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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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森に立つ男

小屋の扉が勢いよく開き、中から男が飛び出してきた。


 ハヤトは窓際から離れ、そのまま剣を抜く。だが、相手は襲いかかってこなかった。扉の前で一度立ち止まり、距離を取るように数歩下がる。


 昨日、森の中で見た人影と同じ外套だった。


「そこにいたの、お前だな」


 ハヤトが言う。


 男は答えず、森の左右を確認するように視線を動かした。


 その先にはセラとカイルがいる。少し離れた場所にはレグとクロ。完全に囲んだわけではないが、簡単に逃げられる位置でもなかった。


「ミナさんを離してください」


 セラの声が飛ぶ。


「怪我してるなら治します。だから――」


「怪我はない」


 男が初めて口を開いた。


 落ち着いた声だった。


「なら、なんで縛ってる?」


 ハヤトが聞く。


「逃げるからだ」


「そりゃ逃げるだろ」


「違う」


 男の視線が小屋へ向く。


「あの女は、自分からここまで来た」


「自分から?」


 セラが眉を寄せる。


「途中まではな」


 意味の分からない返事だった。


 カイルがゆっくり前へ出る。


「顔を見せろ」


 その声を聞いた瞬間、男の動きがわずかに止まった。


「知り合い?」


 ハヤトがカイルを見る。


「まだ分からん」


 男は外套の頭を覆っていた布を下ろした。


 四十に届くかどうかという年齢に見える。短い黒髪。頬に細い傷があり、左耳の下には黒い金属片のようなものが埋め込まれていた。


 カイルの表情が変わる。


「……お前」


「久しぶりだな、カイル」


「知り合いじゃん」


「黙ってろ」


「なんで俺が怒られるんだよ」


 セラが小さくハヤトの袖を引いた。


 今は邪魔しない方がよさそうだった。


「死んだと思ってた」


 カイルの声から、いつもの軽さが消えている。


「そういうことにしておいた」


「何年だ」


「五年くらいか」


「五年?」


 今度はハヤトも黙っていられなかった。


 カイルはこちらを見ない。


「あとで話す」


「それ絶対忘れんなよ」


「分かってる」


 男が二人のやり取りを見て、わずかに口元を動かした。


「相変わらず変な連中とつるんでるな」


「今日会ったばかりだ」


「それでこれか」


「俺も困ってる」


「誰が困らせてんだよ」


 セラがまた袖を引いた。


「ハヤト」


「はい」


 さすがに黙った。


 男はハヤトたちを順番に見る。その視線がレグへ向いたところで、表情が止まった。


 ほんの一瞬。


 だが、今までとは明らかに違った。


「……竜か」


 ハヤトがすぐレグの前へ出る。


「なんで分かる?」


「匂いだ」


「匂い?」


「人間には分からん」


 男が自分の耳の下にある黒い金属へ触れる。


「こいつで分かる」


 カイルが低く言った。


「まだ使ってるのか」


「便利だからな」


「それで何人壊した」


 空気が変わった。


 男の目が細くなる。


「言い方を選べ、カイル」


「選ぶ必要があるか?」


 ハヤトは二人を見る。


 さっきまでの知り合い同士の会話とは違う。


 明確な敵意がある。


「何の話?」


 セラが聞いた。


「そいつらは――」


「待て」


 男が遮った。


「ここで長話をするつもりはない。女を連れて帰りたければ、勝手にしろ」


「え?」


 予想していなかった返事だった。


「いいの?」


 セラが聞き返す。


「ああ」


「じゃあなんで捕まえた?」


 ハヤトが剣を下げずに聞く。


「見られたからだ」


「何を?」


「俺が、この森にいることを」


「それだけ?」


「それで十分だ」


「十分じゃないだろ」


 男は答えなかった。


 その代わり、小屋から離れるように一歩下がる。


「待てよ」


「追うな」


「はいそうですか、ってなると思う?」


「なる必要はない。ただ――」


 男の手が外套の内側へ入った。


 四人が同時に身構える。


 だが取り出したのは武器ではなかった。


 黒い小さな筒。


 遺跡で見た器具に少し似ている。


「それ何?」


「止めろ!」


 カイルが叫んだ。


 男が筒の端を押す。


 甲高い音が森へ響いた。


 人間の耳には痛いだけの音。


 だがクロが突然地面へ伏せた。


「クロ!」


 レグが駆け寄る。


 クロは頭を振り、苦しそうに唸っている。


「何した!」


 ハヤトが男へ踏み込む。


 剣を横へ振る。


 男は後ろへ跳び、紙一重でかわした。


「殺すつもりはない!」


「だったらクロに何した!」


「呼んだだけだ!」


「誰を!」


 答えは必要なかった。


 森の奥から、木々が大きく揺れる音が聞こえた。


 一方向ではない。


 複数。


「まさか……」


 セラが周囲を見回す。


 レグも顔を上げた。


「くる」


「何匹?」


「いっぱい」


 ハヤトは舌打ちした。


「またあいつらか」


