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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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置き去りの時間

「五年も待ったぞ」


 掠れた声が、森の中に落ちた。


 カイルは動かなかった。


 目の前にいる男を見たまま、呼吸すら忘れているように見える。


「……エド」


「何だよ」


 男――エドは少しだけ口元を歪めた。


「顔まで忘れたか?」


「そうじゃない」


「じゃあ何だ」


「死んだと思ってた」


 その言葉に、エドの表情から笑いが消えた。


「俺もだよ」


「え?」


「お前が死んだと思ってた」


 今度はカイルが言葉を失った。


 イリスも一歩前へ出る。


「エド」


 呼ばれて、エドの視線が初めて彼女へ向く。


 驚くかと思った。


 だが。


「……イリスもいるのか」


「それだけ?」


「何が」


「もっと驚くと思った」


 エドは少し目を細める。


「驚くのは、もう飽きた」


 その言い方が妙に重かった。


 ハヤトは二人の間へ無理に入らず、エドの様子を観察する。


 痩せている。


 ただ、衰弱して今にも倒れそうというほどではない。


 服はひどい状態だが、腰には短剣もある。背中には小さな荷物。五年間ずっと同じ場所に閉じ込められていた人間には見えなかった。


「カイル」


 ハヤトが小さく呼ぶ。


「本人で間違いない?」


「ああ」


「即答?」


「顔だけじゃない」


 カイルはエドの左手を見る。


 小指がわずかに曲がっていた。


「昔、馬車から落ちて折った。治り方が悪くてそのままだ」


 エドが左手を持ち上げる。


「よく覚えてたな」


「お前が酔うたびに自慢してたからな」


「自慢じゃねえよ」


「『剣じゃなく馬車に負けた傷だ』って何回聞いたと思ってる」


「……言ってたな」


 ほんの一瞬。


 二人の間に、昔の空気が戻った。


 だが長くは続かなかった。


「それより」


 エドの視線がカイルからイリスへ移る。


「お前、いつ目を覚ました?」


「二か月前」


「二か月……?」


 初めてエドの顔に明確な驚きが出た。


「何で?」


「何でって?」


「遅すぎる」


「エドは?」


 エドが黙る。


「いつ目を覚ましたの?」


「俺は寝てない」


 全員の動きが止まった。


「……五年間ずっと?」


 セラが聞く。


「ああ」


「施設の中で?」


「最初の一年くらいはな」


「一年……」


 カイルの声が低くなる。


「そのあと出られたのか?」


「出た」


「なら何で戻ってこなかった」


 エドの顔から、完全に柔らかさが消えた。


「戻れると思うか?」


「何?」


「お前は外に出たんだろ」


「そうだ」


「俺たちは違った」


「だから何があった」


「カイル」


 イリスが止める。


「急かしてもしょうがない」


「五年だぞ」


「エドにとってもでしょ」


 カイルが口を閉じる。


 エドは二人のやり取りを眺めていた。


「相変わらずだな」


「何が」


「カイルが先に頭に血が上がって、イリスが止める」


「昔から?」


 ハヤトが聞く。


「ああ」


「余計なこと言うな」


「本当だろ」


 レグはその会話には入らず、エドの周囲をじっと見ていた。


 鼻を動かす。


「レグ?」


「このひと」


「何?」


「においする」


 エドの目がレグへ向く。


「……竜?」


 カイルとイリスが同時に警戒した。


 ハヤトもレグの前へ半歩出る。


 だがエドは武器に触れなかった。


「人の姿になれるのか」


「うん」


「自分で?」


「れんしゅうした」


 エドがしばらくレグを見る。


 それから、困ったように笑った。


「そうか」


「知ってるの?」


 レグが聞く。


「似たものは見た」


「どこ?」


 エドの視線が窪地の底へ向く。


 崩れた施設。


「あそこだ」


 イリスの表情が変わった。


「ヴァンは?」


 エドは答えなかった。


「エド」


「中にいる」


「生きてる?」


「多分な」


「多分?」


 カイルがすぐ反応する。


「会ってないのか?」


