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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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残った熱

朝食の席は、妙に静かだった。


 普段なら真っ先に料理へ手を伸ばすレグでさえ、向かいに座るセラの顔を何度か気にしている。


 そのセラは、さっきからほとんど顔を上げない。


「……頭まだ痛い?」


 ハヤトが聞く。


「少し」


「水飲む?」


「飲んでる」


「もう一杯――」


「大丈夫」


「はい」


 明らかに機嫌が悪い。


 正確には、機嫌が悪いというより気まずいのだろう。


 原因は朝、昨夜の出来事を一通り説明したことにある。


 レグが酒を飲み、暑いと言って館内着を脱ごうとしたこと。


 途中で竜の姿に戻ったこと。


 そのあとセラが強い酒を間違えて飲んだこと。


 そこまではまだよかった。


 問題はその先だった。


『私、本当にハヤトの肩で寝たの?』


『寝た』


『……どれくらい?』


『時間までは見てないけど』


『何か言った?』


 そこでハヤトが一瞬黙ったのがいけなかった。


 結局、「いつもちゃんといるから」というところまで話すことになった。


 その瞬間から、セラは今の状態である。


「セラ」


「何」


「卵食べない?」


「食べる」


「怒ってる?」


「怒ってない」


「じゃあ――」


「恥ずかしいだけ!」


 ついに顔を上げた。


「なんで全部覚えてるの!」


「俺に言われても」


「忘れてよ!」


「そんな自由に記憶消せないだろ」


「《自由》なのに!」


「そういう能力じゃないって!」


 カイルが横で肩を揺らした。


 昨夜ほど大笑いはしていない。


 それでも明らかに楽しんでいる。


「カイルさん」


「何だ?」


「笑ってます?」


「いや」


「目が笑ってます」


「気のせいだ」


「絶対嘘」


 カイルは何食わぬ顔で茶を飲んだ。


 レグはようやく朝食へ戻り、温泉卵を一口で食べる。


「レグは、ぬいだ?」


「お前もそこ気にしてたの?」


「きいたから」


「途中までな」


「途中?」


「その前に竜になった」


 レグは少し考え、自分の身体を見る。


「じゃあ、だいじょうぶ」


「何が大丈夫なの」


 セラがすぐ反応した。


「ちゃんと服着たまま竜になったから、変わったあとに服だけ落ちたの」


「うん」


「次からは飲まないでね」


「ちょっとなら?」


「駄目」


「ドラゴンなのに」


「ドラゴンでも酔ったでしょ」


「ハヤトは飲んでた」


「俺は脱ごうとしてない」


 セラがこちらを見る。


「……見てないんだよね?」


「またそれ?」


「確認」


「見てない。仕切りのときも昨日も見てない」


「本当に?」


「何で俺だけ二日連続で疑われてんの?」


 カイルがぼそりと言った。


「日頃の行いじゃないか」


「昨日会ったばっかのお前に何が分かるんだよ」


「もう一昨日だ」


「細かい!」


 ようやくセラも少し笑った。


 それで朝食の妙な空気は、少しだけ薄くなった。


 宿を出る前に、もう一度だけ温泉へ入ることにした。


 今度は何も起きなかった。


 仕切りも壊れず、酒もなく、レグが何かを外すこともない。


 それだけで妙に安心した。


「やっぱ温泉いいな」


 宿の前で伸びをしながら、ハヤトが言う。


「昨日あれだけ大変だったのに?」


 セラが呆れる。


「酒が悪かっただけで温泉は悪くない」


「酒も悪くないだろ」


 カイルが荷物を背負う。


「飲み方の問題だ」


「一番まともなこと言ってる」


「当たり前だ」


「昨日ずっと笑ってただけなのに」


「俺には介抱する相手がいなかったからな」


「今度酔わせてやる」


「やめろ」


 レグは宿の売店を振り返っている。


