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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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空いていた席

施設を出るだけで、思った以上に時間がかかった。


 行きは一人ずつ降りただけだった縦穴も、帰りはそうはいかない。ヴァンは自力で登れる状態ではなく、ノアもまだ足元がおぼつかない。ディルは「俺は平気だ」と言い張ったものの、縄へ手をかけたところで腕が震えたため、セラに無言で座らされた。


「何で何も言わないんだよ」


「言っても聞かないでしょ」


「……はい」


「増えたな、素直なやつ」


 エドが笑う。


「お前は元気すぎる」


「俺は二年分ちゃんと生きてるからな」


「その理屈だとカイルが一番元気じゃないとおかしい」


「俺を巻き込むな」


 五年前に離れた六人が同じ場所に揃ったばかりだというのに、会話だけを聞いていると昨日まで一緒に旅をしていたようだった。


 ハヤトは少し離れたところで縄を結びながら、その様子を眺めていた。


 たぶん昔もこうだったのだろう。


 カイルが先に動いて、ヴァンが勝手なことをして、エドが口を挟み、イリスが止める。ノアとディルについてはまだ分からないが、少なくとも全員が遠慮するような間柄ではないらしい。


「ハヤト」


 セラに呼ばれ、我に返る。


「何?」


「見てないでこっち持って」


「はい」


 ヴァンを引き上げるための簡単な吊り具を作る。カイルとエドが上へ回り、ハヤトが下から支えることになった。


「落とすなよ」


 ヴァンが言う。


「落とされたくない人の態度じゃないな」


「怖がったら落とさないのか?」


「それはない」


「なら同じだ」


「なんか腹立つ」


 身体へ縄を回していると、ヴァンが小さく笑った。


「お前、カイルと気が合うだろ」


「最近それ言われるけど、あんまり嬉しくない」


 上から声が飛ぶ。


「聞こえてるぞ!」


「地獄耳だな」


「真下だ!」


 先にヴァンを上げ、そのあとノア、ディルと続く。


 イリスは自力で登った。


 最後にハヤトとセラ、レグが穴を抜ける。


 外へ出た瞬間、黒い塊が勢いよく走ってきた。


「クロ!」


 レグが両手を広げる。


 クロはそのまま胸へ飛び込み、勢いに負けたレグが尻もちをついた。


「ただいま」


 鼻先が頬へ押しつけられる。


「まってた?」


 尻尾が大きく振れる。


「まってたね」


 もう一度抱きしめた。


 クロはそこでようやく安心したらしく、周囲の匂いを嗅ぎ始める。


 カイル。


 エド。


 セラ。


 ハヤト。


 そして見慣れない三人。


 イリスのところでは、やはり少し警戒した。


 ヴァンへ近づいた瞬間には、身体を低くする。


「クロ」


 レグが呼ぶと、唸りはしなかった。


 ただ、耳の下にある黒い金属から目を離さない。


「覚えてるみたいだな」


 ヴァンが言った。


「お前が何かしたの?」


 レグが聞く。


「直接はしてない」


「ほんと?」


「ああ」


 クロの視線を受けながら、ヴァンは地面へ座り込んだ。


「ただ、その首輪と同じ仕組みのものは何度も触った」


 レグの手がクロの首へ移る。


 今はもう外されている。


 けれど、毛の下には古い印が残っている。


「クロに、だれがつけた?」


「分からない」


「ヴァンじゃない?」


「違う」


 レグはしばらくヴァンを見た。


「じゃあいい」


「信じるの早くないか?」


「うそなら、あとで怒る」


「それは怖いな」


 ヴァンが笑った。


 クロはまだ完全には警戒を解いていないが、レグが離れたので追いかけてくる。無理に近づける必要はなさそうだった。


 日が傾き始めている。


「今日はノルドまで戻るだけだな」


 カイルが言った。


「修道院は明日以降」


「全員休ませてから」


 セラが念を押す。


