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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
選んだ道の先へ

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重なる気配

枝を踏み折る音は、少しずつ近づいてきていた。


 ハヤトたちは足を止めたまま、森の奥へ目を凝らす。木々の間は薄暗く、揺れる枝葉の向こうに何かがいることだけは分かる。さっき倒した魔物と同じものなら、姿を見てから構えていたのでは遅い。


「ラウル、後ろに」


「分かってる」


 さっきまでなら反発していたかもしれないが、今度は素直だった。傷めた足をかばいながら少し下がり、それでも剣だけは手放していない。


 セラもハヤトの少し後ろで杖を構えた。


「レグ、どっち?」


「あっち。でも……」


 レグは前を指したまま、何か引っかかっているように眉を寄せている。


「どうした?」


「ひとも、そっち」


 魔物とネイトが同じ方向にいる。


 ハヤトは剣を握る手に力を入れた。最悪なのは、すでに襲われて動けなくなっている場合だ。


「先に行く。セラはラウルと――」


「私も行くよ」


 言い切る前に返された。


「いや、でも」


「怪我してたら誰が治すの?」


「……それもそうか」


「でしょ」


 ラウルが横から口を挟む。


「俺も行く」


「それは駄目」


 今度はセラが即答した。


「なんで俺だけ……」


「その足で何するつもり?」


「剣くらいは振れる」


「それでまた動けなくなったら、助ける人が一人増えるだけだよ」


 言い返せなくなったらしい。ラウルは不満そうに顔をしかめたものの、その場に残った。


「何か来たら?」


「大声出して」


「ずいぶん雑だな」


「今できるの、それくらいでしょ」


 もっともだった。


 ハヤト、セラ、レグの三人で先へ進む。音はもう止んでいたが、レグは迷わず同じ方向を見ている。


「近い?」


「うん」


「さっきのと同じ?」


「たぶん。でも……」


 また言葉が止まる。


「また変な匂い?」


「それもある」


「それも?」


 レグは少し考えたあと、うまく言葉にできないのか首を傾げた。


「ちがうのもある」


 ハヤトとセラが顔を見合わせる。


「何が違うの?」


「わかんない」


「そっか」


 無理に聞いても仕方がない。


 ハヤトはそのまま歩きながら、足元へ目を向けた。地面にはさっき見つけたものと同じ血の跡が続いている。量は少なくない。


 しばらく進むと、前方が少し開けた。


 その瞬間、レグが腕を横へ伸ばした。


「まって」


 三人が止まる。


 レグの視線の先。


 倒れた木の向こうに、人の足が見えた。


「ネイト?」


 ハヤトが小さく呼ぶ。


 返事はない。


 だが、足がわずかに動いた。


「生きてる」


 駆け出そうとしたハヤトの服を、レグが掴んだ。


「なに?」


「あそこ」


 人の足ではない。


 さらに奥。


 大きな影が、木の陰からゆっくり姿を現した。


 さっき倒した魔物とよく似ている。


 だが一回り大きい。


 黒灰色の毛に覆われた身体。異様に発達した前脚。その先には長い三本の爪が伸びている。


 違うのは、背中だった。


「……何だ、あれ」


 肩から背中にかけて、黒いものがいくつも突き出している。


 角。


 いや、棘に近い。


 皮膚を突き破るように不揃いな突起が並び、その周囲だけ毛が抜け落ちていた。


「さっきのと違うね」


「ああ」


 魔物はこちらを見ていない。


 地面に倒れているネイトへ顔を近づけ、低く唸っている。


 まだ襲ってはいない。


 それが逆に不気味だった。


「ハヤト」


「分かってる」


 助けるなら今しかない。


 ハヤトが一歩踏み出した瞬間、魔物の顔がこちらへ向いた。


 黄色い目が三人を捉える。


「気づかれた!」


 魔物が地面を蹴った。


 速い。


 さっきの個体より明らかに速かった。


 ハヤトが横へ跳ぶと、巨大な前脚が通り過ぎる。避けたはずなのに風圧だけで身体が揺れた。


「レグ!」


「うん!」


 横からレグが殴りかかる。


 拳が魔物の脇腹へ入った。


 さっきなら、それだけで巨体が吹き飛んでいた。


 だが今回は違った。


「……あれ?」


 魔物の身体が少しずれただけだった。


「レグ、離れろ!」


 振り返るように爪が薙ぎ払われる。


 レグは後ろへ跳び、ぎりぎりでかわした。


「硬くなってる?」


 セラが杖を構える。


「たぶんな!」


 ハヤトは魔物の横へ回り込み、剣を振る。


 刃は入った。


 だが浅い。


 毛の下の皮膚そのものが、さっきの個体より硬い。


 魔物が吠えた。


 音というより衝撃に近い。


 一瞬、耳の奥が震えた。


「うるさ……!」


 セラが顔をしかめる。


 その隙を狙ったように、魔物がセラへ走った。


「またそっちか!」


 ハヤトが追う。


 間に合わない。


「セラ!」


