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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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胸の奥に残るもの

東の暗闇から、もう一度。


 ハヤトには聞こえない何かが、レグを呼んだ。


 レグは窓の外を見たまま、返事をしない。


 ただ、その胸元を押さえる指に少しだけ力が入った。


「まだ聞こえる?」


「うん」


「同じ名前?」


「うん」


 ハヤトは黒い石を見る。


 淡い光は強くも弱くもならず、呼びかけに合わせるようにゆっくり明滅している。


「その名前、言える?」


「……たぶん」


「待って」


 反射的に止めた。


 レグがこちらを見る。


「なんで?」


「声に返事しなくても、その名前を口にしただけで何か起きるかもしれない」


 イリスから聞いた話が頭に残っている。


 ヴァンは「聞こえる」と口にしただけで施設に位置を知られたと言った。


 なら、今は余計なことをしない方がいい。


「言わない方がいい?」


「今はな」


「わかった」


 レグは素直に頷いた。


 それでも落ち着かないのか、窓の外と黒い石を交互に見ている。


「怖い?」


「……ちょっと」


「お母さんの声より?」


「ちがう」


「どう違う?」


 少し考える。


「おかあさんの声は、行きたいってなった」


「うん」


「これは……」


 レグが自分の胸を指す。


「ここが、へん」


「痛い?」


「いたくない」


 また少し考えてから、ゆっくり言った。


「レグのなかから、返事したいってなる」


 ハヤトの表情が変わった。


「レグ自身が?」


「わかんない」


「声に引っ張られてる感じ?」


「それとも、ちがう」


 説明できないらしい。


 ハヤトにも分からない。


 ただ一つ確かなのは、このまま二人だけで様子を見るのはやめた方がいいということだった。


「みんな起こすぞ」


「ねてる」


「今は起こしていいやつ」


「セラ、きのう頭いたかった」


「それは酒のせい」


「もうなおった?」


「多分」


 少しだけいつものレグが戻る。


 ハヤトはまずセラのところへ行った。


「セラ」


「……ん」


「起きて」


「朝……?」


「まだ夜」


「じゃあ寝る……」


「レグの石が光ってる」


 セラの目が開いた。


「何それ」


「起きるの早っ」


「最初からそれ言ってよ」


 身体を起こし、すぐレグのところへ来る。


「大丈夫?」


「うん」


「声が聞こえるんだって」


「またお母さん?」


「違う。知らない名前を呼んでるらしい」


 セラの眠気も完全に消えた。


「名前?」


「でもレグは、その名前を知ってる気がするって」


「……どういうこと?」


「それが分からない」


 次にカイル。


 そしてイリスも起こす。


 カイルは明らかに眠そうだった。


「何時だと思ってる」


「知らない」


「知らないで起こしたのか」


「黒い石が光った」


「最初から言え」


「セラと同じこと言ってる」


「今それどうでもいい」


 イリスは状況を聞くと、すぐ黒い石の前へしゃがんだ。


「触ってない?」


「誰も」


「声に返事は?」


「してない」


「名前も?」


 レグが頷く。


「言ってない」


「偉い」


 イリスがほっと息を吐いた。


「何か分かる?」


 ハヤトが聞く。


「石が反応してるってことは、声だけの問題じゃない」


「どういう意味?」


「この石そのものが、何か受け取ってる」


「声を?」


「声か、魔力か、それに近いもの」


 イリスは石へ顔を近づけるが、決して触らない。


「ヴァンが持ってた道具にも、こういう反応をするものがあった」


「同じ石?」


「違う。でも遠くの施設から信号を受ける道具はあった」


「じゃあ誰かがレグを呼んでる?」


「可能性はある」


「施設から?」


「それも分からない」


 カイルが窓の外を見る。


「方向は?」


「東」


 レグが即答する。


「どのくらい東?」


「わかんない」


「声の距離までは分からないか」


「うん」


 イリスが地図を広げた。


 灯りを小さくし、四人で囲む。


「今いるのがノルド」


 その東。


 明日向かう予定だった、ヴァンが戻らなくなった施設。


 さらに先には修道院跡。


「どっちから聞こえるか分かる?」


 イリスがレグへ聞く。


 レグは地図を見る。


 当然、地図だけで匂いや声の場所が分かるわけではない。


「外みる」


 窓へ戻る。


 しばらく東を見つめる。


