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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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消えなかった印

ミナを連れて村へ戻ると、入口で待っていた人たちから大きな声が上がった。


 家族らしい女性が真っ先に駆け寄り、ミナを抱きしめる。その周りにも何人もの村人が集まり、無事だったことを確かめるように次々と声をかけていた。


「ごめんなさい。心配かけて……」


「いいから、もう勝手に森へ入るんじゃないよ!」


「勝手じゃないって。薬草が――」


「今それ言う!?」


 叱られながらも、ミナは少し笑っていた。


 その様子を見て、ハヤトもようやく息を抜く。森で見つけたときには怪我こそなかったものの、何が起きているか分からないままだった。こうして村まで戻ってくれば、ひとまず自分たちの役目は終わりだ。


「よかったね」


 隣でセラも同じように笑っている。


「ああ」


「レグも?」


「うん」


 レグは村人たちに囲まれるミナを眺めてから、少し離れた森の方へ顔を向けた。


「クロ、まだいるかな」


「いるだろ。約束してたし」


「みにいく?」


「今日はもう休ませてやろう。俺らもだけど」


 レグは少し迷ったものの、素直に頷いた。


「じゃあ、あした」


「うん」


 そこへガルドがやってきた。


「無事に見つかったか」


「なんとか」


「相手は?」


「逃げた」


 ハヤトが答えると、ガルドの顔が険しくなる。


「人間だったんだな」


「ああ。それも森のことを結構知ってる」


「村の人間じゃねえのか?」


「違うと思う」


 カイルが横から答えた。


 ガルドはちらりと彼を見る。まだ詳しい素性までは話していないが、一緒に捜索したことで警戒は少し薄れたらしい。


「また来ると思うか?」


「可能性はある」


「何のために?」


「それを調べるところだ」


 カイルの返事に、ガルドは小さく鼻を鳴らした。


「分かんねえことばっかりだな」


「俺たちも同じこと思ってる」


 ハヤトが言うと、ガルドは少し笑った。


「今日は休め。村のことはこっちで見ておく」


「助かる」


「それと、その森の魔物の話。明日、もう少し詳しく聞かせろ」


「ああ」


 ミナも今夜は治療師のところで診てもらうことになり、村人たちは少しずつ散っていった。


 ハヤトたちも宿へ戻る。


 カイルが持っている包みだけが、やけに重く見えた。


 実際の重さではない。


 五年前、別の遺跡で見つかった金属箱。


 カイルたち六人が危険物として印をつけ、その後、四人が帰ってこなかった。


 それがなぜか、この森にあった。


 しかも持っていたのは、死んだと思われていたヴァンだった。


 部屋に入るなり、セラがテーブルを指した。


「それ、そこ置く?」


「床の方がいい」


 カイルは壁際に布を敷き、その上へ箱を置いた。


「何か起きてもテーブル壊さないように?」


「そういう意味もある」


「宿は壊す前提なんだ」


「壊さない」


 ハヤトが言うと、セラがこちらを見る。


「ハヤトが言うと不安なんだけど」


「俺、何もしてないだろ」


「今はね」


「またそれ?」


 レグはもう金属箱の前にしゃがみ込んでいた。


「レグ、触るなよ」


「さわってない」


「近い」


「みてるだけ」


 確かに両手は膝の上に置いている。


 少し前ならそのまま触っていた気がするので、これでもちゃんと学んでいるらしい。


 カイルが外套を脱ぎ、椅子へ座った。


「何から聞く?」


「全部」


「却下」


「じゃあ五年前」


「範囲広いな」


「箱の話からでいい」


 ハヤトも向かいへ座る。


 セラは水を用意しながら、そのまま話を聞ける位置へ椅子を引いた。


 カイルはしばらく箱を見ていた。