「大丈夫!」


 セラは逃げなかった。


 杖を前へ向ける。


 魔物との距離が一気に縮まる。


 次の瞬間、地面から炎が噴き上がった。


「グァァァッ!」


 正面から炎を浴びた魔物が足を止める。


 その隙に、レグが横から飛び込んだ。


「今度は、つよくする」


「加減してたのかよ!」


 返事の代わりに、レグの拳が魔物の顔へ入った。


 さっきとはまるで違う音がした。


 巨体が横へ飛び、二本の木を巻き込みながら地面へ転がる。


「……今のは効いたな」


「うん」


「最初からそれでやれよ」


「こわすかもしれないから」


「相手魔物だぞ」


「そっか」


 今気づいたような顔をされた。


 ただ、倒したわけではない。


 魔物は身体を震わせながら立ち上がろうとしている。


 ハヤトはすぐに距離を詰めた。


 狙うなら首。


 さっきと同じ場所。


 だが剣を振り下ろす直前、視界の端で背中の棘が動いた。


「っ!」


 咄嗟に身体を引く。


 一本の棘が伸びるように飛び出し、ハヤトの頬のすぐ横を通り過ぎた。


「何だそれ!」


 木の幹に突き刺さった棘が、そのまま根元から折れる。


 飛ばしてきた。


「ハヤト、下がって!」


 セラの声と同時に、魔物の背中がまた動く。


 今度は一本ではない。


 三本。


 ハヤトは横へ走った。


 棘が次々と飛んでくる。地面と木に突き刺さり、最後の一本だけが腕をかすめた。


「ハヤト!」


「平気!」


 痛みはあるが浅い。


 止まっている暇はない。


 魔物が身体を起こす。


 だがその前に、レグがいた。


「ハヤトに、あてた」


「レグ?」


 声音が少し変わっていた。


 怒っている。


 レグが魔物の頭を両手で掴む。


「ちょ、待っ――」


 そのまま地面へ叩きつけた。


 地面が大きく揺れる。


 さらにもう一度。


「レグ、もういい!」


 三度目へ入ろうとしたところで止めると、レグがハヤトを振り返った。


「でも」


「もう動いてない」


 見ると、魔物は完全に力を失っていた。


「……ほんとだ」


 レグが手を離す。


 静かになった森に、荒い息だけが残った。


 セラがすぐハヤトのところへ来る。


「腕見せて」


「これくらいなら平気だって」


「いいから」


 有無を言わせない顔だった。


 仕方なく腕を出すと、服が裂け、その下に細い傷ができている。


「浅いけど、治しとく」


「悪い」


「レグが怒る前にね」


 ちらりと見ると、レグは死んだ魔物をまだ睨んでいた。


「そこまで怒らなくても」


「ハヤトにあてた」


「かすっただけだって」


「でも、あてた」


 どうやらそこが重要らしい。


「ありがとな」


「うん」


 それだけで少し機嫌が直った。


 セラが治癒を終える間に、ハヤトは倒れているネイトへ目を向ける。


「先にあっち見よう」


 三人で駆け寄る。


 ネイトは仰向けに倒れていた。


 若い男だった。脇腹と肩に大きな傷があり、服はかなり血で濡れている。


「ネイト!」


 呼びかけても返事はない。


 セラが首元に指を当てる。


「……生きてる」


 すぐに杖を置き、傷の状態を確かめ始めた。


「でも、かなりまずい」


 さっきまでとは違う声だった。


 ハヤトも見れば分かる。


 特に脇腹の傷が深い。


「治せる?」


「やる」


 できる、とは言わなかった。


 セラは両手を傷へかざした。


 淡い光が生まれる。


 それまで治療してきたときより、ずっと強い光だった。


 セラの額にすぐ汗が浮かぶ。


「セラ、無理するなよ」


「分かってる」


 返事は短い。


 光が傷を包み込む。流れていた血が少しずつ止まり、裂けていた皮膚もゆっくり閉じていった。


 それでも、セラの表情は楽にならない。


「深すぎる……」


「できるところまででいい」


「でも」


「ここでセラまで倒れたら困る」


 少し間があった。


「……うん」


 セラは光を弱めた。


 完全には治っていない。


 それでも出血は止まり、顔色もほんの少し戻っている。


「今はこれが限界」


「十分だ」


「村まで運ばないと」


「レグ」


「もつ」


 今回は聞く前から答えた。


 レグがネイトを抱え上げようとした、そのときだった。


「……まって」


 レグの動きが止まる。


「どうした?」


 返事はない。


 レグは倒した魔物ではなく、さらに森の奥を見ていた。


「またいるのか?」


「ちがう」


「何が?」


 少し長い沈黙のあと、レグが呟く。


「におい」


 その顔から、さっきまでの怒りが消えていた。


「知ってる気がする」


 ハヤトは森の奥を見る。


 木々の向こうには、何も見えない。


「何の匂い?」


 レグはすぐには答えなかった。


 自分でも分からないのだろう。


 ただ、その場を離れようとはしなかった。


「……わかんない」


 それでも、視線だけは森の奥に向いたままだった。

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