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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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もうひとつの灯り

通路の奥で揺れていた白い光が、ゆっくりと近づいてくる。


 ハヤトは剣の柄に手をかけたまま、その場を動かなかった。隣ではセラが杖を構え、レグもさっきまでの柔らかい表情を消している。クロだけは明らかだった。全身の毛を逆立て、喉の奥から低い唸り声を漏らしている。


 光は一定の速さで近づき、やがて足音の主が姿を現した。


 男だった。


 年は三十前後だろうか。暗い色の外套を着て、片手には魔力灯らしい細長い器具を持っている。腰には短剣が一本。冒険者に見えなくもないが、鎧も大きな荷物もなく、この場所へ探索に来たにしては妙に身軽だった。


 男は三人の姿を見つけると、足を止めた。


「……誰だ?」


「それ、こっちの台詞なんだけど」


 ハヤトが返す。


 男の視線がハヤト、セラ、レグと移り、最後にクロで止まった。


 表情が変わった。


「そいつから離れろ」


「クロのこと?」


「名前なんかどうでもいい。噛まれるぞ」


「いまのところ噛まれてない」


「そういう問題じゃない」


 男は魔力灯を少し持ち上げた。


 クロが一歩後ろへ下がる。怯えたような反応ではない。明らかに男を警戒していた。


 ハヤトはそれを見逃さなかった。


「知ってるのか? こいつのこと」


「……知らん」


「今の間でそれは無理あるだろ」


 男は答えず、今度は三人の背後へ目を向けた。さっき調べていた部屋。その中に何があるか確認しているようにも見える。


「ここで何してる?」


 ハヤトが聞くと、男はわずかに眉を寄せた。


「先に聞いたのは俺だ」


「じゃあ冒険者。森で変な魔物に襲われて、調べてたらここに着いた」


「それだけか?」


「今のところは」


「そうか」


 男の視線が再びレグへ向いた。


 今度は長い。


「……何?」


 レグが先に聞いた。


「いや」


「みてる」


「珍しい髪だと思っただけだ」


「そう?」


 レグは自分の髪を触る。


 ハヤトは男を見る。


 髪を見ていたようには思えなかった。


「お前は?」


「通りすがりだ」


「こんな森の地下を?」


「世の中には物好きもいる」


「便利な言葉だな」


 セラが小さく息を吐いた。


「ハヤトも似たようなこと言うけどね」


「今それ言う?」


「ちょっと思っただけ」


 男が二人を不思議そうに見た。


 緊張感があるのかないのか分からないと思われたかもしれない。


 ただ、ハヤト自身は剣から手を離していない。


「この場所、知ってるんだろ?」


「なぜそう思う」


「歩き方」


 男の目が少し細くなる。


「暗いのに迷ってない。ここまで来る間に分かれ道もあったはずだし、あんたは地図も見てない」


「よく見てるな」


「たまたま」


「たまたま、ね」


 男の口元がほんの少しだけ上がった。


 その直後、クロが唸り声を強くした。


「クロ?」


 レグがそちらを見る。


 男の左手が、外套の内側へ入っていた。


「動かないで」


 セラの声が低くなる。


 男の手が止まった。


「何もしない」


「じゃあ手を出してください」


「警戒されてるのは俺か」


「当然でしょ」


 セラは普段よりはっきりしていた。


 男は数秒黙ったあと、ゆっくり左手を外套から出した。何も持っていない。


「これでいいか?」


「今は」


「怖い子だな」


「初対面で地下遺跡から出てきた人に言われたくないです」


「それはもっともだ」


 意外にも、男は素直に認めた。


 ハヤトは少しだけ剣から手を離したが、完全には警戒を解かなかった。


「で。本当に何してる?」


 男は少し考え、通路の壁へ目を向けた。


「調べ物だ」


「何の?」


「昔のものをな」


「さっき俺らも同じような答えしたら、それだけかって聞かれたんだけど」


「人に聞くのと、自分が話すのは別だ」


「ずるいな」


「そういうものだ」


 妙に慣れている。


 冒険者でも、ただの学者でもない気がした。


 男はクロへ視線を戻した。


「その個体は、どこで見つけた?」


「さっき。この奥から出てきた」


「襲われなかったのか?」


「こわがってた」


 レグが答えた。


 男がレグを見る。


「分かるのか?」


「なんとなく」


「……そうか」


 まただ。


 レグの答えを聞いたときだけ、反応が違う。


 ハヤトが一歩だけ位置をずらし、自然にレグと男の間へ入る。


「何か知ってる?」


「何をだ」


「レグのこと」


 男は黙った。


 セラの顔からも、さっきまでの軽さが消える。


 レグ本人はハヤトの横から男を見ていた。


「しってる?」


「……知らない」


「また間があったな」


「考えていただけだ」


「何を?」


「どこまで話すべきか」


 今度は否定しなかった。


 ハヤトの手が再び剣へ戻る。


「じゃあ、何かは知ってるんだな」


「少しな」


 男は通路の奥を一度振り返った。


「ここで話すことじゃない」


「場所変えたら話す?」


「それは内容による」


「結局話す気ないじゃん」