「五年前、俺は古代遺跡を調べる一団にいた」


「冒険者?」


「半分はな。護衛、遺跡に詳しいやつ、魔術師。そんなのを集めた六人だった。依頼で組んだわけじゃなく、何年か一緒に回ってた」


「ヴァンも?」


「ああ」


 カイルの声が少し変わる。


「一番長かったのがあいつだ。俺より遺跡に詳しかったし、古い文字も俺より読めた」


「仲よかった?」


 レグが聞いた。


 カイルは少し考える。


「悪くはなかった」


「その言い方、仲よかったやつじゃん」


 ハヤトが言う。


「うるさい」


「当たりか」


「話進めるぞ」


「はいはい」


 五年前、一行は東にある古い施設を見つけた。


 今回入った場所と同じように、地上にはほとんど何も残っておらず、崩れた地下から偶然入口が見つかったらしい。


「最初は普通の遺跡だと思ってた。古い道具が残ってて、読めない記録が山ほどあった。それだけなら今までと変わらなかった」


「でも違った?」


「ああ」


 奥へ進んだ先に、今回とよく似た施設があったという。


 鎖。


 石台。


 獣の絵。


 そして、身体の一部が異常に変化した魔物の記録。


「そのときから知ってたんだ」


 セラが言う。


「だから今回の遺跡で分かったの?」


「似てたからな。ただ五年前は、実際の魔物なんて残ってなかった。全部古い記録だと思ってた」


「じゃあ今みたいに使われてなかった?」


「少なくとも俺たちが行ったときは」


 そこで、六人は一つの閉ざされた部屋を見つけた。


 扉はどうやっても開かなかった。


 その近くに落ちていたのが、今目の前にある箱だった。


「これ?」


 レグが箱を覗き込む。


「ああ」


「ほんとにおなじ?」


「この傷を見ろ」


 カイルが箱の角を指した。


 深い傷が斜めに一本入っている。


「俺が落とした」


「自分で?」


「手が滑ったんだよ」


「それで覚えてるんだ」


「笑うな」


「笑ってない」


 セラは少し笑っていた。


「じゃあ、この線は?」


 ハヤトが例の印に追加された一本を指す。


「六人で決めた印だ。遺跡にある元の印と区別するために足した」


「危険かもしれないものに?」


「ああ。何か分からない。開けられない。触っても反応しない。そういう物には勝手に触らないよう、目印をつけてた」


「意外とまともだね」


 セラが言う。


「なんで全員、俺の昔を無茶しかしない人間みたいに思ってるんだ」


「今まで会った感じ?」


 ハヤトが答える。


「お前だけには言われたくない」


「俺そんな無茶しないって」


「ハヤト」


 セラが名前だけ呼んだ。


「……はい」


 レグがくすっと笑った。


「それで?」


 ハヤトが話を戻す。


「箱を見つけたあと、何があった?」


 カイルの表情から少しずつ笑いが消えた。


「扉が開いた」


「どうやって?」


「分からない」


「誰か触った?」


「いや。少なくとも俺は見てない」


 何の前触れもなく、それまで動かなかった扉が開いた。


 その奥には、今までとは違う区画があったという。


 白い壁。


 鎖のない部屋。


 竜の絵。


「……今回と同じだ」


 セラが呟く。


「似てる。だが、俺たちは今回みたいに奥まで行けなかった」


「何があった?」


「中へ入ってしばらくしたら、施設が動き出した」


 ハヤトは地下での出来事を思い出した。


 壁を走った光。


 閉じた通路。


 動き始めた仕掛け。


「封鎖?」


「ああ。ただ、今回よりひどかった」


 通路が次々と閉じ、六人は分断された。


 カイルとヴァン。


 残りの四人。


 別々になった。


「そこから四人とは会ってない?」


「一度だけ声を聞いた」


「声?」


「壁の向こうからな。戻れって叫んでた」


 カイルの指が、無意識に握られている。


「俺とヴァンで扉を開けようとした。でも駄目だった。そのうち施設全体が揺れ始めて……ヴァンが、ここにいたら全員死ぬって言った」