「違う」


 レグの返事に、全員が止まる。


「違う?」


「におい、ちがう」


 次の瞬間、茂みから一匹の獣が飛び出した。


 鹿だった。


 だが普通ではない。


 首には黒い金具が巻かれ、目は赤く充血している。その後ろから猪、犬に似た獣、さらに小さな魔物まで続いて現れた。


 種類が違う。


 なのに、全ての首に同じ黒い金具がついている。


「何これ……」


 セラの声が震える。


「魔力吸収具だ」


 カイルが男を見る。


「まだこんな使い方してるのか!」


「殺す装置じゃない」


「じゃあ何だ!」


「誘導だ!」


 獣たちはハヤトたちへ向かってこなかった。


 男の周囲を取り囲むように集まっていく。


 苦しそうに息をしながら、それでも襲う様子はない。


「……操ってる?」


 ハヤトが呟く。


「完全にはな」


 男が答える。


「進む方向を選ばせる程度だ」


「十分おかしいだろ」


「お前に何が分かる」


「分からないから聞いてんだよ」


 男の視線が一瞬だけ揺れた。


 怒っている。


 だが何に対してなのかは分からない。


「カイル」


 男が呼ぶ。


「東へ行くなら、もう追うな」


「何でだ」


「お前が探してる答えは、知らない方がいい」


「五年前にも似たようなことを言ったな」


「だから生きてる」


「誰のおかげでこうなったと思ってる」


 男の表情が初めて崩れた。


「……俺は止めた」


「あれを止めたとは言わない」


 二人の間に、ハヤトたちの知らない何かがある。


 今すぐ聞きたい。


 だが獣たちに囲まれた状況で尋問を始めるわけにもいかなかった。


「ミナさんは本当に連れて帰っていいんだな?」


 ハヤトが確認する。


 男は頷く。


「最初から殺すつもりはない」


「信用できると思う?」


「思わなくていい」


 男が黒い筒を持ち上げる。


 また音が鳴った。


 獣たちが一斉に向きを変える。


「クロ!」


 レグがクロを抱き寄せる。


 クロも立ち上がろうとしたが、首輪はもうない。少しふらついただけで、男の方へ歩くことはなかった。


 男はそれを見て、少し驚いたようだった。


「外したのか」


「当然だろ」


「……そうか」


 妙な言い方だった。


 残念そうでもなく、怒っているわけでもない。


 むしろ少し安心したように見えた。


「待て」


 カイルが前へ出る。


「名前くらいこいつらに言っていけ」


「必要ない」


「俺は知ってる」


「だから何だ」


「どうせまた会う」


 男はしばらくカイルを見た。


 やがて小さく息を吐く。


「……ヴァン」


 ハヤトは名前を覚える。


 ヴァン。


「次会ったら、もう少しちゃんと説明してもらうからな」


「次があればな」


「そういう言い方するやつ大体また出てくるぞ」


「何の話だ」


「こっちの話」


 セラが少し呆れた顔をした。


 ヴァンが森の奥へ歩き始める。


 周囲の獣たちも続く。


「追わないの?」


 レグが聞く。


「今はミナさんが先」


 ハヤトは剣を鞘へ戻した。


「それに、あの数相手に無理して追う必要ない」


 セラも頷く。


「まず助けよう」


 カイルだけは、ヴァンが消えていった方向を見続けていた。


「カイル」


「分かってる」


「追うなよ」


「追わない」


「本当に?」


「お前らまでセラみたいなこと言うな」


「私みたいって何?」


「いや、何でもない」


「今の聞こえたからね」


 少しだけいつもの空気が戻った。


 四人は小屋へ入る。


 ミナは壁際に座ったまま、驚いた顔でこちらを見ていた。


「村から来ました」


 セラがすぐそばへしゃがむ。


「大丈夫ですか?」


「……村?」


「はい。みんな探してます」


 その言葉を聞いた瞬間、ミナの肩から力が抜けた。


「よかった……」


 手首を縛っていた縄をハヤトが切る。


 セラが怪我を確認するが、ヴァンの言葉通り大きな傷はない。長時間座っていたせいで手足が痺れているくらいだった。


「歩けそうですか?」


「少し休めば……」


「無理しなくていいですよ」


 レグがミナの横から顔を覗く。


「こわかった?」


「え?」


「こわかった?」


 ミナは少し驚いたあと、苦笑した。


「怖かったよ」


「そっか」


「でも……あの人、変だった」


 ハヤトが振り返る。


「ヴァン?」


「名前は知らなかったけど、多分その人」


「何が変だった?」


 ミナは少し考える。


「私を捕まえたのに、何もしてこなかったんです。逃げようとすると止められたけど、水も食べ物もくれたし……」


「何か聞かれた?」


「村のことを少し。それと、最近森で変わったものを見なかったかって」


「変わったもの?」


「魔物とか、穴とか……知らない人とか」


 カイルの表情が変わる。


「ほかには?」


「それくらいです」


「何で森の奥まで来た?」


 ハヤトが聞く。


 ミナは少し気まずそうに視線を下げた。


「薬草を採ってたら、知らない男の人に会ったんです。道に迷ったって言われて」


「ヴァン?」


「はい。途中まで案内してほしいって。それで一緒に歩いてたんですけど……」


