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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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手の中へ戻る物

「……おかあさん」


 レグの声に、その場にいた全員が動きを止めた。


 壁へ差し込まれた黒い石は、まだ淡い光を放っている。


「声がするの?」


 セラが聞く。


「うん」


「さっきみたいな、知らない声じゃなくて?」


 レグは石を見つめたまま頷いた。


「おかあさん」


「本物だって分かる?」


 ハヤトが慎重に尋ねる。


 礼拝堂では母親そっくりの声に呼ばれた。


 声だけを理由に信じるわけにはいかない。


 レグもそれを覚えているらしく、すぐには答えなかった。


「……わかんない」


「じゃあ返事しなくていい」


「でも」


「聞くだけなら?」


 セラがハヤトを見る。


「それならいいと思う」


 イリスも頷いた。


「石を通して一方的に何か流れてるだけなら、返事をしない限りは様子を見てもいい」


「絶対?」


「絶対とは言えない」


「そこは正直なんだな」


「こういう場所で大丈夫って言い切る方が怖いでしょ」


「確かに」


 レグは石から少し距離を取ったまま、目を閉じた。


「何て言ってる?」


「……」


 しばらく待つ。


「レグ?」


「わかんないことば」


「古い言葉?」


「たぶん」


 一度途切れる。


 そして。


「レグ、っていった」


 ハヤトの表情が変わる。


「名前?」


「うん」


「ほかには?」


「……帰して」


「帰して?」


 レグが首を横に振る。


「ちがうかも」


「無理に訳さなくていいよ」


 セラが言う。


「分かるところだけで」


「うん」


 黒い石が一度、強く光った。


 壁に新しい線が浮かび上がる。


「何か出るぞ」


 カイルが身構える。


 だが今度は装置が動き出したわけではなかった。


 石の周囲に、小さな光景が浮かび上がった。


「これ……映像?」


 白い輪郭。


 最初はぼやけていた。


 次第に人の形になる。


 一人の女性。


 顔までは見えない。


 ただ、その腕には小さな竜が抱かれていた。


「レグ?」


 セラが小さく呟く。


 小さな竜は、今のレグの竜形態よりさらに幼い。


 女性が何かを話している。


 声は聞こえない。


 その手には黒い石があった。


「これ、前に言ってた……」


 ハヤトはレグを見る。


 母親から石をもらったという、途切れた記憶。


 映像の中で、女性は黒い石を幼竜の首元へ近づけた。


 光が走る。


 次の瞬間。


 石は見えなくなった。


「消えた?」


 セラが目を凝らす。


「違う」


 ヴァンが壁へ寄りかかりながら答えた。


「入れたんだ」


「どこに?」


「多分、魔力の中に」


「そんなことできるの?」


「古い竜ならな」


 全員がヴァンを見る。


「知ってるのか?」


 カイルが聞く。


「記録で見たことがある。物をそのまま身体に入れるんじゃない。魔力と結びつけて隠す」


「収納みたいな?」


「そこまで便利じゃない。鍵や印みたいな小さいものだけだ」


 ハヤトは黒い石を見る。


「じゃあ、これって元々レグの中にあった?」


「可能性はある」


「でも箱に入ってたぞ」


「誰かが取り出したんだろ」


 その言葉で空気が少し重くなる。


「誰が?」


「知らん」


「五年前の施設で箱見つけたんだよな?」


 カイルが確認する。


「ああ」


「じゃあ、その前に誰かがレグから?」


「そこまでは分からない」


 ヴァンの声には力がなかった。


「今ある情報だけで昔を決めるな」


「……そうだな」


 映像はまだ続いていた。


 女性が幼い竜を抱き上げる。


 その隣へ、もう一つ大きな影が現れた。


 男。


 あるいは、人の姿をした何か。


 レグが一歩前へ出る。


「ハヤト」


「何?」


「あれ」


 声が少し震えている。


「知ってる?」


「……おとうさん」


 ハヤトは映像を見る。


 男の顔も分からない。


 けれどレグには、輪郭だけでも何か感じるものがあるらしい。


「ガルド?」


「うん」


 カイルとエドが互いを見る。


 ヴァンだけは目を細めた。


「やっぱりか」


 ハヤトは聞き逃さなかった。


「今、何て言った?」


「後で話す」


「またそれ?」


「今はレグを見ろ」


 珍しく強い口調だった。


 ハヤトは言い返しかけ、やめた。


 確かに今はそちらが先だ。


 映像の中で、二人は幼竜を挟むようにして何かを話していた。


 女性が幼竜の頭へ手を置く。


 その瞬間だけ、音が戻る。


『――忘れても』


 全員が息を止めた。


 古い言葉ではない。


 レグにも、ハヤトたちにも分かる。


『あなたは、あなたのままだから』


 レグが目を見開く。


 映像が揺れる。


『名前も、姿も――』


 そこで音が途切れた。


「続きは?」


 レグが石へ近づく。


「レグ、待って」


 セラがすぐ腕を取る。


「でも、まだ」


「分かってる。でも近づきすぎないで」


 映像は薄くなっていく。


 最後に女性の手だけが残った。


 幼竜へ黒い石を渡す。


 そして。


『いつか、自分で選んで』


 光が消えた。


 静かになった。


 レグは何も言わなかった。


 誰も急かさない。


