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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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温泉回

温泉町リーネへ入った瞬間、ハヤトは思わず足を止めた。


 街道から見えていた白い湯気は、町の中ではさらに濃い。石造りの水路には温かな湯が流れ、店先では卵を籠ごと沈めている。鼻を抜ける独特の匂いまで含めて、記憶の中にある温泉街そのものだった。


「……あるじゃん」


「何が?」


 セラが隣から覗き込む。


「温泉街」


「だから温泉の町だって聞いてたでしょ」


「そうじゃなくて。雰囲気がちゃんと温泉なんだよ」


「さっきから言ってる意味がよく分かんない」


 レグはすでに別のものを見ていた。


「たまご」


「そっち見つけるの早いな」


 湯気の立つ籠をじっと眺めている。


「たべる?」


「宿取ってからな」


「いまでもいい」


「荷物持ったまま食うの?」


「もてる」


「そういう問題じゃないんだよ」


 いつものやり取りをしながら宿を探す。


 クロについては、町の入口で少し揉めた。


 案の定、大型の魔獣をそのまま連れて入れるのは難しいらしい。ただ事情を説明すると、入口近くにある旅人用の獣舎を使わせてもらえることになった。


「クロ、ここでまつ?」


 レグが心配そうに覗き込む。


 屋根もあり、水もある。馬や荷運び用の獣とは場所を少し離してもらったので、クロも落ち着いていた。


「風呂入って飯食ったら見に来よう」


「すぐ?」


「すぐ」


 クロが鼻先をレグの手へ押しつける。


「だいじょうぶって」


「もう完全に会話してるな」


 カイルが呟く。


「分かるようになった?」


 レグが聞く。


「いや、全然」


「まだまだ」


「何で上からなんだ」


 宿は町の中心から少し外れたところに取った。


 木造二階建ての大きな建物で、裏手には露天風呂まであるらしい。


 受付の女性が説明する。


「お風呂は一階の奥です。男湯が右、女湯が左。夜までは露天も使えますので」


「露天」


 ハヤトの声に力が入った。


 セラが横を見る。


「そんなに?」


「外の風呂だぞ?」


「知ってるよ」


「最高じゃん」


「まだ入ってないから」


 荷物を部屋へ置いたところで、ハヤトはさっそく着替えを取り出した。


 カイルが呆れたように見る。


「飯より先か?」


「当たり前だろ」


「腹減ってないのか?」


「減ってる。でもまず風呂」


「珍しくレグより食い気が負けてるな」


「おふろのあと、ごはん?」


 レグが反応する。


「そう」


「じゃあ、おふろいく」


「目的違うけどまあいいか」


 四人で一階まで降りる。


 廊下の突き当たりには二つの暖簾が下がっていた。


 右が男。


 左が女。


「じゃああとで」


 セラが左へ向かう。


 レグも当然のようについていこうとして――途中で止まった。


「どっち?」


「え?」


「レグ、どっちいく?」


 三人が一瞬黙った。


「女湯」


 セラが即答した。


「なんで?」


「今は女の人の姿だから」


「りゅうのときは?」


「そのときは風呂に入れないと思う」


「なんで?」


「大きさの問題かな……」


「今はこっちでいいだろ」


 ハヤトが言うと、レグは女湯の暖簾を見る。


「ハヤトは?」


「男湯」


「いっしょじゃない?」


「今日は別」


「なんで?」


「それは……」


 ハヤトが詰まる。


 セラが半眼になった。


「ハヤト、ちゃんと説明して」


「いや俺!?」


「レグに男女の風呂の違い説明するの嫌なの?」


「俺が説明したら余計ややこしくなるだろ!」


「それはそうかも」


「認めるなよ!」


 カイルが横で肩を震わせている。


「笑ってんなよ」


「いや、面白くてな」


「お前説明しろ」


「断る」


 結局セラがレグの背中を押した。


「とにかく今日は私と入ろ」


「うん」


「中で説明するから」


「なにを?」


「……いろいろ」


 女湯へ消えていく二人を見送り、ハヤトは深く息を吐いた。


「大変だな」


 カイルが言う。


「お前他人事だと思ってるだろ」


「他人だからな」


「そうだった」


 男湯へ入る。


 服を脱ぎ、身体を流し、いよいよ露天へ出る。


