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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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残された形

レグの指先が、石板に刻まれた竜の絵のすぐ手前で止まっていた。


 触れてはいない。ただ、そこに何かを確かめるように手を伸ばしたまま、動かない。


「知ってるって、何を?」


 ハヤトが聞いても、すぐには返事がなかった。


 レグは絵を見つめたまま眉を寄せる。思い出そうとしているというより、頭の中に浮かんだものが何なのか、自分でも分からず戸惑っているようだった。


「……これ」


「竜の絵?」


「ちがう」


 レグの指が少し動き、竜の横に刻まれた細い線を示した。


 よく見れば、それはただの模様ではなかった。円の中に三本の線が入り、その中心だけが小さく欠けている。石板だけでなく、竜の身体の近くにも同じ印がいくつか刻まれていた。


「この印?」


「うん」


 セラもそばへ寄る。


「どこで見たか分かる?」


 レグは目を閉じた。


 しばらく何も起こらない。


 ハヤトは急かさず待った。


「……くらい」


 やがて、レグが小さく呟く。


「暗い?」


「うん。さむい。あと……おと」


「どんな音?」


「ガチャってする」


 レグの手が、自分の首元へ移った。


 ハヤトの視線もそこへ向く。


「鎖?」


 その言葉を聞いた瞬間、レグの肩がわずかに揺れた。


 セラがすぐにハヤトを見る。


 聞きすぎたかもしれない。


「レグ、もういいよ」


「でも」


「無理に思い出さなくていい」


 セラの声はいつもより柔らかかった。


 レグはしばらく黙ったあと、ようやく石板から手を離す。


「……うん」


 それでも表情は晴れない。


 ハヤトは石板へ目を戻した。


 獣の姿が変化していく絵。


 同じように描かれた竜。


 そして、レグが知っているという印。


 ここで何が行われていたのか。


 だいたいの想像はできる。


 だが、想像だけで決めつけるのは早い。


「ほかに何か残ってないかな」


 セラが部屋を見回した。


「文字が読めれば早いんだけどな」


「読めないものはしょうがないでしょ」


「こういうとき便利な能力ないかな」


「急に生えないからね」


「分かってるって」


 《自由》は何でも都合よく答えをくれる力ではない。


 知らない文字が突然読めるようになるわけでもないし、失われた記憶を引き出せるわけでもない。


 必要なら、覚えるしかない。


 ハヤトは部屋の端から順番に調べることにした。


 壊れた棚。


 割れた瓶。


 錆びた器具。


 長い年月を感じさせるものばかりだが、中には妙に新しい跡も混ざっている。床に残った血や毛だけではない。棚の埃が部分的に払われ、いくつかの瓶は最近動かされたように見えた。


