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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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湯気の後で

温泉から上がり、夕食を終えたあと。


 本来なら、そのまま部屋へ戻って寝ればよかった。


 ここ数日の疲れを考えれば、それが一番正しい。


 問題は、宿の主人が夕食の最後に置いていった小さな瓶だった。


「リーネの地酒です。よろしければどうぞ」


 透明な瓶の中に、薄い琥珀色の酒が入っている。


 それを見たカイルが、少しだけ目を細めた。


「これ出すのか」


「知ってる?」


「ああ。ここの名物だ」


「うまい?」


「うまい。ただし強い」


「どれくらい?」


「飲めば分かる」


「そういう言い方するやつ大体危ないんだよ」


 ハヤトは瓶を手に取った。


 匂いを嗅いだだけでも、かなり酒精が強いのが分かる。


「セラ、飲む?」


「少しだけなら」


「カイルは?」


「飲む」


「即答だな」


「今日はもう移動しないだろ」


 それはそうだった。


 レグは食後の甘い菓子を食べながら、三人の様子を見ている。


「それ、なに?」


「酒」


「おいしい?」


「大人が飲むやつ」


「レグもおとな」


「……そうなんだけど」


 ハヤトが困る。


 見た目だけなら完全に成人女性だ。


 ただ、中身はどう考えてもレグである。


「とりあえず今日はやめとけ」


「なんで?」


「初めてなら、もっと弱いやつからの方がいい」


「レグ、つよいよ」


「腕力の話じゃない」


「ドラゴンだよ」


「それも関係あるのか分かんないだろ」


 レグは納得していない顔だったが、その場では引いた。


 ハヤトとセラ、カイルの三人で小さな杯に注ぐ。


「じゃあ」


「何に乾杯する?」


 セラが聞く。


 ハヤトは少し考える。


「……今日は何も起きなかったこと?」


「温泉の仕切り壊れたけど」


「それは忘れよう」


「ハヤト、みてないっていった」


「見てない!」


「誰も疑ってないよ」


 セラが笑う。


 カイルまで肩を震わせていた。


「じゃあ、無事に村を出られたことにしよう」


「それがいいね」


 杯を軽く合わせる。


 一口。


「……強っ」


 喉が熱い。


 ただ、香りは悪くなかった。


「うまいな」


「でしょ?」


 セラも少しずつ飲んでいる。


「私、これ結構好きかも」


「珍しいね」


「何が?」


「セラあんまり酒飲むイメージなかった」


「飲まないわけじゃないよ」


 カイルは慣れているのか、普通に飲んでいる。


 その横でレグだけが三人の杯を順番に見ていた。


「……」


 明らかに気になっている。


「見るな見るな」


「みてるだけ」


「その言い方、今日何回聞いたかな」


「ほんとにみてるだけ」


「分かったから」


 その後もしばらく、旅の話をしながら少しずつ飲んだ。


 珍しく遺跡の話はしない。


 ガルドの弓。


 温泉。


 途中で食べたもの。


 次の町までどれくらいかかるか。


 そんな話ばかりだった。


 そして、油断した。


「ハヤト」


「ん?」


「これ、あまい」


 レグが小さな杯を持っていた。


「……え?」


 ハヤトの動きが止まる。


「誰のそれ?」


「ここにあった」


「それ俺の!」


 机の端に置いていた杯がない。


「飲んだ?」


「うん」


「全部?」


「うん」


「レグ!」


 セラがすぐ立ち上がる。


「大丈夫!?」


「へーき」


「何ともない?」


「うん」


 見たところ、普通だった。


 顔色も変わっていない。


 ハヤトは胸を撫で下ろす。


「なんだ。やっぱドラゴンだから強いのかな」


「分かんないけど、一杯くらいなら――」


「セラ」


「何?」


「レグ、赤くない?」


「え?」


 二人が見る。


 確かに。


 ほんの少し前まで普通だった頬が、じわじわ赤くなっている。


「レグ?」


「んー?」


「大丈夫?」


「だいじょうぶ」


 返事が微妙に遅い。


「これ駄目なやつだ」


「水飲ませよう」


 セラが立ち上がった。


 その直後。


「……あつい」


 レグが館内着の襟元をぱたぱたさせる。


 ハヤトの嫌な予感が全力で仕事をした。


「レグ」


「あつい」


「分かった。水飲もう」


「これ、あつい」


 帯に手がかかる。


「おいっ!」


 ハヤトが立ち上がった。


「待て待て待て!」


「なんで?」


「なんでじゃない! 脱ぐな!」


「あつい」


「レグ!」


 今度はセラまで飛びつく。


