風のある方へ
別の出口を探すと決めたものの、問題はどこから探すかだった。
目の前には、壁いっぱいに浮かんだ古い地図がある。いくつもの印や線が重なり、この施設だけでなく東方一帯らしき地形まで描かれているが、現在地がどこなのかまでは分からない。
「これ、持って帰れたら楽なんだけどな」
「壁ごと?」
セラが聞く。
「無理なのは分かってる」
「じゃあ覚えるしかないね」
「そんな簡単に言う?」
「ハヤト、こういうの得意そうじゃん」
「どこでそう思ったんだよ」
カイルは二人のやり取りを気にする様子もなく、地図の端を眺めていた。
「この辺りが今いる場所だと思う」
指しているのは、いくつもの線が集まった小さな印だった。
「分かるの?」
「外の地形と川の位置が合う。正確じゃないが、大きくは外してないはずだ」
「さっきまで役に立たないって言われてたのに」
セラが小さく笑う。
「誰が言った」
「ハヤト」
「冗談だって」
「覚えてるからな」
根に持たれたらしい。
カイルが指を少し動かす。
「もしこの印が入口なら、こっちにも通路がある」
「でも地図自体が昔のものなんだろ?」
「ああ。残ってる保証はない」
結局、行って確かめるしかなさそうだった。
ハヤトが地図を頭に入れようとしている横で、レグは部屋の奥を歩き回っていた。壁を見たり床を見たりしているが、今回は何かに呼ばれている様子ではない。
「レグ、何してる?」
「みてる」
「何を?」
「でぐち」
「見つかった?」
「まだ」
そのまま壁際まで行き、何気なく顔を上げる。
「でも、こっち涼しい」
その一言に、ハヤトが振り返った。
「涼しい?」
「うん」
レグのいる場所へ行ってみる。
最初は分からなかった。
だが手を壁へ近づけると、ごくわずかに空気が動いている。
「……風?」
セラも気づき、髪を耳にかけながら壁へ近づいた。
「本当だ。ちょっとだけ来てる」
地下深くに完全に閉ざされた部屋なら、風が流れているのは妙だ。
カイルが壁を確認する。
「隙間があるな」
石と石の間。
目を凝らすと、一本だけ他より幅の広い線が入っている。
「また隠し扉?」
「いや」
カイルがしゃがみ、下の方まで確認する。
「これは扉じゃない。壁の向こうに空間があるだけだ」
「壊せる?」
レグが聞く。
三人が同時に彼女を見る。
「待って」
セラがすぐ止めた。
「何で?」
「レグが壊すって言うと、本当に壁全部なくなりそうだから」
「なくしたら、いける」
「そういう問題じゃない」
レグは納得していない顔をした。
ハヤトも壁を軽く叩いてみる。
中が空洞なのか、少し鈍い音が返ってきた。
「この先に通路があるなら、どっかに入口もあるはずだろ」
「普通ならな」
カイルが周囲を見る。
「でも、ここはさっきから普通じゃない」
「それは分かる」
四人で壁沿いを調べ始めた。
今回はレグが近づいても光らない。
手形もない。
古い文字がいくつか刻まれているだけだった。
「これ読めない?」
「待て」
カイルが一つずつ確認していく。
「……これは名前っぽいな」
「人の?」
「多分。ただ、同じ言葉が何度も出てくる」
「何て?」
「『空』……いや、『外』に近いか」
カイルは別の文字へ指を移した。
「こっちは『息』か『風』」
「風?」
ハヤトとセラが顔を見合わせる。
方向は間違っていなさそうだ。
「じゃあ、この先が外につながってる?」
「可能性はある」
「なら入口探そう」
その後もしばらく探したが、扉らしい場所は見つからなかった。
石台の下。
壁の端。
床。
何か動かせそうなものもない。
「ないね」
セラが壁に背を預ける。
「やっぱ壊す?」
レグが言う。
「まだ早い」
「ずっとはやいっていう」
「最終手段だから」
「さいしゅう?」
「ほかに何もなかったら」
「じゃあ、もうなにもない?」
「もうちょっと待って」
完全に壊す気でいる。
そのとき、ハヤトはふと石台を見る。
「……カイル」
「何だ」
「さっきの映像出した台、あれだけ真ん中にあるの変じゃない?」
「何が言いたい?」
「この部屋に入るのもレグが手形触っただろ。そのあと映像が出て、地図も出た」
「だから?」
「出口も、何か操作するんじゃない?」
カイルが少し考える。
セラも石台へ目を向けた。
「さっきは手形しか触ってないよね」
「そうだな」
四人で石台へ戻る。
上面には古い文字。
側面にはレグが触れた手形。
その周りをよく見ると、小さな窪みがいくつかある。
「これ、何だ?」
ハヤトが指を近づける。
円形の窪み。