「それで逃げた?」


「ああ」


 責めるような話ではない。


 ハヤトも同じ状況なら、どうしたか分からない。


「出口まで一緒だった?」


「途中まで」


 カイルが顔を上げる。


「また崩れた」


「そこでヴァンと別れた?」


「ああ。目の前で通路が落ちた。俺は外へ出られたが、あいつは向こう側に残った」


「だから死んだと思ったんだ」


「何度も戻った。でも入口ごと潰れてた」


 五年間。


 カイルはヴァンも、残りの四人も死んだと思っていた。


「今日までな」


「ヴァンが生きてた」


「ああ。それだけじゃない」


 カイルが箱を見る。


「こいつを持ってた」


「この箱って、あのときどこにあったの?」


 セラが聞く。


「施設の入口近く。俺たちは持ち歩いてない」


「じゃあ、ヴァンはあとで取りに戻った?」


「そうなる」


「でも入口は潰れてたんでしょ?」


「俺が知ってる入口はな」


 別の出口があった。


 今回の遺跡でも、レグが開けた通路の先から森へ出られた。


 ヴァンも同じように、カイルの知らない場所から脱出した可能性がある。


「じゃあ、なんで五年間会わなかったんだろ」


 セラが言う。


「それを俺も聞きたい」


「今日聞けばよかったのに」


「聞ける状況だったか?」


「動物いっぱい出てきたもんな」


「そういうことだ」


 レグは箱を見ながら聞いていた。


「よにんは?」


 カイルが黙る。


「まだ、いない?」


「ああ」


「ヴァン、しってるかな」


 その問いに、カイルはすぐ答えなかった。


「……多分な」


「なんで?」


「今日のあいつは、俺が知ってるヴァンじゃなかった」


 ハヤトは眉を寄せる。


「性格?」


「それもある。でも、違う」


 カイルが自分の耳の下を指す。


「ここに何か入ってただろ」


「あの黒いやつ?」


「あんなもの、五年前はなかった」


「遺跡の技術?」


「多分」


「それで匂いが分かるって言ってたね」


 セラが思い出す。


「人間じゃ分からないものまで感じるって」


 カイルが頷く。


「ヴァンは昔から遺跡の道具に興味はあった。でも、自分の身体に埋め込むようなやつじゃなかった」


「五年で変わった?」


「……何かあったんだろうな」


 カイルはそこから先を言わなかった。


 知らないのだろう。


 ハヤトも無理には聞かなかった。


 少し重くなった空気を破ったのは、レグだった。


「これ、あけない?」


 金属箱を指差している。


「急に戻ったな」


「ずっときいてた」


「知ってるよ」


「でも、なか、みたい」


「俺も見たい」


 ハヤトが言うと、セラが眉を寄せた。


「だからってすぐ触らないでよ」


「触らないって」


「さっきレグに言ってたこと忘れないでね」


「分かってる」


 カイルも箱の前へしゃがむ。


「五年前は何をやっても開かなかった」


「鍵穴は?」


「ない」


「魔力?」


「流しても反応しなかった」


 箱には継ぎ目があるので、蓋が存在するのは分かる。


 だが取っ手もない。


 表面にあるのは例の印と、六人が追加した一本の線だけだった。


「レグが触ったら?」


 セラが言う。


「俺もそれ考えてた」


「危なくない?」


「危ないかもしれない」


 カイルは正直だった。


 ハヤトはレグを見る。


「今日はやめとく?」


「レグ、さわってみたい」


「怖くない?」


「ちょっと」


「なら急がなくていいぞ」


「でも」


 レグは箱を見つめた。


「これ、においする」


「え?」


 全員がレグを見る。


「どんな?」


「遺跡とおなじ。でも……」


 鼻を少し近づける。


「もっと、しってる」


 カイルの表情が変わる。


「どこで嗅いだ?」


「わかんない」


「レグ」


 少し強くなった声に、ハヤトが間へ入る。


「急かすなって」