「……あぁー」


 湯に肩まで浸かった瞬間、勝手に声が出た。


 身体中から力が抜ける。


 何日分溜まっていたのか分からない疲れが、湯の中へ溶けていくようだった。


「生き返る……」


「老人みたいだな」


 少し離れたところでカイルも湯に入る。


「お前も顔緩んでるぞ」


「俺は普通だ」


「いや、絶対気持ちいい顔してる」


「見るな」


「見てないよ」


 露天風呂は木の壁で二つに仕切られていた。


 向こう側が女湯らしい。


 声はほとんど聞こえないが、時折水音だけがする。


「いいなあ……」


「何が?」


「こういう旅ならずっとできる」


「遺跡の話どこ行った」


「今日は忘れる」


「切り替え早いな」


「カイルも忘れろよ」


「五年追ってるものを温泉一回で忘れられるか」


「真面目だな」


「お前が緩みすぎなんだ」


 そのころ。


 女湯では、セラが別の意味で疲れていた。


「レグ、待って。まず身体洗うの」


「なんで?」


「そのまま湯船入ったら駄目だから」


「きれいだよ」


「そういうことじゃないの」


 レグは椅子に座り、自分の腕を見る。


「どこあらう?」


「全部」


「ぜんぶ?」


「うん」


「たいへん」


「普段どうしてるの……」


「かわ」


「川?」


「はいって、ばしゃばしゃする」


「……今日はちゃんと洗おうね」


「うん」


 しばらくして二人も露天へ出た。


 レグは湯船へ片足を入れ、すぐ引っ込める。


「あつい」


「ゆっくり入れば大丈夫」


「セラ、はいってる」


「慣れたら気持ちいいよ」


「ほんと?」


「ほんと」


 恐る恐る入り、腰まで浸かる。


 少し止まる。


 さらに肩まで。


「……」


「どう?」


 レグの表情がゆっくり緩んだ。


「これ、いい」


「でしょ?」


「あったかい」


「温泉だからね」


「ずっとはいってていい?」


「のぼせるから駄目」


「なんで?」


「また説明増えた……」


 セラが笑う。


 レグは湯の中で手を伸ばし、表面をぱしゃぱしゃ叩いていた。


「静かにね」


「うん」


 返事をした直後。


「ハヤトいる?」


 突然、大きな声を出した。


 仕切りの向こう。


 男湯でハヤトの肩が跳ねる。


「いるよ!」


「いた」


 女湯からレグの声がする。


 カイルがハヤトを見る。


「返事するんだな」


「呼ばれたからだろ」


「ハヤト!」


「何ー?」


「おんせん、いい!」


「だろー!」


 向こうからセラの声が飛んだ。


「二人とも大声で話さない!」


「はい!」


 反射的に返事をする。


 カイルが堪えきれず笑った。


「何だよ」


「お前、セラに弱いな」


「違う。今のは普通に怒られたから」


「ハヤトー!」


 またレグ。


「今度は何!」


「ごはんまだ?」


「風呂出てから!」


「わかった!」


「だから大声やめなって!」


 向こう側でセラが何か言っている。


 ハヤトは湯船へ沈みながら笑った。


「平和だな」


「昨日まで地下で魔物と戦ってたとは思えんな」


「だからいいんだよ」


 しばらく静かな時間が続いた。


 風が気持ちいい。


 湯気の向こうに空が見える。


 ハヤトが目を閉じた、そのときだった。


 向こう側から、妙な音がした。


 ごと。


「……ん?」


 何か木がずれたような音。


 続いてセラの声。


「レグ、それ触っちゃ――」


 ばき。


 嫌な音だった。


 ハヤトとカイルが同時に目を開ける。


「今の何?」


「知らん」


 仕切りの上部が、わずかに揺れた。


「おい」


「まさか」


 ばきばき、と音が続く。


「レグ!?」


 ハヤトが叫んだ瞬間。


 男湯と女湯を隔てていた木の仕切りが、大きく傾いた。


「うわっ!」


 カイルが湯の中で後ろへ下がる。


 ハヤトも反射的に顔を逸らした。


「待て待て待て!」


 完全に倒れる寸前。


 向こう側からレグの声がする。


「とれた」


「取るな!!」


 セラの叫びが温泉中に響いた。


「レグ! 戻して!」


「どこ?」


「元のところ!」


「おもい」


「絶対嘘!」


「ほんと」


「片手で持ってるでしょ!」


 ハヤトは仕切りを見ないよう、壁の方へ顔を向ける。


「カイル」


「何だ」


「見るなよ」


「言われなくても見ん!」


