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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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昨日の続き

「……ディル?」


 エドの声に、黒い扉の向こうからすぐ返事はなかった。


 ハヤトは剣の柄に手を置いたまま、扉を見つめる。ノアを呼んだ声が本当にディル本人なのか、それとも礼拝堂で遭遇したものと同じように、誰かの記憶を利用しているだけなのかは分からない。


 カイルも同じことを考えたらしい。


「開けるな」


「分かってる」


 エドは扉の前に立ったまま答えた。


 もう一度、向こうから音がする。


 こん。


「ノア」


 今度ははっきり聞こえた。


 男の声だった。


「いるんだろ」


 エドが拳を握る。


「ディル」


「エド?」


 扉の向こうの声が変わった。


「なんでお前までいる」


「……本人っぽいな」


 ハヤトが呟く。


「声だけなら信用するな」


 カイルは慎重だった。


「ノア連れてくる」


 エドが戻ろうとすると、向こうから声が飛んだ。


「待て」


 足が止まる。


「そこにカイルもいるのか?」


 カイルの眉が動いた。


「いる」


「なら聞く。初めて六人で遺跡に入ったとき、カイルが壊したものは?」


「俺が?」


 カイルが怪訝な顔をする。


 エドはもう笑いそうになっていた。


「答えろよ」


「……ランタン」


「違う」


「は?」


「お前が壊したのはランタンじゃない」


「いや、壊しただろ」


「ランタンはヴァンだ」


 後ろから弱い声がした。


 いつの間にかヴァンたちも近くまで来ていた。セラに肩を貸され、ノアはイリスに支えられている。


「じゃあ何だよ」


「鍋」


 扉の向こうから声がした。


 沈黙。


 エドが吹き出した。


「そうだった」


「待て。何で鍋が遺跡で壊れるんだよ」


 ハヤトが聞く。


「夜営中にカイルが座った」


「暗かったんだよ!」


「鍋に?」


「布がかかってた!」


 ヴァンまで笑い始める。


「三日間、煮込み料理できなかった」


「五年前のこと掘り返すな」


「本人だな」


 エドの表情から緊張が少し抜けた。


 ノアだけは、扉を見つめたままだった。


「ディル」


「ノア?」


「お前、最後に俺に何した」


 静かになる。


 扉の向こうから聞こえた答えは、短かった。


「押した」


「何で」


「お前が戻ろうとしたから」


 ノアの顔が強張る。


「何から?」


「黒い光」


 ノアは目を閉じた。


「……合ってる」


 セラが心配そうに顔を覗き込む。


「無理しないで」


「大丈夫」


「大丈夫な人はイリスにほとんど体重預けません」


「……悪い」


「私はいいけどね」


 イリスが支え直した。


 少なくとも、声の主が六人しか知らない記憶を持っている可能性は高い。


「ディル」


 カイルが扉へ近づく。


「そっちから開けられるか?」


「無理だ」


「何がある」


「部屋。それと、この扉だけ」


「どれくらいいる?」


「分からん。灯りがない」


「腹減ってるか?」


「……少し」


 カイルたちの表情が変わった。


「少し?」


 エドが聞き返す。


「最後に食ったのいつだ」


「昨日の朝」


 ノアが顔を上げた。


 エドは何も言えなかった。


 ハヤトもようやく意味を理解する。


 二年前。


 ノアとディルが分断された日。


 二人にとっては、まだ昨日の続きなのだ。


「ディル」


 ノアが掠れた声で呼ぶ。


「何だ」


「俺が扉の外に出たの、どれくらい前だと思ってる」


「知らん。何時間か?」


 ノアは返事をしなかった。


 代わりにイリスが静かに言う。


「二年」


 扉の向こうから音が消えた。


「……何?」


「外では二年経ってる」


「冗談やめろ」


「私も目を覚ましたら五年経ってた」


「イリス?」


「うん」


 長い沈黙が落ちた。


「待て」


 ディルの声が少し遠ざかる。


「カイルがいるって言ったな」


「ああ」