「……悪い」


 カイルはすぐ引いた。


 レグは気にしていないようで、箱を見続けている。


「触るなら、明るいときにしよう」


 セラが提案した。


「ここ宿だし、何か起きたら困る」


「それがいいな」


 ハヤトも頷く。


「明日、村の外でやるか」


「うん」


 レグは素直に手を引っ込めた。


 その夜は、それ以上箱を調べなかった。


 夕食を食べ、明日のことを簡単に決める。


 本来なら、そろそろエルナ村を出て東へ向かってもいい。


 森で起きていた異変の原因もある程度は分かった。ミナも戻った。村にはガルドたちがいる。


 それでも、一つだけ確かめたいものが残った。


 翌朝。


 三人とカイルは村から少し離れた草地へ出た。


 クロも連れてきている。


 金属箱は地面に置いた。


「何か起きたら離れる」


 ハヤトが確認する。


「うん」


「開いてもすぐ中身触らない」


「うん」


「光ったり声出たりしても――」


「ハヤト」


 セラが止める。


「言いすぎると逆に分かんなくなるよ」


「そう?」


「うん。レグ、変だったら手離して」


「わかった」


「それで十分」


「……俺の説明なんだったんだよ」


「長かった」


 レグにまで言われた。


「はいはい」


 少し離れた場所で、カイルが緊張した顔をしている。


「そんな怖い顔するなよ」


「五年前から開かなかった箱だぞ」


「だから開くって決まったわけじゃ――」


 ハヤトが言い切る前に、レグの手が箱へ触れた。


「あ」


「さわった」


「いや、見れば分かる」


 何も起きない。


 一秒。


 二秒。


「開かない?」


 セラが言った、その直後だった。


 箱の表面に刻まれた円が光った。


「やっぱりか」


 カイルが息を呑む。


 三本の線へ光が移る。


 その中央。


 欠けていた部分まで白く染まる。


 カチ、と小さな音がした。


 蓋がわずかに浮いた。


「開いた」


 レグが手を離す。


「触るなよ」


「わかってる」


 今度はちゃんと止まった。


 カイルがゆっくり箱へ近づく。


「俺が開ける」


「大丈夫?」


「五年前から俺が追ってきたものだ」


 誰も止めなかった。


 カイルが布越しに蓋へ手をかける。


 ゆっくり持ち上げる。


 中に入っていたものは一つだけだった。


「……石?」


 セラが首を傾げる。


 黒い石。


 手のひらに収まるくらいの大きさで、表面は不自然なほど滑らかだった。


「こんなのだったのか」


 カイルにも初めて見る中身らしい。


 ハヤトが少し近づく。


 石の中心に、ごく細い線が見えた。


 何かが描かれている。


「これ……文字?」


「いや」


 カイルが目を細める。


「印だ」


 光の加減で、ようやく形が見えた。


 円。


 三本の線。


 だが、これまでとは違う。


 円の中心に、小さな竜の姿が刻まれていた。


 レグが一歩近づく。


「これ」


 今度は誰も聞いていない。


 レグ自身が、石を見たまま呟いた。


「しってる」


 ハヤトが横を見る。


「また思い出した?」


 レグは首を横に振った。


「ちがう」


「じゃあ?」


 少しだけ迷い、それから石を指した。


「レグ、これ……もってた」


 カイルの顔が固まった。


 セラも言葉を失う。


「いつ?」


 ハヤトが聞く。


 レグは目を閉じた。


 遠い何かを探すように、しばらく動かない。


「……ちいさいとき」


 声は小さかった。


「だれかが、レグにくれた」


「誰?」


 レグはゆっくり目を開ける。


 その顔には、はっきりと戸惑いが浮かんでいた。


「……おかあさん」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。

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