「たまご、もってく?」


「さっき食べただろ」


「道でたべる」


「何個?」


「いっぱい」


「二個まで」


「よんこ」


「増えてるじゃん」


「さんこ」


「交渉覚えたな……」


 結局三個買った。


 町の入口にある獣舎へ向かうと、クロは外の囲いで寝ていた。


「クロ!」


 レグが呼ぶ。


 耳が動き、ゆっくり顔を上げる。


「おはよ」


 クロが立ち上がり、レグのところへ歩いてきた。


 その首にはもう鎖も首輪もない。


 傷も昨日よりずっと良くなっている。


「元気そうだな」


 セラが確認する。


「歩くのも平気そう」


「よかった」


 レグがクロの首へ抱きつく。


 少し離れたところでは、獣舎の少年がその様子を眺めていた。


「その魔獣、ほんとにおとなしいんですね」


「クロだよ」


「名前まであるんだ」


「うん」


 少年は恐る恐る近づき、干した肉を一枚差し出した。


「食べるかな」


 クロが匂いを嗅ぐ。


 少年が少し身体を強張らせた。


 そのまま肉だけを咥える。


「おお……!」


 少年の顔が一気に明るくなった。


「食べた!」


「クロ、いいこ」


「もう一枚あげてもいいですか?」


「いいよ」


「レグの許可なんだ」


 ハヤトが笑う。


 町に入ったときは警戒されていたクロだが、出るころには少なくとも一人、怖がらない人間が増えたらしい。


 悪くない変化だった。


 東門を抜ける。


 ここから先はしばらく街道沿いに進み、途中の宿場を経由してさらに東へ向かう予定だった。


「で、次どこ行くんだ?」


 歩き始めてすぐ、ハヤトがカイルへ聞く。


「今さらか」


「大体東なのは知ってる」


「大体で旅するな」


「今まで大体で何とかなってる」


「それ自慢にならないよ」


 セラに言われた。


 カイルが地図を広げる。


「俺なら、まずここへ行く」


 指したのはリーネから東へ数日の場所だった。


 大きな街ではない。


 その少し北側に、小さな印がついている。


「何これ?」


「修道院跡」


 ハヤトが顔を上げる。


「前に言ってた?」


「ああ。俺が人の姿を取る竜について最初に記録を見つけた場所だ」


「まだ記録残ってる?」


「俺が見たものがそのままならな」


「だったら最初からそこ行けばよかったじゃん」


「お前たちと会う予定じゃなかったんだよ」


「それもそうか」


 セラも地図を覗き込む。


「そこまで何日くらい?」


「普通に歩いて四日か五日」


「結構あるね」


「途中に村と宿場がある。急ぐ必要もないだろ」


「そうだな」


 レグが横から地図を見る。


「ここに、おかあさんいる?」


 カイルが少し困った顔をした。


「それは分からない」


「そっか」


「でも、竜の記録はある」


「じゃあいく」


 レグの決断は早い。


 ハヤトも異論はなかった。


 黒い石のこと。


 レグが母親からもらったらしい記憶。


 人化した竜の記録。


 全部が直接つながっているとは限らない。


 それでも今は、少しずつ確かめていくしかない。


 午前中は何事もなく進んだ。


 久しぶりに普通の街道だった。


 行商人とすれ違い、荷馬車に道を譲り、小さな川のそばで休憩する。


 遺跡もない。


 異形の魔物も出ない。


 誰も消えない。


「平和だな」


 ハヤトが草の上へ寝転がる。


「そういうこと言うと何か起きそう」


 セラがすぐ返した。


「昨日も言われたな、それ」


「実際起きたでしょ」


「酒は事件に含まれる?」


「私は含めたくない」


 即答だった。


 レグは川辺でクロと一緒に温泉卵を食べている。


「クロ、それ食べる?」


 卵を少し割って差し出す。


 クロが食べる。


「おいしい?」


 尾が動く。


「おいしいって」


「何食べてもその判定じゃない?」


 セラが笑う。


「クロ、ちゃんとこたえてる」


「そういうことにしとこっか」


