第49話
俺は、 ニルヴに今後美味しい食べ物を食べさせるという条件の元、 拉致されていた洞窟から解放して貰えるようになったものの、 洞窟を出た瞬間の光景に息を呑んだ。 あちらこちらで激しい戦闘が行われていた痕跡が広がっており、 中には戦闘不能となった人も確認することが出来ていた。
そして、 その中でも驚いたのはアランやモノ、 キアラも戦闘に参加していた事だった。
「あいつら…危険な橋渡りやがって」
向こうはこちらに気付いていないが、 こちらから見たところ目立った外傷はなさそうだ。
その時、 一際大きな魔力のぶつかり合いに反応し、 そちらに目をやると、 その魔力のぶつかり合いを行なっていたのは紛れもなくじいちゃんで、 その相手は俺を拉致した空間を切り裂く剣をもつハオと呼ばれていた男だった。
…正直、 ハオという男は悪いやつではない気がしてならない。
何か理由があってイギルに協力しているのだろう。 だが、 彼は囚われたキアラを救っていた。
そんなことを考えていると、 俺の袖がくいくいと引っ張られる。
「なぁ、 小僧よ。 ぷりんとやらはまだか??」
袖を引き、 指を咥えて艶やかな尻尾は激しくブンブンと空を切っておねだりする様は、 今まで人間を沢山食べてきた竜だと言うことを忘れさせるような光景だった…。
「ま、 待ってくれ…とりあえず先にこの戦闘を終わらせないと」
ニルヴの注文を宥めると、 楽しみにしていたまだ見ぬ食べ物をお預けされたのが気に食わなかったのか、 頬をめいいっぱい膨らませて唸り始めた。
「むぅ〜! 何故じゃ何故じゃ!! わしは早くぷりんが食べたいの–––––むぐっ!!」
地団駄を踏み鳴らして不満を垂らすニルヴの声を手で覆い隠して声を抑えさせる。
あまり騒がれてイギルに気付かれると面倒なので、 極力見つからないように動きたい所だ…が。
そうも言っていられないようだ。
じいちゃんが剣を地面に突き刺し、 魔力を増幅し始めているという事は…俺との修行の際に発生した新たなスキルを使用しているという事だ。
あのスキルは自然に溢れる魔力を、 剣のみに吸収させる事によって耐久や俊敏性、 威力を桁外れに増幅させるという自強化系のスキルだ。
俺のスキルを受け止める為に使用していたが、 一度だけその攻撃を山に放った事があったが…。
その山を貫通させるだけの威力を見せた。
「あ、 あんなもの…人が受け止められる威力じゃないだろ…」
こんな事で…またじいちゃんの手を汚したくない。 オリジナルスキルの高速移動であそこまで移動出来れば…いや、 ナイフを投げるにはかなりの距離がある。 ならば…。
「ニルヴ…お願いがある!」
「いやじゃ!」
抑えていた俺の手を振り払い、 不貞腐れるようにして俺の頼みを蹴飛ばした。
「頼む…これが終わったら必ず食べさせてやる!」
「ならば、 今すぐわしと契約せい」
「契…約? それがなんなのかは知らないが、 それをすれば協力してくれるんだな」
自分がしたとは言え、 ここまで即決されるとは思っていなかったのか、 ニルヴは呆けた顔で俺の顔を眺めていた。
「よ…良いのか? 竜族と契約するということは…つ、 つまりはそういう事だぞ…?」
どういう事なんだよ。
正直、 ここまで念を押されてしまってはせっかく決めた覚悟も腰が引けてしまう…しかし、 そんなことも言ってられない。
「なんだっていい、 じいちゃんの手を汚させずに収まるなら。 そもそも俺が捕まるような事にならなければ良かったから…。 ニルヴ、 契約とやらはどうしたらいい?」
「か、 かかか簡単じゃ!! 」
何故かニルヴは頰を高揚させ、 指先をもじもじさせている…。
やめろ、 何故か俺が変なことしてるみたいになるじゃないか。
しどろもどろになりながらニルヴは俺の手を取り、 そのまま人差し指を口に咥えた。
「…………………何してんの?」
「むぐっ! むぐむぐむぐむむむっ!」
咥えたまま喋っているので、 一体何と言っているのか定かではないが、 恐らく契約とやらに大事なのだろう。
…決してお腹が空いたからでは無いだろう。
その証拠に、 咥えた俺の指をサラリとした舌で優しく絡めるように嬲り始める。 肩を上気させ、 恍惚とした表情が謎の加虐心を駆り立ててくる。
「…………ま、 まだか?」
俺の声にハッと正気を戻し、 少し名残惜しそうに咥えた指を離すと、 二ルヴの唇と俺の指との間を艶かしい銀糸が光っていた。
「契約完了…じゃ。 さて、 お主はわしに何を望む?」
「俺をじいちゃん…あの二人の所までぶん投げてくれ!」
俺の指示に、 二ルヴは不適に笑みを浮かべて俺の服の首元を掴む。
「良かろう。 しっかり着地せい」
二ルヴはそのまま俺を持ち上げて、 俺ごと振りかぶってじいちゃん達目掛けて全力投球をする。
瞬間移動の時には感じない風圧に俺は声すら出せずに吹っ飛ばされた。
そして、 じいちゃんがハオを斬り付ける直前、 間一髪で2人の間に着地することが出来た。
「待って! じいちゃん!!」
誰しも予測出来なかった俺の登場に、 唯一声を発していたのは、 洞窟の入口で高笑いをしていた二ルヴだけだった。
「ダメだじいちゃん! こんな事でまた手を汚させたくない!」
「少年、 何故俺を助ける?」
突然の登場に未だ声が出ないじいちゃんはさておき、 後ろからハオが俺に質問を投げかける。
「俺の仲間を助けてくれた借りがあったからな。 その…なんだ、 ありがとな」
俺は、 敵対しているはずの相手にお礼を言う。
いくら拉致された相手とて、 仲間を救ってくれた事に変わりはない。 ハオは俺からお礼を言われるのが以外だったのか、 バツが悪そうに頭を搔くと大きめなため息を吐く。
「どうするよ、 じいさん」
「わしらの争う理由は無いわけじゃしのぉ」
魔力を溜めていた剣を鞘に収め、 スキル発動をキャンセルさせる。
よし、 上手く場を収める事が出来た…。
残る問題…は。
「困るよ、 僕の大切な仲間を勝手に誘惑しないで貰えるかい? ゼン君」
そう、 事の発端。 この状態を作り出した張本人が残っている。
「全く…ハオもどうしたんだい? 僕のお願いは、 そこのおじいさんを始末する事だったはず」
冷静沈着に見えたイギルからは、 怒りとしか言いようのない言葉の圧がハオに向かって放たれていた。
そんなイギルの言葉に、 ハオは見ただけで分かる程に冷や汗を垂らしていた。
「分かったよ、 後は僕が何とかするから────『支配』」
────刹那、 ハオの身体はイギルの一言により爆ぜた。




