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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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途切れた道

エルナ村を出て一時間ほどは、昨日までと変わらない街道が続いていた。


 朝の冷たさも日が昇るにつれて薄れ、畑の向こうでは農作業を始める人の姿が見える。すれ違う荷馬車こそ少なかったが、森で見た魔物のことを知らなければ、特に変わったところのない朝だった。


 やがて、ガルドに教えられた分かれ道が見えてくる。


 道、と呼ぶには少し頼りない。街道の脇から草の間へ伸びている細い踏み跡で、昔から狩人たちが使っているらしい。


「ここだな」


 ハヤトが足を止めると、セラが手元の地図と見比べた。


「たぶん合ってる。まっすぐ行って、途中の大きな岩を越えたら北寄りに曲がるって言ってたよね」


「うん」


「……なんでハヤトより私が覚えてるんだろ」


「地図持ってる人の仕事じゃない?」


「渡したのハヤトでしょ」


「適材適所ってやつ」


「便利な言葉だね、それ」


 セラは呆れたように地図を畳んだ。


 その横を、レグが先に細道へ入っていく。昨日のように匂いを追っている様子はなく、まだ足取りも軽い。


「レグ、あんまり先行くなよ」


「いってない」


「もう俺らより前だけど」


「ちょっとだけ」


 本人の中では問題ないらしい。


 三人が街道を外れると、少しずつ人の気配が遠ざかっていった。


 最初のうちは森も明るかった。木々の間には十分な隙間があり、獣が通ったらしい跡もそこかしこに残っている。地面には小さな足跡があり、枝には鳥の姿も見えた。


 ガルドが普段使っているというのも納得できる。


 ただ、一時間ほど歩いたところで、ハヤトは少しずつ妙な感覚を覚え始めた。


「なあ」


「うん」


 隣を歩くセラも、すぐに返した。


「やっぱ分かる?」


「さっきから静かすぎない?」


 同じことを感じていたらしい。


 風はある。葉も揺れているし、枝が擦れる音も聞こえる。


 なのに、鳥の声がない。


 さっきまで何度も見かけていた小動物の姿も、いつの間にか消えていた。


「ガルドが言ってた、獣が減ったってこれか」


「減ったっていうより……いなくなったみたい」


 セラが周囲を見回す。


 ハヤトも足元に目を向けた。


 それまで続いていた小さな足跡が見当たらない。狩人が使う踏み跡自体はまだ残っているものの、新しい痕跡はほとんどなくなっていた。


「レグは何か分かる?」


 少し前を歩いていたレグが止まる。


 すぐには答えず、森の空気を確かめるように鼻を動かした。


「……いる」


「何が?」


「におい」


 昨日から話していたものらしい。


「近くなった?」


「うん。でも、まだとおい」


 レグはそう言ってから、足元を見る。


「どうした?」


「これ、へん」


 レグがしゃがんだ場所には、獣道らしい細い跡があった。


 しかし数歩先で、突然途切れている。


 草が生い茂って消えたわけではない。むしろその先だけ、地面が荒れていた。


「何か通った跡かな」


 セラもしゃがみ込む。


 土には大きな窪みがいくつか残っている。形は崩れているものの、昨日見た魔物の足跡に近い。


「こいつらが追い払ったのか?」


「それなら獣がいなくなったのも分かるけど……」


 セラは途中で言葉を止めた。


 少し離れた木の根元に、白いものが落ちている。


 三人で近づくと、それが小さな骨だと分かった。


「食べられた?」


「多分」


 ハヤトが周りを見る。


 骨は一つだけではなかった。


 葉の下にもいくつか散らばっている。大きさから見て、小型の獣だろう。


 レグは骨より、近くの木に残された傷を見ていた。


 三本。


 昨日と同じ爪痕だった。


「やっぱりここにもいるな」


「うん」


 セラの声が少し低くなる。


 ここから先は、昨日のようにいつ襲われてもおかしくない。


 三人は自然と距離を縮めた。


 それまで軽く話しながら歩いていたレグも、今は周囲をよく見ている。


 さらに森の奥へ進む。


 ガルドに言われた大きな岩を越え、そこから北寄りへ進路を変えるころには、森の様子は完全に変わっていた。


 木々そのものは変わらない。


 けれど、生き物の気配だけが薄い。


 音がないせいか、自分たちの足音ばかりが耳についた。


「なんか嫌だね、ここ」


「分かる」


「何もいない方が安全なはずなのに」


「何もいない理由があると思うと、逆にな」


 セラが小さく頷いた。


 そのとき、前を歩いていたレグが急に立ち止まった。


「レグ?」


 返事がない。


 肩に力が入っている。


 ハヤトが近づこうとすると、レグが手を上げた。


「まって」


 三人とも動きを止めた。


「何かいる?」


「……いる。でも、ちがう」


「昨日の魔物じゃない?」


「ちがう」


 レグは右手側の茂みを見ている。


 しばらくすると、そこから小さな音がした。


 がさり。


 ハヤトは剣の柄へ手を添える。


 もう一度、草が揺れた。


 出てきたのは、小さな鹿だった。


「……鹿?」


 若い個体らしい。


 昨日の魔物とは比べるまでもなく小さい。驚いたのは、逃げないことだった。


 鹿はこちらを見ている。


 いや、見えていないのかもしれない。


 足取りがふらつき、頭を低く下げたまま、ゆっくり茂みから出てくる。


