第35話
「…っ!? お、 おい…お前…何するつもりだ」
「…今からご馳走達が待ってるよ?」
イギルのその言葉に、 ニルヴはぴょんぴょんと飛び跳ねながら身体全体で歓喜を表現していた。 それは無邪気以外の何者でもなく、 その気持ちに悪気などないのだろう。
しかし、イギルの言葉の比喩は…グロリア王国への侵略と徹底抹殺を意味している。
そんな事は絶対にさせない。
「はやく! はやくそのぐろりあ…? という所に連れてゆけ!」
俺の気持ち等気にも止めずに、 イギルの袖を引っ張るニルヴ。
人為的に造られた竜人とはいえ、 精神的な年齢からしてまだまだ幼い。 そんな少女を自らの目的のために利用することすら躊躇しない『顎』に腸から煮えくり返る感覚を抑える。
「ふふ、 なら…この少年を僕達の命令に従わせてくれないかい?」
…つまり、 イギルの狙いは、 この人為的に造られた兵器の力で俺を強制的に従わせようという狙いなのだろう。 正直、 スキルなど使用せずにこのレベルなら…俺は勝てるかどうか分からない。 ニルヴ単体なら、 まだ…少なからず可能性はあったかもしれないが、 現状は『顎』のメンバー全員も相手にしながらという事になる…。
まぁ、 無理だ。
「ほんとうか! おい、 そこの小僧…こやつのめいれい? にしたがわぬか?」
「…断る、 といったら?」
俺は、 ニルヴがどのような行動に出るか…相手の出方を伺う問いを返すと腕を組み、 「むぅ〜…」と唸る。 そして、 数秒程唸った後に出てきた言葉は意外なものだった。
「それはこまるのじゃ…だって、 ご飯が食べられなくなってしまうでは無いか」
それはつまり、 ニルヴにとってはイギル達…『顎』の目的である『MOTHER』の復活、 基世界の破壊に関しては興味はなく、 あくまで食事の為だけにイギル達と行動を共にし、 協力している…ということだろう。
もし、 俺の考察が当たっているなら…勝機はある。
「な、 なぁ…ニルヴ。 ニルヴの望みってなんなんだ?」
「のぞみ? そうじゃなぁ〜…おなかいっぱい食べられればなんの文句もないぞ?」
「それなら、 俺達の仲間にならないか?」
俺の突拍子な提案に、 イギルは「ふふ…」と鼻で笑う。 それもそうだろう…イギルは、 今まで食料を提供しており、 実際にニルヴの望みを叶えられる事を証明している。 その上俺が食料…すなわち人間を提供出来ない事は明白だ。
その余裕から見える笑みなのだろうが…俺もそれくらいは承知の上だ。 それでも、 仲間に引き入れられると確信している。
「今の俺には証明する事が出来ない…頼む、 猶予をくれれば必ず望みを叶えてあげられる」
「うぅむ…そういわれてものぉ。 どうするのじゃ、 イギルよ」
「彼の言っている事は延命の為の嘘だよ、 ニルヴは僕の指示に従ってくれ際すれば──」
その時、 その場にいた全員が洞窟の外から発せられる強大な魔力に反応する。
「こ…この雰囲気…や、 やべぇ」
勿論俺は直ぐにその魔力を発している人物が何者なのか分かった。 今までも何度か同じような魔力を感じたことはあったが、 ここまで殺気を纏った魔力は感じたことはない…。 自分に向けられているものではないとしても、 その殺気にあてられただけで全身から冷や汗が止まらない。
そこに、 この殺気の偵察を終えたティンゼルが血相を変えてイギルの方へ駆けてきた。
「だ…団長っ!? 」
「あぁ、 感じているよ。 何者だい?」
「そ、 それが…分かりません。 グロリアの兵士データには居ない人物が2人。 老人2人が聖騎士団長と数名を率いて真っ直ぐこちらに来ています!」
「老人…?」
その言葉に、 俺はじいちゃんとばあちゃんであることは確信したが…。
