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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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返さない名前

「返事をすると、向こうにも見つかるから」


 イリスの言葉に、レグは首を傾げたままだった。


「だれに?」


「それが分からないの」


「……分からない?」


「声を出してる相手も、本当に竜なのかもね」


 レグの眉が少し寄る。


「じゃあ、なんで返事しちゃだめ?」


「返した人を見たことがあるから」


 カイルが反応した。


「いつだ」


「目を覚ましてから。ヴァンと一緒に別の施設へ行ったとき」


「竜がいたのか?」


「いなかった」


「なら誰が返した」


「ヴァン」


 ハヤトは思わず聞き返した。


「ヴァンが?」


「竜の声が聞こえたって言ってた。私には何も聞こえなかったけどね」


「それで?」


「返事をしたわけじゃない。『聞こえる』って口にしただけ」


 イリスは自分の耳元を指した。


「直後に、施設中の印が光った。それまで閉じてた扉が開いて、逆に出口が全部閉じた」


「……嫌な実績あるな」


「でしょ?」


「それで見つかるって思った?」


「ヴァンがそう言った」


 カイルの顔が険しくなる。


「本人が?」


「『今ので位置を知られた』って」


「誰にだよ」


「だから、それを調べてる途中」


 そこから先は、イリスにも分からないらしい。


 ハヤトは少し考えた。


「じゃあレグ。何か聞こえても、とりあえず返事しない」


「うん」


「名前呼ばれても」


「うん」


「お母さんの声でも」


 そこで少し止まった。


「……うん」


 前の礼拝堂のこともある。


 声だけなら真似できる何かがいる。それをレグ自身も知ったばかりだ。


「ハヤトが呼んでも?」


「俺が目の前にいるなら普通に返事してくれ」


「遠くからは?」


「……一回確認して」


「どうやって?」


「確かに」


 セラが小さく笑った。


「ハヤトしか知らないこと聞けばいいんじゃない?」


「例えば?」


「昨日セラが酔って――」


「それは使わないで」


 食い気味だった。


 イリスが二人を見る。


「昨日何かあったの?」


「何もない」


「ありました」


 ハヤトとカイルの声が重なる。


「カイルさん!」


「俺は事実を言っただけだ」


「言わなくていい事実もあるんです!」


 イリスがカイルを見る。


「楽しそうだね」


「五年ぶりに会って最初に言うことがそれか?」


「さっきもっと色々言ったでしょ」


「そういう意味じゃない」


 レグは二人の会話を気にせず考えていたが、やがて顔を上げた。


「わかった」


「何が?」


「声きこえても、返事しない」


「それでいい」


「ほんものだったら?」


 今度はハヤトが少し考えた。


「……みんなで確かめる」


「うん」


 それなら納得できたらしい。


 イリスが荷物をまとめ終える。


 量は驚くほど少なかった。


「それだけ?」


 セラが聞く。


「ほとんど持ってないから」


「三週間いたんだよね?」


「必要なものはヴァンが持ってきてた」


「着替えとかは?」


「あるよ」


「よかった」


「何を心配してるの?」


「いや、女としてちょっと」


 セラが答えると、イリスは一瞬だけ目を丸くしたあと笑った。


「大丈夫。そこまで捨ててない」


「ならよかったです」


「でもお風呂は入りたい」


「それは分かります」


 急に二人の距離が近づいた。


「そこなんだ」


 ハヤトが呟く。


「何?」


「いや」


 女性同士には女性同士の何かがあるらしい。


 倉庫を出ると、待っていた村人へ事情を簡単に説明した。


 地下に古い施設があること。


 今は動いていないこと。


 倉庫にはしばらく誰も入らない方がいいこと。


 すべてを話したわけではないが、それだけでも村人の顔は十分に青くなった。


「ずっと村の中にそんなものが……」


「今すぐ危ないわけじゃない」


 イリスが言う。


「でも、地下は触らないで。誰か来ても勝手に入れないこと」


「誰か?」


「私たちみたいな旅人でも」


 村人は戸惑いながらも頷いた。


 ノルドで一晩休むことも考えたが、時間はまだ昼前だった。


 何より。


「クロ迎えに行かないと」


 レグが言った。


「忘れてないよ」


「ほんと?」


「忘れるわけないだろ」


 レグの顔が微妙だった。


「何その顔」


「ハヤト、たまにわすれる」


「何を?」


