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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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すれ違わない道

温泉町リーネを出てから二日目。


 東へ延びる街道は、昨日よりずっと静かだった。


 道そのものは悪くない。荷車が通れるだけの幅があり、ところどころには旅人向けの休憩所まである。それなのに、朝からすれ違ったのは西へ向かう商人が二組だけだった。


「少なくない?」


 セラが道の先を見ながら言う。


「何が?」


「人。リーネまではもっといたでしょ」


「確かに」


 ハヤトも今さら気づいた。


 後ろを歩いていたカイルが地図から顔を上げる。


「この辺りなら、普通はもう少し荷馬車がいる」


「時期の問題?」


「多少はある。でもここまで減るほどじゃない」


 エルナ村で聞いた話を思い出す。


 東から来る商人が減っている。


 あのときは森の異変と関係があるのかと思っていたが、もっと広い範囲で何かが起きている可能性もある。


「また嫌な話になってきた」


「ハヤトが言うと本当に何か出そうだからやめて」


「俺のせいじゃないだろ」


「最近の実績があるから」


 セラに言われ、ハヤトは黙った。


 前ではレグとクロが並んで歩いている。


 クロはもう完全に一行の速度に慣れたらしく、勝手に先へ行くこともなければ、遅れることもない。


 レグはその横で、道端に生えていた細長い草を一本抜いていた。


「ハヤト」


「ん?」


「これ、たべられる?」


「何でまず食べる前提なんだよ」


「くさだから」


「草全部食えると思うなよ」


 レグは草をカイルへ向ける。


「これ、たべられる?」


「俺に聞くのか」


「ハヤト、しらない」


「まあ、知らないけど」


 カイルは一度だけ草を見る。


「食うな。腹を壊す」


 レグはすぐ捨てた。


「早いな」


「カイル、しってた」


「俺の信用そこだけ高くない?」


「草に関しては負けたな」


「勝負してない」


 セラが笑う。


 こういうどうでもいい会話があるうちは、旅も悪くない。


 昼前。


 一行は小さな休憩所へ入った。


 屋根だけの簡素な造りで、脇には井戸がある。先客は一人だけだった。


 荷車の横でパンを食べている年配の商人。


 ハヤトたちを見ると、軽く頭を下げた。


「東へ?」


「はい」


 セラが答える。


「どちらまで行かれるんですか?」


「まだ少し先までだ。ただ、今日はこの辺で戻ろうと思ってる」


「戻る?」


「東へ行く途中だったんじゃ?」


 ハヤトが聞くと、商人は苦笑した。


「そのつもりだったんだけどな。向こうから来たやつに止められた」


「何かあった?」


「橋だよ」


「橋?」


「ここから半日くらい先に大きな川がある。その橋が閉じてるらしい」


 カイルがすぐ地図を開いた。


「ラグナ川か」


「そう、それだ」


「何で閉じてるんですか?」


 セラが尋ねる。


「俺も直接見たわけじゃない。ただ、向こうから来た荷馬車の連中が言うには、橋の近くで魔物が出たとか何とか」


「また魔物……」


 ハヤトが小さく呟く。


「普通の?」


 レグが聞いた。


 商人が首を傾げる。


「普通の?」


「あ、いや。こっちの話」


 慌ててハヤトがごまかす。


 カイルは商人へ視線を戻した。


「橋が壊れたわけじゃないんだな?」


「そこまでは聞いてない。ただ、守備兵が人を通してないらしい」


「迂回路は?」


「あるにはある。けど北へ二日くらい余計にかかるぞ」


「結構遠いな」


 ハヤトが地図を覗き込む。


 修道院跡へ向かうなら、その橋を渡るのが一番早い。


「どうする?」


 セラが聞く。


「とりあえず橋まで行ってみない?」


「俺もそれでいいと思う」


 カイルが地図を畳む。


「本当に通れないなら、その場で考えればいい」


 レグも手を上げた。


「いく」


「何でちょっと楽しそうなんだよ」


「はし、みる」


「橋が目的になってる」


 商人が笑った。


「まあ、気をつけな。最近は妙な話が多い」


「妙な話?」


 ハヤトが聞くと、商人は少し考えた。


「人が減った」


「この道で?」


