第47話
「それは…どういう事かしら…。 私の記憶が、 間違っている?」
グリシャから放たれた理解することが出来なかった一言。
記憶が間違っている。
何が間違っているというのか。
今でも鮮明に、 つい先程かのように思い出せる悲惨な出来事を。
「適当に言っている訳ではないんだよ、 ただ、 その記憶が本当の事なら…いいや、 それが本来の記憶なら、 おかしな点があるっていう事さ」
そうして、 グリシャはティンゼルの語った記憶のおかしな点という所を話し始めた。
「まず、 1つ目の点だけどね…何故お前さんの父親は、 お前さんが泣き叫ぶまで来なかったんだい?」
「そ、 それは…お手洗いに行っていた…と思うから、 すぐには来れなかったのよ」
「急に戸を激しく叩き、 泥酔した兵士からの行為に激しく抵抗していた自分の嫁が心配ならば、 どんな状況だろうが飛んでくるもんさね。 まぁ、 その後に来たという事で、 これは良しとするけどね…次だよ」
「え、 えぇ…」
「うちの旦那もそうだけど、 何かあれば素手で駆けつけたりしないもんさ。 家族を守らなければならないとなれば、 武器は家のどこかに必ず置いてあるはずだけど……それを持ってきては来なかったのかい?」
「き、 急な事ですぐ駆け付けてくれていたから、 武器を取る前に来ていた…のだと思うわ。 お父さん、 少しおっちょこちょいな部分もあったから」
「それもまぁいいさね、 次は…子供の時は聞き取れなかったみたいだけど…それが、 何故今になって理解出来るのか、 だよ」
「それは言ったでしょ? 理解出来ていなかっただけで、 聞こえてはいたのよ」
「理解出来ない言葉なのにかい?」
「……そうよ」
「…はぁ、 わかったよ。 じゃあ、 次で最後だけど…これはどう言い逃れするかい?」
「────何故、 お前さんだけは殺されなかったんだい?」
「……」
ティンゼルは口を開くことが出来なかった。
グリシャの言い放っていく一つ一つの出来事の事を思い浮かべようとするが、 正直ほとんど言い訳に近いような回答しか出来なかった。
だが、 今までの指摘には言い訳は出来ていた。 しかし最後の指摘に関しては…文字通りぐうの音も出すことは出来なかった。
「おかしな話だろう? 止めに入った父親を殺したことは理解…出来ないが、 一応筋は通ってる。 そして、 それを口封じの為と母親を殺したことも分かる。 けれどもね、 お前さんを生かしておく理由がないんだよ」
その時、 ティンゼルは思ってしまった。
…確かに、 理由がない。
なら、 なぜ自分は生かされた?
「──っぐ!?」
刹那、 脳内を鈍痛が襲い始めた。
「お前さん! 一体どうしたんだい!?」
頭痛に耐えきれず、 頭を抱えて倒れ込んでしまうティンゼルを起こすために身体に触れた時、 尋常ではない程の汗に手を濡らした。
「あぁぁぁぁぁぁあ!! 頭が……いた…いっ!!」
「一体…何がどうなってるんだい」
「あーあ、 無理矢理こじ開けようとするからだよ」
「っ!?」
その声は、 先程までアラン達と対峙していた『顎』の団長、 イギルだった。
そして、 グリシャはその存在に話しかけられるまで気付くことすら出来ていなかった。
「あんた…この子の記憶になにをしたんだい!!」
倒れないようにティンゼルを抱えたまま、 グリシャはイギルに対して怒号を上げていた。
「何って、 察しの通りですよ。 僕の『支配』で記憶を改竄させていたんですよ」
そんな台詞にグリシャは、 今まで体験した事が無いほどの怒りを感じていた。
ティンゼルとの戦闘はそこまで長いものではなかったが、 それだけでもティンゼルがイギルの為にと尽力していることは感じていた。 それ程までに尽力していた相手に対し、 あろう事か記憶を改竄していたと言い放った。
「何のために…あんた、 答えによっちゃ…ただじゃおかないよ…」
