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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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離せない手

通路の先から聞こえた声を頼りに、六人は走った。


 足元には細い光の線が何本も走り、壁の奥から低い振動が伝わってくる。後ろでは中央の石柱が動き続けているのか、一定の間隔で重い音が響いていた。


「ヴァン!」


 イリスがもう一度呼ぶ。


 返事はない。


「レグ、分かる?」


「前。近い」


 エドが角を曲がる。


「この先だ!」


 通路の終わりには小さな部屋があった。


 扉は開いている。


 その中を見た瞬間、全員の足が止まった。


「……何してんだよ」


 カイルが呟く。


 ヴァンは部屋の中央にいた。


 座っているわけではない。


 石壁に片膝をつき、右手を壁に埋め込まれた黒い装置へ押し当てている。


 耳の下にあった金属片から何本もの光が伸び、腕を通って装置へ流れ込んでいた。


 顔色は真っ白だった。


「遅い」


 ヴァンがこちらを見る。


「……本当に来たのか」


「何でそんな状態になるまで待ってんの!」


 イリスが駆け寄ろうとする。


「来るな!」


 ヴァンの声が部屋に響いた。


 イリスが止まる。


「何よ」


「床見ろ」


 灯りを下へ向ける。


 ヴァンの周囲。


 円形に細い溝が刻まれ、その中を白い光が走っていた。


「そこ越えるな」


「罠?」


 ハヤトが聞く。


「罠じゃない」


 ヴァンが息を吐く。


「今は俺が流れを押さえてる」


「手離したら?」


「多分、さっきの部屋が全部動く」


「多分って」


「試すか?」


「やめとく」


 冗談を返したものの、ヴァンの状態は笑えない。


 右腕が細かく震えている。


「いつからこうしてる?」


 エドが聞いた。


「昨日」


「ずっと?」


「途中で何度か気絶した」


「それずっとと同じだろ!」


「起きたから問題ない」


「問題しかない!」


 エドの怒鳴り声に、ヴァンが少し笑った。


「元気そうだな」


「お前に言われたくねえよ」


 カイルは二人の横を抜け、光の円ぎりぎりまで近づいた。


「ヴァン」


「何だ」


「五年ぶりに会ったときよりひどい顔してるぞ」


「お前は老けたな」


「殴るぞ」


「今やったら多分死ぬ」


「……後にする」


 短いやり取りだった。


 それでも、ハヤトにはカイルの肩から少しだけ力が抜けたように見えた。


「どうすれば外せる?」


 セラが聞く。


「装置を止める」


「その方法は?」


「見つからなかった」


「じゃあ昨日から何してたの?」


「止め方を探しながら、これ以上起こさないようにしてた」


「一人で?」


「エドいたら邪魔だったから外に出した」


「お前な!」


「実際、助け呼べただろ」


 エドが言葉に詰まる。


「結果だけ見ればな……」


 イリスは光る床を確認している。


「この流れ、ヴァンの魔力だけじゃないよね」


「ああ」


「施設側からも来てる」


「だから切れない」


「耳のそれは?」


「無理やり接続してる」


「外したら?」


「俺が倒れる前に装置が起きる方が早い」


 話を聞けば聞くほど、単純に引き離すことはできなさそうだった。


 ハヤトは部屋を見回す。


 壁の装置。


 床の円。


 ヴァンへ流れる光。


 その奥に、小さな石板がある。


「カイル。あれ読めない?」


「どれだ」


 指した先へ灯りを向ける。


 古い文字が何行か刻まれていた。


 カイルが目を細める。


「……待て」


「読めそう?」


「一部だけ」


 イリスも隣から見る。


「これ……『受ける』?」


「多分」


「その次は?」


「『渡す』だな」


「受けて、渡す?」


 セラがヴァンを見る。


「今やってること?」


「俺もそう思った」


 ヴァンが答える。


「この装置は何かを止めるものじゃない。流すものだ」


「どこからどこへ?」


「それが分からん」


 レグが黙って壁を見ていた。


「レグ?」


「ここ」


 装置ではなく、その横を指す。


 円と三本線。


 例の印だ。