 少しして、ハヤトが隣へ立った。


「大丈夫?」


「……うん」


「思い出した?」


「ちょっと」


「どこまで?」


「おかあさんの手」


「顔は?」


「まだ」


「そっか」


 レグは少し残念そうだった。


 それでも泣いてはいない。


「でも」


「ん?」


「あったかかった」


 以前と同じことを言った。


 今度は、その理由を少しだけ思い出したのだろう。


 セラがレグの反対側へ立つ。


「よかったね」


「うん」


 レグは小さく笑った。


 その直後。


 壁の黒い石が大きく脈打った。


「またか!」


 ハヤトがレグを下がらせる。


 しかし装置は暴走しない。


 代わりに石がゆっくり前へせり出してきた。


「外れてる?」


 カイルが言う。


 壁の窪みから、黒い石が押し戻されている。


「取っていい?」


 レグが聞く。


 誰もすぐには答えなかった。


 ヴァンが装置を見る。


「流れは止まってる」


「外したらまた動く?」


「今のところ、その気配はない」


「今のところ?」


「それ以上は言えん」


 イリスも壁を確認する。


「石が自分から出てきてるなら、ここに残せって仕組みじゃなさそう」


「じゃあ」


 ハヤトはレグを見る。


「取り戻す?」


「うん」


 今度はレグ一人で近づいた。


 ハヤトも隣にはいる。


 だが手は出さない。


 レグが黒い石へ触れる。


 何も起きない。


 ゆっくり引く。


 石は簡単に外れた。


「とれた」


「大丈夫?」


「うん」


 石を両手で包む。


 その瞬間。


 光がレグの指の間から漏れた。


「レグ!」


「だいじょうぶ」


 光は一瞬だった。


 黒い石が消える。


「え?」


 ハヤトは思わずレグの手を見る。


 何もない。


「落とした?」


「ちがう」


 レグは自分の胸へ手を置いた。


「ここにいる」


「石が?」


「うん」


 ヴァンが息を吐いた。


「戻ったか」


「やっぱり知ってるじゃん」


「今ので確信しただけだ」


「何が?」


「あの石は持ち物じゃない」


 ヴァンがレグを見る。


「お前の印だ」


「レグの?」


「ああ」


「何の印?」


「そこまでは分からん」


「またかよ」


「悪かったな」


 弱っているくせに返事だけはいつも通りだった。


 セラがヴァンを見る。


「話はあとです。もう歩けます?」


「少しなら」


「駄目です」


「どっちだよ」


「歩けるか確認しただけで、歩いていいとは言ってません」


「理不尽だな」


「昨日から装置に繋がってた人に言われたくないです」


 ヴァンがカイルを見る。


「この子怖いな」


「俺も最近知った」


「カイルさん?」


「何でもない」


 エドが笑った。


 少しずつ空気が戻ってくる。


 だが中央の部屋では、まだ五つの円が光ったままだ。


「ヴァン」


 カイルが声を落とす。


「さっきの六つ。何だと思う」


 ヴァンはしばらく答えなかった。


「俺たちだと思う」


 今回は誰も否定しなかった。


「何で?」


「五年前、最初の施設で俺たち六人が中へ入った瞬間に起動した」


「偶然かもしれない」


「俺もそう思ってた」


 ヴァンが耳の下の黒い金属へ触れる。


「でも、あれから施設を回って分かった。六つの印がある場所は、俺たちが近づくと反応する」


「俺も?」


 カイルが聞く。


「お前はずっと外にいたから確認できなかった」


「今は?」


「五つ光ったんだろ」


「俺たち四人とヴァンで五人」


 ハヤトが数える。


 カイル。


 ヴァン。


 イリス。


 エド。


 そして――。


「待て」


 セラが気づいた。


「四人じゃない?」


「え?」


「カイルさん、ヴァンさん、イリス、エドさん。ここにいる六人の元仲間は四人でしょ?」


 全員が黙る。


 確かにそうだ。


「じゃあ五つ目は誰?」


 ハヤトが言う。


 ヴァンの顔から血の気が引いた。


「……まずい」


「何が?」


「俺は、中に入ったとき四つしか光ってなかった」


「昨日?」


「ああ」


「エドは外にいたから?」


「そうだと思ってた」


 エドも顔を強張らせる。


「じゃあ俺が入って五つになった?」


「違う」


 レグが言った。


 全員が彼女を見る。


「五つ光ったの、レグが部屋はいってから」


「レグ?」


 ハヤトの背中に冷たいものが走る。


「でもレグは六人と関係ないだろ」


 カイルが言う。


 ヴァンは返事をしなかった。


 代わりに。


 中央の部屋から重い音が響いた。


 ゴン。


 五つの光。


 そして今度は。


 消えていた六つ目の円が、ほんの一瞬だけ白く光った。


「……」


 全員がその方向を見る。


 すぐに消える。


「今の」


 セラが呟く。


 レグが胸を押さえた。


「また聞こえる」


「何て?」


 少しの沈黙。


「『近い』」


 エドの表情が変わる。


「眠ってる一人が?」


「わかんない」


 もう一度。


 六つ目の円が淡く光る。


 今度はさっきより長い。


 レグが目を閉じる。


「……ちがう」


「何が?」


「『眠ってる』じゃない」


 ハヤトが息を止める。


「じゃあ?」


 レグが目を開けた。


「『起きた』」


 その瞬間。


 施設のさらに奥。


 誰も入っていないはずの通路から、何かが倒れる大きな音が響いた。

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