「特に三人」


 ヴァン、ノア、ディルへ順番に視線を向ける。


「俺も?」


 ディルが不満そうに言う。


「二年間ほぼ動いてないかもしれないんですよ」


「俺の感覚では一日だぞ」


「身体の感覚は?」


「……ちょっとだるい」


「休みましょう」


「はい」


 即落ちだった。


「セラ強いな」


 イリスが笑う。


「言っても聞かない人が多いから」


「誰のこと?」


 ハヤトが聞く。


 セラは答えずにこちらを見た。


「俺も?」


「自覚あるならいいよ」


「あるんだ……」


 ノルドへ向かって歩き始める。


 歩けないヴァンは、エドとカイルが交代で肩を貸した。ノアも無理をさせず、途中から簡単な担架を作った。


 ディルだけは意地でも自分で歩いたが、一時間もしないうちに口数が減った。


「やっぱり休む?」


 セラが聞く。


「大丈夫」


「さっきから三回目」


「じゃあ次から別の言い方にする」


「そういう問題じゃないです」


 セラの声に、六人の旧仲間が揃って笑う。


「もう馴染んでるじゃん」


 ハヤトが言うと、セラは少し困った顔をした。


「患者が増えただけなんだけど」


「それで馴染むのすごいな」


 しばらく森を歩いたところで、ハヤトは隣にヴァンがいることに気づいた。


 カイルに支えられながらではあるが、こちらを見ている。


「何?」


「昨日聞いた名前」


「昨日?」


「ガルド」


 ハヤトの足が少し遅くなる。


「やっぱり何か知ってる?」


「ああ」


「レグの父親?」


「そこまでは言えない」


「じゃあ何を?」


 ヴァンは少し前を歩くレグを見る。


 クロと並んで歩きながら、何かを話している。相手は返事をしないのに、本人は気にしていない。


「古い記録に名前があった」


「どこで?」


「四年前に見つけた施設」


「カイルたちと別れたあと?」


「ああ」


「どんな記録?」


「竜についてまとめたものだ」


 ハヤトの意識が一気にそちらへ向く。


「人化の?」


「それも含まれてた」


「ガルドって名前が?」


「正確には、俺たちがそう読んだ」


「俺たち?」


「俺と……」


 ヴァンが一度言葉を切る。


「ノアだ」


 担架で運ばれているノアを見る。


「ノアと一緒だった時期があるの?」


「ある」


「エドは二年前までノアと一緒だったって」


「それより前だ」


 五年間。


 六人はずっと別々だったわけではない。


 合流し、また分かれた時期がある。


「ガルドについて何て書いてあった?」


「断片しか残ってなかった」


 ヴァンは思い出すように言った。


「名前の近くに、二つの言葉があった」


「何?」


「《東》と、《守る》」


 ハヤトは黙った。


 さっき施設で見た壁。


 各地へ散っていった六頭の竜。


 東へ向かった一頭。


「それだけ?」


「もう一つ名前があった」


 嫌でも予想した。


「……ミレア?」


 ヴァンがハヤトを見る。


「知ってるのか」


「レグの母親の名前だと思う」


「そうか」


 ヴァンの表情が少し変わった。


「じゃあ、かなり近いな」


「何が?」


「俺が読んだ記録では、その二つの名前は並んでた」


 ハヤトは前を歩くレグを見る。


 父ガルド。


 母ミレア。


 二つの名前が、古い竜の記録に一緒に残っていた。


「それ、本人たちだと思う?」


「分からん」


「でも」


「同じ名前の別人って可能性もある。古い言葉の読み方が間違ってる可能性もある」


「そこまで慎重なんだ」


「痛い目見て覚えた」


 ヴァンは自分の耳元を指した。


 黒い金属。


「説得力あるな」


「だろ」


「その記録、どこにある?」


 ヴァンは東を向いた。


「修道院だ」


 ハヤトは思わず止まりかけた。


「そこ?」


「ああ」


「カイルが人化する竜の記録を見つけた場所と同じ?」


「多分、見たものは違う」


「何でカイルに言わなかった」


「五年間会ってなかった」


「あ、そうだった」