「もの」


「……たまにな」


「やっぱり」


「今回は忘れてない!」


 セラが隣で笑っている。


 結局、先に橋まで戻ることにした。


 イリスも同行する。


 ノルドから橋まではそれほど遠くない。声を生んでいた装置も止まっているため、今度は森から何かに呼ばれることもなかった。


 行きに感じていた不気味さが嘘のようだった。


「本当に何も聞こえないね」


 セラが周囲を見回す。


「礼拝堂の装置が原因だったならな」


 カイルが答える。


 イリスは少し後ろで、木々を眺めながら歩いていた。


「イリス」


「何?」


「何か気になる?」


「静かすぎるかな」


 カイルが止まる。


「さっきまで普通だと思ってたぞ」


「普通の森としてはね」


「じゃあ何が」


「施設の近くにしては静か」


 ハヤトも足を止めた。


「それ、どういう意味?」


「ヴァンが言ってた。動き始めた施設の周りは、魔力の流れが乱れる」


「動物がいなくなる?」


「逆もある。集まることもある」


「エルナでは減ってたな」


「なら、あそこは吸ってた方かも」


「吸う?」


 イリスは答えようとして、少し考えた。


「……今はいいか」


「そこで止める?」


「説明すると長くなる」


「カイルみたいになってきた」


「昔から似てるところあるぞ」


「ない」


 二人が同時に否定する。


 ハヤトは思わず笑った。


「そこは似てる」


「ハヤト」


「何?」


「余計なこと言うと置いてくよ」


「初対面から扱い雑くない?」


「カイルと一緒にいるから」


「俺のせいか?」


 久しぶりに会ったとは思えない。


 五年間という時間が、二人の間だけ少し抜け落ちているようだった。


 橋が見えてくる。


 向こう側では守備兵たちがこちらに気づき、手を上げた。


 そして。


「クロ!」


 レグが走り出した。


 橋の脇。


 兵士の近くで伏せていた黒い身体がすぐ起き上がる。


 クロもレグへ向かって走ってきた。


「待ってた!」


 レグがその首へ抱きつく。


 クロは身体ごと押されながらも嫌がらず、鼻先をレグの肩へ擦りつけている。


「本当に懐いてるな」


 イリスが初めてクロを見る。


「この子が話してた獣?」


「クロ」


 レグがすぐ訂正した。


「クロね」


「うん」


 イリスが少し近づく。


 その瞬間。


 クロの動きが止まった。


「……ん?」


 低い唸り声。


 レグも顔を上げる。


「クロ?」


 イリスはそこで止まった。


「近づかない方がいいかな」


「なんで?」


「私の匂いじゃない?」


 自分の左腕を示す。


 黒い金属。


「クロにも同じ施設のものがついてたんだよね?」


「ああ」


 ハヤトが答える。


「首輪と鎖。それと身体に印があった」


「なら覚えてるのかも」


 レグはクロの頭を撫でる。


「イリス、わるくないよ」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、無理に慣れさせなくていいよ」


 イリスはそれ以上近づかなかった。


 クロも唸るのをやめたが、しばらくイリスから目を離さなかった。


「これ、旅できるかな」


 セラが少し心配そうに言う。


「距離取れば大丈夫でしょ」


 イリスはあまり気にしていない。


「むしろ私が近づかない方がいい」


「嫌じゃない?」


「怖がらせてるのは私の方だから」


 その言い方に、レグが少しだけイリスを見る。


「イリス、やさしい?」


「どうだろ」


「やさしいよ」


「会ったばっかりだよ?」


「でも、クロにむりしない」


 イリスは一瞬黙った。


「……ありがと」


 橋の兵士たちには、礼拝堂の人々が無事だったことと、ノルドまで道が通じていることを伝えた。


 封鎖はすぐには解かず、まず何人かで街道を確認するらしい。


 それでいい。


 自分たちが全部解決する必要はない。


「じゃあ戻るか」


 ハヤトが言う。


「またノルド?」


「今日はそこ泊まって、明日東へ出るのが一番いいだろ」


「温泉ある?」


 レグが聞く。


「ないと思う」


「そっか」


「まだ引きずってるの?」


 セラが笑う。


「おふろは?」


「宿にあれば」


「イリスも入りたいって」


「そうね」


 イリスが頷く。


「できれば五年分」


「そんな入ったらふやけるよ」


「セラ、それ本気で言ってる?」


「冗談です」


 イリスが笑う。


「敬語じゃなくていいよ」


「え?」


「私、そんな偉くないし」


「でも年上ですよね?」


「多分ね」


「多分?」


「五年を数えるかどうかで変わるから」


「……確かに難しい」