 それから少し身体をずらした。


「こっち」


 指した方向は、真東よりわずかに北。


 イリスとカイルが地図を見る。


「施設の方だな」


「修道院じゃない?」


「少なくとも今の方向なら、ヴァンが行った方が近い」


 偶然なのか。


 それとも、やはりつながっているのか。


「明日予定通り行けばいいってこと?」


 セラが聞く。


「それが一番だと思う」


 イリスが答える。


「今夜動く必要はない。むしろ声に誘われて出るのは避けたい」


「だな」


 ハヤトも同意する。


 礼拝堂でのことを考えれば、夜中に声を追いかけるなんて一番やってはいけない。


 問題はレグだった。


「寝られそう?」


「……声、ずっとする」


「うるさい?」


「ううん」


「じゃあ何が気になる?」


 レグは黒い石を見る。


「この名前」


 また胸を押さえる。


「なんか、忘れちゃだめな気がする」


 その言い方に、イリスがわずかに反応した。


「名前を忘れてる?」


「知らない」


「でも聞くと知ってる気がする?」


「うん」


 イリスは何かを考え込む。


「心当たりある?」


 カイルが聞く。


「あるってほどじゃない」


「じゃあ何だ」


「古い竜の記録で、名前を二つ持つ個体がいた」


 レグがイリスを見る。


「ふたつ?」


「人と暮らすときに使う名前と、竜同士で使う名前」


 ハヤトは眉を寄せた。


「レグにも別の名前があるってこと?」


「待って」


 イリスがすぐ止める。


「そこまで言ってない。そういう記録が一つあっただけ」


「一つだけ?」


「うん。しかも断片的だったから、本当に名前だったのかも怪しい」


 カイルが腕を組む。


「俺は知らないぞ、そんな記録」


「カイルが見つける前に私が読んだものだから」


「どこで?」


「五年前の施設」


「……またそこか」


「そのころは重要だと思わなかった」


 イリスがレグを見る。


「ただ、人の姿を取る竜について書かれてた部分の近くだった」


 今度は誰もすぐに話さなかった。


 人化。


 レグ。


 母親から渡された黒い石。


 知らないのに、知っている気がする名前。


「じゃあ、レグの竜の名前?」


 セラが聞く。


「可能性の一つ。それ以上はまだ言えない」


 イリスははっきり線を引いた。


「今ここで決めつける方が危ない」


「だね」


 セラも頷く。


 レグは少し難しい顔をしていた。


「レグ、レグじゃない?」


「レグはレグだろ」


 ハヤトが答える。


「名前がもう一個あったとしても、今のレグがなくなるわけじゃない」


「ふたつでも?」


「三つあっても」


「いっぱいは?」


「それは呼ぶ方が大変」


 セラが少し笑う。


 レグも考えたあと、笑った。


「じゃあ、レグでいい」


「今はな」


「うん」


 声はまだ続いているらしい。


 それでもさっきより表情は落ち着いていた。


 イリスが黒い石を指す。


「一度箱へ戻そう」


「光、消える?」


「試してみる」


 触れないよう布を使い、石を金属箱へ収める。


 蓋を閉じる。


 光が見えなくなる。


「声は?」


 レグが目を閉じた。


「……まだする」


「変わらない?」


「ちょっと小さい」


 完全には遮断できない。


 それでも多少の影響はあるようだった。


 イリスがさらに箱を厚手の布で包む。


「これなら?」


「もっと小さい」


「じゃあ今夜はこれで」


「うん」


 ハヤトは箱を自分の荷物へ戻した。


 カイルが大きく欠伸をする。


「もういいか?」


「眠そうだな」


「夜中に起こされたからな」


「俺もだよ」


「最初に起きたお前と一緒にするな」


「細かい」


 イリスが立ち上がる。


「寝られるうちに寝た方がいい。明日は多分、楽な日にはならない」


「そういうこと言うと本当に――」


 セラが途中でハヤトを見る。


「何?」


「言わない方がいいかなって」


「俺だけじゃなくなったじゃん」


「最近本当に色々起きるから」


「なら何も言わず寝よう」


「賛成」


 それぞれ寝具へ戻る。


 灯りを消す。


 ハヤトも横になった。


 少しして。


「ハヤト」


 暗闇からレグの声。


「ん?」


「起きてる?」


「まだな」


「もし、もうひとつ名前あったら」


「うん」


「ハヤト、そっちで呼ぶ?」


 少し考えた。


「レグがそうしてほしいなら」


「レグって呼んでほしいなら?」


「レグって呼ぶ」


「そっか」


「何で?」


「なんとなく」


 少し間が空いた。


「じゃあ、レグがいい」


「ああ」


「おやすみ」


「おやすみ」


 それから声はしなかった。


 朝。


 レグはいつも通りだった。


