↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/175

帰らない道

宿場の男に詳しく話を聞くと、橋が閉じられたのは昨日の昼過ぎからだという。


 最初は、東から来た旅人が「橋の近くで大きな魔物を見た」と騒ぎ始めただけだった。


 守備兵が確認に向かい、一度は戻ってきた。


 問題はそのあとだった。


「兵が二人、橋を渡ったんだ」


「魔物を追って?」


「そう聞いてる。向こう岸の林に逃げ込んだらしくてな」


 男は宿の軒下で雨を眺めながら続ける。


「それから戻らない。それで別の兵が三人行った。そいつらも戻ってこなかった」


「五人?」


 セラが眉を寄せる。


「ああ。さすがにおかしいってんで橋を閉じたんだが、その前に渡ってた旅人も何人かいる。そいつらも誰一人戻ってない」


「東へそのまま行っただけじゃ?」


 ハヤトが聞く。


「普通ならな。でも向こうにある村まで半日もかからん。昨日から伝令を飛ばしてるのに、村から返事がない」


 カイルの表情が少し険しくなった。


「村の名前は?」


「ノルド。小さい村だよ」


 カイルが地図を取り出す。


 橋を越え、街道を東へ進んだ先。


 確かに小さな村の印がある。


「修道院跡へ行くなら通る?」


 ハヤトが尋ねる。


「この道ならな」


「迂回した場合は?」


「北へ回って川を越える。二日は余計にかかる」


「二日か……」


 急いでいるわけではない。


 だが、問題は時間ではなかった。


「ノルド村に何か起きてるなら、迂回したところで放っておけないよね」


 セラが言う。


「だよな」


 レグは外の雨を見ている。


「いま、いく?」


「今日は行かない」


 ハヤトがすぐ答える。


「暗いし、この雨。橋の先で何があるか分からないのに突っ込むのはなし」


「うん」


 最近のレグは、こういう判断に素直に頷くようになった。


 少し前なら、とりあえず見に行こうとしていたかもしれない。


 いや。


 それは自分も同じか。


「成長したな」


「なにが?」


「こっちの話」


 宿を取る。


 人が集中しているだけあって空いている部屋は少なかったが、どうにか一室確保できた。


 クロは馬小屋の端を借りられた。


 最初は宿の主人に嫌な顔をされたものの、リーネで使った獣舎の札を見せ、レグの言うことを聞くところを実際に見てもらうと、渋々ながら許可が出た。


「クロ、ここ」


 干し草の上に座るクロへ、レグが毛布を一枚敷く。


「寒くない?」


 尾が動く。


「へーきって」


「お前、そのうち何でも分かるって言い始めそうだな」


 カイルが言う。


「わかるよ」


「もう言ってた」


 ハヤトが笑う。


 宿の食堂は混んでいた。


 橋を渡れず足止めされた商人や旅人ばかりで、あちこちから同じ話が聞こえてくる。


 魔物を見た。


 声を聞いた。


 橋の向こうに霧が出ていた。


 人影がいた。


 噂は増えているが、内容はばらばらだった。


「どこまで本当なんだろ」


 セラが温かいスープを飲みながら周囲を見る。


「こういうのは半分くらいで聞いた方がいい」


 カイルが答える。


「半分?」


「誰かが『大きな獣を見た』と言えば、次は『巨大な魔物』になる。その次には『十匹いた』になる」


「じゃあ霧も?」


「天気見ろ」


 窓の外は大雨だった。


「普通に出てもおかしくない」


「確かに」


 ハヤトはパンをちぎりながら、少し離れた席を見る。


 一人の老人が酒を飲んでいた。


 さっきから周りの話には入らず、一人で食事をしている。


 ただ、時折こちらを見ている気がする。


「なあ」


「何?」


「後ろの爺さん、ずっとこっち見てない?」


 セラが振り返ろうとする。


「そのまま見んなって」


「じゃあどうやって確認するの」


「自然に」


「自然にって?」


「知らないけど」


「ハヤトが言ったんでしょ」


 結局、レグが普通に振り返った。


「みてる」


「お前は迷いないな」


 老人と目が合った。


 すると向こうが杯を置き、こちらへ歩いてきた。


「明日、橋へ行くのか?」


 いきなりだった。


「そのつもりだけど」


「やめとけ」


 またそれか。


「何か知ってるんですか?」


 セラが丁寧に尋ねる。


 老人は空いている椅子を指す。


「座っていいか」


「どうぞ」


 腰を下ろすと、老人は声を少し落とした。


「俺はノルドの者だ」


 四人の表情が変わる。


「村から来た?」


「ああ」


「いつ?」


「三日前だ」


 橋に異変が起きる前。


「じゃあ村はその時点では普通だった?」


「普通だった……と言いたいがな」


 老人は少し迷った。


「一週間ほど前から、変なことが起きてた」


「どんな?」


「夜になると森から音がする」


 ハヤトは少し肩の力を抜く。


 それだけなら珍しくない。


 だが老人は続けた。


「鐘だ」


「鐘?」