「ああ。荷馬車もそうだが、東から来る旅人自体が少ない。昔はこの道、もっと賑やかだったんだ」


「いつ頃から?」


「急に減ったのは……一月くらい前かね」


 ハヤトとカイルが同時に顔を上げた。


「一月?」


「ああ」


 エルナ村で異常な魔物が出始めた時期と近い。


「それ、東全部?」


「そこまでは知らんよ。ただ、俺が商売してる辺りじゃそうだ」


「何か噂は?」


「色々ある。山賊が増えただの、魔物が街道へ出るようになっただの。東の方で何か掘り返したやつがいるって話まである」


「掘り返した?」


 カイルの声が少しだけ低くなる。


「古い墓だか遺跡だか。酒場の噂だ。真に受けるなよ」


「どの辺?」


「さあな。話すやつによって場所が違う」


 それ以上は商人も知らなかった。


 礼を言い、昼食を済ませる。


 商人はそのまま西へ向かって出発していった。


 再び五人で街道を歩く。


「一月前」


 セラが言う。


「エルナの森と同じくらいだね」


「ああ」


「偶然?」


「まだ分からない」


 ハヤトが答えるより先に、カイルが言った。


「今あるのは時期が近いってだけだ。全部つなげるな」


「分かってるよ」


「ならいい」


「でもカイルも気になってるでしょ」


「気にはなる」


「ほら」


「気になるのと決めつけるのは別だ」


 珍しく正論だった。


「なんか今日ずっとまともだな」


「普段の俺を何だと思ってる」


「怪しいやつ」


「まだ言うか」


「最初よりは上がってるよ」


「今どこだ」


「同行してる怪しいやつ」


「何も上がってない」


 セラが吹き出した。


「カイルさん、もう諦めた方がいいよ」


「セラまで」


 前を歩いていたレグが振り返る。


「カイル、なかま?」


 一瞬、誰も答えなかった。


 本人まで止まる。


「……何だ急に」


「いっしょにいる」


「まあ、いるな」


「ごはんもいっしょ」


「そうだな」


「おふろも」


「それは男湯だけだ」


「じゃあ、なかま?」


 カイルが困った顔でハヤトを見る。


「俺を見るなよ」


「何て答えればいいんだ」


「好きに答えれば?」


「お前はどう思ってる」


「しばらく一緒に旅してるんだから、もう仲間扱いでいいんじゃない?」


 口にしてから、ハヤト自身も少し意外だった。


 最初に遺跡で会ったときは、完全に怪しい男だった。


 今も分からないことは多い。


 それでも一緒に魔物と戦い、ミナを助け、同じ宿で酒まで飲んだ。


 少なくとも、ただの他人ではなくなっている。


 セラも自然に頷いた。


「私もそう思ってたけど」


「そうなのか?」


「逆にカイルさんは違ったの?」


「……」


 今度はカイルが黙る番だった。


 レグが待っている。


「カイル?」


「分かった分かった」


 カイルは頭を掻いた。


「仲間でいい」


「いい、じゃない」


「細かいな」


「なかま?」


 もう一度聞かれる。


 カイルは少しだけ笑った。


「ああ。仲間だ」


「うん」


 レグはそれで満足したらしい。


 何事もなかったように前へ戻る。


「簡単だな」


 ハヤトが言う。


「何が?」


「仲間になるの」


「レグにとってはそうなんじゃない?」


 セラが笑う。


「一緒に歩いて、一緒にご飯食べて、助け合ったら仲間」


「分かりやすい」


「悪くないだろ」


 カイルが言った。


「そうだな」


 午後。


 空が少し曇り始めた。


 遠くで雷のような音もする。


 雨が来るかもしれない。


「今日どこ泊まる?」


 セラが地図を見る。


「この先に小さい宿場がある」


 カイルが指す。


「橋の少し手前だ。そこまでなら夕方前には着く」


「じゃあ今日はそこだな」


「おんせんある?」


 レグが聞く。


「ない」


「ないの?」


「毎日あると思うな」


 明らかに残念そうだった。


「風呂はあるかもしれないぞ」


「おんせんじゃない?」


「多分」


「……そっか」


「そんな落ち込む?」


 ハヤトが笑う。


「レグ気に入ってたもんね」


 セラも笑っている。


「たまごもない?」


「温泉卵が基準になってるな」


「ごはんはある」


「それはあるだろ」


 そんな話をしている間にも、空はどんどん暗くなっていった。


 最初に落ちてきた雨粒は大きかった。


「来た」


 セラが空を見る。


「走る?」


「まだ宿場まで結構あるぞ」


