第50話
イギルの放った一言によって、 ハオの五臓六腑は一瞬にして周囲に散らばった。 俺にかかったハオの血液はまだ暖かく、 鼓動すら感じているように錯覚してしまうようだった。
「お前…なん…で…」
「一旦退くぞ! ゼン!」
現状に困惑してしまった俺の肩を叩き、 じいちゃんは撤退の指示を出す。
俺の手を引きこの場を離れようとした瞬間、 再びイギルが口を開く。
「全く…そんなに急がなくたっていいだろう? 『支配』よ」
その瞬間、 じいちゃんの身体は全身を針金で固定されてしまったかのように微動だにする事が出来なくなってしまっていた。
しかし、 やはり俺には『支配』のスキルは通用しない。 聖騎士だったじいちゃんのスキルの中には状態異常解除のスキルもあったが、 それを使用出来ていない事を考えると『律者』である事と関係があるようだ。
だが、 今はそれよりも…何故、 イギルはハオの言葉を何も聞かずに殺してしまったのか…俺には何も理解出来ない。 「仲間を大事にしろ」というハオの発言、 あれは自分が仲間を大事に思っていないと言わない台詞だ。
それを…イギルはいとも簡単にハオを殺した。
なんの話を聞くことも無く、 それを悲しむことも無く。 むしろ笑っているとさえ思えた。
怒りからか、 腹の中が燃えるように熱い。
「ふふ、 いい眼をしているね」
イギルの発言に、 俺は自分の認識阻害のスキルが破壊していることに気付き、 重瞳状態になってしまっていた事を知った。
「人間の感情は魔力に変換される…それも『怒り』となればなおのこと増幅しやすいだろう? 」
「何がしたいんだよ…お前…」
「ゼン! わしのことはいい! 早よ逃げぇ!!」
この場でイギルと闘うのはリスクが大きすぎる…。 先に身動きの取れないじいちゃんをどうにかしないといけない。
その時、 洞窟から大きく手を振る人影が目に入り、 それは先程置いてきた二ルヴだった。
(二ルヴ…聞こえるか?)
『思念伝達』のスキルを使用し、 俺は二ルヴの頭の中に直接語りかけるが、 見たところ、 急に頭の中に声が流れてきて戸惑ってしまっている様子だった。
(今は一方通行でしか話せないが、 聞いてくれ。 俺の隣にいる男性を抱えて後ろにいる仲間の所まで運んでくれ!)
すると、 二ルヴは洞窟の入口から勢いよくジャンプし、 その衝撃で土埃が経った瞬間にじいちゃんを抱えて後方へと移動した。
土埃が霧散した頃には、 じいちゃんの姿は跡形もなく無くなっていた。
「あれを良く手なずけたね。 一体どんな洗脳スキルを持っているんだい?」
聖騎士団長やアラン達の元でこちらを見ている二ルヴを指さして俺に問う。
俺が二ルヴを味方に付けた方法を知りたいのだろうが…。
「生憎俺はお前と違って洗脳で人に指示したりはしない。 こっからは…俺とやろうぜ」
俺は魔石の組み込まれたナイフを魔力で数を数えると、 感じられる魔力の数からして6本だろう。
投げた先のものを拾っていけばあまり数は視野に入れなくてもいいのかもしれないが、 拾える程隙があるかどうか…。
「よし、 ならこうしようか。 ゼン、 君が勝てばこの作戦から手を引こう。 ただし…君が負ければ大人しくその『観察者』を使ってもらうよ?」
そう言うと、 イギルは地面から1本の剣を生成させてそれを構える。
…なんだろう。
剣を構えた自分よりも小さな目の前の少年からは、 幾千の戦を乗り越えたような…そんな気迫が漂っていた。
だが、 勝たなければならない。
「あぁ、 いいぜ」
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「あ…あれは、 ゼン君!」
二ルヴに運ばれたオルフェウスは、 未だに身動きが取れないようだったが、 少しずつではあるものの動けそうな状態に戻ってきている。
そして、 イギルと対峙するゼンの姿を前にし、 アランは安堵の息を漏らさずにはいられなかった。
「…どうやら、 無事。 良かった…」
「本当に…良かった…っ」
モノもつられて息を漏らし、 キアラはその瞳を涙で濡らしていた。
そこに、 ティンゼルを抱えたグリシャが到着後し、 やっとの事で生存している人間は合流することが出来た。
ティンゼルは作り上げられた過去のショックから気絶してしまい、 グリシャに抱えられたまま唸りを上げていた。
「あんた達、 無事で良かったよ。 それだと言うのに…やれやれだね」
グリシャは無惨にもイギルのスキルによって身動きが取れないオルフェウスを見るやため息を付きながらクビを横に振る。
そんな場に似つかわしくない、 太い尾を揺らす二ルヴはじっとゼンの方を見ていた。
「き、 君は…何者なんだい? 見たところただの人間ではなさそうだけと…」
二ルヴの存在に耐えきれず、 アランは質問をするが、 二ルヴはそんな言葉は聞こえていないかのようにずっとゼンを見ていた。
「あ、 あの〜…」
アランはゆらゆら揺れる尾に触れようとした瞬間、 二ルヴは口を開いた。
「わしの身体に触れるでないぞ、 若造が。 彼奴の頼みにおぬしの生存は入っておらぬ」
ギロリと睨みつけられたアランは、 無意識にゴクリと固唾を呑んだ。
「わしは竜と人間の血を引き継いだ研究体という所じゃ。 今は彼奴と契約を結んでいるがの」
その時、 その場の誰もがガタリと身体をビクつかせた。
竜族は基本的に人間を食料としている残虐な生物だという認識の元ではしょうがないことではある。 しかし、 たった1人は別の言葉に肩を震わせていた。
「…今、 契約…と、 言った…?」
それはモノだった。 『研究者』としての知識を付ける為にありとあらゆる書物を読み漁ったモノだからこそ、 二ルヴの言う契約というものの重大さに気付けたと言えよう。
「そうじゃ。 彼奴はおぬしらを守る為にわしと契約しおったのじゃ。 正直、 揶揄うつもりで言ったのじゃがな…彼奴は竜族との『契約』というのがどういうものか知らずに即答したのじゃ」
その言葉を聞いた途端、 モノは二ルヴの頬を非力ながらに力いっぱい引っぱたいた。 辺りには乾いた音が広がり、 現状の意味を理解出来ない者たちは唖然としてその光景を見届ける他なかった。
「ほう…貴様、 余程肝が座っておるの。 この見た目とはいえ、 竜族に平手を食らわすとは」
少し赤らんだ頬を撫でながら、 二ルヴは無表情のままモノを見据える。
「…関係、 ない…っ!」
もう一度平手を食らわせようと振りかぶるも、 その攻撃は二ルヴの尾によって阻まれてしまう。
「2度目はないぞ。 貴様は…彼奴のつがいじゃったか?」
尾に巻き付かれてしまって動かすことが出来ない手を握りしめ、 モノは二ルヴを睨みつけた。
「…ちがう、 友達…。 でも…大切な、 人…」
「い、 一旦落ち着こう…モノ君。 契約とは、 どういうものなのか、 この場のみんなに教えて貰えるかい?」
悔しさからなのか、 モノは目にうっすらと涙を浮かべながら握っていた掌の力を抜く。 その行動から、 二ルヴは掴んでいた尾を離し、 「フン」と大きく鼻でため息を付いた。
「…契約、 は、 本来人間と結ぶものじゃ…ない。 」
そして、 モノは自分が知る限りの『契約』について語り始めた…。