 二人とも不自然なくらい壁を見ていた。


 向こうではセラが必死にレグへ指示している。


「そこ! その溝に入れて!」


「ここ?」


「違う! そっちは――」


 がこん。


 仕切りが元に戻った。


 静寂。


「……」


「……」


 ハヤトとカイルはまだ壁を見ている。


 やがて向こう側からセラの低い声がした。


「ハヤト」


「はい」


「見た?」


「何も見てません」


「ほんと?」


「壁しか見てない」


「カイルさんは?」


「同じく」


「……ならいいけど」


 少し間が空く。


 ハヤトがようやく振り返る。


 仕切りは元通りだ。


「何があったんだよ」


 向こうからレグが答えた。


「ここ、ぐらぐらしてた」


「だからって外すなよ!」


「なおした」


「直したじゃないの!」


 セラの声に勢いが戻る。


 カイルが小声で言う。


「お前が言ってた何かが起きたな」


「俺言ってない」


「昨日言ってた」


「忘れろ」


「無理だな」


 結局、そのあと長湯する雰囲気でもなくなり、男二人は先に上がった。


 脱衣所で用意されていた薄い館内着へ着替える。


「これ、いいな」


 ハヤトが袖を見る。


「普通だろ」


「俺のいたところにも似たのあったんだよ」


「また故郷の話か」


「まあな」


 廊下へ出ると、ちょうど女湯からセラとレグも出てきた。


 セラは髪を下ろし、同じような館内着姿になっている。レグも着ているのだが、帯の位置がおかしかった。


「レグ、それどう着たの?」


「セラがやった」


「最初はちゃんとできてたんだけど、途中で自分で結び直したの」


「こっちのほうがらく」


「落ちそうだけど」


 ハヤトが言うと、セラがレグの帯を直し始める。


「ほら、じっとして」


「くるしい」


「締めすぎてない」


「おなかすいてるから?」


「それは関係ない」


「じゃあごはん」


「はいはい」


 四人で食堂へ向かおうとしたところで、レグが立ち止まった。


 廊下の隅。


 小さな売店に瓶が並んでいる。


「これなに?」


 白い飲み物。


 ハヤトは目を見開いた。


「……牛乳?」


「知ってるの?」


 セラが聞く。


「風呂上がりに?」


「普通に売ってるだけだと思うけど」


「完璧じゃん」


「何が?」


「一本ください」


「ごはんは?」


 レグが不満そうにする。


「これは別腹」


「レグも」


「絶対言うと思った」


 結局四本買った。


 カイルまで当然のように一本受け取っている。


「お前も飲むんじゃん」


「あるなら飲む」


「腰に手当てるんだぞ」


「何で?」


「決まり」


「誰の?」


「俺の故郷」


「知らん」


 ハヤトだけ腰へ手を当て、一気に飲む。


「……うまい」


 レグが真似する。


 小さな手を腰へ当てる。


「こう?」


「そうそう」


「意味あるの?」


 セラが聞く。


「気分」


「ないんだ」


「気分は大事だろ」


 レグも牛乳を飲む。


「おいしい」


「だろ?」


「もういっこ」


「飯食えなくなるから駄目」


「ごはんもたべる」


「それが怖いんだよ」


 カイルは普通に飲みながら、三人を眺めていた。


「お前ら、いつもこんな感じなのか?」


「だいたい」


 セラが答える。


「疲れない?」


「たまに」


「セラ?」


「冗談」


 笑っているので、本当に冗談なのだろう。


 その夜は、久しぶりに何も調べなかった。


 黒い石も、古い冊子も、五年前の話も部屋に置いたまま。


 温泉に入り、飯を食べ、レグが温泉卵を何個まで食べていいかで少し揉め、食後にはクロの様子を見に行った。


 それだけだった。


 旅を始めてから、何かが起きるたびに次の答えを探してきた。


 けれど、答えを探さない夜があってもいい。


 宿へ戻る道で、レグが満足そうに腹をさする。


「おんせん、またいく」


「気に入った?」


「うん。ごはんもある」


「やっぱそっち込みなんだな」


「ハヤトも?」


「俺もまた来たい」


 セラが横から笑う。


「次は仕切り壊さないところでね」


「レグ、なおした」


「壊したのもレグだから」


「でもなおした」


「そういう問題じゃないの」


 同じ話をしながら、四人で宿へ戻る。


 明日になれば、また東へ進む。


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