残った違和感
翌朝。
ハヤトが目を覚ましたときには、すでにセラの姿が部屋になかった。
窓から差し込む光を見る限り、寝過ごしたわけではない。むしろまだ少し早いくらいだ。隣の寝台ではレグが毛布にくるまったまま丸くなっている。
「……よく寝るな」
昨日あれだけ歩いて、森では魔物まで殴り飛ばしたのだから、疲れていても不思議ではない。
そう思って眺めていると、毛布の中から声がした。
「おきてる」
「起きてたのかよ」
「いま、おきた」
「じゃあ起きてないじゃん」
毛布の中でもぞもぞ動いたあと、レグが顔だけ出す。
「セラいない」
「俺も今気づいた」
「ごはん?」
「なんでセラがいないだけで飯になるんだよ」
「朝だから」
「それはそうだけど」
反論しづらい。
レグはようやく身体を起こすと、髪をあちこち跳ねさせたまま部屋を見回した。
「セラ、どこ?」
「さあ。先に下行ったんじゃない?」
ハヤトも上着を羽織り、二人で一階へ降りる。
宿の食堂にはすでに何人か客がいた。商人らしい男が朝食を取り、奥では宿の主人が忙しそうに皿を運んでいる。
セラはその中にいた。
ただし食事をしているわけではない。
入口近くの席で、昨日ネイトを運んだ村人と話していた。
「おはよ」
近づくと、セラがこちらを見た。
「おはよう。ちょうどよかった」
「何してたの?」
「ネイトのこと聞いてた」
村人がハヤトたちへ軽く頭を下げる。
「夜中に一度熱が出たらしいが、今は落ち着いてるそうだ。治療師も、もう命の心配はないって言ってたよ」
「そっか」
その言葉を聞いて、ハヤトも肩の力が抜けた。
昨日の傷を思い出せば、無事だっただけでもかなり運がいい。
「セラのおかげだな」
「私だけじゃないよ。ちゃんと治療してくれた人がいたから」
「でも、最初に血止めてなかったらまずかっただろ」
「それは……まあ」
素直に褒められるのがまだ少し苦手なのか、セラは視線を逸らした。
レグがその横から顔を出す。
「ごはんは?」
「話聞いてたのに、そこ?」
「おなかすいた」
「はいはい。先に食べよ」
結局、詳しい話は朝食のあとになった。
パンと卵、それに薄いスープという簡単な朝食だったが、レグは妙に満足そうだった。昨日買った焼き菓子の残りまでしっかり食べている。
「それ、まだあったんだ」
「あとでたべるっていった」
「ちゃんと残してたの偉いな」
「えらい?」
「うん」
褒められたのが嬉しいのか、レグは少し得意そうな顔をした。
食事を終えると、三人はまずネイトの様子を見に行くことにした。
治療師の家は村の中央から少し外れたところにある。扉を叩くと、中から年配の女性が出てきた。
「ああ、昨日の子たちだね。入んな」
通された部屋には、ネイトとラウルがいた。
ネイトは寝台に横になっているものの、昨日より顔色はかなりいい。ラウルは椅子に座り、包帯を巻かれた足を前へ投げ出していた。
「お、来たか」
「その足でまだここにいるの?」
セラの第一声に、ラウルが苦笑する。
「ちゃんと座ってるだろ」
「帰った方がよくない?」
「ネイトが目を覚ますまではな」
「頑固だね」
「昨日それ、あんたにも思ったぞ」
「私は動けたからいいの」
「そういう問題か?」
二人が言い合っている横で、ハヤトはネイトの方を見る。
「どう?」
「さっき目ぇ覚ましたよ」
ラウルが答えた。
「今はまた寝てる。意識もしっかりしてた」
「ならよかった」
治療師の女性も頷く。
「傷自体は深かったけど、最初の処置がよかったね。あんた、治癒術使えるんだろ?」
セラを見る。
「まだ少しだけです」
「少しであれだけ塞げりゃ十分だよ。無茶はしたみたいだけどね」
「……分かります?」
「分かるよ。顔見りゃね」
セラは少し気まずそうに黙った。
ハヤトは横目でそれを見る。
昨日、あれ以上続けていたら本当に倒れていたかもしれない。
「次からはちゃんと止めるからな」
「ハヤトに言われたくないんだけど」
「なんでだよ」
「自分のことになると無茶するじゃん」
「俺は状況見てるって」
「それ、本人だけが言うやつ」
ラウルが笑った。
「仲いいな、あんたら」
「普通だよ」
セラがすぐ返す。
「普通なんだ」
「何?」
「いや、別に」
変なところを掘ると面倒そうなので、ハヤトは話を戻した。
「ネイトが起きたら、昨日のこと聞いてもいい?」
「大丈夫だと思うよ。ただ、長話はさせないでおくれ」
「分かった」
まだ時間がかかりそうだったため、三人は一度外へ出ることにした。