「村の東に古い礼拝堂がある。もう何十年も使ってない。鐘もとっくに外されてる」


「なのに鳴る?」


「ああ」


 カイルの手が止まった。


「礼拝堂の名前は?」


「名前なんてない。昔は修道院の一部だったって話だが」


「修道院?」


 ハヤトがカイルを見る。


 カイルもこちらを見た。


「俺が行こうとしてる修道院とは別だ。ただ……」


「関係あるかもしれない?」


「まだ分からん」


 老人が怪訝そうに二人を見る。


「何か知ってるのか?」


「こっちも調べてる途中」


 ハヤトが答えた。


「鐘が鳴り始めて、村で何か変わった?」


「ああ」


 家畜が怯えるようになった。


 夜になると犬が一斉に東を向いて吠える。


 森に入った猟師が、道に迷うことも増えた。


「慣れた森なのに?」


 セラが聞く。


「そうだ。それも妙な話でな。真っ直ぐ歩いてたはずなのに、気づけば同じ場所へ戻ってるって」


「迷わせる魔術?」


「可能性はある」


 カイルが答える。


「でも、広い範囲で維持するなら相当な魔力が要る」


 老人はさらに続けた。


「俺が村を出た翌日、東の森を調べに行くって若い連中が話してた」


「何人?」


「三人」


「帰ったかは?」


「分からん。俺はそのままリーネへ荷を取りに行った」


 そして戻ろうとしたところで橋が閉じられた。


「村へ帰りたい?」


「当たり前だ」


「じゃあ明日一緒に――」


「いや」


 老人は首を横に振った。


「俺は戦えん。お前たちの足を引っ張る」


「なら宿場で待ってて」


「ああ。そのつもりだ」


 老人は立ち上がりかけ、ふと止まった。


「一つだけ」


「何?」


「鐘が聞こえても、追うな」


 ハヤトは眉を寄せた。


「どういう意味?」


「最初に聞いた夜、俺も音のする方へ行こうとした」


「行ったの?」


「途中までな」


 老人の顔から少し血の気が引いた。


「誰かに呼ばれた」


「人?」


「声だけだ」


「何て?」


 老人は答えるまで少し間を置いた。


「俺の女房の声だった」


 セラが黙る。


「奥さんは?」


「十二年前に死んだ」


 食堂の喧騒が急に遠くなったような気がした。


「聞き間違いじゃ?」


「そう思いたかった」


 老人は小さく笑った。


「声は東の森からした。名前を呼ばれて、来てくれってな。気づいたら村を出てた」


「途中で戻れた?」


「犬が噛んだ」


「犬?」


「飼ってる老犬だ。裾に噛みついて、何度引っ張っても離さなかった。それで我に返った」


 老人は自分の脚を軽く叩く。


「翌朝、森へ続く俺の足跡を見た。あと少し歩いてたら、どうなってたか分からん」


 話し終えると、老人は今度こそ自分の席へ戻った。


 四人はしばらく黙っていた。


 レグが先に口を開く。


「こえ、にせもの?」


「多分な」


 ハヤトはスープを見る。


「人を森に誘い込んでる?」


「そう考えるのが自然だね」


 セラが言う。


 カイルだけは何か考えている。


「知ってる?」


「似た現象なら」


「また遺跡?」


「いや。魔物だ」


 三人が見る。


「人の記憶から声を拾って、誘う種類がいる」


「そんなのいるの?」


「ああ。ただ珍しい。それに普通は一人を誘う程度で、橋の先全体がおかしくなるほどのことはできない」


「じゃあ今回とは違う?」


「断定はできない」


 カイルは少し考えてから続けた。


「魔物が一匹いるのか。何か別の仕掛けがあるのか。あるいは両方か」


「明日行けば分かるか」


「そうだな」


 その夜は早めに休んだ。


 酒は飲まなかった。


 セラが瓶を見ただけで「今日は絶対飲まない」と言ったので、ハヤトも笑って頷いた。


「レグも?」


「レグもなし」


「ちょっとだけ」


「なし」


「ドラゴンなのに」


「その言葉便利に使うなよ」


 カイルが布団の向こうで笑った。


 翌朝。


 雨は上がっていた。


 空にはまだ厚い雲が残っているが、街道を歩くには問題ない。


 クロを連れ、一行は橋へ向かう。


 宿場から一時間ほど。


 道が緩やかに下り始めると、大きな川が見えた。


「でかいな」


 想像していたより幅がある。


 橋も立派だった。


 石造りで、荷馬車が二台すれ違えるくらい広い。


 手前には簡易的な柵が置かれ、兵が四人立っている。


「止まれ!」


 近づくとすぐ声をかけられた。


「橋は封鎖中だ!」


「分かってる。状況を見に来た」


「冒険者か?」


「まあ、そんな感じ」


「感じって何」


 セラが小さく突っ込む。


 事情を話す。


 エルナの森で異常な魔物を見たこと。


 東へ向かう途中であること。


 ノルド村の話を聞いたこと。


 カイルが遺跡を調べていることまでは伝えた。


 兵たちは迷ったが、最終的に一番年上の男が口を開いた。


「渡るのを止める権利まではない。ただし、こっちから人は出せない」


「分かってる」


「戻ってきた兵はいない?」


「一人もだ」