 ただ、その下に小さな窪みがある。


「これ、石?」


 ハヤトが気づく。


 大きさ。


 形。


 あの黒い石に近い。


「……まさか」


 荷物を下ろす。


「ハヤト」


 イリスがすぐ制した。


「まだ入れないで」


「分かってる。見るだけ」


 箱を開け、布に包んだ黒い石を取り出す。


 その瞬間。


 石が光った。


「やっぱ反応した」


 ヴァンの表情が変わる。


「それ、どこで手に入れた」


「森の小屋。お前が持ってた箱の中」


「開けたのか?」


「レグが」


 ヴァンの視線がレグへ向く。


「……そうか」


「何か知ってる?」


「石自体は見たことがある」


「どこで?」


「五年前の施設」


 カイルが反応する。


「俺は見てないぞ」


「お前が外に出たあとだ」


 その一言で空気が少し変わる。


 五年間の空白。


 まだそこには、カイルの知らないことが大量にある。


「何に使う?」


「鍵だと思ってた」


「思ってた?」


「使えなかったからな」


 ヴァンはレグを見る。


「竜が持つとは知らなかった」


「レグの」


 レグが即座に言う。


「分かってる。取らない」


「おかあさんにもらった」


 ヴァンの目がわずかに見開かれた。


「母親?」


「うん」


「名前は?」


「しらない」


「父親は?」


 ハヤトが少し身構える。


 レグは素直に答えた。


「ガルド」


 今度こそヴァンの顔色が変わった。


「……何?」


「知ってるのか?」


 ハヤトが聞く。


 ヴァンは答えない。


「ヴァン?」


 イリスが呼ぶ。


「いや」


 ヴァンは一度目を閉じた。


「今は後だ」


「知ってる顔だったけど」


「後だって言った」


 声に余裕がない。


 本当に今話すことではないのだろう。


 直後、床の光が強くなった。


「っ……!」


 ヴァンの身体が沈む。


「ヴァン!」


「来るな!」


 装置から伸びた光が一気に増える。


 耳の下の金属が赤く熱を持ち始めていた。


「これ長くないぞ!」


 エドが叫ぶ。


「見れば分かる!」


 ハヤトは黒い石と壁の窪みを見る。


「入れたらどうなる?」


「知らない!」


「でも形合ってる!」


「だから危ないんだろ!」


 カイルが言う。


「じゃあ他に方法ある?」


 誰も答えない。


 ヴァンだけが、苦しそうに笑った。


「入れろ」


「お前!」


 カイルが睨む。


「俺はもう長く持たない」


「失敗したら?」


「俺が死ぬか、お前らも巻き込まれる」


「最悪じゃねえか!」


「今も同じだ」


 正論だった。


 ハヤトはレグを見る。


「どうする?」


 石はレグのものだ。


 勝手には使わない。


 レグは壁の窪みを見る。


 少しだけ怖そうだった。


 それでも頷く。


「つかう」


「いいの?」


「ヴァン、いたい」


「……そうだな」


 レグが石を受け取ろうとする。


「俺がやる」


「レグのだから、レグがやる」


「危ないかもしれない」


「ハヤトもあぶない」


「それ言われると弱いな」


 セラが二人を見る。


「一緒にやれば?」


「一緒?」


「ハヤトが持って、レグが場所を確認する。それならどっちか一人だけ前に出なくていいでしょ」


「それだ」


 レグも頷く。


「いっしょ」


 二人で光の円の外側まで近づく。


「ここ越えたら?」


 ハヤトが聞く。


「まだ大丈夫」


 ヴァンが息を整えながら答える。


「装置の横なら入れる」


「最初に言ってよ」


「聞かれなかった」


「そういうとこカイルと似てるな」


「今それ言う?」


 カイルの声が後ろから飛んできた。


 少しだけ笑いが起きる。


 そのおかげで、手の震えが止まった。


 レグが窪みを見る。


「ここ」


「向きは?」


「竜が上」


 黒い石に刻まれた小さな竜。


 それを上へ向ける。


「入れるぞ」


「うん」


 ゆっくり差し込んだ。


 ぴたりと収まる。


 一秒。


 何も起きない。


 二秒。


「……外れ?」


 ハヤトが呟いた直後。


 石の竜が光った。


 白い光が壁の印へ走る。


 円。


 三本の線。


 欠けていた中心。


 すべてがつながる。


「離れろ!」


 ヴァンが叫ぶ。


