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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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つもらなかった埃

古い倉庫へ近づくにつれて、村人の顔から困惑が深くなっていった。


「本当に誰かいるんですか?」


「いる」


 レグは迷わず答えた。


「一人?」


「うん」


「動いてる?」


 ハヤトが聞くと、レグは少し鼻を動かす。


「いま、立った」


 その一言で全員の足が止まった。


 こちらに気づいたのか。


 カイルが倉庫を見上げる。壁は古く、屋根にも苔が広がっている。長年使われていないという村人の話に嘘はなさそうだった。


 ただ、正面の扉だけが妙にきれいだった。


「蝶番が錆びてない」


 カイルが呟く。


「使ってるってこと?」


「少なくとも最近動かした」


 セラも壁際を見ていた。


「こっちも。蔦が途中で切れてる」


 誰かが出入りしている。


 それも一度や二度ではない。


「村の人、誰も気づかなかったの?」


「この辺りまで来る用事がないんです」


 案内してきた男が答える。


「昔は穀物を入れてたんですが、新しい倉庫ができてからは……子供にも近づくなと言ってあります」


「なんで?」


「床が腐って危ないって聞いてたので」


 カイルが扉の前へ立った。


「下がってろ」


「罠?」


「可能性はある」


 取っ手へ触れず、周囲を確認する。


 細い金属線もない。


 妙な魔力の流れも見えないらしい。


「鍵かかってる?」


 ハヤトが尋ねる。


「ああ」


「壊す?」


 レグが一歩出る。


「まだ」


「また?」


「まず普通にやろう」


 ハヤトが扉を叩いた。


「中にいるの分かってる! 話したいだけだ!」


 返事はない。


 もう一度。


「俺たちは村の人間じゃない。危害を加えるつもりも――」


「カイル」


 中から声がした。


 女の声だった。


 ハヤトが隣を見る。


 カイルの顔から、明らかに表情が消えていた。


「……知ってる?」


「いや」


 返事が遅い。


「今の間でそれは無理あるだろ」


「黙れ」


 扉の向こうから、また声がする。


「まだ、その言い方するんだ」


 今度こそカイルが動かなくなった。


「カイルさん?」


 セラも異変に気づく。


 カイルは返事をしないまま扉へ近づいた。


「……イリス?」


 長い沈黙。


 そして。


「久しぶり」


 その一言で、カイルが目を閉じた。


「生きてたのか」


「たぶんね」


「たぶんって何だよ」


「入れば分かる」


 内側で金具の外れる音がした。


 扉が少しだけ開く。


 暗い倉庫の中に、一人の女が立っていた。


 三十代半ばほどに見える。


 短く切った栗色の髪。痩せてはいるが、立っていられないほど弱っているわけではない。


 ただし左腕。


 袖の隙間から、黒い金属が見えていた。


 ヴァンの耳の下にあったものとよく似ている。


「……イリス」


 カイルがもう一度名前を呼ぶ。


「本当に?」


「幻に見える?」


「今それ洒落にならない」


「そうだったね」


 女――イリスは少し笑った。


 だが、その笑い方にも疲れがあった。


「とりあえず入って。村の人には悪いけど、まだ外で話したくない」


 カイルはすぐ中へ入ろうとした。


 ハヤトが肩を掴む。


「待て」


「何だ」


「一人で行くな」


「知り合いだ」


「五年前に消えた知り合いだろ」


 カイルが振り返る。


「ヴァンのときも知り合いだったじゃん」


「……」


「俺たちも行く」


 少しの沈黙のあと、カイルは頷いた。


「分かった」


 村人には外で待ってもらい、四人で倉庫へ入る。


 中は思っていたよりきれいだった。


 古い木箱や空の棚は残っているものの、床に埃がほとんどない。一角には寝具、水、保存食まで置かれている。


「普通に住んでるじゃん」


