第51話
竜族の結ぶ契約とは、 元来竜と竜との間で結ばれるものであり、 人と竜とで結ばれるものではない。 主に契約が用いられる場面は、 竜の番い同士で行われるものであり、 契約を結んだ相手を絶対服従させるものなのだ。 竜は雌が権力を持つことが多い生き物で、 雌が雄に対して結ぶことにより、 いわゆる女性社会が成り立つ。 そして、 その方法は…。
メスの指をオスに咥えさせ、 自らの血液をオスの体内に巡らせる事で、 契約が完了される。
「…というもの…」
モノはこの場の全員に竜の契約の意味を語り終えると、 再び二ルヴを睨みつける。
「つ、 つまり…ゼンくんはこの子に絶対服従…って言う事なの?」
キアラはモノの説明を受け、 やっとゼンがどんな契約を行ったかを理解し、 絶望でも知ってしまったと言わんばかりの表情を見せる。
「いや、 違うぞ?」
しかし、 二ルヴはそれをぶった斬るかのように平然と答えた。
「…記述が、 おかしい…?」
「いや、 記述はあっておるぞ。 それにしても、 人間の情報とはすごいものだな。 感心したぞ! わっはっはっは!」
記述は合っている。
しかし、 違う。
二ルヴの言っている意味が理解出来ずにいると、 笑い疲れたように大きく息を吸うと、 その意味の説明を始めた。
「契約を提案したのはわしからじゃが、 契約の主は彼奴じゃと言う事じゃ。わしはただ、 雌がやることを彼奴にさせ、 雄がやることをわしがした。 ただそれだけなのじゃ」
二ルヴの説明を解釈すると、 つまりは本来竜族が行う事で発生する契約的立場は…逆になっているということを指す。
「…という、 ことは…この子は、 ゼンに絶対服従をした…」
モノの説明に、 一同は驚愕の顔を浮かべていた。 ゼン本人に知識があるかどうか…考えた上で契約を行っていない事を聞くに、 それは無いのかも知れないが、 竜という存在が如何に上位に存在する生物なのか…。
「では…貴方は僕らの味方…という事でいいんですよね?」
アランは恐る恐る二ルヴに尋ねるが、 その問に大して二ルヴは大きく鼻で笑いあしらった。
「勘違いするでないぞ…わしは彼奴の味方…いや、 彼奴に服従することを決めただけじゃ」
一体、 太古の存在をどうやってここまで手駒に抑えたのか…それが気になる聖騎士団長達だったが、 『顎』の団長イギルと今回の救出任務の対象であるゼンを見据えている二ルヴに、 そんな質問をさせてもらえる隙はなかった。
「彼は…オルフェウスさん」
「下らん話はよい…始まるぞ」
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土から錬成…いや、 『支配』のスキルで自在に操って形状を変化させた剣からは、 先程無惨にも殺されてしまったハオの持っていた剣と似たような魔力を感じていた。
「やっぱり君は勘が鋭いね…これがなんなのか分かっているようだね」
俺が何らかを感じ取っている事を察知したイギルは、 支配した剣を軽く振るう。
すると、 その振るった剣筋が空間を歪ませているように歪曲しているのがわかる。 それはつまり、 ハオが使用していた剣と同じ性能をした物を作り出した…ということだろう。
それが『支配《糧》』としてハオを無惨に殺した理由なのだとしたら…。 俺は腹の内から煮えくり返るような怒りを、 冷静さを欠いてしまう前にと落ち着かせることで精一杯だった。
「さて、 そろそろ僕達も始めるかい? あまり時間をかけたくはないんだ。 計画に時間のズレが出てしまうから────ね」
話の途中で、 イギルはその剣で俺の首元を撥ねようと振るうが、 俺はそれをしゃがむことで回避した。
先程の一振と同様の状態になっているとするならば、 このまま頭を上にあげるのは危険行為だと判断した俺は、 しゃがんだ姿勢のまま地面を強く蹴りあげ、 後方へと緊急避難する。