 セラが本気で悩み始める。


「普通でいいって」


「じゃあ……分かった」


「うん」


 ハヤトはその会話を聞きながら、少し安心していた。


 人数が増えた。


 しかもカイルの過去に深く関わる人物だ。


 もっと空気が重くなるかと思っていたが、今のところはそうでもない。


 ノルドへ戻る途中。


 レグとクロが先を歩き、セラとイリスがその後ろで話している。


 自然とハヤトとカイルが最後になった。


「なあ」


「何だ」


「よかったな」


「何が」


「イリス、生きてて」


 カイルはすぐには答えなかった。


 前を歩くイリスを見る。


「……まだ実感ない」


「そっか」


「五年死んだと思ってた。それが急に目の前に出てきて、普通に話してる」


「確かに変な感じするな」


「それに」


 カイルが少し声を落とす。


「ヴァンもそうだった」


「ああ」


「二人とも生きてた」


 なら、残りの三人。


 可能性はゼロではない。


「探す?」


「今までも探してた」


「そうじゃなくて。これからもっと」


 カイルがハヤトを見る。


「お前らはレグのこと調べるために東へ行くんだろ」


「うん」


「俺の事情に付き合わせる気はない」


「でも同じ方向なんだろ?」


「今のところは」


「じゃあ一緒でいいじゃん」


 あまり深く考えずに言った。


 カイルは少し呆れた顔をする。


「お前、そういうところ雑だな」


「何が」


「人の事情に入るとき」


「嫌なら言って」


「……嫌とは言ってない」


「じゃあいいだろ」


 カイルが小さく笑った。


「レグと同じこと言うようになってきたな」


「そう?」


「単純」


「悪口?」


「褒めてる」


「絶対違うだろ」


 前からセラが振り返る。


「二人とも遅いよ」


「今行く!」


 少し歩調を上げる。


 その日の夕方にはノルドへ戻った。


 宿と呼べるほど大きな建物はなかったが、村長の家に空き部屋があり、そこで休ませてもらえることになった。


 夕食を済ませ、明日の道を確認する。


「ここから修道院跡まで?」


 ハヤトが地図を見る。


「二日くらい」


 カイルが答える。


「途中に一つ村がある」


「何も起きないといいね」


 セラが言う。


「それ言うと起きるやつ」


「ハヤトに言われたくない」


「じゃあ何も言わない」


「それがいい」


 イリスは地図の少し北を指した。


「ヴァンが行った施設はこの辺」


「修道院より近い?」


「少し手前。ただ入口は街道から見えない」


「じゃあ先にそこ?」


「私はそうしたい」


 カイルも頷いた。


「異論ない」


「レグは?」


「いく」


 レグは迷わなかった。


「ヴァン探す?」


「それもある」


「ほかは?」


 レグが地図を見る。


「東だから」


 それだけだった。


「相変わらず分かりやすいな」


「だめ?」


「いや。いいと思う」


 話は決まった。


 明日は、ヴァンが戻らなくなった施設へ向かう。


 そしてその先に、元々の目的だった修道院跡がある。


 夜。


 部屋の灯りを落としたあと。


 ハヤトは物音で目を覚ました。


「……ん?」


 隣の寝具。


 レグが起きていた。


 窓の方を見ている。


「レグ?」


 小さな声で呼ぶ。


 レグが振り返り、人差し指を口元へ持っていった。


「しー」


 珍しい。


 ハヤトも声を落とす。


「どうした?」


「きこえる」


 一瞬で眠気が消えた。


「声?」


 レグが頷く。


「誰の?」


「しらない」


 ハヤトは起き上がる。


「何て言ってる?」


 レグは少し耳を澄ませた。


「……なまえ」


「レグって?」


「ちがう」


 その答えに、ハヤトが止まった。


「じゃあ何?」


 レグは返事をしなかった。


 イリスに言われたことをちゃんと守っている。


 窓の外。


 暗い東の空を見たまま、小さく呟く。


「知らない名前、呼んでる」


 その瞬間。


 ハヤトの荷物の中で、かすかな光が漏れた。


「……え?」


 布を開く。


 金属箱。


 その中に入れていた、レグが母親からもらったという黒い石。


 円の中心に刻まれた竜の印が、淡く光っていた。


 レグは声には返事をしない。


 ただ、その光をじっと見つめている。


 しばらくして。


「ハヤト」


「何?」


「この名前」


 レグが胸元を押さえた。


「知らないのに、知ってる気がする」


 東の暗闇から、もう一度。


 ハヤトには聞こえない何かが、レグを呼んだ。

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