「誰か来てるな」


「最近?」


「多分」


 セラがしゃがみ込み、床を指差した。


「これも」


 薄い埃の上に靴跡が残っていた。


 昨日見た魔物の足跡ではない。


 明らかに人間のものだ。


「一人?」


「分かんない。重なってる」


 足跡は部屋の奥へ続いている。


 ここがただ放置されていた古い遺跡ではない可能性が高くなった。


 ハヤトは反射的に入口の方を見る。


 案内してきた魔物はまだ同じ場所に伏せている。こちらを警戒する様子もなく、ただ静かに呼吸していた。


「こいつをここに繋いだのも、最近来た誰かかな」


「それなら、鹿も?」


「あり得る」


 古い施設を誰かが見つけ、再び使っている。


 そう考えれば、新しい鎖や異常な魔物が存在する理由も少しはつながる。


 ただし、それなら別の疑問が出る。


「何のために?」


 セラも同じことを考えたらしい。


「魔物を変えるため?」


「だとしたら、何でそんなことするんだろうな」


 強い魔物を作る。


 戦わせる。


 売る。


 兵器にする。


 考えようと思えばいくらでも考えられるが、どれも今はただの想像でしかない。


「もっと奥いく?」


 レグが聞いた。


 さっきまでより声は落ち着いている。


「平気?」


「うん」


「本当に?」


 セラが念を押す。


 レグは少し考えてから頷いた。


「こわいの、ちょっと。でも、みたい」


 ハヤトはその答えを聞いてから、奥へ続く足跡へ目を向けた。


「じゃあ行こう。ただ、何か変だと思ったらすぐ戻る」


「うん」


「今度は本当にね」


 セラがハヤトを見る。


「なんで俺に言ってんの?」


「一応」


「信用されてないなぁ」


 少しだけ、いつもの空気が戻った。


 三人が部屋を出ようとすると、床に伏せていた魔物もゆっくり立ち上がった。


「また来る」


「ついて来るのかな」


 魔物は三人より先へ出ると、今度は迷うことなく別の通路へ向かった。


 どうやらまだ案内は終わっていないらしい。


「便利だけど、不思議だな」


「名前つける?」


 レグが突然言う。


「何で?」


「ずっと『まもの』っていってる」


「確かに」


 セラが魔物を見る。


「でも勝手につけていいのかな」


「本人に聞いても答えないだろ」


 魔物はこちらを振り返る。


 偶然だろうが、話を聞いているようにも見えた。


「クロ」


「雑じゃない?」


「黒いし」


「ハヤトっぽい」


「どういう意味だよ」


「クロ」


 レグは気に入ったらしい。


 魔物へ向かって呼びかける。


「クロ」


 反応はない。


「クロ」


 もう一度。


 魔物の耳が少し動いた。


「きいた」


「たまたまだろ」


「クロ」


 今度は魔物が振り返った。


「……反応してるね」


 セラが笑う。


「じゃあクロでいいか」


「決まり」


 本人――というより本獣の意思は完全に無視された。


 クロはそのまま通路を進み始める。


 三人も後を追った。


 今度の通路は、これまでより狭かった。壁には鎖もなく、代わりに小さな扉がいくつも並んでいる。


 一つ目の扉は開かなかった。


 二つ目は半分壊れている。


 中を覗くと、棚と机だけが残っていた。


「研究室みたいだね」


「それっぽい」


 机の上には紙らしきものもあったが、触れた瞬間に崩れそうなほど傷んでいる。


 その中で、一冊だけ形を保っているものがあった。


「これ、持てるかな」


 ハヤトが慎重に手を伸ばす。


 革のような素材で覆われた薄い冊子だった。


 表紙には文字が刻まれている。


 当然読めない。


 ただ、その下に見覚えのある印があった。


 円。


 三本の線。


 中心の欠け。


「さっきの」


 セラが気づく。


 レグも近づいてきた。


「これ」


「同じだな」


 冊子を開く。


 中の文字も読めない。


 だが何枚かめくったところで、絵が出てきた。


 獣。


 身体の横に細かな線が引かれ、何かを書き込んでいる。


 次のページには別の獣。


 さらにめくる。


 今度は翼のようなものが見えた。


「これ……」


 ページの端が破れている。


 全体は残っていない。


 それでも、描かれているものが竜だということは分かった。


 レグが冊子を覗き込む。


「おなじ?」


「壁の絵とはちょっと違うな」


 もっと細かい。


 観察記録のようにも見える。


 竜の身体の何か所かに印がつき、その横に大量の文字が書かれている。


 ハヤトには意味が分からない。


「持って帰ろう」


「読める人探す?」


「ああ。村じゃ無理でも、この先の町なら誰かいるかもしれない」


「そうだね」


 ようやく、外へ持ち出せる手がかりが見つかった。


 ハヤトは冊子を布で包み、鞄へ入れる。


 そのとき、廊下の奥から音がした。


 今までクロが立てていた鎖の音ではない。


 カツ。


 硬いものが石床を叩く。


 三人の会話が止まった。


 もう一度。


 カツ。


 一定の間隔。


 足音だった。


 ハヤトは剣へ手を伸ばす。


 セラもすぐに杖を構えた。


 クロの様子も変わっている。


 毛を逆立て、廊下の奥へ低く唸り始めた。


「誰かいる」


 セラが小声で言う。


「みたいだな」


 古い遺跡。


 最近残された人間の足跡。


 そして、こちらへ近づいてくる足音。


 レグがハヤトの袖を軽く掴んだ。


「くる」


 暗い通路の向こうで、白い光が一つ揺れた。


 三人が使っているものとは別の灯りだった。

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