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死ななかった人たち ~あの日から、もう一人の私がいる~  作者: 白川 透


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第二十三話

月曜の午後、澪は雑居ビルの前で朝倉と落ち合った。


朝倉は鞄からノートパソコンとクリアファイル一つを出して見せた。


「持っていくのはこれだけです」


クリアファイルには、四枚の紙が入っていた。事例Fの頁の写し。三枝が相談室へ送ったメールと、その返信を印刷したもの。三枝の手帳の写真から、日付と睡眠時間と頭痛の有無だけを書き出した表。


「録音は、やめたいと言ったところから、休憩に入るところまでを聞いてもらいます。三分ほどです」


「はい」


「三枝さんが許したのは、久世さんに必要な部分だけ見せることです。全部は流しません。コピーも渡しません」


澪は頷いた。


「聞くのは三つ」


澪は自分のノートを開いた。


「やめたいと言ったことと、けがと、やめたあとの経過が、要約に書かれていないこと。訂正を頼まれて、それでも変わっていないこと。この要約を、ほかの相談者にどう見せているのか」


「はい」


「久世さんがしてきたこと全部を責めに来たんじゃない。それも、最初に言います」


朝倉は少し黙ってから言った。


「水城さんが話しますか」


「はい。私が」


澪はノートを閉じた。


この建物の三階で、澪は初めて否定されずに話を聞いてもらった。あの日のことは、今も覚えていた。


それを覚えたまま、今日はあの人に、別の人の言葉を扱い直してほしいと頼みに来た。


「朝倉さん」


「はい」


「土曜のことは、今日は話しますか」


朝倉はすぐには答えなかった。


「……今日は、事例Fのことだけにしようと思っています」


「分かりました」


二人は階段を上がった。


---


「どうぞ」


扉の向こうから、いつもの声がした。


部屋は前と同じだった。低いテーブル。椅子が四脚。壁際の棚のファイル。奥の流し台で、電気ケトルが湯気を立てていた。


久世は二人を見て、少し笑った。


「お二人とも、ようこそ。お茶を淹れますね」


「ありがとうございます」


久世が湯呑みを三つ置いて、向かいに座った。


澪はテーブルの上で両手を組んだ。


「久世さん。最初にお伝えしたいことがあります」


「はい」


「私は、ここで助けてもらいました。事故のあと初めて、自分が見ているものを否定されずに話せた場所です。それは今も変わりません」


久世は穏やかに頷いた。


「今日は、そのうえで、事例Fのことを聞きに来ました。久世さんの活動全部を判断しに来たんじゃありません。確かめたいことが三つあります」


「伺います」


澪は朝倉の方を見た。朝倉がクリアファイルから事例Fの写しを出して、テーブルの真ん中に置いた。


「事例Fのご本人と、連絡が取れました。ご本人の了承を得て、記録の一部をお持ちしています。今日、久世さんにお見せすることは、ご本人が許してくださいました。それ以外には使いません」


久世の目が、写しの上で止まった。


「……三枝さんですね」


「はい」


久世はそれ以上何も言わなかった。


「録音を、聞いていただけますか」


朝倉がノートパソコンを開いた。画面を久世の方へ向けた。


「三枝さんが、あの日ご自分の携帯で録ったものです。全部ではありません。ご本人が許した範囲のうち、三分ほどです」


朝倉が再生した。


小さなスピーカーから、三枝の声がした。


『……すみません。気分が、悪くて。……もう、やめたいです。今日は、終わりにさせてください』


『分かりました。少し休みましょう。水を飲んでください』


コップの音。沈黙。


『……ただ、ここでやめてしまうのは、少しもったいない気がします。さっき、大事なところに近づいていたでしょう。つらくなるのは、そこに何かがあるからかもしれない。休んで、落ち着いたら、もう一度だけ。……無理にとは言いません。三枝さんが決めてください』