「怪我してる?」


 セラが一歩前へ出る。


「待って」


 今度はハヤトが止めた。


 鹿の首元。


 毛の間に、黒いものが見えた。


「……何あれ」


 細い金属だった。


 首の周りに巻かれている。


 輪のような形。


 そこから短く切れた鎖が垂れていた。


 ネイトの話が頭をよぎる。


「鎖……」


 セラも気づいたらしい。


 鹿は数歩進み、その場で前脚を折った。


「おい」


 ハヤトが近づく。


 逃げない。


 それどころか、もう立ち上がる力も残っていないようだった。


 近くで見ると身体はかなり痩せている。首の金具は自然に引っかかったものではない。きちんと輪になっていて、誰かがつけたとしか思えなかった。


「これ、人がやったの?」


 セラがしゃがむ。


「そう見える」


「外せるかな」


 金具には留め具らしいものがある。


 ハヤトが触れようとした瞬間だった。


「さわらないで」


 レグの声が飛んできた。


 いつもより強い。


 ハヤトの手が止まる。


「どうした?」


 レグが鹿へ近づく。


 表情が変わっていた。


 鼻を近づけるまでもなく、何かを感じているらしい。


「これ」


 首の金具を指差す。


「においする」


「昨日の?」


「うん」


 レグはさらに近づき、今度は確信したように頷いた。


「おなじ」


 ハヤトとセラが顔を見合わせる。


 昨日の魔物から感じた妙な匂い。


 森の奥へ続いていた匂い。


 それが、この鹿につけられた金具からもしている。


「魔物じゃなくて……これの匂いだった?」


「ちがう」


 レグは首を横に振った。


「まものにもある。これにもある」


「じゃあ、同じ何かに触れてたってこと?」


「たぶん」


 そこまでなら、分かるらしい。


 セラが鹿の身体へそっと触れる。


「かなり弱ってる。傷もある」


「治せそう?」


「やってみる。でも、その前にこれ外したい」


 ハヤトは金具を観察する。


 留め具は単純だった。


 剣先を使えば外せそうだ。


「レグ、触らない方がいいのは匂いがするから?」


「……わかんない」


「危ない感じする?」


 少し考えたあと、レグは首を横に振った。


「こわくはない。でも、いや」


 それなら素手で触らない方がよさそうだ。


 布を一枚取り出し、金具に直接触れないよう押さえる。剣先を隙間へ入れて力をかけると、思ったより簡単に留め具が外れた。


 金属の輪が地面へ落ちる。


 その瞬間だった。


 鹿の身体がびくりと震えた。


「セラ!」


「分かってる!」


 セラがすぐに手をかざす。


 淡い光が鹿の身体を包み込む。


 ハヤトは落ちた金具を見る。


 何も起きていない。


 ただの黒ずんだ金属にしか見えない。


「……何なんだ、これ」


 拾わずに眺めていると、レグがその横へしゃがんだ。


 じっと見ている。


「思い出した?」


「まだ」


 少し残念そうに答えた。


 セラの治療が終わるころには、鹿の呼吸もいくらか落ち着いていた。


「これ以上は休ませた方がいいと思う」


「歩けそう?」


「今すぐは無理。でも少ししたら動けるかも」


 三人は近くの木陰へ鹿を移した。


 問題は金具だった。


「持ってく?」


 セラが聞く。


「一応」


「触らない方がいいんじゃなかった?」


「布に包む。何か分かるかもしれないし」


 ハヤトが厚めの布で包み、他の荷物とは分けて鞄の外側へ固定する。


 その間もレグは金具から目を離さなかった。


「そんな気になる?」


「うん」


「匂いが?」


「それも」


「ほかに何かあるの?」


 レグは答えなかった。


 いや、答えられなかったのかもしれない。


 少しして歩き出すと、それまで曖昧だったレグの進む方向が変わった。


 ガルドから教えられた道ではない。


「レグ、そっちじゃないぞ」


「こっち」


「穴はもう少し北だろ?」


「でも、においこっち」


 ハヤトが地図を見る。


 レグが示した方向と、穴があると聞いた場所。


 完全には一致しないが、大きく外れてもいない。


「どうする?」


 セラが聞く。


 ハヤトは少し考え、地図を畳んだ。


「レグについて行こう」


「穴じゃなくて?」


「どっちにしても近い。先に匂いの元を見た方が早そうだ」


 レグはそれを聞くと、迷わず歩き始めた。


 森はさらに静かになっていく。


 やがて地面の傾斜が少しずつ下がり始めた。


 土が柔らかい。


 ところどころ、最近崩れたような跡もある。


 そしてしばらく進んだところで、レグがまた足を止めた。


「ここ」


 目の前には、何もない。


 ただ木々の間に、土の壁が見えているだけだった。


「ここって?」


 セラが首を傾げる。


 レグはその先へ進み、垂れ下がった枝を手で避けた。


 その向こう。


 地面が大きく沈み込んでいた。


 自然にできた窪みというには深すぎる。


 崩れた土の下から、黒い岩肌のようなものが覗いている。


 そして、そのさらに下。


 暗闇の中へ続く隙間が開いていた。


 ハヤトは地図を確認する。


 ガルドが印をつけた場所と、ほとんど同じだった。


「……ここか」


 森の奥に突然現れたという穴。


 その入口から、冷たい空気がゆっくり流れ出していた。


 レグだけが何も言わず、その暗闇を見つめていた。

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