 カイルは木陰に座り、例の古い冊子を読んでいた。


「まだ読んでるの?」


「ああ」


「何か分かった?」


「少しだけ」


 ハヤトが身体を起こす。


「聞いていいやつ?」


「まだ断片だぞ」


「それでも」


 カイルは冊子を開いたまま、少し考えた。


「前に見た竜の図があっただろ」


「ああ」


「その近くの文字が少し読めた」


 レグとセラもこちらを見る。


「何て?」


「直訳しづらい。ただ……『戻る』って言葉が何度も出てくる」


「戻る?」


「元の姿へ戻る、なのか。場所へ戻る、なのか。そこまでは分からない」


「人化の話じゃないの?」


「可能性はある。竜から人へ変わる図の近くだからな」


 レグが自分を見る。


「レグ、もどれる」


「ああ。今のお前はな」


「昔の竜は?」


「それを調べてる」


 カイルは冊子を閉じた。


「もう一つ気になるのがある」


「何?」


「『忘れる』」


 今度は誰もすぐには口を開かなかった。


「忘れる?」


 セラが聞き返す。


「ああ。何度か出てくる。ただ文章全体が読めないから、誰が何を忘れるのかは分からん」


 ハヤトはレグを見る。


 幼いころの記憶がほとんどない。


 母親の顔も思い出せない。


 それがただ幼かったからなのか、それとも――。


「決めつけるのはやめよう」


 セラが先に言った。


「まだ言葉が出てきただけでしょ?」


「ああ」


 カイルも頷く。


「俺もそのつもりだ」


 レグは特に怯えた様子もなく、最後の温泉卵を食べている。


「忘れたら、またおぼえる」


 ぽつりと言った。


「え?」


「レグ、おかあさんのこと、ちょっとおもいだした」


 黒い石を見つけたときのことだろう。


「だから、もっとみたら、もっとおもいだすかも」


 ハヤトは少し笑った。


「そうだな」


 レグらしい。


 忘れていること自体を怖がるより、これから思い出せばいいと思っている。


「じゃあ修道院行ってみよう」


「うん」


 休憩を終え、また街道へ戻る。


 午後になるころには温泉町の山も遠くなっていた。


 セラがハヤトの少し横を歩いている。


 さっきまで普通だったのに、突然小さな声で言った。


「ねえ」


「ん?」


「昨日のこと」


「まだ気にしてる?」


「ちょっと」


「忘れろって言うなら努力はするけど」


「……全部じゃなくていい」


「どっちだよ」


 セラは前を見たまま歩く。


「変なこと言ったところだけ忘れて」


「変なこと?」


「だから……」


 少しだけ間が空いた。


「肩とか」


「それは言ったんじゃなくて実際にやった方だな」


「もう!」


「ごめんごめん」


 軽く腕を叩かれた。


 痛くはない。


「でも」


 ハヤトも前を向く。


「最後に言ってたことは、別に変だと思ってないよ」


 隣が静かになる。


「……覚えてるじゃん」


「そこはな」


「忘れてって言ったのに」


「全部じゃなくていいって今言っただろ」


「そういう意味じゃない」


「難しいな」


 セラは少しの間黙っていた。


 やがて、ほんの少しだけ笑う。


「もういい」


「怒った?」


「怒ってない」


「ほんと?」


「ほんと」


 今度の返事は、朝よりずっと柔らかかった。


 前ではレグとクロが並んで歩いている。


 後ろではカイルが相変わらず冊子を読みながら歩いていた。


「カイル、前見ろよ」


「見てる」


「絶対見てない」


「お前らの話よりは道を見てる」


「……聞いてた?」


「何も聞いてない」


「その答え絶対聞いてるだろ!」


 カイルが笑う。


 セラは一気に顔を赤くした。


「カイルさん!」


「悪い悪い」


 また騒がしくなる。


 温泉町を出ても、昨夜の熱はまだ少しだけ残っていた。


 そのまま五人――一人増えたようで数え方が難しい旅の一行は、東へ続く道を歩いていった。

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