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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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5話 枝葉の向こう 

唸り声が聞こえた瞬間、さっきまで静かだった森の空気が変わった。


 鳥の声が消え、風に揺れる枝葉の音だけが妙に大きく聞こえる。ハヤトは剣を抜きながら、レグが見ている方向へ視線を向けた。木々が重なっていて奥までは見通せない。それでも、何かがこちらを窺っている気配だけは感じられた。


「ラウル、その足で前に出るなよ」


「だが――」


「ネイトを探すなら、ここで悪化させない方がいい」


 言い返しかけたラウルだったが、自分の足を見て黙った。完全に納得したわけではなさそうだが、剣を構えたまま一歩下がる。


 セラも杖を握り直した。


「ハヤト、見える?」


「まだ。でも、レグには分かってるっぽい」


「いる」


 レグは森の奥から目を離さなかった。


「ひとつ?」


 少し間があった。


「……ひとつ。たぶん」


「そこは自信ないんだな」


「におい、いっぱいあるから」


 ハヤトの表情から少しだけ力が抜けた。今いるのが一匹でも、この辺りに同じものが複数いる可能性は残っているらしい。


 次の瞬間、茂みが大きく揺れた。


「来る!」


 セラの声とほぼ同時に、黒い影が木々の間から飛び出した。


 ハヤトは反射的に横へかわす。目の前を巨大な前脚が通り過ぎ、爪が地面を抉った。土と枯れ葉が跳ね上がる。


「でかっ……!」


 距離を取って、ようやく全体が見えた。


 狼に似ている。


 そう言われれば確かにそう見えるのだが、ハヤトが知っている狼とは明らかに違った。四つ足で立った状態でも人間の腰を軽く越え、黒灰色の毛の間から前脚だけ硬そうな皮膚が覗いている。三本の長い爪は、木に残っていた傷とほぼ同じ幅だった。


