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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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帰る場所の形

レグの胸の奥で、黒い石が強く脈打った。


「……っ」


 レグが胸元を押さえる。


 ハヤトはすぐ隣へ寄った。


「痛い?」


「いたくない。でも、いっぱい動いてる」


「石が?」


「うん」


 壁に浮かんだ六つの竜と、その中央に立つ人の姿。


 ヴァンが読めたという《帰還》の文字だけが、他より強く白く光っている。


「レグ、無理に近づかなくていいからな」


「うん」


 そう答えた直後、壁の絵が動いた。


「え?」


 セラが息を呑む。


 六頭の竜のうち、一頭の輪郭が光り始める。


 翼を大きく広げた竜だった。


 その足元に文字が現れる。


 カイルとイリスが同時に目を細めたが、先に反応したのはレグだった。


「あ」


「読める?」


「……これ」


 レグは胸を押さえたまま、その文字を見つめている。


「あの名前」


「昨日の夜に聞こえた?」


「うん」


 ハヤトの背筋が少し冷えた。


「何て名前なんだ?」


 レグは口を開きかけて、止まった。


 イリスから言われたことを覚えている。


 声に呼ばれても返事をしない。


 不用意に名前を口にしない。


「言わなくていい」


 ハヤトが先に言った。


「うん」


 レグはほっとしたように頷く。


 名前そのものはまだ分からない。


 だが昨夜、遠くからレグへ届いていたものと、この壁に描かれた一頭の竜が何らかの形でつながっている。


「レグ自身の名前って可能性は?」


 セラが小さく聞く。


「まだ決めない方がいい」


 イリスが答えた。


「その竜の名前かもしれないし、場所の名前かもしれない。古い言葉は名前と役割が同じ形になることもあるから」


「便利なようで不便だな、古代語」


 ハヤトが言うと、カイルが横で頷いた。


「だから苦労してる」


「珍しく同意された」


「俺を何だと思ってる」


 その間にも壁の光景は変わっていく。


 最初に光った一頭が中央へ歩き始めた。


 巨大な竜の姿が、人影へ近づく。


 そして。


「消えた?」


 エドが身を乗り出す。


「違う」


 ヴァンが呟いた。


 竜の輪郭が縮んでいる。


 翼が消え、長い尾が短くなり、四肢の形が変わっていく。


 最後に残ったのは、一人の人間だった。


「人化……」


 セラの声が小さくなる。


 続いて二頭目。


 三頭目。


 六頭の竜が、一頭ずつ人の姿へ変わっていく。


 誰も喋らなかった。


 これまで見つけた記録では、人の姿を取る竜が存在していたことは分かっていた。


 レグ自身も練習して人化を身につけた。


 けれど今、壁に映っているものはそれより明確だった。


 六頭すべてが、中央にいる人影の前で姿を変えている。


「六つの円って……」


 ハヤトが床を見る。


「この六頭?」


「多分な」


 カイルが答える。


「少なくとも、俺たち六人じゃない」


 エドが大きく息を吐いた。


「五年間、人数同じってだけで振り回されてたのかよ」


「お前だけじゃない」


 ヴァンも苦い顔をする。


「俺もそう思ってた」


「じゃあ俺たちが施設に近づくと反応したのは?」


 イリスが聞く。


「まだそこは分からない」


「結局そこは残るのね」


 六人の探索者が、この施設と無関係というわけでもない。


 ただ、床の六つの円そのものは彼らを示していなかった。


 少なくとも一つ、思い込みは外れた。


 ハヤトは少しだけ安心した。


 何も解決していないのに、正体の分からない仕組みにカイルたち六人が選ばれていた、という最悪の想像からは離れられた。


「真ん中の人は?」


 セラが壁を指す。


 六人へ姿を変えた竜たち。


 その中心にいる一人だけは、最初から人の姿だった。


 胸には黒い石と同じ印。


 円と三本の線。


「先生?」


 レグが言った。


「先生?」


「前もいた」


 ハヤトは思い出す。


 別の施設で見た古い映像。


 小さな竜が、人間らしき相手から人化を教わっていた。


「同じ人?」


「わかんない」


「でも役割は似てるかも」


 セラが壁を見る。


「竜に人の姿になる方法を教えてる?」


「その可能性はある」


 イリスも頷く。


