第十八話
「死なばもろともってな。俺たちゃあんたについていくぜ、ダケさんよう」
若葉商店街のうどん屋『つるつる』の主人、源さんが鼻を啜った。
源さんはそう言って、グラウンドから見える商店街の煤けた赤いアーケードを見つめた。
商店街の発足の為に皆で知恵を出し合い、役所に掛け合った日のこと。漸くのことで役所から許可が降りた日のこと。工事中、毎日のように胸を躍らせながら皆で現場に向かった日のこと。過ぎ去りし日の思い出は、あまりにも記憶のなかに鮮烈で、源さんは目頭が熱くなるのを懸命に堪えた。
時代の流れであるということは、重々承知している。
しかし、今思えばこの商店街には、自分の人生が詰まっているのだ。
例えこの試合に負けたとしても、『寿』は自分たちのこれからの生活は、保障してくれるという。しかし……。
「泣くのはまだ早いですよ。戦いはこれからです。必ず勝って皆さんの商店街を守りましょう」
宝生がぽんと源さんの肩をたたいた。
「う……うるせいやい! ちょっと風が目に染みただけだよ。俺りゃあ、別に泣いてなんかいねえんだよ」
源さんは肩で風をきって、大股でグラウンドへと向かった。
グラウンドでは、ダケさんを中心に商店街チームのメンバーが円陣を組んでいた。
「みんな、最後までわしを信じてついてきてくれて本当にありがとう。これがわしらにとって、最後の試合となるかもしれん。正々堂々と悔いの残らない試合にしよう」
ダケさんの言葉にメンバーは口をへの字に曲げて、懸命に涙を堪えた。
ダケさんの手の上に、メンバーが手を重ねてゆく。
「ひとりは皆の為に、皆はひとりの為に!」
「ファイトォー!」
グラウンドでは、既に紫の縦じまに身を包んだ『寿ファイターズ』が整列していた。キャプテンの二宮がにやにやとその光景を眺めている。
「いまどき流行らない、青春ドラマでも気取ってるんですか? お熱いことで」
二宮が大仰に帽子をとって煽いで見せると、源さんは思い切り鼻を顰めて呟いた。
「今に見ていろ!」
両チームが整列し、帽子をとって挨拶をする。
「よろしくお願いします!」
そのとき。
「今だ。くらえ! 目つぶし」
源さんは小さく呟いて、自らの不毛の頭皮に太陽光を当て、二宮目がけて反射させた。
「うぉっ、眩しい。なんだこれはっ」
二宮はよろめいてその場に尻もちをついた。キラリと光線が二宮の視界を横ぎり、その後視界が真っ白になってしまったのである。
「ふっ、あんたらわしらを舐めててたらエライ目に遭うで。覚えとき」
すれ違い様に、源さんが二宮に低く囁いた。
アンパイアの『プレイボール』の掛け声とともに、こうして決戦の火蓋は切って落とされたのであった。
雲ひとつない晴天を見上げ、源さんは内心ほくそ笑んだ。サードの真後ろから照りつける太陽は、夏ほどの強力な威力はないが、それでも充分にこの技は通用する。
ピッチャーの榎本が、セットポジションをとった。
(後方支援は任せてや! 榎本さん)
源さんは心の中で囁いた。
榎本のセットポジションから放たれる白球。
「今や!」
源さんは頭皮に太陽光を反射させた。
「うわっ、眩しい」
源さんの目つぶしをくらい視界を失った『寿』の一番打者がぶんぶんと、闇雲にバットを振り回した拍子に、バットの芯が白球をジャストミートし、小気味のよい音を立てた。
真っ青な空に白球が弧を描き、スタンドへと吸い込まれていった。
「うおー、やったぜ!」
『寿』の一番打者がガッツポーズでホームベースを踏むと、源さんが膝を折った。
(ごめん――――)
源さんは心の中で皆に詫びた。
バッターボックスに『寿』の二番打者が立つと、源さんはサードから、決意も新たに光線を送ろうと身構えた。
そして――――あれは!
『寿』の二番打者が、源さんを見て鼻で笑った。
彼はサングラスをかけていたのである。
「このわしが三十年かけて編み出した必殺技が……」
源さんはがっくりとうなだれ、頭を垂れた。
タイムアウトをとって、源さんがピッチャーの榎本のもとに走り寄る。
「どうしよう。わしの必殺技が……」
「いいから、もう余計なことしないでください。おかげで計算が狂ってホームランを打たれてしまったじゃないですか」
榎本はそう言って分厚い黒ぶちの眼鏡をくいっと上げた。
「それとも私の力を信用しておられないのですか? 源さん。私のあだ名は……」
「『ミスターコントロール』だったよな」
そういってにっかりと笑っているのは、キャッチャーの梅さんだ。
「『投げる精密機械』の異名は伊達じゃない。ちゃあんとわかってますって」
梅さんが白球を榎本に手渡す。
「頼みますよ。榎本さん」
榎本のセットポジションから、白球が放たれる。
しかしキャッチャーミットに吸い込まれる直球は、それほど早くはない。
『寿』の二番打者は、うむと頷いた。
(これなら自分でも打てそうだ)
そしてセットポジションから第二球が放たれた。
(よっしゃ! タイミングは完璧にとらえた――――)
打者の大振りのフルスィングが、空を切る。
「な……に?」
白球はバットからボールひとつ分ずれて、キャッチャーミットに吸い込まれていった。
「ドロップカーブだ。フォークが主流のいまどきのあんたらは知らんだろうがな」
キャッチャ―マスクを直しながら、にやりと笑って梅さんが呟いた。