「会った」


「いつ?」


「昨日」


 イリスが一歩近づく。


「だったら、どうして戻ってこなかったの?」


「戻れないからだ」


「またそれ?」


「今度は本当に戻れない」


 エドは施設を見る。


「入口が閉じた」


「ヴァンだけ中?」


「ああ」


「何でエドは外に?」


「追い出された」


「誰に?」


 エドの返事はなかった。


 代わりに、レグが急に施設の方を見る。


「……声」


 ハヤトの背筋が強張る。


「昨日の?」


「ちがう」


「誰?」


 レグはすぐに答えない。


 耳を澄ませるように目を閉じる。


「また名前?」


「ううん」


「じゃあ何て?」


 レグの顔が少し曇る。


「『まだ』って」


「まだ?」


「それだけ」


 イリスがすぐ反応した。


「返事してない?」


「してない」


「よし」


 エドがそのやり取りを見ている。


「声を聞いたのか」


「知ってる?」


 ハヤトが聞く。


「知ってる」


「何なの?」


「分からん」


「そこは同じかよ」


「五年調べても分からないことはある」


 エドの声に苛立ちが混じった。


「でも一つだけ分かった」


「何?」


「あれは、聞かせたい相手を選んでる」


 ハヤトは昨日の夜を思い出す。


 レグにだけ聞こえた知らない名前。


 自分たちには何も聞こえなかった。


「竜だから?」


「それもあるかもしれない」


 エドはレグを見る。


「でも竜だけじゃない」


「エドも聞こえる?」


「聞こえたことはある」


「何て?」


 今度はエドが少し黙った。


「俺の名前」


「名前だけ?」


「最初はな」


「そのあと?」


「……昔の仲間の声になった」


 カイルの表情が変わる。


「誰だ」


「答える必要あるか?」


「ある」


「ない」


 二人の間にまた棘が生まれる。


 セラが小さく息を吐いた。


「今ここで喧嘩するなら、私帰るよ」


「喧嘩してない」


 二人の声が重なる。


 セラは何も言わず二人を見る。


「……悪い」


 先に折れたのはエドだった。


「昔からセラみたいな人いた?」


 ハヤトがカイルへ小声で聞く。


「イリス」


「聞こえてる」


 イリスがすぐ返した。


 少しだけ張り詰めた空気が緩む。


 その間も、クロだけは施設の方へ低く唸っていた。


「クロも嫌がってる」


 レグが言う。


「前の橋より?」


「うん」


「じゃあ、相当だな」


 ハヤトは窪地を見る。


 草に埋もれた石造りの残骸。


 見た目だけなら、今まで入った施設より小さい。


 それなのに、近づきたくない感じがする。


「エド」


 イリスが静かに呼ぶ。


「ヴァンは何を止めに入ったの?」


「目覚めた中心部」


「中心?」


「ああ」


「ここ、そんな大きい施設じゃないでしょ」


「地上から見える部分はな」


 エドが足元を指す。


「下は広い」


「どれくらい?」


「全部見てない」


「エドでも?」


「五年いたからって全部歩いたと思うな」


 ハヤトは少し引っかかった。


「五年いたのは、ここ?」


「違う」


「じゃあどこ?」


「最初の施設。そのあと何か所も移った」


「一人で?」


 エドの返事が止まった。


 カイルも気づいたらしい。


「誰といた」


「……」


「エド」


「三人だ」


 その数字に、イリスが息を呑んだ。


「三人?」


「ああ」


「誰?」


 エドはカイルを見た。


「俺と、ノア。それとディル」


 カイルの顔色が変わる。


 イリスも完全に固まった。


 ハヤトには知らない名前だ。


 だが、数は合う。


 六人。


 カイル。


 ヴァン。


 イリス。


 エド。


 そして残りの二人。


「じゃあ……」


 セラがゆっくり言う。


「六人全員、生きてた?」


「少なくとも五年前のあと、一度はな」


 カイルが一歩踏み出す。


「ノアとディルはどこだ」


「分からない」


「またそれか!」


「二年前に別れた!」


 エドの怒鳴り声が森へ響いた。


 鳥が一斉に飛び立つ。


「……二年前?」


 カイルの声が急に小さくなる。


「何があった」


 エドは息を整える。


「話す」


「今?」


「全部は無理だ」


「またそれ――」


「カイル」