すぐさま体勢を整えて確認すると、 やはり空間が歪曲していた。
「あのおっちゃんが持っていた剣と同じような効果があるなら…その剣、 空間を斬れる剣ってことでいいのかな?」
「ふふ、 ご名答だよ。 こんな剣、 普通の人ならまず扱う事なんて出来ないけど…彼なら出来ると思っていたんだよ。 そのお陰で今の僕も使う事が出来るから、 やはり彼には感謝しているよ」
そんな事を言うイギルの表情は、 まるで本当に心の底から感謝している人間の表情を見せていた。
「あれだけの事をしておいて…お前にそんな表情をする資格なんてないっ!」
その時、 脳内にスキル獲得の声が響いた。
今まで俺はこの『観察者』独自のスキルは発生しないとばかり思っていた。 だが、 今回獲得したスキル…それは紛れもなく『観察者』による固有スキルだった。
何故、 スキルを使用する度に重瞳化するのか…。 様は、 この『観察』は目に焼きつけたものを再現させるもので、 今覚えたスキルは、 観察したものを使わない…観察し続ける眼。
「『観察者スキル: 天眼』」
『天眼』を使用した瞬間、 周囲の動きがコマ送りかのようにゆっくりとして見える。 『天眼』は、 スキル習得以外の目的でのみ発動することが出来、 周囲の情報を尋常ではない程の速度で取得することで次の行動を予測演算するというスキルのようだ。
しかし…。
情報の処理が多すぎて長くは使えない。 今も脳が溶けてしまいそうな感覚に陥ってしまっている。 直ぐに終わらせねば先に俺の限界が来てしまう。
未だに天眼のお陰で駆け出そうとするイギルがスローに見え、 斬撃を行う体勢へと変わっていっている。 直ぐに俺は駆け出し、 その顔面へと全力の打撃を打ち込む。 その打撃で吹っ飛ぶ距離を予測演算し、 仰向けで吹っ飛ぶイギルの背中へ膝を叩き込む。
「っいッ!?」
突如襲う強烈な頭痛に耐えきれず、 強制的に天眼を解いてしまう。 その瞬間、 俺の打撃を受けた事実がイギルを襲い、 何が起きたか理解する前に地面に倒れ込んでいた。 一瞬だけでも気絶したようで、 生成していた剣は今や土塊へと戻っていた。
「っがは!? す…素晴らしいよ、 ゼン君。 何が起きたかさっぱり分からなかったよ…」
しかし、 イギルはゆらゆらと立ち上がり、 口に広がる血を地面へと吐き出しながらも、 痛みに頭を抱える俺へとゆっくり歩み寄ってきた。
今の俺に使用出来る時間はもって2秒位が限界だった。 次使えば本当に脳がどうなるか分からない…。 重瞳すら解けてしまった俺は、 力の限り拳を握り、 自分の頬へと叩き込み、 痛みのせいで朦朧としていた意識を覚醒させる。
「今のは…流石に避けきれないね…でも、 君も限界みたいだね…」
ゆっくりと足を運ぶイギルは、 またしても地面からハオの剣と同等の性能を持った剣を創り出す。 しかしそれも先程よりも不完全で、 浮遊しながらも少しずつボロボロと崩れていた。
『観察者』は、 固有スキルとして消費する魔力はどれも同等。 つまり『天眼』を使用した際のこれは、 単純にこのスキルに俺の身体が追いついていないだけだということ。
まだまだ俺は…強くなれる。
「こんな所で…負けてたまるかよ」
その時、 俺の周囲に数体の影が現れ始めた。
俺を取り囲むように現れた影は、 次々と鎧を着た兵士へと形作ってゆく。
「な…なんだこいつら…っ!」
「団長は…イギルはクレアが殺させない!!」
そう言ってイギルの後ろから現れたクレアからは、 背筋が凍るような黒い魔力が溢れ出ていた。
意識は覚醒したものの、 身体への負荷が大きすぎたせいで、 俺はこの影の兵士達を掻い潜る程のスピードを出せない…。 言わずもがな『天眼』も使えない。 そんな事もお構い無しに、 影の兵士達は手に持つ剣を一斉に大きく掲げ始め────それを振り下ろした。
途端、 俺は身体が宙を舞う感覚に陥ったが…不思議と痛みはなかった。
そっか、 俺、 負けたんだな。




