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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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その手の先に

扉に残された手形と、自分の手を見比べながら、レグはしばらく動かなかった。


 大きさはほとんど同じだった。


 指の長さまで完全に一致しているわけではない。それでも、偶然にしては妙に近い。


「……触ってみる?」


 セラが聞くと、レグは手形を見たまま少し迷った。


「さわって、だいじょうぶ?」


「俺に聞かれてもな」


 ハヤトは隣のカイルを見る。


「これは?」


「俺も初めて見る」


「役に立たないな」


「ここまで来たのも初めてだと言っただろ」


「そうだけど」


 カイルは扉に近づき、中央の印を観察する。ただし直接触ろうとはしなかった。


「少なくとも、罠には見えない」


「その根拠は?」


「こういう施設の扉には、危険な区画ならもっと分かりやすい封印がある。ここはむしろ……中へ入れる相手を選んでるように見える」


「選んでる?」


「ああ」


 カイルの視線がレグへ向く。


「さっきの通路もそうだった。俺が来たときには開かなかった場所が、お前が近づいただけで開いた」


 レグが自分を指差した。


「レグだから?」


「多分な」


「多分か」


「今のところ、それ以上は言えん」


 ハヤトはレグを見る。


「嫌なら触らなくていいぞ」


「でも、ここまできた」


「だからって無理する必要はない」


 レグは少し考えた。


 それから、自分の手をもう一度見た。


「……さわる」


「分かった」


 ハヤトとセラが少し横へ下がる。カイルも何も言わず、レグの動きを見守った。


 レグはゆっくり手を伸ばす。


 指先が石に触れた。


 何も起きない。


 そのまま掌を手形へ重ねる。


 わずかに隙間はあるものの、やはりよく似ていた。


「……」


「レグ?」


「なんか、あったかい」


 次の瞬間、手形の周囲に淡い光が灯った。


「うわっ」


 ハヤトが反射的に一歩出る。


「大丈夫」


 レグは手を離さなかった。


 光は指の形をなぞるように広がり、そこから扉の中央へ流れていく。竜を描いた彫刻にも次々と光が入り、最後に例の円形の印が白く浮かび上がった。


 低い音が響く。


 大きな扉が、ゆっくり左右へ開き始めた。


「本当に開いた……」


 セラが息を呑む。


 カイルはそれ以上に驚いていた。


「この扉……まだ動いたのか」


「そこ?」


「何百年前のものだと思ってる」


「知らないよ」


 扉が完全に開く。


 その先は、これまで歩いてきた遺跡とはまるで違っていた。


 まず、鎖がない。


 壁に傷もなく、何かを閉じ込めていたような痕跡も見当たらない。通路は広く、左右の壁には細かな彫刻が残っていた。


 そして、空気が違う。


 嫌な匂いがしない。


「レグ?」


「……ここ、へんなにおいしない」


 やはりそうらしい。


「じゃあ、さっきまでの場所とは別なのかな」


 セラが壁を見ながら中へ入る。


 ハヤトも続いた。


「同じ施設じゃないの?」


「建てられた時期は同じように見える」


 カイルが後ろから答える。


「ただ、使い方が違った可能性はあるな」


「こっちは魔物を繋いでなかった?」


「少なくとも、そう見える」


 しばらく進むと、通路の壁に最初の絵が現れた。


 一体の竜。


 特に珍しいものではない。これまでも何度か見た。


 だが次の絵で、ハヤトは足を止めた。


「……ん?」


 同じ竜が描かれている。


 その身体の周囲に、細い光のような線が何本も走っていた。


 さらに隣。


 竜の身体が少し小さくなっている。


 次。


 翼が消え、後ろ脚で立っていた。


 その次では――。


「人?」


 セラが壁へ近づく。


 最後に描かれていたのは、人間の姿だった。


 竜から人へ。


 一枚の絵ではない。


 何段階にも分け、その姿が少しずつ変化していく様子が彫られている。


 レグは声も出さずに見ていた。


「これって……」


 ハヤトはカイルを見る。


 カイルも壁から目を離さない。


「俺が知ってる記録と違う」


「何が?」


「人の姿を取る竜は、生まれつきそういう力を持つ個体だと思われてた」


「さっき言ってたやつだね」


「ああ」


 カイルが壁へ近づく。


「でも、この絵がそのままの意味なら……違う」


「練習してできるようになる?」


 セラの言葉に、カイルはゆっくり頷いた。


「その可能性がある」


 三人の視線が自然とレグへ集まった。


「なに?」


「いや」


 ハヤトは少し笑った。


「レグが正しかったんだなと思って」


「レグ、なにが?」


