まっすぐ飛ぶもの
ガルドの家へ戻ると、本人はまだ庭先で弓の手入れをしていた。
こちらに気づくなり、レグの顔が分かりやすく明るくなる。
「きた」
「本当に来たのか」
「やる」
「覚えてたんだな」
「うん」
ガルドは笑いながら立ち上がり、家の脇へ回った。少しして持ってきたのは、さっき手入れしていたものより一回り小さな弓だった。
「まずはこれでいいだろ。いきなり狩り用を引かせるわけにもいかん」
レグは受け取ると、珍しそうに弓をひっくり返して眺めた。
「これで、うつ?」
「ああ。ただし、最初に言っとくぞ。力が強けりゃいいってもんじゃない」
「つよいよ?」
「そこは見りゃなんとなく分かる」
昨日の話がすでに耳に入っているのかもしれない。
ハヤトとセラは庭の端へ移動し、その様子を眺めることにした。
ガルドが用意した的は、少し離れた場所に立てた藁の束だった。距離はそれほどない。初心者ならまずここかららしい。
「左手で弓を持って、右で弦を引く。そうそう。矢はここに乗せる」
言われた通り、レグが矢をつがえる。
ここまでは問題なかった。
「で、ゆっくり引いて――」
ギシッ、と嫌な音がした。
「待て待て待て!」
ガルドが慌てて弓を押さえる。
「なに?」
「引きすぎだ! 折る気か!」
「まだひける」
「引くな!」
レグが不思議そうに弦を戻した。
隣でセラが口元を押さえている。
「笑ってる?」
「笑ってない」
「絶対笑ってるだろ」
「ちょっとだけ」
ハヤトも同じだった。
レグにとっては、弓を引くこと自体はまったく難しくないらしい。問題は力加減だった。
「いいか。力いっぱい引けばいいわけじゃない。ここまで」
ガルドが手を添えて位置を教える。
「ここ?」
「ああ。毎回同じところまで引く。それから的を見る」
レグの目が藁の束へ向いた。
「真ん中を狙ってみろ」
「わかった」
「まだ放すなよ。姿勢を――」
パシュッ。
ガルドが言い終わる前に矢が飛んだ。
三人の視線がその先を追う。
矢は的を大きく外れ、さらに向こうの地面へ突き刺さった。
「……」
レグが的を見る。
次に矢を見る。
もう一度、的を見る。
「はいってない」
「見れば分かる」
ガルドは笑うでもなく、真面目な顔で頷いた。
「最初はそんなもんだ」
「でも、まっすぐした」
「つもりでも、弦を放すときに手が動いてる。それと弓も傾いてた」
レグは自分の手を見る。
「むずかしい」
「だから面白いんだよ」
その言葉に、レグが顔を上げた。
ハヤトも少しだけ引っかかった。
できないから面白い。
以前なら、自分もそんなふうには考えなかったかもしれない。
「もういっかい」
「いいぞ」
二本目。
今度はガルドの説明を最後まで聞いてから放った。
矢は的の端をかすめ、その後ろへ飛んでいく。
「おしい」
「さっきよりいい」
「はいってない」
「一回で真ん中に当たったら、俺がへこむわ」
ガルドが笑う。
レグは納得していないようだったが、すぐ三本目を取った。
その後も何本か撃った。
外れる。
また外れる。
今度は的に刺さったものの、かなり端。
レグは一度も怒らなかった。
むしろ、外れるたびに何が違ったのかをガルドへ聞き、教わった通りに少しずつ姿勢を直していく。
「意外」
セラが小さく呟いた。
「何が?」
「レグ、もっと『できない』って飽きるかと思ってた」
「俺も」
「きこえてる」
二人で顔を向けると、レグが弓を持ったままこちらを見ていた。
「悪い」
「レグ、できるまでやる」
「おお」
「きょうじゅうに」
「それはやめとけ」
ガルドが即座に止めた。
「腕より先に弓がもたん」
「じゃあ、べつの弓」
「そういう意味じゃない」
今度はセラが声を出して笑った。
しばらくして、レグの矢が初めて的の中央近くに刺さった。
「お」
ハヤトが思わず声を上げる。
レグ自身はすぐには反応しなかった。
的をじっと見ている。
「はいった」
「入ったな」
「まんなか?」
「少しずれてるけど、かなり近い」
ガルドが答えると、レグは弓を持ったままハヤトたちの方へ振り返った。
「みた?」
「見た見た」
「ちゃんと当たったね」
「うん」
嬉しそうだった。
