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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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古い呼び声

通路に響いた声は、二度目も同じ響きだった。


 低く、遠い。男とも女とも判別しづらいほど掠れている。それでも、レグだけはその中から自分の名を聞き取ったらしい。


「……レグ、っていってる」


「本当に?」


 セラが壁とレグを交互に見る。


「うん」


 レグの返事に迷いはなかった。


 ハヤトにはただ、知らない言葉がいくつか連なっているようにしか聞こえない。隣のカイルも同じなのかと思ったが、その顔は妙に険しかった。


「カイル。何か分かる?」


「全部は無理だ」


「全部は、ってことは少しは?」


「古い言葉だ。今使われてるものとはかなり違う」


「読めるって言ってたの、この言葉?」


「似てる。文字なら時間をかければ多少はな。今の声は早すぎる」


 壁の光がゆっくり明滅する。


 また声が流れた。


 今度は少し長い。


 レグがじっと聞いている。


「何て?」


「……わかんない」


「名前だけ?」


「うん。でも」


 レグは自分の胸元へ手を当てた。


「これ、へん」


「苦しい?」


 セラがすぐ近づく。


「ちがう」


「痛くない?」


「いたくない。なんか……」


 言葉を探している。


「しってる声みたい」


 ハヤトは何も言わなかった。


 今ここで誰の声かを決めつけるのは簡単だ。レグの過去に関係がある人物。両親。あるいは同族。


 けれど、それを口にしてレグへ余計な期待を持たせる気にはなれない。


「思い出せないなら、今はそれでいいよ」


 セラも同じように考えたらしい。


 レグは少しだけ頷いた。


「うん」


 声が止まる。


 同時に、壁に浮かんでいた竜と人の形が変わり始めた。


「動いてる……?」


 線が消え、別の場所へ現れる。


 最初に竜。


 次に人。


 その間を一本の線がつなぎ、最後に円のような印が二つを囲んだ。


 冊子の表紙にあったものと同じ印だった。


「これ、何を表してるんだ?」


「契約……に見えなくもないけど」


 セラが首を傾げる。


「竜と人間の?」


「分かんない。ただ、こういう絵ならそう見えるってだけ」


 カイルが壁へ近づいた。


 今度は止めようとはしない。むしろ食い入るように光を見ている。


「違う」


「何が?」


「これは契約の印じゃない」


 ハヤトが横を見る。


「知ってるのか?」


「似たものを別の遺跡で見た」


「それ先に言えよ」


「同じものだとは思わなかった」


「で、何の印?」


 カイルは少し迷った。


「分類だ」


「分類?」


「多分な」


 壁の絵を指す。


「獣。人。竜。ここで扱われていたものを分けるための印だと思ってた」


「思ってた?」


「ああ。でも、それなら今の反応が説明できない」


 その視線がレグへ向く。


「この場所は、お前に反応してる」


 レグは意味が分からないようで首を傾げた。


「レグに?」


「少なくとも、俺が何度来てもこんなことは起きなかった」


「何度も来てたんだな」


「そこ拾うか?」


「気になるだろ」


 カイルは少しだけ面倒そうな顔をしたが、否定しなかった。


「三回来た」


「結構来てるじゃん」


「奥まで入れたのは一度だけだ。今みたいな隠し通路は見つからなかった」


「じゃあ、ここは初めて?」


「ああ」


 つまり、レグがいなければ開かなかった可能性が高い。


 ハヤトは壁の光を見る。


 偶然にしては出来すぎている。


「さっき一つずつ話すって言ったよな」


「言った」


「じゃあ次、カイルの番」


「何を聞きたい?」


「人の姿を取る竜の話」


 カイルが黙った。


「さっき知ってるって言っただろ」


「少しだけな」


「それでいい」


 後ろでは今も、石扉の向こうから時々鈍い衝撃が響いている。魔物たちはまだ諦めていないらしい。


 落ち着いて話をする場所ではない。


 それでも今聞いておいた方がいい気がした。


 カイルは壁へ背を預ける。


「俺が最初に見た記録は、東の古い修道院に残ってた」


「修道院?」


「ああ。今はほとんど廃墟だ。そこの地下から見つかった文書に、人の姿で街に住んでいた竜の話があった」


 ハヤトが知っているものと似ている。


「一体だけ?」


「記録に出てきたのは一体。ただし、珍しいとは書かれてなかった」


「どういうこと?」


 セラが聞く。


「書いた人間が、それを異常だと思ってないんだ」


 ハヤトも意味を理解した。


「当時は、ほかにもいた?」


「可能性はある」


 カイルは頷く。


「少なくとも、人の姿を取る竜が完全な伝説だったなら、もっと大げさな書き方になるはずだ。だがその文書では、旅人や商人と同じような扱いだった」


「じゃあ昔は普通に……」


「そこまでは言えない。ただ、今より人間と竜の距離が近かった時代があったのかもしれない」


 レグは黙って聞いている。