「魔物を見たって話は?」


「最初に報告した旅人は、大きな獣だったと言ってる。だが形まではよく見てない」


「橋の上で襲われた?」


「いや。向こう岸だ」


 兵が指す。


 橋の先。


 百歩ほど向こうに街道が続き、その左右には深い森が広がっている。


「向こう岸までは見えるんだな」


「ああ。だが妙なんだ」


「何が?」


「渡った連中が、途中までは見える」


 兵の顔が曇る。


「森へ入るわけじゃない。街道をそのまま歩いてる。それなのに……」


「消える?」


「そうだ」


 橋から見える範囲で。


 ただ歩いているだけの人間が、途中で見えなくなる。


「霧?」


「昨日は晴れてた」


 ハヤトは橋の向こうを見る。


 今は何もない。


 普通の道だ。


 木々も見える。


 人影も魔物もない。


「レグ、何か匂う?」


 レグが鼻を動かす。


「……へん」


「やっぱり?」


「でも、森の魔物とちがう」


「クロは?」


 黒い獣は橋の手前で止まっていた。


 耳を伏せ、向こう岸を見ている。


「嫌がってる?」


 セラがしゃがむ。


 クロは一歩も前へ出ない。


「珍しいな」


 エルナの地下へ戻るときですら、ここまで明確に拒むことはなかった。


 レグがクロの横へしゃがむ。


「クロ、いかない?」


 低い唸り声。


「いきたくないって」


「ならクロはここに置いていこう」


 ハヤトが言う。


 レグは驚いたように顔を上げた。


「いっしょじゃない?」


「嫌がってるのを無理に連れていく必要ないだろ」


「……うん」


 少し寂しそうではある。


 それでもレグはクロの頭を撫でた。


「ここでまってて」


 クロは動かない。


 兵に預かってもらえることになり、四人だけで橋へ向かう。


「本当に行くのか?」


 兵が聞いた。


「ああ」


「声が聞こえても追うな。昨日戻った旅人が一人だけいる」


「戻った人いるの?」


 ハヤトが振り返る。


「橋を渡る前に逃げ帰ったんだ。死んだ母親に呼ばれたと言ってた」


 老人と同じ。


「分かった」


 四人は橋へ足を踏み入れた。


 川の音が近くなる。


 昨日の雨で水量が増え、濁った水が勢いよく流れている。


 橋の中央まで来ても何も起こらない。


「普通だね」


 セラが言う。


「ああ」


 レグは少し落ち着かないようで、何度も向こう岸を見ている。


「何か聞こえる?」


「まだ」


 橋を渡り切る。


 石から土の道へ。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


「……何もないな」


 ハヤトが言った、そのとき。


 どこか遠くで音がした。


 カーン。


 小さな鐘の音。


 全員が止まる。


「聞こえた?」


「うん」


 セラが頷く。


 もう一度。


 カーン。


 森の奥。


 東。


「追うなって言ってたな」


 カイルが呟く。


「追わない。街道行こう」


 四人は道を進む。


 鐘は続いている。


 一定ではない。


 忘れたころに一度だけ鳴る。


 百歩ほど進んだ。


 まだ兵たちの姿は見える。


 二百歩。


 橋が少し遠くなる。


 三百歩。


 その辺りだった。


「ハヤト」


 セラが突然、腕を掴んだ。


「何?」


「今……」


 顔色が変わっている。


「どうした?」


 セラは森の左側を見ていた。


「声がした」


「誰?」


 返事がない。


「セラ?」


「……お母さん」


 ハヤトの背中に冷たいものが走った。


 カイルもすぐ周囲を見る。


「無視しろ」


「分かってる」


 セラは答えた。


 だが、森からまた声がしたらしい。


 ハヤトには聞こえない。


 レグにも届いていないようだった。


「セラ」


 ハヤトが肩へ手を置く。


「俺見て」


「……うん」


「行かないぞ」


「分かってるって」


 返事はしっかりしている。


 それでも足が少しだけ森の方へ向いていた。


 ハヤトが身体ごと街道へ戻す。


「手、貸して」


「え?」


「念のため」


 少し迷ったあと、セラがハヤトの手を掴んだ。


「絶対離すなよ」


「うん」


「カイルとレグも、何か聞こえたら言え」


「分かった」


「うん」


 再び歩き始める。


 鐘の音。


 川の音はもう遠い。


 木々が街道の上まで枝を伸ばし、朝なのに少し暗くなっている。


 そのとき。


 今度はハヤトにも聞こえた。


「――ハヤト」


 足が止まりかける。


 知っている声だった。


 この世界では、一度も聞いたことがない声。


 ずっと前。


 もっと遠い場所で聞いていた声。


「……嘘だろ」


「ハヤト?」


 セラがこちらを見る。


 森の中から、もう一度。


「ハヤト」


 日本にいるはずの人間の声が、自分の名前を呼んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。