「何回も練習しただろ。人になるの」


「うん」


「昔の竜も、同じことしてたのかもしれないって」


 レグは壁を見る。


 少しだけ表情が変わった。


「レグだけじゃない?」


「多分な」


「そっか」


 大きな反応はなかった。


 ただ、その一言は少し嬉しそうだった。


 ハヤトはそれ以上何も言わなかった。


 人化を始めたばかりの頃、レグは何度も失敗していた。腕だけ変わったり、途中で元に戻ったり、変化したあと動けなくなったこともある。


 それでも自分で覚えた。


 もし昔の竜たちも同じだったのなら、レグの力は突然生まれた例外ではない。


 忘れられただけなのかもしれない。


「まだ続いてるよ」


 セラが先を指した。


 次の壁にも絵がある。


 今度は人の姿になった竜が、誰かと向き合っていた。


 人間だ。


 二人は何かを受け渡している。


 さらに先では、人間と竜らしき者たちが同じ場所で食事をしていた。


「普通に一緒に暮らしてるように見えるな」


「だよね」


 カイルは何も言わない。


 かなり真剣な顔で、一つ一つの彫刻を見ている。


「これも知らなかった?」


「知らない」


「記録には?」


「人里に住んでいた竜の話はいくつかある。でも、ここまで具体的なものは見たことがない」


「じゃあ昔は、思ってたより普通だったのかな」


 セラが言う。


「人と竜が一緒にいるの」


「かもしれない」


 カイルはそれ以上断言しなかった。


 ハヤトも同じだった。


 壁画だけで、何百年も前の社会がどうだったかまでは分からない。ただ、少なくともここを作った誰かにとって、人の姿を取る竜は想像上の存在ではなかった。


 先へ進むと、通路は円形の部屋につながっていた。


 中央には低い石台が一つある。


 それ以外には何もない。


「ずいぶん何もないね」


「壊された感じでもないな」


 ハヤトが石台へ近づく。


 表面には文字が刻まれている。


「カイル、読める?」


「待て」


 カイルが隣へ来る。


 指で文字を追いながら、しばらく黙り込んだ。


「……全部は無理だ」


「それはもう分かった。読めるところだけでいい」


「急かすな」


 少しして、カイルが一つの文字を指す。


「これは……『姿』に近い」


「姿?」


「その隣が……選ぶ、か。いや、変える……」


「どっち?」


「古いんだよ」


「便利だな、それ」


「じゃあ自分で読め」


「読めないから頼んでる」


 セラが苦笑する。


「二人とも、今それやる?」


「向こうからだろ」


「お前からだ」


「はいはい」


 セラに止められ、二人とも黙った。


 カイルはもう一度文字を見る。


「多分……『姿は一つではない』」


 ハヤトが石台を見る。


「そのあと?」


「……『選ぶ者』」


 そこで一度止まる。


「続きが削れてる」


「肝心なところが」


「俺に言うな」


 確かに途中から文字が崩れていた。


 だが意味は何となく分かる。


 姿は一つではない。


 選ぶ。


 人化そのものを指しているのなら、壁画ともつながる。


 レグが石台へ近づいた。


「これも、さわる?」


「待て待て」


 今度はハヤトがすぐ止める。


「さっきみたいに何起きるか分からないだろ」


「でも、て、ある」


「え?」


 見ると、石台の側面にも小さな手形があった。


「……またか」


 今度はハヤトも警戒する。


 レグは触らず、しゃがんで眺めた。


「おなじ」


「大きさはな」


「触ってみる?」


 セラが聞く。


「セラまで」


「いや、レグがやりたいなら」


「やりたい」


 即答だった。


 ハヤトは少し考えた。


 ここまで来て、何もせず戻るというのも違う。


「何か変だと思ったらすぐ離せよ」


「うん」


「カイルは?」


「俺に聞くのか?」


「一応詳しいだろ」


「もうここに関しては、お前たちと同じくらい何も知らん」


「役に立たなくなってきたな」


「帰るぞ」


「冗談だって」


 レグが手を置く。


 今回はすぐ反応した。


 石台の表面に淡い光が広がり、刻まれていた文字が一つずつ白く浮かび上がる。


 そして部屋の壁にも光が走った。


「また始まった」


 セラが周囲を見る。


 ただし揺れはない。


 危険な気配も感じない。


 中央の石台から、薄い光が空中へ立ち上がった。


 それが少しずつ形を作る。


 人影。


「……人?」


 輪郭だけで顔は見えない。


 小柄な人間の姿だった。


 人影はしばらく動かなかった。


 やがて、片手を前へ伸ばす。


 その先にもう一つの光が生まれた。


 一体の小さな竜。


 竜は何度か身体を光らせる。


 姿が崩れ、また戻る。


 もう一度。


 また失敗する。


「これ……」


 ハヤトは思わずレグを見る。


 レグが人化の練習を始めた頃とよく似ている。