「問題はそこでは無い。 なぜこの場がこんな短時間で発見されたのか…だね」
俺もイギル同様、 そこに疑問を覚えている。
追跡しようにも、 ハオの空間を移動したスキルのせいで不可能のはずだ。 発信魔道具などは受け取っておらず、 俺の現在位置を知らせるようなスキルも俺は習得していない。
「…いや、 それも今更考えたって遅いね。 目的の為にはここで撃退しなければいけない…何者かは分からないが、 行こうか」
イギルの指示に従い、 『顎』メンバー全員は洞窟の外へと向かう。
「ニルヴ、 彼が逃げ出さないようにしっかりと捕まえて置いてくれ」
「わかったのだ!」
そう言って、 ニルヴは俺の腕を後ろへ組み、 純粋な力のみで抑え込む。
「力…強すぎだろ…」
この位置からでは外がどうなっているかは分からない…。 しかし、 ニルヴのみになったことは俺に理がある。 何とか抜け出し、 タイミングを見て加勢しにいければ…。
途端、 外から激しい戦闘音が響き始める。
「ニ、 ニルヴ…さっきの話だが、 俺ならイギル達よりももっと良い物を提供してあげられるかもしれない」
「あいつは、 おまえを嘘つきと言っていた! もうおまえの話は聞かない!」
やはり、 今はイギルに対しての信用の方が高い。 この状況では俺の提案には耳を貸さないだろう…。 ならば、 話の話題を変えて気を緩める事が最優先だ。
「なら、 好きな食べ物とか…嫌いな食べ物はなんだ?」
「嫌いなのは『鎧』とか、 あとは『服』じゃな…好きなのは『男』のおしりじゃ!」
…ん?
話が微妙に食い違っている。
『鎧』や『服』は食べ物では無いだろ。
「い、 いや…人間以外で頼みたいんだが…」
「何をいうておる。 わしは『竜』じゃぞ? 」
…そうか、 元来『竜』は人間を好んで食べるとして記されているので、 人間しか食べない…のか。
人間のように食事出来るなら、 まだ可能性はあったのだが…。
………。
…人間のように…?
いや、 そうだ。
『竜』は既に絶滅している種族。
人を喰らう事で飢えを満たす。
だが、 ニルヴは人為的に造られた存在。 だとするならば、 竜そのものの構造とはかけ離れ…より人に近い構造をしていると考えられる。 現に角は生え、 尾と少量の鱗があるものの、 見た目は少女だ。
「ニルヴは、 人間以外を食べたことはあるか?」
俺の考えていることが成功するためには、 ニルヴが1度も人間以外を口にしたことが無いということが条件となる。
その不安は、 一瞬にして安堵へと変わった。
「…妙なことをきくのだな。 あるわけがなかろう」
「…そうなのかぁ〜、 それは勿体ないなぁ〜」
煽るような俺の言葉に、 腕を掴んでいる手がピクリと反応する。
「ど、 どういうことなのじゃ…?」
かかった。
「俺なら人間なんかよりももっと美味しい物をあげられるのになぁ〜。 プリンとか、 パフェとか、 アイスとか色々あるんだけどなぁ」
再び腕を掴んでいる手がピクピクと反応している。
「ぷ、 ぷりん? ぱふぇ? な、 なんじゃそれは…」
未だ聞いたことの無い名前に興味があるようで、 俺の話に食い気味に反応してくれているようだ。
「その手を離して、 俺の仲間になってくれるなら、 今度は好きなものを沢山食べさせてあげられる」
「な、 なにっ!? ほ、 ほんとうじゃろうな!」
そう言うと、 ニルヴは指示通り俺の拘束を解き、 輝く瞳で俺を見つめる。 まだ名前しか聞いていない食べ物に、 本能的なのか期待を寄せていた。
「あぁ、 約束だ。 そうと決まればじいちゃん達の加勢に行くぞ!」
「おぉー! ぷりん♪ ぷりん♪」
洞窟の外を目指す俺の後ろを、 快活なスキップで後を追うニルヴだった。