三枝の息の音。聞き取れない小さな声。


朝倉が再生を止めた。


部屋の中で、電気ケトルが小さく音を立てていた。


久世は画面を見ていた。表情は変わらなかった。


「私の声です」


久世は言った。


「覚えています。あの日のことは」


---


澪は、三枝の手帳から書き出した表と、相談室とのメールを並べた。


「録音のあと、三枝さんは再開して、また体調を崩して部屋を出ました。そのあと階段で転んで、腕を折っています。ご本人の手帳では、眠れるようになったのは接触をやめてからです。同じ頃に休職と通院もしているので、やめたことだけが理由だとは、私たちも言えません」


久世は表を見ていた。


「事例Fの要約には、やめたいと言ったことも、けがのことも、やめたあとの経過も書かれていません。一時休止の後、接触を再開。その後、安定が得られた。そう書いてあります」


「はい」


「それから、三枝さんは半年ほど前に、ここへ訂正をお願いするメールを送っています。久世さんからの返信も、ここにあります」


澪は印刷した二枚を、久世の前へ押した。


「十日ほど前に私が受け取った要約にも、三枝さんが書いてほしいと言ったことは、載っていませんでした」


久世は、二枚のメールを手に取った。自分の返信を読んでいるようだった。


「聞きたいのは、それをどう扱うのかということです。けがの原因を久世さんのせいだと言いに来たんじゃありません。何が要約から落ちたのか。それを、これからどうするのか」


久世は紙を置いた。


眼鏡を外して、指で目と目の間を押さえた。それから眼鏡をかけ直した。


「録音のことは、否定しません」


久世は言った。


「三枝さんは、やめたいとおっしゃった。私は休憩を勧めて、もう一度向き合うことを勧めました。そのとおりです」


「はい」


「あの日の三枝さんは、とても大事なところにいました。事故の前の日のことを、あの方が初めて話し始めていた。つらさが強くなるのは、そういうときです。私はそれを何度も見てきました。ですから、あのやめたいは、一時的な負担の訴えだと受け取りました」


澪は、その言葉をノートに書いた。一時的な負担の訴え。


「おけがのことは、本当に申し訳なく思っています。お見舞いの気持ちは、今も変わりません」


「要約に、それを書かなかったのは」


「要約は、個人が特定されない範囲で短くまとめるものです。おけがの経緯まで書けば、分かる方には分かってしまう。それもありました」


「けがの詳しいことを書かなくても、やめたいと言ったことは書けます」


澪は言った。


「休止が三枝さんの希望ではなくて、やめたいと言ったあとの休憩だったことも、書けると思います」


久世は少し黙った。


「それから、その後の安定のことですが。接触をやめたあとに眠れるようになった。それは、三枝さんのおっしゃるとおりなのでしょう。ただ、私は、そこまでに向き合ってこられたことが、あとから実を結んだのだと考えています。種をまいてすぐには芽が出ない。やめたあとで出てくることもある」