 何より目につくのは、その身体の不自然さだった。


 肩だけが異様に盛り上がり、前脚と後脚の太さが釣り合っていない。巨大な身体を無理やり前方へ引っ張ったような、妙な形をしている。


「こいつだ!」


 ラウルが声を上げた。


「あの馬車を襲ったのも、同じやつだ!」


 魔物が低く唸る。


 その口元には乾いた血が残っていた。


「レグ、前に出すぎるな」


「レグ、たおせる」


「分かってる。でも今は一緒にやる」


「……うん」


 少しだけ不満そうだったが、レグは素直にハヤトの横へ並んだ。


 魔物が再び地面を蹴る。


 速い。


 身体の大きさから想像していたより、ずっと速かった。


 今度は正面から来る。ハヤトは剣を構えたままぎりぎりまで待ち、爪が振り下ろされる直前に身体をずらした。そのまま脇腹へ剣を走らせる。


 手応えはあった。


 だが浅い。


「硬いな!」


「離れて!」


 セラの声に従って後ろへ跳ぶ。


 直後、ハヤトがいた場所へ火球が飛び込んだ。


 炎が魔物の肩で弾ける。


「グァァッ!」


 巨体が大きく揺れた。


 倒れはしない。


 それどころか、怒ったようにセラへ顔を向ける。


「あ」


「セラ、下がれ!」


「分かってる!」


 魔物が方向を変えた。


 だが走り出すより先に、横からレグが飛び込んだ。


「だめ」


 小さな拳が、魔物の横顔に入る。


 鈍い音がした。


 巨体が横へ吹き飛び、木の幹へ叩きつけられた。


「……」


 ラウルがまた固まった。


「驚くのはあとで」


 ハヤトは倒れた魔物へ走る。


 あれだけの一撃を受けても、まだ動いていた。前脚で地面を掻きながら身体を起こそうとしている。


「丈夫すぎるだろ」


 首元へ剣を振り下ろす。


 一度では止まらなかった。


 もう一度。


 そこでようやく魔物の身体から力が抜けた。


 しばらく誰も動かなかった。


 ハヤトは剣を構えたまま周囲を見る。新しく何かが近づいてくる様子はない。


「レグ?」


「いまはこない」


「よし」


 そこで初めて息を吐いた。


 思ったより苦戦した。


 勝てない相手ではない。三人なら余裕もある。それでも、そこらの魔物と同じ感覚で相手をすると危ない。


 セラが杖を下ろしながら近づいてきた。


「怪我ない?」


「俺は平気。レグは?」


「ない」


「セラも?」


「大丈夫」


 確認を終えたところで、ラウルがようやく口を開いた。


「……あんたら、何者なんだ?」


 ハヤトは魔物についた血を剣から払いながら振り返る。


「冒険者」


「それは見れば分かる」


「じゃあ、それでいいだろ」


「よくないだろ……」


 何か言いたそうだったが、ラウルは諦めたらしい。特にレグを見る目には大量の疑問が残っていたが、今は相棒の方が大事なのだろう。


「こいつ、さっきの一匹か?」


 ハヤトが魔物を指す。


「多分な。ただ、俺たちを襲ったときはもう一匹いた。ネイトが追ったのはそっちだ」


「なら、まだ奥か」


「ああ」


 ラウルがすぐに歩き出そうとしたため、セラが腕を掴んだ。


「だから、その足で急がないでください」


「でも――」


「転んで動けなくなったら、今度はハヤトが運ぶことになるよ」


「なんで俺?」


「レグに二人目まで持たせる気?」


「もてる」


「ほら」


「ほらじゃないって」


 レグが本気でラウルを持ち上げようと近づいたため、本人が慌てて首を横に振った。


「歩く! 歩けるから!」


「そう?」


「大丈夫だ!」


 レグは少し残念そうに離れた。


 セラが笑いをこらえている。


 緊張が少しだけ解けたところで、ハヤトは改めて倒した魔物へ目を向けた。


 近くで見ると、やはり妙だった。


 狼型の魔物なら、これまでにも何種類か見たことはある。だがこいつは、それらとは少し違う。毛並みも体つきも不自然で、前脚の硬い皮膚は鱗にも見えた。


「レグ」


「なに?」


「さっき、匂いが変って言ってたよな」


「うん」


「こいつの匂い?」


 レグは死体へ近づき、少し鼻を動かした。


「これ」


「何が変なんだ?」


「けもののにおいある。でも、ほかもある」


「ほか?」


 レグは困ったように眉を寄せた。


 説明できる言葉を探しているらしい。


「なんか……まざってる」


「何と?」


「わかんない」


「そっか」


 分からないなら仕方がない。


 ハヤトはそれ以上聞かなかった。


 少なくとも、ただの狼型の魔物ではない。それだけ覚えておけばいい。


「ハヤト」


 今度はセラが呼んだ。


 彼女は魔物の反対側にしゃがんでいる。


「これ、傷じゃない?」


 見ると、魔物の脇腹に細い切り傷がいくつもあった。


 ハヤトがつけたものではない。


 血もすでに乾き始めている。


「剣かな」


「たぶん」


 ラウルも近づき、傷を見るなり顔を上げた。


「ネイトだ」


「分かるの?」


「あいつの剣は細身だ。俺と一緒にいたとき、こいつに何度か斬りつけてる」


 なら、この魔物はネイトと戦ったあと、こちらへ戻ってきたことになる。


「ネイトは?」


「この先」


 レグが答えた。


 三人が一斉に彼女を見る。


「分かるのか?」


「ひとのにおい、ある」


 レグは森の奥を指した。


「こっち」


 ハヤトは倒れた魔物をもう一度だけ確認してから立ち上がった。


「行こう」


 今度は誰も異論を挟まなかった。


 レグを先頭に森を進む。


 先ほどまでより慎重に歩きながら、周囲の音にも気を配る。ラウルの速度に合わせているため早くは進めない。それでも、レグが迷わず進むおかげで足跡を探す必要はなかった。


 やがて地面に血が落ちているのを見つけた。


 一滴。


 少し先にもう一滴。


 さらに進むと、落ちている量が増えていく。


「ネイトの……?」


 ラウルの声が硬くなる。


「まだ決めるな」


 ハヤトはそう言ったものの、自分でも嫌な予感はしていた。


 少し先の低い枝に、布が引っかかっている。


 ラウルがそれを取った。


 茶色い布の切れ端だった。


「ネイトの服だ」


 握る手に力が入る。


 レグはさらに先を見ていた。


「近い」


「ネイトが?」


 返事はすぐにはなかった。


「ひともいる」


 レグは少しだけ首を傾げる。


「でも……さっきのもいる」


 ハヤトは剣を握り直した。


 森の奥から、何かが枝を踏み折る音が聞こえた。


 今度は一度ではない。


 ゆっくり。


 何度も。


 まるで、こちらへ近づいてきているように。

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