゼン君が手を伸ばしたら、 ゼン君が危なかったかもしれないです」
そう言われ、 俺はアハトへと目を向けると、 近付いてきたアハトに反応して結晶が攻撃のベクトルをアハトへと変更し、 凄まじい速度の攻撃を仕掛けてくる。
…が、 その結晶の攻撃は、 アハトを目の前にして真上へと的を外していく。
「なんだ、 あれ? 攻撃が全て逸れていく…」
「…ただの、 魔力障壁じゃ…ない…」
俺とモノは訳も分からずただただ攻撃が逸れていく現状を見届けていた。
「恐らく、 絶えず魔力を障壁に注ぎ込む事で障壁の表面に魔力の流れを作っているんだと思います…」
しかし、 たったそれだけであんな芸当が出来てしまうものなのか? それくらいなら誰か試しても良さそうなものだが…。
その時、 ピタリと結晶の攻撃が止み、 魔力の球体の表面にヒビのようなものが入った。
「やったか、 アハト…」
俺は安堵の息を漏らすも、 それはすぐに安直だったと思い知らされてしまった。
「いや、 あれは僕じゃない……どうやら間に合わなかったみたいだね」
魔力の球体のヒビは徐々に広がり始め、 やがてそれは全体まで広がりきってしまった。
「な、 何が起きてしまうんだ…」
アイギスを持つアランの手はカタカタと音を出してしまう程に震えており、 モノやキアラも同様に怯えた表情のまま足の力が抜けてしまい、 座り込んでしまっていた。
ヒビが全体に到達した直後、 『パキッ』という…まるで卵が割れたかのような音を発した後、 魔力の球体は崩れ落ちた。
そして、 その中心にはヌメヌメとした光沢を纏った赤黒い怪物が膝を抱き抱えるようにして鎮座していた。 頭部は丸みを帯びていて、 全身を細やかな蛇の鱗のようなものに身を包んでおり、 腰の辺りからは尾を生やしていた。 更に全身の至る所からは鋭利な皮膚と同じ赤黒い刃が姿を見せていた。
怪物はこちらを認識したのか、 ゆっくりと立ち上がった。 垂れ流されている魔力からは殺意しか感じない…。
「皆、 僕の後ろから動かないで下さいね…」
アランは壊れかけていたアイギスに魔力を通し、 破損している箇所を修復していた。 その上からモノは魔力障壁を何重にも重ねがけし、 アイギスの耐久度を底上げしていく。
その時、 怪物に向けて黒い何かが飛んでいき、 頭部へと直撃した。 不意の攻撃にも少しも揺らぐ事すらなくその攻撃の発生地へと首を動かす。 その攻撃はクレアのスキルだった。
見たところ瞳のようなものは見当たらないが、 的確にクレアの方を見ている辺り、 恐らく頭部辺りから魔力を感知しているのかもしれない。
「だんちょうを…イギルを返して!!」
『支配』によって動きを封じられていたはずのクレアは次々と影の騎士を召喚させ、 怪物に攻撃を仕掛ける。 つまり、 今の怪物はイギルではなく、 『支配者』としてのスキルは消えてしまっているということだろう…。
数体の影の騎士は怪物に向けて剣を振るが、 その攻撃を受けてもやはり微動だにしていない。 というか、 ダメージすら受けている様子はなかった。
反撃…というより、 鬱陶しさから影の騎士に向けて尾を振ると、 数体の影の騎士はあっという間に消滅してしまっていた。
「ま、 まだ────んぐっ!?」
再び影の騎士を召喚しようとした刹那、 クレアは急接近した怪物に首を握られ、 その身体を持ち上げられる。
「……が……あぐ……イ、ギ…ル」
「やめろ!! 」
俺の声に反応した怪物は、 こちらを振り向くと、 鋭い歯を見せながらニタァ、 と笑う。
そして、 鈍い音が俺の耳に流れ込んできた。
「う…そ、 し、 死んじゃったの…?」
キアラは自分が襲われた時よりも目に涙を浮かべて俺の背中の服を掴んでガタガタと震えていた。 モノでさえ下を向き、 涙を堪えているようだった。
「…お前なら、 あれをどうにか出来るか?」
「あれはいくらなんでも無理でしょ…まさか、 隠し玉を持っていたなんてね…」
先程まで余裕ぶっていたアハトは、 頬を伝う冷や汗を感じながら俺の質問に否定を返した。
「一瞬、 時間が稼げれば俺がモノとキアラをじいちゃん達に預ける。 クレアの足止めが消えたなら、 今ならじいちゃん達も逃げられるはずだ」
「つまり、 君は僕とこの勇者の少年の、 たった3人であいつを倒せると?」
無謀でしょ、 とアハトは呟くが、 その顔は笑っていた。
「さて…やるぞ────────今だ!」
俺が合図を発した瞬間、 待ちわびたかのように怪物もこちらへ駆け出していた。