 そこで、ノアが壁際に手をつきながら口を開いた。


「その印……見たことある」


 エドがすぐ振り返る。


「立って大丈夫なのか?」


「寝てても見えねえ」


「セラに怒られるぞ」


「もう怒られた」


「聞こえてます」


 後ろからセラの声が飛ぶ。


 ノアは大人しく壁へ寄りかかったまま続けた。


「ディルと入った部屋に、同じ印があった」


「二年前の?」


「俺には昨日だけどな」


 その言葉に、ディルが少しだけ苦い顔をした。


「俺も見た」


「何があった?」


 カイルが尋ねる。


 ディルはしばらく考えた。


「壁に竜が描かれてた。ただ、数は一頭だった」


「人の姿は?」


「いた」


「印は?」


「人の方にあった」


 今と同じ。


「その部屋で何が起きた?」


「それを思い出そうとしてる」


 ディルは額に手を当てた。


「俺とノアで奥へ入った。壁が光って……声がした」


「何て?」


「分からなかった。ただ」


 ノアを見る。


「お前が先に動いた」


「俺?」


「ああ。誰か呼んでるって言って」


 ノアの眉が寄る。


「覚えてない」


「そのあと黒い光が出た。だから押した」


「それで俺が消えた?」


「多分」


「多分で人を押すな」


「押さなきゃ黒いのに飲まれてた」


「助かったならいいけど」


「軽いな、お前」


 二年ぶりとは思えない会話だった。


 ただ、ディルの目は笑っていない。


「俺もそのあと光に包まれた。気づいたら、さっきの部屋にいた」


「時間だけ飛んだ?」


 ハヤトが聞く。


「俺の感覚では一瞬だ」


 ノアも同じ。


 イリスは五年の記憶がほとんどない。


 一方でエドは五年間をそのまま生きている。


 同じ施設に関わった人間でも、失われた時間の形が違っていた。


「眠らせたんじゃなくて」


 セラが考えながら口にする。


「時間の進み方そのものが違った可能性もある?」


「あり得る」


 ヴァンが答える。


「ただ証明する方法がない」


「年齢調べれば?」


 ハヤトが言う。


「身体の?」


「そう。ノアとディル、本当に二年分歳取ってないとか」


 全員の視線が二人へ集まる。


「見るなよ」


 ノアが嫌そうな顔をする。


「見た目じゃ分からん」


 エドが即答した。


「お前、二年前から老けてたし」


「喧嘩売ってんのか」


「元気そうだな」


 セラが少し笑う。


 そのときだった。


 壁に新しい映像が浮かんだ。


 人化した六人の竜たちが、中央の人物を囲んでいる。


 中央の人物が片手を上げる。


 六人も同じように手を上げた。


 そしてそれぞれが、別々の方向へ歩き出す。


「どこ行くの?」


 レグが壁へ近づく。


 六本の細い線が伸びていた。


 一つは北。


 一つは南。


 残りは東西へ散らばっている。


 地図だった。


「これ……」


 カイルが荷物から自分の地図を取り出す。


「この辺りじゃないか?」


 線の形を比べる。


 川。


 山。


 森。


 完全ではないが、地形が似ている。


「今いる場所は?」


 ハヤトが聞く。


「ここだと思う」


 カイルが一つの点を指した。


 六本の線が交わる中心から少し西。


「じゃあ六頭は、ここから各地に?」


「そう見える」


 イリスが壁の文字を追う。


「これは……『守る』?」


「どこ?」


「それぞれの線の先」


 カイルも読む。


「俺には『残す』にも見える」


「守る、残す……」


 ハヤトは地図を見る。


「何を?」


「そこまでは書いてない」


 壁の光が一つずつ消えていく。


 北へ向かった竜。


 南へ向かった竜。


 西。


 さらに東。


 最後まで残ったのは、最も東へ伸びる一本だった。


 カイルの地図と重ねる。


 イリスが先に気づいた。


「……修道院」


「え?」


「線の先」


 元々カイルたちが向かっていた、東の廃修道院。


 カイルが古い記録を見つけた場所。


「本当に?」


「あくまで地形を重ねれば、だけど」


「でも方向は合う」


 カイルが呟いた。


「俺が人の姿を取る竜の記録を見つけたのも、そこだ」


 偶然とは思いにくかった。


 レグが東へ伸びた光の線を見る。


「この先」


「声もそっちからだったな」


「うん」


 昨日の夜。


 知らないのに知っているような名前が、東からレグを呼んだ。


 そして壁に描かれた六頭のうち一頭に、その名前と同じ文字があった。


「その竜が修道院へ行った?」


 セラが尋ねる。