 罠があった場所よりさらに奥まで来たところで、急に態度が変わったらしい。


 危害を加えられたわけではない。


 ただ、村へ帰すわけにはいかないと言われた。


「それで目印残した?」


 セラが聞く。


 ミナが少し笑った。


「気づきました?」


「ちゃんと追えましたよ」


「よかった……」


 村の森に慣れた人間だからこそできたことなのだろう。


「ヴァンが何してたか見た?」


 カイルが聞く。


「何かを探してました」


「何を?」


「分かりません。でも、小屋の床を何度も調べてて」


 全員が床を見る。


 古い板張り。


 一見、特に変わったものはない。


「床?」


 ハヤトがしゃがみ込む。


「どの辺?」


 ミナが奥を指す。


「あそこです」


 ヴァンが座っていた椅子の近く。


 ハヤトとカイルが同時に近づく。


「何かある?」


 セラが聞く。


「待って」


 埃。


 古い板。


 その中で、一枚だけ色が違う。


「ここ、動かした跡あるな」


 ハヤトが指をかける。


「罠かもしれん」


 カイルが止めた。


「じゃあどうする?」


「まず周りを見る」


 珍しく慎重だった。


 二人で確認するが、金属線も魔力の反応らしいものもない。


「開けるぞ」


「ああ」


 板を持ち上げる。


 その下には、浅い空間があった。


 入っていたのは一つだけ。


 小さな金属箱。


「……また怪しいもの出た」


 セラが呟く。


「今日ずっとこんなのばっかりだな」


「開ける?」


 レグが聞く。


「待って」


 今度は三人同時だった。


 レグが少し口を尖らせる。


「まだなにもしてない」


「レグが聞くと、すぐ触りそうだから」


「さわらない」


「ほんと?」


「ほんと」


 少し成長したらしい。


 カイルが金属箱の表面を確認する。


「印がある」


 例の円と三本線。


 ただし、今まで見たものと少し違った。


 円の外側に、もう一つ小さな線が加わっている。


「これ知ってる?」


 ハヤトが聞く。


 カイルの顔が険しくなる。


「見たことはある」


「どこで?」


「五年前」


 その言葉だけで、ヴァンとの話につながった。


「何があったんだよ、五年前に」


 今度はカイルも、あとでとは言わなかった。


 金属箱を見たまま、しばらく黙る。


「俺が最初に遺跡へ入った年だ」


 ハヤトたちは何も言わず続きを待つ。


「ヴァンもいた」


「一緒に調べてた?」


「ああ」


 カイルが箱から手を離した。


「俺たちだけじゃない。六人いた」


「ほかの四人は?」


 カイルはすぐには答えなかった。


 その沈黙だけで、良い話ではないことが分かる。


「一人は俺。ヴァンも生きてた」


 カイルが低く息を吐く。


「残りの四人は、遺跡から出てこなかった」


 小屋の中が静かになった。


「死んだの?」


 レグが聞く。


「……そう思ってた」


「思ってた?」


 ハヤトが聞き返す。


 カイルは目の前の金属箱を見る。


「今日まではな」


「どういう意味?」


 箱の側面。


 そこに細い文字が刻まれている。


 カイルが指で埃を払った。


「これは、俺たち六人でつけた印だ」


「え?」


 もう一つ増えていた小さな線。


 それは遺跡に元々あったものではない。


「中身が危険かもしれないものに、この線を足してた」


「じゃあ、この箱は……」


「あのとき俺たちが見つけたものだ」


 カイルの声が低くなる。


「五年前に、別の遺跡でな」


 ハヤトは金属箱を見る。


 五年前。


 別の遺跡。


 カイルとヴァン。


 帰ってこなかった四人。


 そして、そのとき見つけた箱が、なぜか今この森の小屋にある。


「ヴァンが持ってきた?」


「可能性は高い」


「中に何入ってる?」


「それが分からない」


「開けてないの?」


「開かなかった」


 カイルが苦い顔をする。


「当時はな」


「今なら?」


「分からん」


 レグが箱を見つめている。


「レグなら、あく?」


 全員が彼女を見る。


「……ありそうなのが嫌だな」


 ハヤトが呟く。


 遺跡の扉。


 石台。


 古い仕掛け。


 レグが触れたものは、次々と動いた。


 だからこそ、今回は簡単に触らせる気になれない。


「今日は開けない」


 ハヤトが言う。


「村に戻る。ミナさんを先に連れて帰る」


 レグは箱を見たままだったが、やがて頷いた。


「うん」


 カイルも反対しなかった。


「その方がいい」


「箱は?」


「持っていく」


「危なくない?」


「だからこそ、ここには置けない」


 カイルが布を出し、箱へ直接触れないよう包み始める。


 外ではクロが待っていた。


 森は静かだ。


 ヴァンと獣たちの気配も、もうない。


 ミナを連れて村へ戻れば、ひとまず今回の捜索は終わる。


 けれど代わりに、新しいものを一つ持ち帰ることになった。


 五年前に消えたはずの箱。


 そして、その箱を持っていたヴァン。


 東へ向かう旅は、最初の村に着いたときよりもずっと複雑なものになり始めていた。

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