 朝食もしっかり食べ、クロにも少し分け、昨夜ほとんど眠れなかったようには見えない。


「元気だね」


 セラが笑う。


「ねた」


「声は?」


「もうしない」


 ハヤトが手を止める。


「消えた?」


「朝になったら」


「石は?」


 荷物を確認する。


 箱を開ける必要はない。


 光は布の外へ漏れていない。


「夜だけ?」


 セラが聞く。


「可能性はあるな」


 イリスはすでに旅支度を終えていた。


「今日は予定通り施設へ向かう。それでいい?」


「ああ」


 カイルが答える。


 ハヤトも頷いた。


「行こう」


 ノルド村を出る。


 今度は六人――ハヤト、セラ、レグ、カイル、イリス。そしてクロ。


 朝の街道は静かだった。


 しばらく東へ進み、途中で北側の森へ入る。


 イリスが先導する。


「街道から見えないって言ってたけど、結構入るんだな」


「ヴァンが見つけた入口はこっち」


「別の入口もある?」


「多分。ただ私が知ってるのは一つだけ」


 森の中を一時間ほど進んだ。


 途中から道らしいものはなくなる。


 クロは時々地面の匂いを嗅ぎ、レグは周囲を気にしている。


「ヴァンの匂い分かる?」


 ハヤトが聞く。


「ちょっと」


「残ってる?」


「うん」


 イリスが振り返る。


「本当に?」


「こっちいった」


 レグが迷わず前を指す。


 イリスが予定していた方向と同じだった。


「便利ね」


「レグ、りゅうだから」


「それ最近便利な説明になってない?」


 セラが笑う。


 さらに進む。


 森の中で、急に地面が下がった。


 大きな窪地。


 その底に崩れた石造りの建物が見える。


「ここ」


 イリスが足を止める。


「ヴァンが行った施設?」


「入口はあの下」


 見る限り、誰かが出入りした形跡はある。


 草が踏まれている。


 土も新しく崩れている。


 レグが鼻を動かした。


「ヴァン、いる?」


 ハヤトが聞く。


 レグは少し時間をかけた。


「……においはある」


「本人は?」


「わかんない」


 クロが低く唸った。


「また何かいる?」


「クロ?」


 レグがその横へしゃがむ。


 クロは施設ではなく、窪地の反対側を見ていた。


 木々の間。


「何だ?」


 ハヤトも見る。


 最初は何もない。


 だが、よく見ると一本の木に何かが結ばれている。


 細い布。


「目印?」


 セラが近づこうとする。


「待って」


 イリスが止めた。


 彼女の顔色が変わっていた。


「それ、ヴァンの?」


「違う」


「じゃあ?」


 イリスは木に結ばれた布を見つめる。


「私たち六人で使ってた合図」


 カイルも気づいたらしい。


「……嘘だろ」


「何の合図?」


 ハヤトが聞く。


 カイルがゆっくり布へ近づく。


 結び目は特殊だった。


 二重に結び、その端だけを短く切っている。


「生存者がいるときの印だ」


 空気が止まった。


「ヴァンがつけた?」


「ヴァンなら、この結び方はしない」


 イリスが答える。


「人によって少しずつ癖があったから」


「じゃあ誰?」


 カイルは布の結び目を見たまま、しばらく動かなかった。


「……エドだ」


「誰?」


「六人の一人」


 五年前。


 遺跡の奥で消えた四人。


 イリス以外の、その一人。


「間違いない?」


 セラが聞く。


 カイルは布の端を指した。


「こいつだけ、最後に一回ねじってから結んでた」


「じゃあ、生きてる?」


「少なくとも」


 カイルは布に触れず、顔を上げた。


「これを結んだときはな」


 レグが窪地の底を見る。


「人、いる」


 全員が彼女を見る。


「施設の中?」


 レグは首を横に振った。


 指したのは別の方向。


 布が結ばれた木の、さらに奥。


「ひとり」


「ヴァン?」


「ちがう」


「イリス?」


「私はここ」


「そうじゃない」


 ハヤトが思わず返す。


 レグは真剣だった。


「知らないにおい」


 カイルとイリスが同時に武器へ手を伸ばした。


 木々の向こう。


 誰かがゆっくり歩いてくる。


 姿が見える。


 男だった。


 ひどく痩せ、髪も伸びている。


 服は古く、あちこち破れている。


 それでもカイルは、一目見た瞬間に動きを止めた。


「……エド」


 男もこちらを見る。


 その目がカイルを捉える。


 しばらく。


 本当に長い間、何も言わなかった。


 やがて、掠れた声が出た。


「遅かったな」


 カイルの顔から、血の気が引いた。


 男は笑っていなかった。


「五年も待ったぞ」

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