「忘れるな」


「最近情報が多すぎるんだよ」


 ヴァンが少し笑う。


「俺もだ」


 その会話に、後ろからカイルが割り込んだ。


「何話してる」


「お前には教えない」


「何でだよ」


「冗談」


「ヴァンが言うと冗談に聞こえない」


「昔からだ」


 カイルがヴァンを支え直す。


 その手つきは乱暴そうに見えて、実際にはかなり慎重だった。


「で?」


「修道院の話」


「何か知ってるのか」


「あとで全員に話す」


「今言え」


「疲れた」


「お前な」


「患者を休ませろってセラに言われた」


 セラが少し前から振り返った。


「それは正しいです」


「ほら」


「都合いいときだけ使わないでください」


 ノルドへ着いたのは、空が赤くなり始めたころだった。


 村の入口で、一人の男がこちらを見つける。


 朝送り出した人数より明らかに増えている。


「……また増えた?」


 男が真顔で聞いた。


 ハヤトは少し考えた。


「三人ほど」


「何しに行ったんでしたっけ」


「人探し?」


「疑問形なんですか」


 説明はカイルに任せた。


 村長の家だけでは足りず、空いていた家をもう一軒貸してもらうことになる。


 セラはすぐヴァンたちを横にさせ、イリスも手伝った。


 ハヤトとエドは水を運び、カイルは村長へ事情を説明する。


 レグはクロと一緒に食事の準備を覗きに行った。


「レグ」


 ハヤトが声をかける。


「なに?」


「手伝ってる?」


「みてる」


「手伝おうか」


「味見する」


「それは手伝いじゃない」


 料理をしていた村の女性が笑う。


「少しくらいならいいよ」


 レグの目が輝いた。


「ほら、許可出た」


「一個だけだぞ」


「うん」


 絶対に一個で終わらない顔だった。


 夜。


 借りた家の大きな部屋に、長い卓が用意された。


 質素な料理。


 野菜の煮込み。


 固めのパン。


 焼いた川魚。


 弱っている三人には別に薄い粥が出されている。


「俺も魚」


 ディルが言う。


「明日」


 セラが即答した。


「一口」


「明日」


「匂いだけ」


「好きにしてください」


「厳しい」


 ノアはすでに諦めて粥を食べている。


「これ普通にうまいぞ」


「裏切ったな」


「腹減ってるから何でもうまい」


「それ聞いたら余計魚食いたくなった」


 ヴァンは何も言わず粥を食べていた。


「ヴァンは文句ないの?」


 イリスが聞く。


「言ったらセラに怒られる」


「学んだね」


「生きる知恵だ」


「聞こえてますからね」


 セラも席につく。


 そこでようやくハヤトは気づいた。


 カイルたち六人が、同じ卓に座っている。


 カイル。


 ヴァン。


 イリス。


 エド。


 ノア。


 ディル。


 一人も欠けていない。


 カイルも同じことに気づいたらしい。


 パンを取ろうとした手が止まった。


「どうした?」


 エドが聞く。


「別に」


「何だよ」


「……六人いるなって」


 誰もすぐに返さなかった。


 ヴァンが粥の器を置く。


「そうだな」


 イリスが六人を順番に見る。


「変な感じ」


「俺は昨日まで普通だったけどな」


 ディルが言う。


「お前の昨日は二年前だ」


 ノアが返す。


「俺には昨日だ」


「俺にも昨日だ」


「お前と俺だけ話合いそうだな」


「時間感覚だけな」


 エドが笑った。


「俺は全部覚えてるぞ」


「五年分?」


「ああ」


「羨ましいような、そうでもないような」


「絶対そうでもない」


 エドは苦笑した。


 五年間を生きた者。


 五年間を失った者。


 二年間を失った者。


 昨日の続きをそのまま迎えた者。


 同じ卓へ戻ってきても、全員が同じところへ帰ってきたわけではない。


 それでも。


「とりあえず」


 イリスが自分のカップを持ち上げる。


「全員生きてた」


「酒じゃないけどな」


 ヴァンが言う。


