第16話
俺が囮になり、 モノを逃がすことは無事成功したようで、 モノが駆け出した方向から争っているような音は何も聞こえない。
「全く…君はお人好しなのかい? 2人で協力すれば何とか勝てたかもしれないのにさぁ?」
そう言いながら寝そべっていた上体を起こし、 足をプラプラさせている『顎』の団員は、 やれやれといった様子で呆れていた。
「お前達は一体なんなんだ…依頼では団員数は3だったハズだ」
そんな俺の疑問に、 何も包み隠さず答えてきた。
「僕の名は『アハト』。 見ての通り『奇術師』の職業だよ…そして、 我が団『顎』の副団長さ。 団員の補足をすると、 3人というのは……大嘘だ」
刃を向けている俺に対しての警戒は怠っておらず、 あっけらかんとして見えるが、 全くと言っていい程に隙が見当たらない…。
無名の団だと侮っていたが、 まさかこれ程までの手練だとは計算違いだった。
そして、 最も最悪な状況なのが──
「お、 確保したのかー?」
「……帰りたい…」
先程『心眼』のスキルで確認した団員達が集合してしまった事だ。
身長180はあるであろう巨体の男と、 黒髪が地面すれすれまで伸びきっており、 目の周りにはクマが出来ている少女。
そして、 真ん中にはおそらく団長であろう小柄な男がこちらに歩いて来ていた。
「ご苦労様、アハト」
そういって、 小柄な男がフードを脱ぐ。
見た目はとても若く、 10歳程度だと思う程に子供だった。 白髪に紅い目をしており、 その右手には何やら呪いを受けているような紋様が施されていた。
「僕が『顎』の団長、 イギルだ」
紋様のある右手を前に、 左手を後ろに回した状態で軽くお辞儀をする『顎』の団長。
「聖職業学校所属の…ゼン・アルファだ」
丁寧にされた自己紹介とその幼い容姿に惑わされ、 俺も剣を構えたまま自己紹介してしまった。
イギルと名乗った白髪の少年が発する声には、 その場を和ませるような…耳から直接脳内に語りかけてくる…そんな不思議な感覚に陥ってしまう声だった。
「…あの任務クエストはお前達が依頼したのか? 一体何の為に…?」
任務クエストをイギル達が依頼していた事は、 団員の人数の虚偽、 職業の無記載等からほぼ確定と言えるだろう。 だが、 その目的が分からない。
「目的、 か…勿論僕達には成さなければ行けない事がある。 しかし、 君に言う義理はない」
そりゃそうだ。
「…ねぇ、 早く殺して戻ろう…」
「ダメだよ、 クレア。 この少年は僕らの悲願の為に使っていかなきゃいけないからね」
クレアと呼ばれたクマのある長髪の少女は、 イギルに頭を撫でられた瞬間、 気怠げな表情から打って変わって頬を朱色に染めながら穏やかな表情に変わる。
若干10歳にして、 しっかり団員をまとめているようで、 彼等の言う『悲願』だけで集まっている盗賊団と言うわけではなさそうだ。
…しかし、 この状況からどう動けばいいのかが計算できない。 イギルからは戦闘の意思は感じられず、 武器すら携帯していない。
「頭、 ほんとにこんな子供1人で足りるのですか?」
「大丈夫さ、 ガブラス…僕が集めた情報だと、 この少年は特別だ」
「っ!?」
ガブラスと呼ばれた長身の男への返答に、 俺は思わず反応してしまった。
「どうやら、 その反応を見るに当たりみたいだね…よし、 その少年には大人しく捕まっていて貰おう」
イギルの合図に、 ガブラスとクレアが少しずつ俺へと近づいてくる…。
後ろには奇術師のアハト、 左右はガブラスとクレアに遮られ、 正面はイギル…。
まさに袋のネズミといった所だろう…。 前後左右を塞がれた俺は────
「────『飛翔』!」
枝との激突をギリギリで回避し、 俺は翔んだ。
「クフフ、 逃がさないですよぉ?」
アハトは俺の飛翔という行動すら視野に入れていたと言わんばかりに再びナイフを投擲しようと構える…が。
「────はぁぁあ! 『時断剣』!!」
突如繰り出された斬撃の対処に手を取られ、 ナイフの投擲所ではなくなってしまった。
「ゼン君! こっちだ!」
声のする方を見ると、 そこには馬に乗ったアランとモノがおり、 アランの後ろで跨っているモノの表情は、 ポーカーフェイスとは程遠く心配しているのが人目でわかってしまっていた。 俺はその距離まで一気に飛翔し、 イギル達との距離をとる。
「…やっぱり、 あの『思念伝達』はモノだったか。 助かったよ、 アラン」
「いいんだ、 ゼン君。 そんなことより…あの人達は一体何者なんだ? どうも僕の目には悪者にしか見えないのだけど…」
100m程距離を取ることが出来てはいるが、 先程の俺の飛翔の妨害が出来なかったのはアハトだけだ。 他の3人はいつでも出来たと思うが…。
「…俺にも分からない、 でも何か企んではいるみたいだぜ。 俺をその為の糧に利用しようとしてたみたいだし」
なんにせよ人数差、 実力、 どちらをとっても俺達が勝てる範疇でないことは、 この距離からでも嫌という程感じる殺気で伝わってくる…。
「…幸い今は何もしてこないみたいだし、 今のうちに学校へ帰ってガイル先生に報告した方がいいだろう」
「…そうだね」
そして俺達は、 アランが持っていた転移魔道具を使用て、 一気に寮の前まで転移し、 無事にイギルからの逃亡に成功した。
──────────ゼンが転移した後。
その場に残される形になってしまったイギルだが、 焦りや怒りどころか、 落ち着いた表情のままだった。
「…追わなくて良かったのですか?」
「問題ないよ、 アハト。 少年は丁寧に名乗ってくれたからね、 いつでもまた捕獲出来るさ。 でも、 まだその時ではない…」
イギルは自分の右手、 つまり、 呪いの紋様をなぞりながら答える。
「全ては母の為に…」