 今度はイリスが強く名前を呼んだ。


「まずヴァン」


「……」


「中にいるんでしょ」


 カイルはしばらく黙ったあと、頷いた。


「ああ」


「エド」


 イリスが続ける。


「中へ入る方法は?」


「ある」


「閉じたって言っただろ」


「入口が閉じただけだ」


 エドが布の目印を指す。


「だから残した」


「生存者の印?」


「あれを見つけるやつが来ると思った」


「カイルを待ってた?」


 エドは少しだけ笑った。


「誰でもよかった」


「おい」


「五年前ならカイルが来るなんて思ってなかった」


 それはそうだ。


 死んだと思っていたのだから。


「別の入口がある?」


 ハヤトが聞く。


「正確には排気口だ」


「人通れる?」


「一人ずつなら」


「クロは?」


 レグがすぐ聞く。


「その獣は無理だ」


 レグの顔が曇る。


「置いてく?」


「入り口近くまで連れて行けるなら、そこで待っててもらうしかないな」


「……うん」


 無理に連れていくとは言わなかった。


 エドが少し意外そうにレグを見る。


「聞き分けいいんだな」


「レグ、おとな」


「昨日酒飲んで脱ごうとしてたけど」


 ハヤトが何気なく言った。


「ハヤト!」


 セラの声が飛ぶ。


「何で今それ言うの!」


「あ」


 レグがハヤトを見る。


「レグ、ぬいだ?」


「そこから!?」


 イリスが吹き出した。


 カイルまで顔を背けて笑っている。


 エドだけが完全に置いていかれていた。


「……五年ぶりに外の人間と会ったと思ったら何の話してるんだ」


「こいつら大体こんな感じだ」


 カイルが答える。


「カイルさんまで!」


 セラが赤くなる。


 ほんのわずか。


 空気が軽くなる。


 エドも最後には小さく笑った。


「変なのと一緒にいるな、カイル」


「否定できなくなってきた」


「おい」


 ハヤトが返す。


 だが、そのくらいでよかった。


 五年間の話を一気に聞いても、多分受け止めきれない。


 今はヴァンを助ける。


 そのあとでいい。


「案内して」


 ハヤトが言う。


 エドがこちらを見る。


「中は危ないぞ」


「ここまで来て帰ると思う?」


「思わない」


「早いな」


「カイルと似た匂いがする」


「やめてくれ」


「俺も嫌だ」


「二人とも失礼だな」


 セラが笑った。


 エドは窪地へ向かって歩き出す。


「ついて来い」


 六人と一匹が続く。


 崩れた施設そのものには向かわない。


 窪地の斜面を回り込み、裏側へ。


 木の根に隠れるように、小さな石穴があった。


「ここ」


「狭っ」


 ハヤトが覗き込む。


 人一人がどうにか入れる程度。


 奥は真っ暗だ。


「この先で下へ降りる」


「どれくらい?」


「結構」


「具体的には?」


「俺が初めて落ちたとき、死んだと思ったくらい」


「それ具体的じゃないし怖いんだけど」


 エドは腰の縄を外した。


「だから縄使う」


「最初から言って」


「聞く前に喋る暇なかった」


「普通にあっただろ」


「お前ら喋りすぎなんだよ」


 初対面なのに早くも扱いが馴染んできている。


 準備を始める。


 そのとき。


 レグがまた施設の方を見る。


「……きこえた」


 全員が止まる。


「何て?」


 レグは答えない。


 返事ではなく、聞いた内容を伝えるだけ。


「『まだ、ひとりたりない』」


 エドの手から縄が落ちた。


「……何?」


 顔色が変わっている。


「エド?」


「今、何て言った」


 レグがもう一度言う。


「ひとりたりない」


 エドは施設の方を見た。


 さっきまでとは明らかに違う。


 本気で怯えている。


「中に入るぞ」


「急にどうした?」


「早く!」


「理由は?」


「その言葉を聞いたのは二回目だ」


 カイルが眉を寄せる。


「一回目は?」


 エドは暗い穴へ視線を落とした。


「五年前だ」


「どこで?」


「俺たち六人が、最初に分断された直前」


 誰も言葉を出さなかった。


 エドが縄を拾い直す。


「今度は、誰が足りないって言ってるのか確かめる」


 その声から、さっきまでの再会の余韻は完全に消えていた。

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