「ヴァンも?」


「いる」


「エド」


「ここだ」


「イリス」


「いるよ」


「ノアも」


「ああ」


 一人ずつ確かめていく。


「……全員?」


 その言葉には、さっきまでの落ち着きがなかった。


 カイルが答える。


「六人とも生きてる」


「五年後に?」


「ああ」


「意味分からん」


「俺たちもだ」


 ハヤトは床を見る。


 六つの円はすべて光ったまま。


 けれど、おかしい。


 六人全員がここにいるわけではない。


 ディルは扉の向こうだ。


 それなのに、彼が声を発する前から六つ目は点灯していた。


「カイル」


「ああ」


 視線だけで分かったらしい。


「やっぱり六つの円と、お前ら六人はそのまま対応してない」


「そうなるな」


 ヴァンも聞いていた。


「五年前はそう思ってた」


「ヴァン?」


「俺たちが六人だったからな。施設に六つの印があれば、誰だって結びつける」


「でも違った」


「ああ」


 ヴァンの目がレグへ向く。


 レグは何も言わず、自分の胸に手を置いている。


「今は考えるの後」


 セラが言った。


「まず中の人を出さないと」


「その通りだ」


 ハヤトは扉を見る。


 取っ手はない。


 押しても引いても動くようには見えなかった。


「文字は?」


 カイルが表面を調べる。


「さっきの『道をひらく』以外は消えてる」


「鍵穴もない」


 エドが壁際を見る。


「向こうから何か見えるか?」


「何もない」


 ディルの声が返ってくる。


「扉に触ってみて」


「触ってる」


「変化なし?」


「ない」


 レグが少し前へ出た。


「ハヤト」


「ん?」


「ここ、あったかい」


 扉の中央。


 竜の印。


 そこだけ淡い熱を持っているらしい。


「触らないでな」


「うん」


 レグは手を近づけるだけで止めた。


「石とおなじ」


「中に戻った黒い石?」


「うん」


 ハヤトは嫌な予感がした。


 またレグが鍵なのか。


 これまで何度も同じようなことがあった。


 だが今回は、すぐに触らせる気になれなかった。


「別の方法探そう」


「なんで?」


「レグばっかり使うの、何か嫌なんだよ」


「使う?」


「施設に入るたび、お前が鍵みたいになるだろ」


 レグは少し考えた。


「レグ、鍵?」


「そういう意味じゃなくて」


「でも開けられるなら、開ける」


「危ないかもしれない」


「ディル、出たい」


 扉の向こうから声がした。


「俺は多少待てるぞ」


「聞こえてたのかよ」


「扉一枚だぞ」


 少し笑いが起きた。


「ただ」


 ディルが続ける。


「無理はするな。誰か知らんが、その子を危険にさらしてまで開ける必要はない」


 レグが扉を見る。


「レグ」


「何だ?」


「レグ」


「……名前か」


「うん」


「俺はディル」


「知ってる」


「そうだったな」


 少し間があって。


「ありがとな、レグ」


「まだ何もしてない」


「それでもだ」


 レグがハヤトを見る。


「いいひと?」


「多分」


「多分なのか」


 向こうから聞こえた。


 今度はセラまで笑った。


 張り詰めていた空気が少し緩む。


 その間に、イリスが扉の下を調べていた。


「待って」


「何かある?」


「ここ」


 床。


 六つの円から伸びた細い線が、扉の下へ集まっている。


 ただし一本だけ違った。


「これ、円から来てない」


「どこから?」


 線を追う。


 部屋の中央。


 さらにその先。


 レグの足元。


「……レグ?」


 ハヤトが下を見る。


 正確にはレグからではない。


 彼女が立った場所の下に、小さな印が浮かび上がっていた。


 竜。


「立つ前からあった?」


「いや」


 カイルが答える。


「なかった」


「じゃあレグに反応した?」


「多分な」


 レグが一歩横へ動く。


 印は消えない。


 代わりに、扉の竜の印が少し明るくなった。


「何も触ってないぞ」


「うん」


 ハヤトはそこで気づいた。


「もしかして、触る必要ない?」


 レグの中に戻った黒い石。


 それ自体がすでに施設へ反応している。


「レグ。扉の前に立つだけでいい」