「三週間くらいかな」


 イリスが扉を閉める。


「村の人に見つからなかったの?」


「夜しか出てないから」


「食べ物は?」


「置いていってくれる人がいる」


 カイルの目が鋭くなる。


「ヴァンか」


 イリスはすぐには答えなかった。


「……そう」


「やっぱり一緒にいるのか」


「その言い方だと少し違う」


「何がだ」


「カイル」


 イリスの声が低くなる。


「ヴァンを追ってるなら、一度ちゃんと話を聞いた方がいい」


「話そうとしたさ。獣を呼んで逃げられた」


「それもヴァンらしいけど」


「笑い事じゃない」


「分かってる」


 セラが二人を見比べる。


「すみません。一つ確認してもいいですか?」


「どうぞ」


「五年前にカイルさんと一緒に遺跡へ入った六人のうちの一人……で合ってますか?」


 イリスがカイルを見る。


「話したんだ」


「全部じゃない」


「どうせ肝心なところ飛ばしたんでしょ」


「俺が知ってることしか話せない」


「それはそうか」


 イリスはセラへ向き直る。


「そう。私は六人の一人」


「じゃあ、消えた四人の……」


「うん」


 レグが真っ直ぐ尋ねる。


「ほかのひとは?」


 イリスの表情が少し曇った。


「分からない」


「いきてる?」


「それも分からない」


 カイルが拳を握る。


「何があった」


「長くなるよ」


「五年待った」


 その言葉に、イリスの視線が止まった。


「……そっか」


「俺はお前ら全員死んだと思ってた」


「知ってる」


「知ってる?」


 カイルの声が変わる。


「だったら何で――」


「カイル」


 イリスが静かに名前を呼ぶ。


「私たちにとっては、五年じゃない」


 倉庫の中が静かになった。


「どういう意味?」


 ハヤトが聞く。


 イリスは自分の左腕を見る。


「私が目を覚ましたのは、二か月前」


「……え?」


「最後に覚えてるのは、あの遺跡で扉が閉じたところ。次に目を開けたら、別の施設にいた」


「五年後?」


「そう教えられた」


「誰に?」


「ヴァン」


 カイルが何も言えなくなる。


「待て。じゃあ五年間ずっと寝てた?」


「それも分からない。記憶がないだけかもしれない」


 イリスが左腕の袖を上げる。


 肘の少し下。


 皮膚に埋め込まれた黒い金属片。


 そこから細い傷が何本も伸びている。


「これが入ってた」


「ヴァンと同じ」


 セラが呟く。


「似てる。でも用途は違うらしい」


「何するもの?」


「私のは、魔力の流れを安定させるもの」


「何でそんなのが必要なんだ」


 カイルの問いに、イリスは少し困ったように笑った。


「壊されたから」


「何を?」


「私の身体」


 誰もすぐに返せなかった。


 レグだけがイリスをじっと見ている。


「いたい?」


「今は大丈夫」


「ほんと?」


「うん」


 レグは少し鼻を動かした。


「でも、においする」


「どんな?」


 ハヤトが聞く。


「森の魔物とおなじ」


 イリスは驚かなかった。


「やっぱり分かるんだ」


「知ってた?」


 カイルが反応する。


「竜なら気づくかもしれないって、ヴァンが言ってた」


「何に?」


「古い施設で使われていたものに」


 カイルが一歩近づく。


「イリス。お前たちに何をした」


「だから全部は知らないって」


「分かる範囲でいい!」


 珍しく声を荒らげた。


 イリスは怒らなかった。


 ただ、昔から知っている人間を見るような目でカイルを見ている。


「生き物の魔力を変える実験」


 カイルが黙る。


「多分、私たちも使われた」


「多分?」


「記憶がないから」


「ヴァンは?」


「私より先に目を覚ましてた」


「いつ」


「知らない。でも、ずっと前だと思う」


「それであいつは遺跡の道具を使うようになった?」


「使うようになったんじゃない」


 イリスの表情が少しだけ硬くなる。


「使わないと、生きられなくなった」


 ハヤトはヴァンの耳の下にあった黒い金属を思い出した。


「じゃあ、あれも身体を保つため?」


