第十九話
「三球三振! バッターアウト」
アンパイアの声に、『寿』の二番打者が悔し気にバッドを降ろした。
「くっそう!」
『寿ファイターズ』のベンチで、二宮がその光景をじっと見つめていた。いつもの飄々とした笑みが消えている。
「連中、思ったよりやりますよ。二宮さん」
先ほど三振した二番打者が、二宮の隣に腰かけた。
「ああ、そのようだな。しかし例え三番バッターの宮迫が三振しても、この回で四番の俺まで回る。なあに、心配いらないさ。俺のひと振りで連中を黙らせてみせるぜ。ピッチャーはまずまずの選手のようだが、守備を見てみろ。ショートなんざ子供が守っているじゃないか。あそこを責める」
二宮の予言通り、三番バッターの宮迫が三振し、ベンチに戻ってくるのを横目で見つつ、二宮がバッターボックスに向かう。二宮はグルグルと腕を回し、バッとの舳先をショートに向けた。
ダボダボのユニフォームに身を包み、二塁と三塁の間で新之助がグローブを構えている。新之助がそんな二宮の挑発を見て、にやりと笑った。
「面白い、来いや。オッサン!」
新之助が拳をグローブに叩きつけた。
(そうか、ほんならいっちょう勝負してみるか? 新之助)
榎本のメガネが一瞬光って、セットポジションをとった。
幾分甘いカーブが放たれると、二宮が容赦なくそれを叩いた。
二宮の挑発のとおり、鋭い打球がショートの頭上を越えた……ように見えた。
しかし……。
新之助がグラウンドを蹴って飛んだ。
子供にあるまじきジャンプ力。しかもそれはまるで空中で舞を舞っているかのような、優雅さだった。息ひとつきらすことなく、新之助はグローブに白球をおさめて着地する。
「う……牛若丸か……こいつは!」
アウトをとられた二宮が、信じられんというような顔つきで頭を振った。
「子供やからって舐めんなよ。オッサン」
攻守交代で二宮とすれ違いざまに、新之助が得意気に鼻を鳴らした。
「ほう、確かによくやる。ではこちらも全力で臨まねば失礼というものだな」
二宮が低く嗤ってマウンドへと向かった。
商店街『ボロ勝ち』の一番バッターは、新之助である。幾分大きな大人用のヘルメットを被り、バッターボックスへと向かう。
新之助は小さな身体に闘志を燃やして、バットを構えた。
「ほう、お前が一番バッターか。面白い」
セットポジションから、二宮の第一球が放たれる。
百四十キロはあろうかという速球が、新之助の頭部スレスレに放たれた。
「うわっ」
新之助はバランスを崩して、その場に尻もちをついた。
「大丈夫か! 新之助」
宝生がマウンドに駆けつける。
「ああ、大したことねえ」
新之助はユニフォームについた土を手で払い、立ちあがった。
そんな新之助に、『寿』のキャッチャー、池田が囁く。
「あらまあ、強がっちゃって。二宮の球威は百四十キロはあるんやで。頭に当たったら死ぬで」
「けっ、百四十キロがなんぼのもんじゃ。父ちゃんはなあ……俺の父ちゃんの球はもっとはやかったわい!」
新之助は精いっぱい強がって見せた。
二宮から放たれる白球が派手な音を立ててキャッチャーミットに吸い込まれる。
「ストライク!」
(なるほど、確かに球威は結構なもんや。残念ながらこの球威では、子供の俺では力負けしてしまうか……。ほんなら)
二宮が第二球を放った直後、新之助はバンドの体制にはいる。
キン。
「ぐっ……おもっ」
新之助のバットが二宮の球威を殺し、こぼれた白球が回転しながら地面を抉っている。
「なにっ!」
二宮がボールをさばき、一塁に送球する頃には、新之助がすでにベースを踏んでいた。
「セーフ」
ベンチのダケさんがサインを出す。
(せんだ みつお ナハナハ――――)
そのサインに一塁上の新之助が頷いた。
(盗塁を狙え、ちゅうこっちゃな。積極的に走る素振りを見せて、ピッチャーの動揺を誘うっていう作戦やな)
新之助は、一塁ベースから大きく足を踏み出した。
「リーリーリーリ……」
新之助のリードに、二宮がイラついたように一塁に牽制球を送る。
「おっと危ない」
新之助はヘッドスライディングをして、難を逃れる。
「リーリーリーリ……」
第二球が放たれた隙をついて、新之助がスタートを切った。
二塁ベースに突っ込む。
「セーフ」
(よっしゃ得点狙えるで。なんとしてもまず相手にリードされてしまった一点をかえそうぜ)
そんな決意を漲らせ、新之助が拳を握った。
第三球。
商店街チームの二番打者である源さんが、二宮の百四十キロ台のストレートを振り抜き、センター前ヒットを鮮やかに決めた。
新之助は三塁に、源さんは一塁に立った。
「よっしゃいけるで! 一気に逆転や!」
源さんのヒットに沸く、商店街チームのベンチ。
そして意気揚々と、宝生が打席に向かった。
「ふんっ」
二宮が放つ初球のスライダーをどん詰まりで打ち上げると、最悪のトリプルプレーでのアウト。
「ああもう、なにやってるんだよう! この下手くそ」
新之助が地団太を踏んで悔しがった。
「へたくそとはなんだ! 失礼なっ」
ぷんすかと宝生が頬を膨らませる。
「あんちゃんは、へたくそじゃねえぞ。新之助」
梅さんがマウンドに向かう途中で新之助の頭を軽くはたいた。
「二宮のボールはちゃんと見えてるし、タイミングも合っていた。ただ……ちょっとスイングが早すぎるんだな」
(鍛えればモノになる)
そんな予感はあるのだが、今日負けちまったら意味ねえなあと、梅さんは晴天の空を走る一直線の飛行機雲を見上げるのだった。




