閉じた先の光
最初に穴へ入ったのはエドだった。
木の根に隠れた石穴へ身体を滑り込ませ、腰に結んだ縄を引きながら暗闇へ消えていく。少しして、穴の奥から声が返ってきた。
「ここまでは大丈夫だ。次!」
「俺が行く」
カイルが続こうとしたが、エドの声が飛んだ。
「待て。ハヤトから来い」
「何でだ」
「お前、昔ここで足滑らせただろ」
「いつの話だよ」
「五年以上前」
「覚えてんじゃねえか」
「だから言ってる」
カイルが不満そうな顔をする。
ハヤトは穴の中を覗いた。
「俺、初めてなんだけど」
「だから変な癖がない」
「その評価うれしくないな」
腰に縄をつけ、身体を横向きにして穴へ入る。
入口こそ狭いが、数歩進むと少し広くなった。
その先。
「うわ……」
ほぼ垂直だった。
地下へ続く細い縦穴。
壁には古い鉄杭が何本か打ち込まれているが、半分以上が錆びている。
下からエドの灯りが見えた。
「これを降りたの?」
「ああ」
「初めて落ちたとき死んだと思ったって言ってたな」
「落ちたからな」
「本当に落ちてたの!?」
「生きてるだろ」
「結果論すぎる!」
エドの笑い声が下から返ってきた。
縄を使いながら慎重に降りる。
高さは家の三階分ほどだろうか。
下へ着くと、エドが縄を支えていた。
「結構あるな」
「だから言った」
「もっとちゃんと説明しろよ」
「次来るぞ」
上からセラの声。
「降りるよー!」
「ゆっくり!」
「分かってる!」
セラ、レグ、イリス、最後にカイル。
一人ずつ降りてくる。
レグだけは途中で「飛べる」と言い出したが、穴が狭いので普通に縄を使わせた。
全員が下りたところで、レグが上を見上げる。
「クロ」
穴の外で待っている。
「ちゃんと戻るから」
「うん」
返事をしながらも、少し気になるようだった。
エドが先へ灯りを向ける。
「ここからだ」
石造りの細い通路。
壁にも床にも埃はほとんどない。
「最近人が通ってる?」
セラが聞く。
「俺とヴァンが使った。それより前にも跡はあったけどな」
「誰の?」
「分からん」
またそれか、と言いかけてハヤトはやめた。
この一帯では「分からない」が普通になりつつある。
通路を進む。
しばらくして、エドが立ち止まった。
「ここから先、変なものには触るな」
「それ今までずっと言われてる」
「じゃあ特に触るな」
「分かった」
レグを見る。
「レグも」
「わかってる」
「本当に?」
「このまえから、ちゃんときいてる」
「確かに最近はそうだな」
少しずつ学んでいる。
ハヤトより慎重になっている可能性すらあった。
エドが壁の一部を押す。
石が少し沈み、その奥で何かが動く音がした。
「知ってるんだな」
カイルが言う。
「一年いたからな」
「ここに?」
「違う。造りが似てる」
「全部同じ?」
「同じじゃない。ただ、共通する仕掛けがある」
イリスが壁の線を見ながら頷く。
「私も見たことある」
「どこで?」
「目を覚ました施設」
「じゃあヴァンも分かる?」
「多分」
石壁がゆっくり開く。
その先は、急に広くなっていた。
「……でか」
ハヤトは思わず見上げる。
外から見えた遺跡の規模とはまるで違う。
円形の大きな空間。
二階、三階ほどの高さまで壁が続き、そこから複数の通路が枝分かれしている。
中央には巨大な石柱。
そして、その周囲。
床にいくつもの円が刻まれていた。
「これ……」
セラが足を止める。
円は六つ。
ほぼ同じ大きさで、中央の石柱を囲むように並んでいる。
カイルとイリス。
そしてエド。
三人とも、同じように顔を強張らせた。
「見たことある?」
ハヤトが聞く。
エドがゆっくり頷いた。
「五年前と同じだ」
「同じって?」
「最初の施設にも、これがあった」