「やめたあとでよくなったら、それまでの積み重ねの結果」


澪は、ゆっくり繰り返した。


「はい」


「続けて、つらくなったら」


「大事なところに近づいているのかもしれない」


「続けて、よくなったら」


「それは、向き合えた結果でしょう」


久世は穏やかに答えた。


澪はペンを持ったまま、手を止めていた。


「久世さん。どういう結果が出たら、この方法を見直しますか」


久世は少し首を傾けた。


「見直す、というのは」


「やめた方がよかった、と考える基準です。どんな経過なら、この人には続けない方がよかったと判断しますか」


久世は、しばらく考えていた。


「一人ひとり違いますから」


久世は言った。


「一律の基準で決められるものではないと思います。その方の様子を見ながら、そのつど考えていくしかない」


「そのつど考えて、三枝さんのときは、続ける方を選んだ」


「はい」


「あの日、三枝さんに何があったら、終わりにしましたか」


久世は少し考えた。


「……もっとはっきり、拒まれていたら、でしょうか」


「やめたい、終わりにさせてください、と言っていました。録音で」


「ええ。ですが、あのときの三枝さんの様子を見て、私は、まだ向き合えると判断しました」


「次に、同じことを言う方がいたら。また休憩と再開を勧めますか」


「その方の様子によります」


澪はペンを動かさなかった。何があれば判断を変えるのかは、三枝のことでも出てこなかった。


「三枝さんが、あとから違うと書いてきても」


「三枝さんのお気持ちは、大切に受け止めています」


半年前の返信でも、三枝の書いたことは、三枝の経験として、お気持ちとして受け止められていた。同じところへ戻された、と澪は思った。


お気持ち。


三枝が書いたのは、気持ちではなかった。起きたことの順番だった。やめたいと言った。勧められた。けがをした。やめてから眠れた。


澪は、テーブルの上の自分の手を見た。


どんな結果が出ても、この人の中では、続けたことが正しかったと説明できてしまう。悪くなれば近づいている証拠になる。よくなれば向き合った成果になる。やめてからよくなっても、それまでの積み重ねになる。


久世は、見せた出来事を否定したわけではなかった。録音も、自分の声だと認めた。三枝のメールも、読んだと認めた。


それでも、何を見せても、同じところに戻ってくる。


澪は、その穏やかさが怖かった。


「要約は直していただけますか。三枝さんが書いてほしいと言ったことを。少なくとも、やめたいと言ったことと、けががあったことと、やめたあとに落ち着いたことを」


久世は少し考えた。


「検討します」


久世は言った。


「三枝さんのお気持ちにも、私の観察にも、どちらにも嘘がないように。表現を考えてみます」


それは、答えではなかった。澪にはそう聞こえた。


澪はノートに書いた。要約の訂正:検討する、との回答。見直す基準:一律にはない、との回答。


---


久世は、湯呑みに口をつけた。


それから、朝倉の方を向いた。


「朝倉さんは、その後いかがですか」


朝倉の背中が、少しだけ伸びた。


「前にお話を伺ったとき、事故のことを話してくださいましたね。名前を呼ばれた気がした、と」


「……はい」


「あれから、何か変わったことはありましたか」


澪は、朝倉の横顔を見た。


今日は事例Fのことだけにする、と朝倉は言っていた。


朝倉は、湯呑みを見ていた。


「土曜に、実家へ行きました」


朝倉は言った。


「事故のときに使っていた部屋に。……十九歳の頃の自分が、いました」


久世の手が、湯呑みの上で止まった。


「見たんですね」


「はい。少しだけ。こちらからは話しかけていません。向こうから、一言だけ」


「何と」


「机の引出しのことを。まだ引っかかるだろう、と」


久世はゆっくり湯呑みを置いた。


「それは、大きなことです」


久世は言った。声が少しだけ低くなっていた。


「十年ですね。その方は、朝倉さんと同じ過去を持っている。事故の日のことも、事故の前のことも。朝倉さんが覚えていないことを、覚えているかもしれない」


朝倉は何も言わなかった。


澪は朝倉の手元を見ていた。開いた手帳の上で、ペンを持つ指が少し白くなっていた。


「向こうから話しかけてきた、というのは」


久世は言った。


「朝倉さんを、待っていたのかもしれませんね」


朝倉の顔が、わずかに上がった。


「……最初は、どのくらいの時間から始めるのがいいんでしょうか」


朝倉が聞いた。


澪は、ペンを止めた。


「最初は短くていいと思います。十五分か、二十分。向こうが話したいことを、遮らずに聞く。朝倉さんの方から、事故のことを急いで聞かない方がいい」


「はい」


「何回か会って、向こうが朝倉さんに慣れてきたら、少しずつ」


「向こうから、話してくれることもありますか。事故の日のことを」


「ありますよ。私が見てきた方の中には、そういう方が何人もいました」


朝倉の手帳の上で、ペンが動いていた。十五分か二十分。遮らずに聞く。


澪は、その字を横から見ていた。


さっき、朝倉はこの部屋で三枝の録音を流した。休んで、落ち着いたら、もう一度だけ。その声を、二人で聞いた。久世の説明が、どんな結果も同じところへ戻すのを、二人で見た。