 光の中の小さな竜は何度も失敗し、そのたびに隣の人影が何かを伝えている。


 そして最後。


 竜の姿がゆっくり変わった。


 小さな人の姿になる。


 その瞬間、二つの人影が向き合った。


 声が流れる。


 さっきまで聞いていた古い言葉だった。


「レグ、分かる?」


 セラが小さく聞く。


「ちょっと」


「何て?」


 レグは声を聞きながら、ぽつりぽつりと答えた。


「……できた?」


「できた、って言ってる?」


「たぶん」


 もう一度、声。


 今度は人の姿になった竜が返しているようだった。


 レグが少し目を細めた。


「『これで……いっしょ』」


 そこで光が消えた。


 部屋が静かになる。


 誰もしばらく口を開かなかった。


「一緒、か」


 ハヤトが呟く。


 人になること自体が目的だったのではないのかもしれない。


 人と同じ場所で暮らすため。


 同じ目線で話すため。


 理由は一つではないだろうが、少なくともあの映像ではそう見えた。


 レグは手形から手を離した。


「ハヤト」


「ん?」


「レグも、できた」


「ああ」


「セラとも、ハヤトとも、いっしょ?」


 あまりに普通に聞かれて、ハヤトは少しだけ言葉に詰まった。


「人の姿じゃなくても一緒だっただろ」


「……そっか」


「今さら何言ってんだよ」


 レグは少し考え、それから笑った。


「うん」


 セラも隣で笑っていた。


 カイルだけが、消えた光の方を見つめている。


「どうした?」


「いや……」


「またそれ?」


「今回のは本当に考えてる」


 カイルが石台を見る。


「古い記録の読み方を、かなり間違えてたのかもしれない」


「どういうこと?」


「人の姿を取る竜がいた。その事実ばかり追ってた。でも、なぜ人の姿を取ったのかまでは考えてなかった」


 カイルは壁画へ視線を向ける。


「それに、ここはさっきまでの施設とは違う」


「やっぱり?」


「ああ。あっちは生き物を変えるために使われていた。でも、ここは……教えるための場所に見える」


「同じ遺跡の中なのに?」


「だから変なんだ」


 同じ場所に、まるで目的の違う区画がある。


 昔からそうだったのか。


 後から誰かが片方を作ったのか。


 まだ分からない。


 そのとき、部屋の奥で新しい光が灯った。


「まだあるの?」


 セラが振り返る。


 壁の一部に、大きな地図のような線が浮かび上がっていた。


 山。


 川。


 いくつかの街らしき印。


「これ……東の地形じゃないか?」


 カイルが近づく。


「分かる?」


「大体は」


 地図には、円の中に三本線が入った例の印が何か所か刻まれていた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 もっとある。


「全部、同じ施設?」


「分からん。ただ、印が同じなら何かしら関係はある」


 ハヤトは地図全体を見る。


「カイルが調べた場所もある?」


「ある」


 カイルが二つの印を指した。


「ここ。それとここだ」


「じゃあ、やっぱり点々と残ってるんだ」


「ああ」


 レグは地図へ近づいた。


 その視線が、一つの印で止まる。


「ここ」


「知ってる?」


「しらない」


「じゃあ何?」


 レグは少し首を傾げる。


「なんか、きになる」


 ハヤトもその場所を見る。


 地図のかなり東側。


 旅を始めるきっかけになった記録が残る地方と、ほぼ同じ方向だった。


「……結局、東なんだな」


 ハヤトが呟くと、セラが笑う。


「最初から行くつもりだったじゃん」


「まあな」


 寄り道した結果、別のものを見つけた。


 それでも道はまた東へつながっている。


 カイルは地図の印を見ながら、しばらく考えていた。


「俺もそこへ行く」


「え?」


「この印の場所だ」


 ハヤトがカイルを見る。


「ついてくるってこと?」


「逆だ。俺は元々東へ行く予定だった」


「じゃあ一緒じゃん」


「そうなるな」


「……仲間になるとか言わないよな?」


「なんで嫌そうなんだ」


「まだ信用しきってないから」


「俺もお前を信用しきってない」


「じゃあちょうどいいな」


 セラが二人を見てため息をついた。


「また始まった」


 レグは地図を見たままだった。


「東いく?」


「ああ」


 ハヤトが答える。


「ただ、その前にここから出ないとな」


 全員がようやく思い出したように入口を見る。


 来た道の向こうには、まだ魔物がいるかもしれない。


 カイルが少し気まずそうに咳をした。


「……別の出口を探すか」


「そこからかよ」


 ひとまず、東へ向かう理由は一つ増えた。


 問題は、そこへ向かう前に、この地下から無事に出られるかどうかだった。

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