「六個?」
「ああ」
ハヤトは床の円を見た。
嫌でも数が気になる。
「六人だったんだよな」
カイルがすぐ答えた。
「だからって俺たち用とは限らない」
「分かってる」
だが、誰も完全には偶然だと思っていない。
レグが一つの円へ近づく。
「レグ」
「さわらない」
先に言われた。
「見るだけ」
「ならいい」
レグはしゃがみ込み、床の線を見る。
「これ、ちがう」
「何が?」
「ここだけ」
一つの円。
ほかの五つより、中央の石がわずかに黒い。
エドが顔を近づける。
「……最近動いた跡だ」
「どうして分かる?」
「周り見ろ」
黒い石の周囲だけ、細かな埃が吹き飛んでいる。
「ヴァン?」
イリスが聞く。
「かもしれない」
エドは立ち上がる。
「昨日、あいつとはここで別れた」
「何があった?」
「中央の装置が動いた」
エドが巨大な石柱を指す。
「急に?」
「俺たちが来たときにはもう半分起きてた。ヴァンが止めようとして、俺は外側を見ろって言われた」
「それで追い出された?」
「正確には、扉が閉まる直前にヴァンが俺を押し出した」
「本人は残った」
「ああ」
カイルの顔が険しくなる。
「昔から一人で格好つけるところだけ変わってねえな」
「それ本人に言えよ」
「生きてたらな」
イリスがすぐカイルを見る。
「生きてる」
「何で分かる」
「そう思って来たから」
カイルが黙る。
エドも何も言わなかった。
ハヤトは中央の石柱を見上げる。
「止める方法は?」
「分からん」
「ヴァンが知ってた?」
「知ってるっていうより、試してた」
「何を?」
「この施設が何を待ってるのか」
エドの答えに、レグが顔を上げる。
「まってる?」
「ああ」
「誰を?」
エドは六つの円を見る。
「それを知りたかった」
カーン。
突然、音が響いた。
全員が身構える。
「鐘?」
セラが周囲を見る。
「違う」
レグが即座に答えた。
「もっと下」
低い。
鐘というより、巨大な石同士がぶつかったような音だった。
中央の柱に一本の光が走る。
「離れろ!」
エドが叫ぶ。
全員が円から距離を取った。
一本。
二本。
三本。
光が石柱の表面を上へ伸びていく。
そのまま天井付近まで達すると、今度は床へ向かって広がった。
六つの円のうち、一つが光る。
次にもう一つ。
さらに一つ。
「何これ」
セラが杖を構える。
「前もこうなった?」
「いや」
エドが答える。
「こんなの初めてだ」
四つ目。
五つ目。
そして。
最後の一つだけが光らない。
部屋の中に、声が響いた。
レグだけに聞こえる声ではない。
今度は全員に聞こえた。
古い言葉。
低く、感情のない声。
「何て言ってる?」
ハヤトが聞く。
誰も分からない。
ただ一人。
レグだけが小さく呟いた。
「……たりない」
エドの顔色が変わる。
「またか」
「同じ言葉?」
「五年前と?」
「多分」
声がもう一度流れる。
今度は少し長い。
レグが聞き取ろうとしている。
「無理に分かろうとしなくていいぞ」
ハヤトが声をかける。
「うん。でも……」
レグが光っていない円を見る。
「ここ」
「何?」
「『帰ってこない』って」
カイルが一歩前へ出る。
「誰が?」
「わかんない」
すると突然、石柱の一部に映像のような光が浮かんだ。
人影。
一つ。
二つ。
次々と増えていく。
全部で六つ。
「……六人」
セラが息を呑む。
人影には顔がない。
ただ輪郭だけ。
そのうち五つが白く光る。
最後の一つだけが暗い。
「俺たちじゃない」
カイルが言った。
「何で分かる?」
「人数が同じだけだ。決めつけるな」
そう言う声には、普段より力がなかった。
エドは映像をじっと見ている。
「五年前も、これに近いものを見た」
「近い?」