 カイルが言った直後、一気に雨が強くなった。


「うわっ!」


 ハヤトたちは慌てて街道脇の木陰へ入る。


 クロが身体を震わせ、レグへ水を飛ばした。


「クロ!」


「お前も濡れてるだろ」


「でもレグにかかった」


 すでに全員同じようなものだった。


「雨具出そう」


 セラが荷物を下ろす。


 その横でレグが空を見上げた。


「これ、すぐやむ?」


「どうだろ」


 カイルも雲を見る。


「一度強く降って、そのあと弱くなるかもしれない」


「宿場まで歩く?」


「このまま待ってても暗くなる」


 ハヤトは外套を取り出した。


「行くか」


 雨の中、再び歩き始める。


 街道にはもう誰もいなかった。


 さっきまで見えていた景色も雨で霞み、道の先が白くぼやけている。


 レグは外套を被っているものの、歩くたびに裾を踏みそうになっていた。


「貸して」


 セラが裾を折り、手早く留め直す。


「これなら歩ける?」


「うん」


「クロはどうしよう」


「クロ、ぬれてもへーき」


 本人を見ると、確かに全く気にしていない。


「俺たちより強いな」


「毛あるからね」


 しばらく進む。


 雨音だけが続く。


 すると突然、クロが止まった。


「どうした?」


 レグも足を止める。


「……なんかいる」


「また?」


「前」


 雨の向こう。


 街道の中央に、何かが倒れていた。


 最初は岩かと思った。


 近づくと形が見えてくる。


「荷車?」


 横倒しになった小型の荷車だった。


「人は?」


 セラが周囲を見る。


 誰もいない。


 馬もいない。


 荷物の一部が道へ散らばり、雨に濡れている。


「今日これ二回目じゃない?」


 ハヤトが呟く。


「前の荷馬車とは違う」


 カイルが荷車へ近づく。


 車輪が壊れている。


 だが、自然に折れたようには見えなかった。


「切られてる」


「何で?」


「分からん」


 レグが道の脇を指した。


「こっち、あとある」


 ぬかるんだ地面。


 複数の足跡が森の方へ続いている。


 人間。


 少なくとも三人分。


 さらに、その横に大きな獣の足跡があった。


「また魔物?」


「まだ分からない」


 セラが荷車の脇に落ちていた布を拾う。


「血はないね」


「争った跡もそんなにない」


 ハヤトは雨の中、街道の先を見る。


 宿場まではもう少し。


 今から森へ入れば、確実に暗くなる。


「どうする?」


 セラが聞く。


 ハヤトは少し考えた。


 この前なら、そのまま足跡を追ったかもしれない。


 けれど、今は違う。


「宿場まで行こう」


「先に?」


「ああ。この荷車のこと知ってる人がいるかもしれない。それに、この雨の中で知らない森入るのは危ない」


 カイルが頷く。


「俺も賛成だ」


「レグは?」


「あと、なくなる?」


「雨で薄くなるかもな」


 レグは少し考え、クロを見る。


 クロが足跡の匂いを嗅いでいる。


「クロ、おぼえる?」


 尾が一度動く。


「おぼえるって」


「便利だな、ほんと」


 荷車の場所を覚え、一行は街道へ戻った。


 雨はまだ強い。


 その中をさらに一時間ほど歩いたところで、ようやく宿場の灯りが見えた。


「着いた……」


 セラがほっとする。


 小さな宿場だった。


 数軒の宿と食堂。


 馬小屋。


 それだけ。


 ただ、妙なことが一つあった。


「人、多くない?」


 ハヤトが言う。


 街道ではほとんど人とすれ違わなかったのに、宿場には何台もの荷馬車が止まっている。


 旅人も多い。


 しかも、そのほとんどが東の方を気にしていた。


「橋だな」


 カイルが言う。


 入口近くに立っていた男へセラが声をかける。


「すみません。何かあったんですか?」


「あんたら今来たのか?」


「はい」


「悪いこと言わん。明日は東へ行かない方がいい」


「橋の魔物?」


 男の顔が変わった。


「聞いてるのか」


「途中で少し」


 男は雨の向こう、東へ続く道を見る。


「魔物だけじゃない」


「どういうこと?」


「昨日から、橋を渡ったやつが一人も戻ってきてない」


 ハヤトたちは顔を見合わせた。


 どうやら東へ行く道は、思っていた以上に静かになっているらしい。

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