昨日と違い、朝の村には人がそれなりに出ている。畑へ向かう人や店を開ける人の姿も見えるが、それでも村の外へ向かう人数は少なかった。
「昨日の話、もう少し聞いてみる?」
セラが言う。
「うん。狩人が何か知ってるかも」
「じゃあ、聞いてみよ」
レグもついてきたが、途中でパン屋の前に視線を奪われた。
「買わないぞ」
「みてるだけ」
「本当に?」
「うん」
「珍しい」
「あとでかう」
「結局買うんじゃん」
レグは気にせず店を見ながら歩いている。
昨日話を聞いた焼き菓子屋の女性に尋ねると、狩人なら村の西側に住んでいる男が一番詳しいらしい。
三人で向かうと、家の前で弓の手入れをしている男がいた。
年は五十前後。日に焼けた顔に短い髭を生やし、こちらを見るなり手を止める。
「あんたらが昨日の冒険者か」
「話早いな」
「ここじゃ昨日からその話ばっかりだよ」
男はガルドと名乗った。
「ガルド?」
レグが反応する。
ハヤトも一瞬だけ引っかかった。
同じ名前。
ただ、それだけだ。
レグの父親とされるガルドとは年齢も見た目も違う。珍しくない名前なのかもしれない。
「どうした?」
「いや、知り合いと同じ名前で」
「そうか。俺はこの辺じゃ昔からガルドだ」
「そりゃそうだろ」
男が笑った。
「で、何を聞きたい?」
「最近出てる魔物のこと」
ハヤトが特徴を説明すると、ガルドの表情が変わった。
「やっぱり、あれか」
「見たことある?」
「遠くからな。俺は近づかなかった」
「いつ頃?」
「最初に見たのは三週間くらい前だ」
昨日聞いた話より少し具体的だった。
「森の奥で鹿を追ってたときに見た。最初は大きな狼かと思ったんだが、歩き方がおかしくてな」
「歩き方?」
「ああ。前脚だけ重そうだった。身体の形も妙だったし、何より臭いが違った」
その言葉に、レグが顔を上げた。
「におい?」
「分かるのか?」
「うん」
ガルドは少し驚いたものの、話を続ける。
「獣臭さだけじゃない。鼻につくような臭いが混じってた。薬品……いや、焦げた石みたいな感じだったか」
ハヤトはレグを見る。
「同じ?」
レグは少し考える。
「ちょっと、にてる」
初めて少し具体的なものが出た。
「それで、その魔物はどこから来たんですか?」
セラが聞く。
「そこまでは分からん。ただ、妙なものを見つけた場所はある」
「妙なもの?」
「穴だよ」
三人の視線が集まる。
「森の奥に、前までなかった穴が開いてる。洞窟って感じじゃない。地面が崩れて、その下が出てきたみたいなやつだ」
「いつから?」
「一月くらい前だと思う」
今度は時期が合った。
「魔物が出始めた頃と同じ?」
「多分な。俺も最初は関係ないと思ってた」
「今は?」
「分からん。ただ、あの辺りから獣が減ったのは確かだ」
ガルドは弓を置き、家の壁に立てかけてあった古い地図を持ってきた。
「ここだ」
指した場所は、昨日ハヤトたちが入った森よりさらに東側だった。
「昨日いた場所より奥だな」
「ああ。村から歩けば半日以上かかる」
セラが地図を覗く。
「この街道からも少し外れるね」
「そうだな」
東へ向かうだけなら、わざわざ寄る必要はない。
ただ、魔物。
森の異変。
時期。
そしてレグが感じた匂い。
少しずつ、同じ場所を指している気はする。
「行く?」
セラが聞いた。
ハヤトはすぐには答えなかった。
地図を見る。
東へ伸びる街道。
その途中から少し外れた森の奥。
「ネイトの話を聞いてから決めよう」
「うん」
セラはそれ以上言わなかった。
レグは地図より、ガルドの弓の方を見ている。
「それ、つよい?」
「弓か?」
「うん」
「俺が使えばな」
「レグもつかえる?」
「使ったことあるのか?」
「ない」
「なら、まず練習だな」
レグがハヤトを見る。
「やりたい」
「今?」
「うん」
「今はやめとこうな」
「なんで?」
「話の途中だから」
「そっか」
すぐ納得した。
ガルドは笑いながら弓を置き直す。
「また時間あるとき来い。少しくらいなら教えてやるよ」
「ほんと?」
「いいぞ」
「やる」
目的が一つ増えたらしい。
ハヤトは少し苦笑した。
森の異変を調べるのか。
そのまま東へ進むのか。
それ以前に、レグが弓を覚え始めるのか。
まだ何も決まっていない。
けれど、旅なんてそれくらいでいいのかもしれない。
予定になかったことが増えていく。
その中から、どれを選ぶのか。
それを決めるのも、自分たちだった。