正に鬼の形相と言っても過言ではないグリシャを前に、 それでも尚イギルはさらっと答えた。
「簡単な事ですよ。 そもそもティンゼルの家には泥酔した兵士なんて来ていないからですよ。 それは僕が改竄した記憶です。 本来は────
────僕が『支配』した兵士を送ったのですから」
グリシャVSティンゼル
──────勝者、 グリシャ
オルフェウスVSハオ
「…さて、 お前さんには聞きたいことが沢山あるが、先に 1つ聞かせて貰うとするかの」
現役時代から愛刀として用いていた剣を抜き取り、 ハオへ構えるオルフェウス。
オルフェウスが知りたい事は山ほどある。
実の孫のように可愛がっていたゼンを一体何に加担させるつもりなのか、 何が目的なのか、 何故その目的の為に手を貸すのか…。
しかし、 オルフェウスが問うたのは1つのみだった。
「孫は…ゼン・アルファは無事なのだろうな」
そんな問に、 ハオは少し笑うと正直に答えた。
「無事だ。 その点は安心しろ…今はな」
ハオの「無事だ」というその言葉だけで、 オルフェウスは安堵の息をもらすと、 すぐに快活に笑いだした。
「はっはっはっは! 心配せんでもええよ…あの子は強い。 そして、 わしらもな」
途端、 オルフェウスの身体がブレたと思った瞬間には目の前に移動していた。 下から突き上げるようにして放たれた剣を、 ハオは瞬時に屈んで躱す。 そして真上に向けて一閃するも、 その剣はオルフェウスの剣にかすることすら出来なかった。
振りかぶったハオの隙を見逃すオルフェウスではなく、 突き放った剣をそのまま振り下ろ────そうとし、 その手を止めた。 そして、 あろう事か屈んでいる相手を前に後方へ移動し距離をとった。
「お前さん…妙なスキルを持っておるな」
何かに警戒し距離をとったオルフェウスに向けて、 ハオは顎髭をジョリジョリと触りながら笑っていた。
「伊達に長生きしてねぇってこったなぁ、 爺さん…まぁ、 教えてやらねぇけどなぁ!」
ハオは剣を構えたままオルフェウスとの距離を詰めようと駆け出すが、 オルフェウスもまた距離を詰められた分だけ移動する。
しかし、 やはりハオは誰もいない場所であっても剣を振りかぶり、 またオルフェウスの方へと距離を詰める。
オルフェウスは再び後方へと移動するが、 ハオはまた剣を振る。 しかし、 ハオが言った通りオルフェウスも伊達に戦場に出ていた老体ではなかった。 その意味の無いようなハオの動きでさえ、 全てを観察し…更に会議を行った際に報告を受けたゼンを連れ去った時に行った『空間移動』にも似た行動。 そして、 その観察の結果から1つの答えを編み出した。
「…なるほどなぁ、 そんなスキルもある時代になってしもうたのかぁ」
そんな台詞にハオは足を止めた。
「へぇ、 今の行動だけでもう分かっちまったのかい? 流石天下の剣聖様ってこった…それで、 答え合わせはするかい? 爺さん」
見破られた所で問題はない…と言わんばかりな余裕を見せるハオだが、 全く動じることの無いオルフェウスは、 気にしていないかのように剣を構えた。
「…大方、 『斬撃をその場に残す』とか、 そんなもんじゃろ。 しかしのぉ…そんな事が出来る職業は聞いた事ないの」
「すげぇな爺さん、 当たりだ。 この剣で切りつけた空間には、 一定時間の経過、 もしくは俺が解除するまで残り続けるって訳だ」
そんなハオの説明のミスを見逃さなかった。
「ほぅ、 その剣で…のぉ」
つまり…今まで行っていた素振りが全てその場に斬撃を留めている。 そして、 それらを行うことが出来るのはハオのスキルではなく…あの魔道武具だと言うことだろう。
それが分かれば、 やることはただ1つのみだ。
「ならば、 その剣を折ってしまえば良いということじゃな────
──────容易い」