 セラの言葉に、男が苦笑した。


「全部話せと言われても無理だ。俺も全部知ってるわけじゃない」


 その言葉だけは、妙に本当らしく聞こえた。


「なら一個だけ」


 ハヤトは部屋の中を指した。


「ここで何してた?」


 男の視線が止まる。


「昔の話?」


「ああ」


 少し長い沈黙のあと、男が口を開いた。


「生き物を変える場所だ」


 セラが息を呑む。


 ハヤトも無意識に部屋の方を見る。


 石板に刻まれていた獣の変化。


 異常に発達した前脚。


 背中から生えた棘。


「やっぱり、あの魔物は……」


「ここで変えられた可能性が高い」


「最近?」


「最近のものもいる」


「最近の?」


 聞き返すと、男はわずかに顔をしかめた。


「この施設そのものは古い。かなりな。ただ、誰かがもう一度使い始めた」


「誰が?」


「それを調べてる」


「じゃあ、あんたがやったわけじゃない?」


「そう見えるか?」


「見えるかどうかで決める気はない」


「正しいな」


 男は少しだけ笑った。


「少なくとも、俺はあれを作っていない」


「証拠は?」


「ない」


「じゃあ信用できない」


「それも正しい」


 話しにくい相手だった。


 嘘を並べている感じはしないのに、肝心なところは何も渡してこない。


「鹿も?」


 セラが聞いた。


「首に金具がついた鹿がいたんです。外したらかなり弱ってて」


 男の表情が変わる。


「どこで見つけた?」


「森の中です」


「金具は?」


「持ってる」


 ハヤトが答えた瞬間、男の視線がこちらへ向いた。


「見せろ」


「嫌だ」


「……即答だな」


「さっきから怪しいから」


「それは否定できない」


 自覚はあるらしい。


「触ったか?」


「布越しに」


「ならいい」


「何が?」


「直接触るな。特に長時間は」


「理由は?」


 男は少し迷い、今度はレグを見た。


「魔力を吸う」


 セラの表情が変わる。


「魔力を?」


「ああ。少しずつだがな。それだけなら大したことはない。ただ、長くつけられれば話は別だ」


「じゃああの鹿が弱ってたのも……」


「餌が取れなかったせいだけじゃないだろう」


 ハヤトは鞄の外側に固定した包みを見る。


 持ってきて正解だったか、一瞬不安になる。


「包んであるなら問題ない。あとで捨てるなら、人や獣が触らない場所にしろ」


「分かった」


「素直だな」


「危なそうな話は聞くよ」


「意外だ」


「会って十分も経ってないのに何を知ってんだよ」


 セラが横で少し笑った。


 その空気が緩んだ瞬間、男の目がハヤトの鞄へ落ちた。


 金具ではない。


 中に入れた冊子の方。


「何か持ち出したか?」


 声が変わった。


「なんで?」


「ここにあったものだ」


 ハヤトは答えなかった。


 男もそれだけで察したようだった。


「見つけたんだな」


「読むつもり?」


「読めるのか?」


 逆に聞き返す。


「少しなら」


 三人の視線が男へ集まった。


「最初に言えよ」


「聞かれなかった」


「そういう問題?」


 セラも呆れている。


 ハヤトは少し迷った。


 冊子を見せるか。


 この男が何者なのか、まだ分からない。ただ、今のところ襲ってくる様子はないし、文字を読めるという話が本当なら大きな手がかりになる。


「見るだけ」


「ああ」


「持って逃げたら追うからな」


「逃げられると思ってない」


 男の目が一瞬レグへ向いた。


「……それはそうかも」


 セラも同じことを考えたらしい。


 ハヤトは鞄から布に包んだ冊子を取り出し、自分で持ったまま表紙を見せる。


 男は近づかず、その場から目を細めた。


 表紙の印を見た途端、顔からわずかに血の気が引いた。


「それを、どこで?」


「向こうの部屋」


「開いたのか?」


「少し」


「中に竜の絵があった」


 男の顔が完全に変わった。


 それまで保っていた余裕が初めて消える。


「その冊子を閉じろ」


「もう閉じてるけど」


「……そうじゃない」


 男は一歩近づきかけ、クロが唸ったことで止まった。


「それを持って、ここから出ろ」


「急にどうした?」


「いいから出ろ」


「理由言って」


「ここに長くいるな。今すぐだ」


 セラがハヤトを見る。


 さっきまでとは空気が違う。


 男は嘘をついているようには見えなかった。


「何が来る?」


 レグが聞いた。


 男が彼女を見る。


「来るんじゃない」


「じゃあ?」


 男の視線が、レグから冊子へ移る。


「起きる」


 その直後だった。


 足元が小さく揺れた。


「……え?」


 天井から細かな砂が落ちる。


 クロが突然吠えた。


 奥の通路。


 今まで暗かった壁の一部に、細い光が走る。


 一つ。


 二つ。


 それが線になって広がり、古い文字の形を浮かび上がらせていく。


「何これ……」


 セラが後ずさる。


 男はもう説明しなかった。


「走れ!」


 初めて、声を荒らげた。


 次の瞬間、遺跡の奥深くから、低い音が響いた。


 獣の声ではない。


 石が動く音でもない。


 ずっと眠っていた何かが、ようやく息をしたような音だった。

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