「あなた今飲んだら倒れるよ」


「俺じゃない。カイル」


「俺も今日はいい」


「珍しい」


「うるさい」


 イリスが笑う。


「じゃあ水で」


 六人のカップが、卓の中央へ集まった。


 派手な言葉はなかった。


 ただ一度だけ、軽く触れ合う。


 こん。


 小さな音。


 ハヤトは少し離れた席で、それを見ていた。


「ハヤト」


 隣のレグが袖を引く。


「なに?」


「レグもする」


「何を?」


 自分のカップを持ち上げる。


「これ」


「ああ」


 ハヤトも持つ。


 セラも笑いながら加わった。


「私も」


 三つのカップが触れる。


「何に?」


 セラが聞く。


「何か決めないと駄目?」


「別に」


「じゃあ」


 レグが少し考える。


「明日もいっしょ」


 ハヤトとセラが顔を見合わせる。


「それでいこう」


 三つのカップがもう一度触れた。


 食事が終わるころには、ノアとディルは眠そうにしていた。


 ヴァンも限界に近い。


 セラとイリスに追い立てられるように、三人は先に寝室へ向かった。


「子供みたいだな」


 エドが笑う。


「聞こえてるぞ」


 奥からヴァンの声が返ってきた。


「元気じゃねえか」


「寝ろ!」


 久しぶりに、家の中へ笑い声が広がった。


 その夜。


 ハヤトが外へ出ると、カイルが一人で家の前に座っていた。


「寝ないの?」


「もう少ししたらな」


 隣へ座る。


 しばらく何も話さない。


 村の灯りは少なく、空には星がよく見えた。


「全員いたな」


 ハヤトが言う。


「ああ」


「昨日まで一人だと思ってたのに」


「一人とは思ってない」


「俺らいたし?」


 カイルがちらりと見る。


「自分で言うな」


「でもそうだろ」


 少し間が空く。


「……まあな」


 それだけで十分だった。


 ハヤトもそれ以上は言わない。


 やがてカイルが立ち上がった。


「明日、ヴァンの話を聞く」


「ガルドとミレア?」


 動きが止まる。


「もう聞いたのか」


「少しだけ」


「なら俺も聞く」


「レグにも?」


 カイルは少し考えた。


「本人のことだ。隠す理由はないだろ」


「だな」


 明日。


 身体の具合を見て、修道院へ向かう。


 そこにはレグの両親と同じ名前が記された古い記録がある。


 ハヤトが家へ戻ろうとしたとき、背後で扉が開いた。


「ハヤト」


 レグだった。


「まだ起きてたの?」


「水のみたかった」


「そっか」


 レグはカップを持ったまま外へ出て、空を見る。


「星いっぱい」


「うん」


「東、どっち?」


 ハヤトが指す。


「あっち」


 レグはしばらくその方向を見た。


「声は?」


「しない」


「名前も?」


「うん」


 少し安心する。


 レグは水を一口飲み、何でもないことのように言った。


「でも、近いよ」


「何が?」


 レグが東を指す。


「おかあさんのにおい」


 カイルの顔が上がった。


「今分かるの?」


「ちょっとだけ」


「昨日までは?」


「しなかった」


 ハヤトも東を見る。


 修道院のある方角。


「どれくらい近い?」


 レグは首を傾げた。


「わかんない」


「まあ、そうだよな」


 まだ断定はできない。


 記憶に引っ張られているだけかもしれない。


 古い記録や石の反応を、匂いだと感じている可能性もある。


 それでもレグは迷っていなかった。


「明日、行く?」


「ああ」


「みんなで?」


「みんなの体調次第かな」


「ハヤトとセラは?」


「行く」


 レグが笑った。


「じゃあ、だいじょうぶ」


 それだけ言って家の中へ戻っていく。


 ハヤトはその背中を見送り、もう一度東を見た。


 呼ばれたからではない。


 確かめたいから行く。


 その違いだけは、今までよりずっとはっきりしていた。

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