それなのに、朝倉の質問は、少しずつ具体的になっていた。どのくらいの時間から。向こうから話してくれるか。


朝倉が何を考えているのか、澪には分からなかった。分かるのは、朝倉が身を乗り出していることと、ペンが止まらないことだけだった。


澪は、自分のことを思い出していた。


この部屋で、澪も同じように頷いた。やめていい、と言われて、助かったと思った。後ろの半分を、ちゃんと聞いていなかった。久世が自分の話を否定しないでいてくれたから。ほしかった言葉を、くれたから。


他人の事例なら、どこがおかしいか見えた。自分の話になると、見えなくなった。


朝倉も、今、そうなのかもしれなかった。


澪は、口を開きかけた。


何と言えばいいのか、分からなかった。朝倉さん、今は事例Fの話を、と言えば、朝倉は止まるだろう。けれど、それは朝倉が自分で決めることを、澪が取り上げることにならないか。


「朝倉さん」


澪は、それだけ言った。


朝倉が、こちらを見た。


澪は何も付け足さなかった。


朝倉は少しの間、澪を見ていた。それから手帳に目を落として、ペンを置いた。


「……すみません。今日は、事例Fの件でした」


「いいえ」


久世は穏やかに言った。


「朝倉さんのお話も、大事なことです。またいつでも」


それから、少し考えるように、窓の方を見た。


「実は、ちょうど今、似たことで準備を重ねている方がいらっしゃるんです」


---


「準備、というのは」


澪は聞いた。


「長く通ってくださっている方です。ご家族のことで、どうしても知りたいことがあって。ご自分の分身の方と、少しずつ話を重ねてこられました。向こうも協力的で。……もうすぐ、大事なところに進めそうなんです」


「大事なところに進める、というのは」


「もう一歩、深く向き合う日を設けます。時間を長めに取って、その方の記憶にゆっくり近づく。私も同席します」


「いつですか」


「来週の木曜です。十日ほど先ですね」


澪は、ノートに書いた。十日ほど先。木曜。時間を長めに取る。久世が同席。


書いてから、ペンの先が紙の上で止まっていた。


三枝の日も、いつもより長かった。三枝は、そう話していた。


「その方は」


澪は言った。


「三枝さんの経過を、ご存じですか」


「事例の要約は、お渡ししています」


「事例Fの要約を」


「はい。いくつかの事例と一緒に」


一時休止の後、接触を再開。その後、安定が得られた。


その方は、それを読んだのだろう。澪が読んだのと同じように。


「久世さん。その方にお会いすることはできますか」


久世は澪を見た。


「私たちは、その方の予定を止めに行くつもりはありません。止める立場でもありません。ただ、要約には書かれていないことがある、と伝えたいんです。録音のことも、けがのことも。三枝さんがどう書いていたかも」


「三枝さんの記録を、その方に見せるということですか」


「いいえ」


朝倉が言った。


「三枝さんが許してくださったのは、久世さんにお見せすることまでです。その方にお伝えするなら、何を見せるかも、口でどこまで話すかも、三枝さんにもう一度聞いてからにします。許されない範囲は、お伝えしません」