「俺たちが分断される直前、六つの影が出た。あのときは全部暗かった」
「じゃあ今は五つ点いてる」
「そうなる」
イリスが顔を上げる。
「五人見つかったってこと?」
「待て」
カイルが止める。
「俺、ヴァン、イリス、エド。それで四人だ」
「ノアかディルが一人?」
「だから俺たちだと決まってない」
分かっている。
だが数が合いすぎている。
「六人のうち五人」
セラが小さく呟く。
「あと一人……」
その瞬間。
暗かった最後の人影の横に、文字が浮かんだ。
カイルたちにも読めない。
レグがじっと見る。
「分かる?」
ハヤトが聞く。
「……ちょっと」
「何て?」
レグは迷いながら言った。
「『遠い』」
「遠い?」
「あと……」
文字が追加される。
レグの表情が変わった。
「『まだ、ねむってる』」
イリスが息を呑んだ。
「眠ってる……」
彼女自身。
目を覚ましたのは二か月前。
五年間の記憶がない。
全員が同じことを考えたのだろう。
「ノアかディルが、まだどこかで?」
ハヤトが言う。
「待てって言ってるだろ」
カイルが強めに返す。
「まだ何も――」
そこで声が止まった。
映像も消える。
五つの円の光だけが残った。
「……終わった?」
セラが周囲を見る。
「分からない」
エドが中央の柱へ近づこうとする。
「待って!」
イリスが止めた。
「何か来る」
「何で分かる?」
「左腕」
黒い金属が埋め込まれた部分を押さえている。
「熱い」
カイルがすぐイリスのところへ行く。
「大丈夫か?」
「まだ」
「まだって何だよ」
「今は立てる」
イリスが顔を上げる。
「でも、魔力が急に増えてる」
レグも同じように何かを感じたらしい。
「下」
「また?」
「うん」
床のさらに奥。
何かが上がってくる。
ゴン。
重い衝撃。
六つの円が一瞬だけ強く光る。
ゴン。
もう一度。
セラが杖を構える。
「これ、本当にヴァンが止めようとしてたもの?」
「多分な」
エドが剣を抜いた。
「じゃあ、止まってないね」
「ああ」
中央の石柱。
その根元に一本の亀裂が走った。
中から光が漏れる。
ハヤトも剣を抜く。
「レグ、後ろ――」
「ハヤト」
「何?」
レグは柱ではなく、奥の通路を見ていた。
「人いる」
「ヴァン?」
「たぶん」
「動いてる?」
レグが鼻を動かす。
「……ちょっと」
イリスがすぐ走り出しかける。
「待て!」
カイルが腕を掴んだ。
「でも!」
「俺も行く。全員でだ」
ハヤトは少し驚いた。
カイルがこちらを見る。
「何だ」
「いや。ちゃんと待ったなと思って」
「今それ言うか?」
「ごめん」
エドが奥の通路を指す。
「ヴァンが残ったのはあっちだ」
その後ろでは、石柱の亀裂が少しずつ広がっている。
ヴァンを先に助けるか。
装置を止めるか。
迷っている時間はなさそうだった。
「セラ」
「何?」
「ヴァンのところ行こう。生きてるなら先に回収する」
「うん」
「エド、案内」
「分かった」
「カイルとイリスは?」
「行く」
二人とも即答だった。
レグだけが石柱を振り返る。
「これ、だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃないと思う」
「じゃあ置いてく?」
「人助けてから戻る」
「間に合う?」
ハヤトは答えられなかった。
そのとき。
奥の通路から、かすかな音がした。
「……おい」
人の声。
全員が止まる。
「聞こえた?」
セラが言う。
もう一度。
「誰か……いるのか」
弱い。
だが確かに。
イリスの顔が変わった。
「ヴァン!」
返事はない。
それでも十分だった。
「生きてる」
カイルが小さく言った。
今度は誰も止まらなかった。
全員で、暗い通路へ走り出した。