「ここで脱いじゃ駄目!」


「おふろではぬいだ」


「ここ風呂じゃない!」


「でも、あつい」


「だからって!」


 帯が少し緩む。


「ハヤト、向こう!」


「もう向いてる!」


 ハヤトは即座に背中を向けた。


 視界の端でカイルが腹を抱えている。


「お前笑ってないで手伝えよ!」


「無理……ちょっと待て……」


「何がそんな面白いんだよ!」


「全部だ!」


「役立たず!」


 後ろではセラが必死にレグの館内着を押さえている。


「レグ、じっとして!」


「せら、じゃま」


「邪魔するよ!」


「ぬぐ」


「駄目!」


「じゃあ」


 レグが少し考える。


「りゅうになる」


「え?」


 次の瞬間。


 淡い光が部屋の中に広がった。


「ちょっ――」


 ばさっ。


 衣擦れの音。


 ハヤトは絶対に振り返らなかった。


「……レグ?」


 セラの声。


「きゅ」


 聞き慣れた鳴き声。


 しばらくしてセラが大きく息を吐いた。


「もういいよ、ハヤト」


「本当に?」


「大丈夫」


 恐る恐る振り返る。


 床には館内着。


 その上に、小さな竜になったレグが座っていた。


「……」


「きゅ」


「最初からそれでよかっただろ!」


「きゅ?」


「覚えてない顔するな!」


 レグは自分の身体を確認するように翼を動かす。


「もう、あつくない」


「喋れるんじゃん」


「うん」


「じゃあ今の全部分かってるな?」


「なにが?」


「……もういい」


 カイルがついに机へ突っ伏した。


「ははははっ!」


「笑いすぎだろ!」


「駄目だ……お前の顔……」


「俺何もしてないからな!」


「だから面白いんだよ!」


「意味分かんねえ!」


 セラも最初は呆れていたが、やがて耐えられなくなったのか笑い始めた。


「もう……レグ、びっくりさせないでよ」


「セラもわらってる」


「だって……」


 しばらくして、ようやく落ち着いた。


 レグには水を飲ませ、館内着は畳んで横へ置く。


「今日はもう酒なし」


「もうない?」


「ない」


「ちょっとだけ」


「駄目」


「けち」


「酔っぱらいに言われたくない」


 小竜姿のレグが不満そうに丸くなる。


 ハヤトは自分の杯を回収し、今度こそ手元から離さないことにした。


「災難だったな」


 カイルがまだ笑っている。


「お前、明日覚えてろよ」


「何を?」


「なんか仕返しする」


「子供か」


 セラが再び自分の杯を手に取る。


「私の方は大丈夫だから」


「セラも飲みすぎるなよ」


「これくらい平気」


「強いってカイル言ってただろ」


「まだ全然酔ってないし」


 確かに普通だった。


 顔も少し赤い程度。


「じゃあもう一杯だけね」


「分かってる」


 セラは机の上にあった瓶を取った。


 ただ。


 ハヤトは気づかなかった。


 最初に飲んでいた地酒の瓶は、カイルの横にある。


 セラが手に取ったのは、その隣。


 宿の主人が「食後に少量だけ」と置いていった、さらに小さな瓶だった。


 透明。


 香りも弱い。


 セラは何の疑いもなく杯へ注いだ。


「それ――」


 カイルが気づいた。


 遅かった。


 セラが一口飲む。


「……っ」


 固まる。


「どうした?」


「これ」


 セラが喉を押さえる。


「めっちゃ強い」


「そっちは蒸留酒だぞ」


「先に言って!」


「今言おうとした!」


「何度くらい?」


「知らん。ただ地酒よりずっと上だ」


「セラ、水!」


「大丈夫、大丈夫」


 そう言って水を飲む。


 数分。


 何も起きなかった。


「ほら、平気」


「本当に?」


「うん」


 ハヤトは疑いながらも座り直した。


 さらに数分。


「……ハヤト」


「ん?」


「近くない?」


「俺動いてないけど」


「遠い」


「どっち?」


「遠い」


 セラが自分から椅子を寄せてきた。


「ちょっと待って」


「何?」


「酔ってる?」


「酔ってない」


 明らかに酔っている。


 普段なら絶対にしない距離まで近い。


「セラ、水飲もっか」


「飲んだ」


「もう一杯」


「いらない」


「いる」


「ハヤトうるさい」


「介抱してんだけど!?」


 セラがじっとこちらを見る。


「……ハヤト」


「何?」


「ちゃんといる?」


「いるよ」


「ほんとに?」


「目の前にいるだろ」


「じゃあいい」


 そう言って、ハヤトの肩にもたれた。


「……え?」


 動けない。


 小竜レグが顔を上げる。


「セラ、ねむい?」


「眠くない」


「じゃあなんでハヤトにくっついてる?」


「……別に」


「セラ?」


「なに」


「近いんだけど」


「嫌?」


「そういう聞き方ずるくない!?」