「可能性はある」


 イリスが答えた。


「ただ、この地図がいつのものかも分からない。何百年、何千年前かもしれないよ」


「今もいるとは限らないか」


「うん」


 レグは少しだけ残念そうだったが、それでも東の線から目を離さなかった。


「行く」


「修道院?」


「うん」


「元からその予定だけどな」


 ハヤトが笑う。


「今度は目的増えたけど」


「レグの名前?」


「それも」


 母親。


 父親。


 人化。


 黒い石。


 そして、知らないのに懐かしい名前。


 全部を一度に追えば、また分からなくなる。


 今は一つずつでいい。


 壁の光がほとんど消える。


 最後に中央の人物だけが残った。


 その胸の印。


 レグの中に戻った黒い石と同じもの。


 古い声が流れた。


 今度は全員に聞こえた。


 カイルたちにも意味は分からない。


 レグが目を閉じる。


「何て?」


 ハヤトが聞く。


「……待って」


 長い言葉だった。


 レグは一つずつ拾う。


「『姿を……忘れても』」


 以前聞いた母親の言葉と似ている。


「『名前を……なくしても』」


 少し間が空く。


「『帰る場所は』」


 そこでレグが止まった。


「続きは?」


 セラが優しく聞く。


 レグは目を開けた。


「『自分で選ぶ』」


 ハヤトは何も言えなかった。


 どこかで聞いたような言葉だったからだ。


 自由に生きる。


 何でもできることではなく、自分で行き先を選ぶこと。


 レグは壁を見ながら、小さく首を傾げている。


「レグ、もう選んだ」


「何を?」


「帰る場所」


 振り返る。


 ハヤト。


 セラ。


 そして少し離れたところにいるカイルたち。


「ハヤトとセラいるところ」


 セラの表情が柔らかくなる。


「……うん」


 ハヤトも笑った。


「それでいいよ」


「でも東もいく」


「それとこれは別だな」


「うん」


「帰る場所があっても、出かけていい」


「自由だから?」


「そういうこと」


 レグは満足そうに頷いた。


 壁の光が消える。


 部屋に残ったのは、古い石と九人の人間だけだった。


「……いい話のところ悪いんだけど」


 ディルが手を挙げる。


「腹減った」


 一瞬の沈黙。


 エドが吹き出した。


「昨日の朝からだもんな」


「俺の中ではな」


「外じゃ二年だぞ」


「二年分食わせる気か?」


「死ぬわ」


 張り詰めていた空気が一気に緩んだ。


 セラが呆れながら荷物を見る。


「消化に軽いものからにしてくださいね」


「普通の飯は?」


「状態見てから」


「外出た瞬間厳しいな」


「生きて出られたんだから我慢してください」


 ノアが横で笑う。


「俺も腹減った」


「あなたも同じです」


「ですよね」


 六人の探索者たちも、ようやく昔の仲間が全員揃った実感が湧いてきたのかもしれない。


 カイルは少し離れた場所から、その光景を黙って見ていた。


 ハヤトが隣へ行く。


「五年かかったな」


「ああ」


「全員いた」


「……ああ」


 それだけだった。


 カイルは笑わなかった。


 泣きもしなかった。


 ただ、今までよりずっと力の抜けた声だった。


 施設から出る準備を始める。


 ヴァンとノアはまだまともに歩かせられない。ディルも見た目以上に身体が弱っている可能性がある。今日のうちに修道院まで向かうのは無理だった。


「一旦ノルド戻る?」


 セラが聞く。


「その方がいい」


 イリスが答える。


「全員休ませたい」


「俺は平気だ」


 ヴァンが言う。


「聞いてません」


「はい」


「素直になったな」


 エドが笑う。


「反論する体力がない」


「じゃあ寝ろ」


 帰路を決め、来た道へ戻ろうとしたとき。


 レグが一度だけ振り返った。


「どうした?」


「声」


 ハヤトも止まる。


「また聞こえた?」


「ううん」


 レグは首を横に振った。


「今はしない」


「じゃあ?」


「名前」


 壁の竜が消えた場所を見る。


「もう、怖くない」


「思い出した?」


「まだ」


 レグは笑う。


「でも、会ったらわかる気がする」


 その言葉を最後に、レグも出口へ向かった。


 東へ行く理由は、また一つ増えた。


 けれど今度は、何かに呼ばれて進むのではない。


 自分たちで決めて、そこへ行く。

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