いつもの食べ物を前にしたときとは違う。自分で何度もやって、ようやくできたことが嬉しいらしい。
「もういっかい」
「あと三本な」
「いっぱい」
「三本」
「ごほん」
「増やすな」
「よんほん」
「交渉覚えたな、お前」
最終的に四本になった。
最後の一本は真ん中から少し外れたものの、しっかり的には刺さった。
レグは満足そうに弓をガルドへ返す。
「またやる」
「村にいる間なら付き合ってやるよ」
「この弓ほしい」
「いきなりそこまで行くのか」
ガルドは困ったように笑った。
「冒険者なら持ってても損はないが、買うなら自分に合ったのを選んだ方がいい。こいつは練習用だからな」
レグがハヤトを見る。
嫌な流れだった。
「買わないぞ」
「まだなにもいってない」
「目が言ってる」
「かお、しゃべらない」
「昨日も聞いたわ、それ」
セラがまた笑う。
結局、弓を買う話は東へ向かう途中で店を見つけてから考えることになった。
ガルドに礼を言い、家を離れる。
「楽しかった?」
歩きながらセラが聞く。
「うん」
「何が一番よかった?」
レグは少し考えた。
「さいご、はいった」
「当たったとき?」
「うん。さいしょ、はいらなかったから」
その答えを聞いて、ハヤトは少しだけ笑った。
最初からできたわけじゃない。
何度も外して、教えてもらって、それで最後に当たった。
だから嬉しい。
当たり前のことだが、悪くない。
「明日も弓やる?」
レグが突然聞く。
「明日は森行くんだろ」
「森でできる?」
「練習する場所じゃない」
「そっか」
少し残念そうだった。
宿へ戻ったあとは、明日の準備に時間を使った。
森の奥までは片道半日以上。念のため、そこで一晩過ごせるだけの食料と水も用意する。治療用の布や薬、それにセラが使う道具も追加した。
レグの荷物を確認すると、当然のように食べ物が一番多かった。
「多くない?」
「いる」
「何日いるつもりなんだよ」
「なくなったら、こまる」
「それはそうだけど」
取り上げようとすると、レグが鞄を抱えた。
「じぶんでもつ」
「昨日と同じこと言ってるな」
「ちゃんともった」
「確かに」
途中で一度もハヤトへ渡さなかった。
約束は守ったらしい。
「じゃあ好きにしろ」
「うん」
セラが自分の荷物をまとめながらこちらを見る。
「ハヤトは?」
「何が?」
「ちゃんと必要なもの入れた?」
「入れたって」
「確認した?」
「……たぶん」
「またそれ?」
セラが手を止める。
「貸して」
「え?」
「鞄」
「いや、大丈夫だって」
「絶対なんか忘れてる」
「信用なさすぎない?」
「いいから」
結局、中身を確認された。
水。
食料。
毛布。
予備の布。
火を起こす道具。
そこまで出したところで、セラの手が止まる。
「薬は?」
「……」
「ハヤト?」
「セラが持ってるかなって」
「ほら!」
「結果的にあるからいいだろ!」
「そういう問題じゃない!」
レグが横から鞄を覗く。
「ハヤト、わすれた?」
「忘れたわけじゃない」
「わすれてる」
「お前まで言うな」
二対一になった。
翌朝。
三人は日の出とほぼ同時に宿を出た。
村はまだ完全には目を覚ましていない。東の空だけが明るくなり始め、朝の冷たい空気が道に残っている。
入口ではガルドが待っていた。
「本当に行くんだな」
「ああ。とりあえず穴の近くまで見てくる」
「無茶するなよ。あの魔物が何匹いるか分からん」
「分かってる」
ガルドは一瞬、セラを見た。
「……本当に分かってるのか?」
「私に聞かないでください」
「なんでそこで俺の信用下がるんだよ」
ガルドが笑った。
簡単に道を確認してから、三人は村を出る。
昨日までは街道を東へ進んでいた。
今日は途中からそこを外れ、森の奥へ入る。
そこに何があるのかは、まだ誰も知らない。
ハヤトは歩きながら隣を見る。
レグは前を見ていた。
昨日の弓のことを考えているのか、それとも森の匂いのことなのかは分からない。
「レグ」
「なに?」
「今日の目的、覚えてる?」
「穴」
「よし」
「あと、におい」
「うん」
「あと、弓」
「それは違う」
「そっか」
セラが後ろで笑った。
三人はそのまま、朝の街道を歩いていった。