久世は、しばらく黙っていた。


「その方のお名前や、ご家族のことは、私からはお伝えできません」


「はい。それは、伺いません」


「お会いになるかどうかは、その方が決めることです」


「はい」


「お伝えはします」


久世は言った。


「お二人が、事例Fのことでお話ししたいとおっしゃっている、と。その方が会いたいとおっしゃれば、連絡先をお伝えします」


「ありがとうございます」


澪は頭を下げた。


頭を下げながら、澪は自分のノートの字を見ていた。来週の木曜。


怪異の期限ではなかった。満月でも、命日でもない。久世が決めて、その人が了承した日だった。人が決めた予定だった。


それでも、予定表には、もう載っていた。


---


ビルを出ると、外はまだ明るかった。


二人はしばらく黙って歩いた。


駅へ向かう途中の小さな公園で、澪はベンチに座った。朝倉も、少し離れて座った。


「整理させてください」


「はい」


澪はノートを開いた。


「今日、増えたこと。久世さんは、録音を自分の声だと認めた。でも、何があれば判断を変えるのかは、三枝さんのことでも言わなかった。要約は、検討する、だけ。……それから、来週の木曜」


朝倉は頷いた。


澪はノートを閉じた。


「……悔しいです」


澪は言った。


「録音まで聞いてもらって。メールも見せて。それでも、何も変わらなかった」


「はい」


「止めたいんです。その人の来週の木曜を」


言ってから、澪は自分の言葉を聞いた。


「でも、止めるのは私たちじゃない。その人が知ったうえで決めること。私たちができるのは、知ってもらうことだけ。……知っても、続けたいって言うかもしれない」


「はい」


「そのときに、私、たぶん、それでも止めたいと思う。三枝さんのことを知ってるから。でも、それを押しつけたら、久世さんがやめたいを一時的な負担って呼んだのと、逆向きに同じことになる」


朝倉は少しの間、何も言わなかった。


「三枝さんに、一つだけ聞いてみます」


朝倉が言った。


「その方に、三枝さんの経過を口で話していいか。やめたいと言ったこと。勧められて再開したこと。その日のけが。やめたあとに落ち着いたことと、ほかにも理由があったこと。要約にそれが書かれていないこと。そこまでを話していいか。録音や手帳やメールは見せません。それ以上は頼みません」


「はい。お願いします」


澪は、朝倉の横顔を見た。


「朝倉さん」


「はい」


「さっき。久世さんに、時間のことを聞いてましたね」


朝倉は、すぐには答えなかった。


「……はい」


「責めてるんじゃないんです。私も、あの部屋で同じでした。自分の話になると、聞きたい言葉ばかり耳に残る」


朝倉は手帳を出した。今日の頁を開いた。十五分か二十分。遮らずに聞く。


朝倉はそれを見ていた。消さなかった。線も引かなかった。


「土曜の手帳も、まだ挟んであります」


朝倉は言った。


「話しかけない。三十分。残り四分は使わず」


「はい」


「次に実家へ行くときは、水城さんと決めた方を使います」


「はい」


澪は頷いた。


それ以上は、言わなかった。


---


その夜、澪が夕食の片づけをしていると、携帯が震えた。


久世からだった。


〈水城さん、朝倉さん。今日はありがとうございました。先ほどの方にお伝えしました。お二人とお会いしたいとのことです。ご本人の了承を得て、お名前と連絡先をお知らせします。榊原修司さんです。〉


電話番号と、メールアドレスが書いてあった。


〈榊原さんは、今週の木曜の夕方なら時間が取れるそうです。場所は、榊原さんがお決めになりたいとのことでした。〉


澪はその文面を二度読んだ。


知ったうえで、それでも続けたいと言うかもしれない人。


澪は朝倉に転送した。


すぐに返事が来た。


〈三枝さんにはさっき連絡しました。返事を待っています。榊原さんには、明日の朝、僕から連絡します。〉


窓際から、声がした。


「誰から?」


女が、窓の外を見たまま聞いていた。


「相談室の人」


「あの人?」


「うん」


「……まだ、会いに行くの」


澪は、携帯を伏せた。


「今度は、別の人に会いに行く」


女は、それ以上聞かなかった。


澪はノートを開いて、今日の日付の下に書いた。


今週の木曜の夕方。榊原修司さん。来週の木曜に、続ける予定の人。

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