その横に似た形が三つ並んでいた。
「押す?」
「ハヤトが?」
「なんで俺?」
「レグばっかり触らせるのもどうかと思って」
「それはそうだけど」
セラに言われると、確かにそうだった。
「じゃあ俺がやる」
「待て」
今度はカイルが止める。
「何?」
「俺がやる」
「なんで」
「こういう場所を追ってるのは俺だ。危険があるなら、俺が触る方が筋だろ」
一瞬、ハヤトはカイルを見る。
「意外とちゃんとしてるんだな」
「お前は俺を何だと思ってる」
「怪しい人」
「まだそこか」
「まだ一日も経ってないだろ」
「それもそうだな」
カイルは諦めたように窪みへ指を押し込んだ。
何も起きない。
「……」
「間違えた?」
「うるさい」
二つ目。
変化なし。
三つ目。
石台が小さく光った。
「当たり」
「偶然だ」
「当たりは当たりだろ」
淡い線が石台から床へ伸びる。
今度は部屋全体ではなく、レグが風を感じた壁へ向かって一直線に続いていく。
その先で、石の一部が沈んだ。
「お」
低い音とともに、壁がゆっくり横へ動き始めた。
人一人が通れる程度の細い隙間が現れる。
「開いた」
レグが嬉しそうに言う。
「壊さなくてよかったね」
セラが笑う。
「レグでもできた」
「できるかどうかじゃないんだって」
隠されていた通路は狭かった。
これまでの石造りとは違い、ほとんど手入れされていない。天井も低く、ところどころ木の根が石の隙間から入り込んでいる。
それでも風は確かに奥から来ていた。
「外につながってそうだな」
「かなり上に向かってる」
セラの言う通り、通路は緩い坂になっている。
四人は一列になって進んだ。
先頭はハヤト。
その後ろにレグ、セラ、最後をカイルが歩く。
「クロ、どうする?」
少し進んだところでレグが立ち止まった。
忘れていたわけではない。
クロはまだ、光の道が始まった場所で待っている。
「戻れると思う?」
セラが聞く。
後ろを見る。
来た道そのものはまだ閉じていない。
「迎えに行くか」
「魔物が扉の向こうにいるぞ」
カイルが言う。
「でもクロ置いてくのもな」
「クロ、ここにこれる?」
レグが誰にともなく呟く。
当然返事はない。
ハヤトは少し考えた。
「出口だけ確認しよう。外に出られるのが分かったら、戻れる範囲まで戻る」
「危険なら?」
「そのとき考える」
セラが後ろから顔を覗かせる。
「またそれ?」
「今はそれしかないだろ」
「まあ、今回はそうだね」
再び歩き始める。
通路は長かった。
何度か曲がり、さらに上る。
途中で崩れた場所もあったが、通れないほどではない。
少しずつ空気が変わる。
湿った地下の匂いが薄れ、代わりに土と木の匂いが強くなった。
「近い」
レグが言う。
「分かる?」
「そとのにおい」
そのままさらに進む。
やがて、ハヤトの持つ灯りとは別の明るさが見えた。
「光だ」
セラの声が弾む。
出口は大きな岩と木の根に半分隠されていた。
ハヤトが枝を押し退けると、森の緑が目に入る。
地下に長くいたせいか、夕方前の日差しでも眩しかった。
「出た……」
セラが大きく息を吐く。
カイルも外へ出て周囲を確認する。
「ここは……施設の北側だな」
「分かる?」
「あの山が見える。入口からかなり離れてる」
つまり、遺跡には少なくとも二つの出入口があったことになる。
こちらは長い間使われていなかったらしい。
「クロ」
レグが後ろの暗い通路を見る。
ハヤトも同じ方向へ目を向けた。
「迎えに行くか」
「今から?」
「待たせるって言っただろ」
レグがすぐ頷く。
「いく」
セラも特に反対しなかった。
カイルだけが少し呆れたように三人を見る。
「魔物一匹のためにまた地下へ戻るのか?」
「クロだよ」
レグが答えた。
「……そうだったな」
カイルは一度森を見て、それから通路へ向き直った。
「なら俺も行く」
「来るんだ?」
「一人で森に残る方が嫌だ」
「そっち?」
「こっちの森に何がいるか知ってるからな」
確かに正しかった。
四人は来た道を戻り始める。
出口は見つかった。
なら、あとはクロを連れてここへ戻ればいい。
そう思っていた。
ところが、しばらく進んだところでレグが足を止めた。
「……クロ」
「どうした?」
「きこえる」
三人も耳を澄ませる。
遠く。
通路のずっと下から。
一度だけ、獣の吠える声が聞こえた。
続いて、何かが激しくぶつかる音。
レグの表情が変わる。
「クロ!」
今度は止めるより早く、レグが走り出した。
「レグ、待て!」
ハヤトもすぐその後を追った。