 ハヤトはレグを抱えるように後ろへ下がった。


 壁全体が光る。


 床の光が一度消えた。


「止まった?」


 セラが声を上げる。


 ヴァンの腕からも光が消えている。


「手!」


 イリスが叫ぶ。


「ヴァン、離して!」


 ヴァンがゆっくり右手を装置から離す。


 何も起きない。


 一歩。


 後ろへ下がる。


「……離れた」


 本人が一番驚いていた。


 次の瞬間。


 膝から崩れた。


「ヴァン!」


 イリスとカイルが同時に飛び込む。


 今度は床の円も反応しない。


 二人で身体を支える。


「セラ!」


「今行く!」


 セラがすぐ治癒を始める。


 耳元の金属はまだ熱を持っているが、光は消えていた。


「どう?」


 ハヤトが聞く。


「魔力を使いすぎてる。怪我もあるけど、それよりこっちがひどい」


「死ぬ?」


「今すぐは大丈夫。でも絶対休ませる」


「聞こえてるぞ」


 ヴァンが目を閉じたまま言う。


「なら自分で歩けます?」


「……無理」


「素直でよろしいです」


「セラ、強くなったな」


「初対面ですよね?」


「カイルから聞いてる」


「いつ!?」


「森で会ったあと」


「何話してるんですか!」


 カイルが少し気まずそうに視線を逸らした。


「色々だ」


「あとで聞きますからね」


「今じゃないのか」


「今はヴァンさん治す方が先!」


「正しい」


 イリスが笑った。


 緊張がようやく薄れる。


 だが。


 それも長くは続かなかった。


 壁へ差し込んだ黒い石。


 その周囲に新しい文字が浮かび始めた。


「また何か出てる」


 エドが言う。


「カイル、読める?」


「待て」


 文字は一行ではない。


 次々と壁を埋めていく。


 古い言葉。


 その中に、何度も同じ記号が出てくる。


 レグが近づく。


「レグ?」


「これ、読める」


 全員が彼女を見る。


「本当に?」


「ぜんぶじゃない」


 壁の一番上。


 大きく刻まれた文字を指す。


「『帰った』」


「誰が?」


「わかんない」


 その下。


「『五つ』」


 カイルとエドが同時に顔を上げる。


 さっきの五つの光。


「次は?」


 レグが少し黙る。


「……『ひとつ、眠る』」


 イリスの顔から表情が消える。


「やっぱり六人のこと?」


「まだ決まってない」


 カイルがすぐ言う。


 だが今度は、誰も軽く流せなかった。


 さらに文字が続く。


 レグは一つずつ追っていく。


「『六つ、そろったら』」


 そこで止まる。


「その先は?」


「むずかしい」


 イリスが隣へ行く。


「どれ?」


 レグが示す。


 カイルも見る。


 二人でしばらく考えた。


「これ……『開く』じゃない?」


 イリスが言う。


「俺もそう見える」


 ハヤトの背中に嫌な感覚が走る。


「何が開く?」


「書いてない」


 カイルが答える。


「少なくともここには」


 ヴァンが、セラに支えられたまま笑った。


「やっと分かった」


「何が?」


「施設が止まらない理由」


「知ってるの?」


「逆だ」


 ゆっくり目を開ける。


「俺たちはずっと、こいつらを止めようとしてた」


 壁の文字を見る。


「でも最初から、止まってたんだ」


「どういうこと?」


 ヴァンは六という数字を指した。


「足りなかったから動けなかった」


 誰も言葉を出さない。


「最近起き始めたのは」


 ヴァンが続ける。


「足りなかったものが、少しずつ戻ってきてるからだ」


 五年前に消えた六人。


 今、確認できているのはカイル、ヴァン、イリス、エド。


 そして、行方の分からないノアとディル。


 五つの光。


 眠っている一つ。


 偶然だと言い切るには、重なりすぎていた。


 レグだけは別の場所を見ていた。


「ハヤト」


「何?」


「石」


 差し込んだ黒い石。


 中心の竜が、まだ光っている。


「どうした?」


「これ」


 レグがゆっくり近づく。


「返してって、いってる」


「誰が?」


 レグは答えなかった。


 石の奥から何かを聞くように、じっと耳を澄ませる。


 そして小さく呟いた。


「……おかあさん」

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