 いつものように途中で何かを聞くこともなく、ただカイルの顔を見ていた。


「それが、なんで今はいないの?」


 レグが尋ねた。


 カイルは少し困ったような顔をした。


「分からない」


「みんないなくなった?」


「それも分からない」


「そっか」


 落胆するかと思ったが、レグはそれ以上追及しなかった。


 ハヤトの方が少し気になった。


「消えた理由を調べてる?」


「それもある」


「それも?」


 カイルは答えず、今度はこちらを見る。


「次はそっちだ」


「覚えてたか」


「取引だからな」


「何聞く?」


「その子は、本当に竜なのか?」


 レグ本人より先に、ハヤトとセラが反応した。


 カイルもそれに気づいたらしく、すぐ付け足す。


「敵意があるわけじゃない。ただ確認したい」


 ハヤトはレグを見る。


「言っていい?」


「いいよ」


 本人が頷いたので、隠す理由はない。


「竜だよ」


「元々、その姿だった?」


「逆。普段は竜の姿だった。人になれるようになったのは最近」


「自分で?」


「練習して」


 カイルの眉がわずかに動く。


「練習?」


「最初からできたわけじゃないよ」


 セラが答えた。


「何度も失敗して、少しずつできるようになったの」


 カイルはしばらくレグを見た。


「そうか……」


「何?」


「いや」


「またそれ?」


 セラが少し呆れる。


「気になることあるなら言って」


「人化は、生まれつきできるものだと思ってた」


 カイルのその一言に、今度は三人が黙った。


「何で?」


 ハヤトが聞く。


「記録ではそう読める。人の姿を取れる竜と、取れない竜がいる。そういう違いだと思ってた」


「じゃあレグは違う?」


「少なくとも俺が知ってる記録とはな」


 レグは少し考える。


「レグ、おかしい?」


「おかしくない」


 ハヤトの方が先に答えた。


 レグがこちらを見る。


「珍しいかもしれないけど、おかしいとは違うだろ」


「うん」


 それだけで納得したらしい。


 カイルが小さく息を吐く。


「悪い。言い方が悪かった」


「分かればいい」


 セラもそれ以上責めなかった。


 壁の光がまた動く。


 さっきの声が三度目に流れた。


 今度はレグの名前だけではない。


 レグが息を呑む。


「何?」


「ひとつ、わかった」


「何て言ってる?」


 レグは少し迷いながら、聞こえた言葉を確かめるように口を開いた。


「……おいで」


 セラの顔が強張る。


 ハヤトも壁を見る。


「『おいで』?」


「うん」


「誰に?」


 レグは自分を指差した。


「レグに」


 その直後、通路の奥で音が響いた。


 石が擦れる音。


 目の前にある壁ではない。


 もっと先。


 白い線が奥へ向かって次々に灯り、暗かった通路を照らしていく。


 一本の道ができる。


「……完全に案内されてない?」


 セラが呟く。


「そう見えるな」


 カイルは笑わなかった。


「俺は行く」


「即決?」


「この先は、俺も見たことがない」


「それなら俺たちも――」


 言いかけて、ハヤトはレグを見る。


「どうする?」


 決めるのは自分ではない。


 少なくとも今回は、そうするべきだと思った。


 レグは光の続く通路を見つめる。


 少しだけ怖そうだった。


 それでも、逃げるようには見えない。


「いく」


「いいの?」


 セラが聞く。


「うん」


「怖くない?」


「ちょっとこわい」


 レグは正直に答えた。


「でも、レグのこと呼んでる」


 その言葉のあと、一歩前へ出る。


「だから、みたい」


 ハヤトは頷いた。


「じゃあ行こう」


「うん」


 セラもレグの隣へ並ぶ。


「私も行く」


「クロは?」


 レグが振り返る。


 少し離れたところにいたクロは、光の道を見つめていた。


 だが動かない。


「クロ?」


 レグが呼ぶ。


 耳は動いた。


 それでも、その場から前へ出ようとはしなかった。


「行きたくないみたいだな」


 ハヤトが言う。


 クロは低く鳴き、そのまま地面へ伏せた。


「ここでまってる?」


 レグが聞く。


 返事の代わりなのか、クロの尾が一度だけ床を叩いた。


「じゃあ、まってて」


 レグはそれで納得したらしい。


 四人は光の道へ足を踏み入れる。


 今度はレグが先頭だった。


 誰かに案内されるように、壁の光が一つずつ先へ灯っていく。


 ハヤトはその背中を追いながら、ふと気づいた。


 さっきまで後ろの扉を叩いていた音が、いつの間にか止んでいる。


 それを口にしようとしたとき、レグがまた足を止めた。


「どうした?」


 通路の先に、大きな扉があった。


 今まで見たどの扉とも違う。


 表面には竜の姿が彫られ、その中央に例の印が刻まれている。


 そして、その下。


 人の目線ほどの高さに、小さな手形が一つだけ残されていた。


 レグはその手形を見上げたまま、動かなかった。


「……これ」


 自分の手を持ち上げる。


 大きさが、ほとんど同じだった。

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