第52話
「──────まだ諦めるには早かろうて」
その声は、 俺のすぐ耳元で聞こえた。
はっとした俺は目を見開くと、 宙を舞って…いや、 浮いていた。
お姫様だっこで。
「うわっはっは! わしと契約しておいて、 力を使わぬとは驚いたものじゃ」
勿論俺をお姫様だっこで救出し、 宙に浮く人物は 二ルヴだった。
「契約しておる以上、 お主が死ぬとわしも死ぬ。 無粋じゃがちゃちゃを入れさせてもらったぞ?」
契約の内容をよく知らない俺は、 とりあえずその契約のお陰で助かった事を安堵した。
「いや、 無粋なんかじゃなく…正直助かった。 ありがとう」
俺のお礼に、 二ルヴはシニカルに笑みを浮かべて尻尾を大きく振っていた。
「ところで、 契約しておいて、 力を使わないってのはどういうことだ?」
さらりとは流せないような二ルヴの台詞に食いつく俺に、 二ルヴはさらに口角を上げて答える。
「契約した相手に力を分け与える事が出来る、 竜族の強化方法があるのじゃ」
「そんなものがあるのか…だったら、 やってくれ!」
しかし、 提案した本人は何かを考えるような表情になり、 「んん〜…」と唸っている。
「どうした?」
「いやのぉ、 やり方も知っておるのじゃが、 それには────おぉっ! いい方法があるぞ! お主、 目を瞑っておれ」
「…? いい、 けど」
俺は素直に二ルヴの指示に従い、 目を瞑った。
「初めからこうすればよかったのじゃなぁ…どれどれ。 えい」
むちゅ。
「ッ!?」
じゅるじゅるじゅる。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!?」
ちゅぽん。
と、 何かに吸いつかれた後のような少し瑞々《みずみず》しい音が聞こえた。
「何やってんだよ!!」
「接吻じゃ」
「何を巫山戯て──あれ?」
しかし、 何故か俺は身体の中心辺りから謎の力が全身を覆うように巡っている事に気が付いた。
「竜の血を相手に飲ませる、 これが条件なのじゃ」
なるほど、 今は俺をお姫様だっこしているので、 先程のように指先から血を摂取させることが出来ない…。 だからか。
「この際気にしたってしょうが無いか、 ありがとな…二ルヴ。 行ってくるよ」
「ささっと倒してわしにぷりんを食べさせい!」
そういって二ルヴは俺を抱えていた手を離した。 急降下する俺は、 不思議と風が心地よく感じた。 普通なら急に落とされでもしたら恐怖のあまり叫び出すだろうに…。
俺はそのまま影の兵士達が囲んでいる中心へと落下した。 爆弾でも落とされたかのような衝撃が周囲に広がり、 土埃が辺り一面に立ち込める。
「…生きていたみたいだね」
「…けほっ、 けほっ…だ、 だんちょう!」
姿は見えないが、 イギルは俺の存在に気付いたようだ。 囲まれた瞬間は数える程余裕はなかったが、 影の兵士は7体現れていたようで、 正面に2体、 左右に1体ずつ、 後方に3体となっていた。 土埃のお陰でクレアも下手に影の兵士を操れていないようで、 その隙に俺は影の兵士を始末する事にした。
配置されている影の兵士はまるで間隔を均等に分けているかのように円形に出現しており、 クレアが操っていない今は、 全員が棒立ちの状態で制止しているが、 相手が影ともなると…もしかすると打撃や斬撃は無効化されてしまうかも知れない。 出来るだけ魔法系統のスキルで──片付ける。
俺は、 まず進行方向に立っている2体を魔術師スキル『雷槍』で頭部を貫通させ、 休む間もなく左右の影の兵士に向けて精霊術師スキル『烈風切円』で胴体を真っ二つに切り裂く。 影の兵士が消えたことを感じ取ったのか、 後方に佇んでいた影の兵士が動き始めた事を確認し、 真ん中の1体に向けて残しておいたナイフを1本投擲し、 高速移動の瞬間を利用し通りすがりの際に残りの2体にスパークを纏わせたナイフで斬りつけた。
土埃が落ち着いた頃には、 俺の周囲を囲っていた影の兵士の姿は1体足りとも残っていなかった。
「待たせて悪かったな、 イギル」
「もっと遅くても良かったんだけどね…クレア、 『支配』」
イギルに指示されたクレアは、 支配のスキルによって強制的に後方へと移動していった。
「さっきまでとはかなり違うようだけど…何をしたのかな?」
竜の血のお陰で身体能力が大幅に向上している今なら、 天眼を使用した際のタイムリミットも伸びているはずだ。 そう何回も使っていては俺の身体が先に壊れてしまうだろうし、 タイムリミットも正確な時間は分からない。 ならば決め手となる瞬間にのみ使用するのが妥当だろう。
「さて、 なんだろうなぁ? 俺も正直よく分からん。 だが、 この力でお前を倒して、 訳の分からん目的とやらは折らせてもらう」
あ。
竜の血の効果もどれくらい持続するかも聞いておけば良かった。 あまり時間をかけすぎるのは良くないだろうが、 急ぎ過ぎるのも死因に繋がってしまうだろう。 一応あの団員達の親玉だ。 俺にしようとしたように『支配者』のスキルで操っている団員も居たかも知れないが、 それでも『顎』のメンバーをまとめていたのには変わりない…。
一切の油断は許されないだろう。
「ここまで来たんだ、 そう簡単に阻まれる訳にはいかないよ。 じゃあ────いくよ」
その瞬間、 イギルは土から錬成させた2本の剣を手に取り、 まっすぐこちらへ駆け出していた。
しかし、 錬成した剣からは先程のような魔力を感じない…つまりはただの土製の剣だ。
そうとわかれば、 俺もイギルへ向けて一直線に駆け出し、 イギルの振るう剣を両手のナイフで受け止める。 だが、 イギルが持っている剣は2本。 対してこちらは短刀であるナイフ2本で一撃を受け止めるのがやっとである。 そこにすかさずもう一本の剣をがら空きの俺の腹部目掛けて横薙ぎに振るう。
「『アイシクル』!!」
その攻撃を、 俺は真横に大魔道士スキル『アイシクル』によって氷壁を生成して受け止める。 竜の血のお陰で動体視力も底上げされているので、 イギルの攻撃も見切ることが出来ていた。 斬撃により削られた氷が辺りを煌びやかにしているものの、 重瞳化している俺の眼光は鋭く、 それを正面から返すようにイギルの眼光も俺を睨みつけていた。
「やはり、 一筋縄ではいかなさそうだね…なら、 これならどうかな?」
すると、 イギルの足元から更に剣が4本生成される。 2本ですら空間の歪みを警戒しながら捌くので精一杯だと言うのに、 その手数が増えるのは正直捌ききれない…。
ならば、 天眼を使うなら──今ッ!
『支配』により剣が完全に生成される頃、 俺の視界に映る全ては『速度』を失った世界へと変わっていた。