「うん」


「変な感じしたらすぐ下がって」


「わかった」


 レグが扉の正面へ立つ。


 何も起きない。


「……開かない」


「ちょっと待って」


 セラが周囲を見る。


「六つの円は?」


 全部光っている。


「道をひらくって書いてあったんだよね」


「ああ」


「じゃあ、まだ何か足りないんじゃなくて……もう開けられる状態なんじゃない?」


「どうやって?」


 セラは扉を見る。


「普通に押した?」


「……」


 全員が黙った。


 ハヤトが扉へ手を当てる。


「まさかな」


 押す。


 ご。


 扉が動いた。


「……」


 さらに押す。


 黒い扉がゆっくり奥へ開いていく。


「開いた」


 レグが言う。


「誰か最初に試せよ!」


 エドが叫んだ。


「取っ手なかったから!」


「押すくらいできるだろ!」


「古代施設の扉を気軽に押すなって散々言われてきたんだよ!」


「それはそうだけど!」


 扉の向こうから笑い声がした。


「お前ら、昔より人数増えてもうるさいな」


 暗い部屋。


 その奥に、一人の男が座っていた。


 肩まで伸びた黒髪。


 年齢はカイルたちと同じくらいに見える。少し痩せているものの、ノアほど弱ってはいない。


 男は眩しそうに目を細めた。


「……本当にいる」


 最初に見たのはノアだった。


「ディル」


「ああ」


「二年だぞ」


「俺には一日だ」


「……そうだったな」


 ノアが笑った。


 泣いてはいなかった。


 けれど、その声だけが少し震えていた。


 次にディルはエドを見る。


「老けたな」


「お前は変わってねえな」


「一日だからな」


「腹立つな」


 イリス。


 ヴァン。


 そして最後にカイル。


 ディルはしばらく何も言わなかった。


「久しぶり」


 カイルが先に言った。


「……五年ぶり?」


「ああ」


「こっちは昨日ぶりの気分なんだけどな」


「俺は五年だ」


「ずるいな」


「何がだよ」


「俺だけ置いてかれた気分だ」


 カイルが小さく笑う。


「それ、俺が言う台詞だろ」


 六人。


 五年前、同じ遺跡へ入った仲間たちが、ようやく同じ場所に揃った。


 ただし誰一人として、同じ五年間を過ごしてはいない。


 ハヤトはその再会を邪魔しないように少し下がった。


 その隣でレグが首を傾げる。


「ハヤト」


「ん?」


「六人いる」


「ああ」


「でも」


 レグは床を見る。


 六つの円。


 すべてがまだ光っている。


「これ、ちがう」


「何が?」


 レグが迷わず答えた。


「この六つ、この人たちじゃない」


 ハヤトが息を止める。


 カイルたちも振り返った。


「分かるのか?」


 レグは頷く。


「いま、わかった」


「どうして?」


 胸へ手を置く。


「石が言ってる」


 その瞬間。


 六つの円の光が、一斉に中央へ流れた。


 扉の奥。


 ディルがいた部屋のさらに向こうで、今まで見えていなかった壁が白く浮かび上がる。


 そこに刻まれたのは、人の姿ではなかった。


 大きさも形も違う。


 六つの竜。


 その中心に、人の姿をした一つの影。


 レグの顔から表情が消えた。


「……これ」


「知ってる?」


 ハヤトが聞く。


 レグは、しばらくその壁を見つめた。


「夢でみたことある」


「いつ?」


「わかんない」


 壁の中央。


 人の姿をした影の胸にだけ、黒い石と同じ印が刻まれている。


 ヴァンがゆっくり立ち上がろうとした。


「おい」


「動かないでください」


 セラに押し戻される。


「でもあれは――」


「知ってるの?」


 ヴァンは答えるまでに時間がかかった。


「記録で一度だけ見た」


「何て書いてあった?」


「全部は読めなかった」


 視線はレグから離れない。


「ただ、その絵の横に一つだけ読めた言葉があった」


 誰も声を出さない。


「何?」


 ハヤトが尋ねる。


 ヴァンは壁の七つの影を見たまま答えた。


「《帰還》」


 直後。


 レグの胸の奥で、黒い石が強く脈打った。

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