「一部はね」


「獣を操ってたのは?」


「それは別」


「やっぱりあいつが魔物を作ってるのか?」


 カイルが詰める。


「違う」


 イリスがはっきり否定した。


「少なくとも、私が知ってる限りは」


「じゃあ何してる」


「止めてる」


 今度こそ、誰も言葉を出さなかった。


「……何を?」


 セラが尋ねる。


「起き始めた施設を」


「一か月くらい前から?」


 ハヤトが聞く。


 イリスがこちらを見る。


「どうして知ってるの?」


「エルナの森で異常な魔物が出始めたのがそのくらい。東の街道で人が減り始めたのも」


「……やっぱり広がってる」


 イリスが小さく息を吐く。


「やっぱり?」


「私たちが確認できたのは三か所だけ」


「三か所も?」


「あちこちで古い施設が勝手に動き始めてる」


「勝手に?」


「原因は分からない」


「ヴァンじゃない?」


 カイルが聞く。


「違う」


「根拠は?」


「そのときヴァンは、私を施設から運び出してた」


 カイルの口が止まる。


「じゃあ礼拝堂の管は?」


 ハヤトが言った。


「ヴァンたちの印がついてた。六人で危険物につけてたってカイルから聞いた」


 イリスの顔色が変わった。


「管?」


「ああ。黒い鐘みたいな装置につながってた」


「外した?」


「外した。声も鐘も止まった」


 イリスは少しの間、何も言わなかった。


「……それ、ヴァンがつけたんじゃない」


「でも印が」


「逆」


「何が?」


「あの一本は、昔の印じゃない」


 カイルの眉が寄る。


「何言ってる。俺たちで決めた印だ」


「元はそうだった」


「元?」


「今は警告じゃない」


 イリスが左腕を押さえる。


「ヴァンは、自分たちが手を入れたものにあの一本を足してる」


「何のため?」


「止めたものと、まだ止めてないものを区別するため」


 ハヤトは礼拝堂の管を思い出す。


「じゃあ、あれは装置を動かしてたんじゃなくて……」


「抑えてた可能性がある」


 セラの顔が強張る。


「私たち、外しちゃった」


「でも止まったぞ」


 ハヤトが言う。


 イリスは少し考える。


「なら管そのものが抑えてたわけじゃない。魔力を逃がすためか、別の場所へ流してたのかも」


「どっちなんだ?」


「現物を見ないと分からない」


 カイルが荷物から回収した管の一部を取り出した。


「これだ」


 イリスが受け取る。


 表面。


 接続部。


 刻印。


 一つずつ確認していく。


「……ヴァンの仕事だ」


「分かるの?」


「癖が残ってる」


「癖?」


「ここの留め方。昔から変わってない」


 カイルの顔が複雑になる。


「じゃあ本当に、あいつが止めようとしてる?」


「少なくともこれはそう」


「何で説明しなかった」


「あなた、説明を聞く前に剣抜いたんじゃない?」


「……」


「図星?」


「向こうも獣呼んだ」


「どっちもどっちだね」


 ハヤトが思わず笑いそうになった。


「笑うな」


「いや、なんか想像ついて」


「お前まで言うな」


 イリスも少しだけ笑った。


 その笑顔を見たカイルは、それ以上何も言わなかった。


 セラが倉庫の奥を見る。


「じゃあ、イリスさんは何をしてたんですか?」


「待ってた」


「誰を?」


「ヴァンを」


「いつ戻る予定?」


「昨日」


 今度は全員の表情が変わった。


「戻ってない?」


「うん」


「どこ行った?」


 イリスは東を指した。


「次の施設」


「場所は?」


「修道院の近く」


 カイルが顔を上げる。


「俺たちが向かってたところか」


「多分」


「何しに?」


「完全に動き出す前に止めに行った」


「一人で?」


「そう」


「馬鹿かあいつ」


「それ、カイルが言う?」


「俺は一人で行かない」


 ハヤトとセラが同時にカイルを見る。


「何だ」


「いや」


「別に」


「何か言え」


 レグは話の途中から、イリスの左腕を見ていた。


「これ、とれる?」


 黒い金属を指す。


「いつかはね」


「とったら?」