 向かい側。


 カイルが口元を押さえている。


「お前……」


「何だ?」


「絶対笑ってるだろ」


「いや?」


「顔見れば分かる!」


「今日はいい夜だな」


「助けろよ!」


「何をどう助けるんだ?」


 完全に楽しんでいる。


 セラはハヤトの肩に頭を乗せたまま、目を細めていた。


「ハヤト」


「はい」


「動かないで」


「なんで?」


「ちょうどいい」


「何が!?」


「枕」


「俺、人間なんだけど」


「知ってる」


「知っててこれなの?」


「うん」


 カイルがもう耐えられなくなった。


「はははははっ!」


「笑うな!」


「悪い、無理だ!」


「お前だけ楽しそうだな!」


「だって俺は酔ってないからな!」


「一番ずるいやつじゃん!」


 レグも少しふらふらしながら、ハヤトの膝へ乗ろうとしてくる。


「お前も来るの!?」


「ここ、あいてる」


「空いてるけど!」


 小竜レグが膝の上で丸くなる。


 右肩にはセラ。


 膝にはレグ。


 目の前には爆笑しているカイル。


「……俺、何してんだろ」


「世話係」


 カイルが即答した。


「お前覚えてろよ」


「さっきも聞いた」


 それからが大変だった。


 セラに水を飲ませようとすれば「自分で飲める」と言いながら杯を落としかけ、寝かせようとすれば「まだ寝ない」と言う。


 レグは竜形態のまま完全に寝始めた。


「セラ、もう部屋戻るぞ」


「ここ部屋じゃん」


「そうだった」


 宿は同じ部屋を広く使っていた。


 ハヤト自身も酔いが回っているらしい。


「ほら、布団行け」


「歩ける」


「じゃあ歩いて」


 セラが立ち上がる。


 一歩。


 二歩。


 三歩目でふらついた。


「危なっ」


 ハヤトが腕を取る。


「ほら!」


「床が動いた」


「床は動いてない」


「遺跡は動いた」


「今遺跡の話しなくていい!」


 カイルがまた笑う。


「お前本当に楽しそうだな!」


「こんなに面白いもの見せられたらな」


「もう寝ろ!」


「俺はもう少し飲む」


「自由すぎるだろ!」


「お前が言うな」


 何も言い返せなかった。


 どうにかセラを布団まで連れていく。


「ほら、寝ろ」


「ハヤト」


「今度は何?」


「ありがと」


「……おう」


「いつも」


「え?」


 聞き返したときには、セラは目を閉じていた。


「いつも……ちゃんといるから」


 それだけ言って、本当に寝た。


 ハヤトはしばらく動かなかった。


「……酔っぱらいってずるいな」


 小さく呟く。


 少し離れたところからカイルの声がした。


「聞かなかったことにしといてやる」


「全部聞いてんじゃねえか」


「静かにしろ。起きるぞ」


「誰のせいだよ……」


 レグも別の布団へ運ぶ。


 小さな竜なので、こういうときだけは楽だった。


「明日起きたら人になってるとかないよな?」


「ありそうだな」


「やめてくれ」


「俺は楽しみだ」


「お前ほんと最低だな」


 ようやく全員寝かせたころには、ハヤトの酔いはほとんど覚めていた。


 温泉で疲れを取ったはずなのに、別の疲れが増えている。


「……もう酒嫌いになりそう」


「また飲むだろ」


「まあ飲むけど」


「ならいいじゃないか」


「よくない」


 カイルは最後まで笑っていた。


 翌朝。


「……頭いたい」


 布団の中からセラの声がした。


「おはよう」


「おはよ……」


「水あるよ」


「ありがと」


 身体を起こし、一口飲む。


 しばらくして、セラがこちらを見る。


「昨日、私……」


 止まる。


「どこまで覚えてる?」


「……途中からあんまり」


「そっか」


「何した?」


「聞きたい?」


「その言い方やめて」


 ちょうどそのとき、隣の布団が光った。


 小さな竜の身体が人の姿へ戻っていく。


「んー……」


 レグが目を開ける。


 布団から顔だけ出したまま、周囲を見る。


「おはよ」


「おはよう」


「レグ、きのうなにした?」


 ハヤトとセラが同時に黙る。


 カイルだけが吹き出した。


「何で笑ってるの?」


 セラが睨む。


「いや。思い出してな」


「何を?」


「ハヤトに聞け」


「おい!」


 セラがゆっくりこちらを見る。


「ハヤト」


「俺から説明すんの?」


「何があったの」


「……長くなるけど」


「聞く」


 レグも布団の中から手を上げる。


「レグも」


「お前は聞かない方が幸せかもしれない」


「なんで?」


 朝からまた騒がしくなる。


 結局、温泉町リーネで一番疲れたのは、魔物とも戦わず遺跡にも入らなかった夜だった。

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