「多分、倒れる」


「じゃあだめ」


「そうだね」


 レグは少し考える。


「でも、ずっとはいや?」


 イリスは初めて答えに詰まった。


「……嫌かな」


「じゃあ、とれるようにする」


「レグ?」


 ハヤトが呼ぶ。


「だって、いやっていった」


「言ってない。嫌かな、って」


「おなじ」


 イリスが小さく笑った。


「ありがとう」


「うん」


 単純な約束だ。


 できる保証なんてない。


 それでもレグは本気だった。


「イリスさんは村に残るんですか?」


 セラが聞く。


「もう無理だと思う」


「なんで?」


「あなたたちに見つかったから、じゃないよ」


 イリスは扉の方を見る。


「この村の仕掛けも止まった。ここにいる意味がなくなった」


「仕掛け?」


 カイルが反応する。


「やっぱりこの倉庫にも?」


「地下にある」


 全員の視線が床へ落ちる。


「……また地下?」


 ハヤトが呟く。


「今回は入らなくていい」


「なんで?」


「もう止まってるから」


「誰が?」


「ヴァン」


 イリスは床の一角を指した。


「ここは鐘みたいに人を呼ぶ装置じゃない。外から魔力を集めるだけの場所だった。ヴァンが流れを切った」


「いつ?」


「四日前」


「じゃあ礼拝堂へ行く前か」


「そう」


 点が少しずつつながる。


 ヴァンは森で獣を操っていた。


 ミナを捕まえもした。


 だから敵だと思った。


 けれど、その裏では古い施設を止めて回っていた。


「ますます分かんなくなったな」


 ハヤトが言う。


「何が?」


 セラが聞く。


「ヴァン。悪いやつなのか、そうじゃないのか」


 カイルが扉へ目を向ける。


「どっちでもあるんだろ」


「え?」


「人を捕まえた。それは事実だ。獣に妙な道具つけて使った。それも事実」


「でも施設は止めてる」


「ああ」


 カイルは短く息を吐いた。


「一個いいことしてるから、ほかも全部正しいなんて話じゃない」


「……それはそうだね」


 セラが頷く。


 ハヤトも同じだった。


 味方か敵か。


 そんな簡単に分けられないらしい。


「で」


 イリスが三人を見る。


「修道院へ行くんでしょ?」


「ああ」


「なら私も行く」


「身体は?」


 カイルがすぐ聞く。


「歩ける」


「五年分寝てたかもしれない人間が?」


「二か月は動いてる」


「それでも――」


「置いてく?」


 イリスが静かに聞いた。


 カイルが止まる。


「五年前みたいに」


「……」


「冗談」


「笑えない」


「ごめん」


 イリスは少しだけ視線を落とした。


「でも行く。ヴァンが戻ってないなら、なおさら」


 カイルは長いこと黙っていた。


 やがて諦めたように頭を掻く。


「勝手にしろ」


「それ許可?」


「違う」


「じゃあ行く」


「昔からそういうやつだったな」


「カイルもね」


 ハヤトは二人のやり取りを眺める。


 五年前に途切れたものが、少しだけ戻ったように見えた。


 ただ。


 今度は旅の人数がまた増える。


「……六人になるのか」


「クロ入れたらもっとだよ」


 セラが言う。


「最初三人だったよな?」


「にぎやか」


 レグは嬉しそうだった。


「まあ、そうだな」


 答えを探しに東へ向かう旅。


 その途中で仲間が増え、謎も増えた。


 そして今度は、五年前に消えた一人まで加わる。


 イリスが荷物をまとめ始めた、そのときだった。


「そうだ」


 何かを思い出したように振り返る。


「一つだけ先に言っておく」


「何?」


 ハヤトが聞く。


「修道院の近くで、もし竜の声が聞こえても――」


 イリスの視線がレグへ向く。


「絶対に返事しないで」


 レグが首を傾げた。


「なんで?」


 イリスはすぐには答えなかった。


「返事をすると、向こうにも見つかるから」


 倉庫の中から、さっきまであった少し柔らかな空気が消えた。

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