エピローグ まだ知らない場所へ
王都へ戻ってから、しばらくの時間が過ぎた。
セラは変わらず治癒術院へ通い、俺とレグは冒険者として依頼を受けている。
大きく変わったことはない。
でも、少しずつ変わったことはある。
セラは以前より治癒術を安定して使えるようになり、冒険者として依頼に出たときも、浅い傷程度なら迷わず対処できるようになった。
まだ治せない傷も多い。
それでも本人は、少しずつできることが増えていくのが楽しいらしい。
そしてレグは――。
「ハヤト」
「ん?」
「これ、どう?」
俺は振り返った。
王都の商業区。
服屋の前で、銀髪の小柄な女性が一枚の上着を身体に当てている。
レグだ。
「似合うんじゃない?」
「ほんと?」
「俺に聞くよりセラに聞いた方がいいと思うけど」
「ハヤトにもきいてる」
「じゃあ似合う」
「ん」
満足そうだ。
少し前まで、服なんて着られれば何でもいいという感じだったのに。
最近は自分から店を覗くようになった。
相変わらず一番長く止まるのは肉屋だが。
「レグ」
少し離れた場所からセラが呼ぶ。
今日は治癒術院が休みなので、三人で王都を歩いている。
「それ買うの?」
「んー……」
値札を見る。
俺を見る。
もう一度値札を見る。
「やめる」
「珍しい」
俺が言うと、レグは真面目な顔で答えた。
「これかったら、おにくへる」
「結局そこかよ」
セラが吹き出した。
変わったようで。
変わっていない。
たぶん。
それくらいがちょうどいい。
◇
昼を食べたあと。
俺たちは宿へ戻った。
明日は近くの森で魔物の駆除依頼。
今日は特にやることもない。
剣の手入れでもしておこうかと思っていると、宿の主人に呼び止められた。
「ハヤトさん、手紙ですよ」
「俺に?」
「ええ」
受け取る。
見覚えのある名前。
グレイ・ノルマン。
「グレイ?」
横からレグが覗き込む。
「ああ」
「またしんでん?」
「さあな」
三人で部屋へ戻り、封を開ける。
セラも椅子を近づけてきた。
「何て?」
「今読む」
手紙はそれほど長くなかった。
神殿から書き写した資料の整理が、少しずつ進んでいること。
ルディアにいた竜についても、以前より多くのことが分かってきたこと。
そして。
最後の数行。
俺の手が止まった。
「どうしたの?」
セラが聞く。
「これ」
俺はその部分を読み上げる。
「『一つ、気になる記述を見つけた』」
レグも俺を見る。
「『人の姿を取る竜について、ルディアとは異なる土地の記録が残されている』」
セラの表情が変わった。
「別の竜?」
「みたいだな」
続ける。
「『場所は、王都から遥か東。山を越え、さらに大きな川を越えた先にある地方らしい』」
その下には。
俺たちが聞いたこともない土地の名前が書かれていた。
「人化できる竜って、レグの一族だけじゃなかったってこと?」
セラが聞く。
「まだ分からない。グレイも確定とは書いてない」
記録が間違っている可能性もある。
別の方法で人の姿になった竜かもしれない。
それでも。
少し気になる。
俺はもう一度手紙を見る。
遠い土地。
別の人化竜。
そこに何があるのか。
今の俺たちには分からない。
「ハヤト」
「ん?」
レグが聞く。
「そこ」
「うん」
「おにくある?」
「知らねえよ」
セラが笑い出した。
「最初に聞くことがそれ?」
「だいじ」
「遠いんだぞ?」
「いっぱいあるく?」
「たぶん」
「じゃあ、おなかすく」
「理屈は分かるけどさ」
俺は手紙を畳んだ。
「行くの?」
セラが聞く。
「今すぐは行かない」
「珍しく即決しないのね」
「俺を何だと思ってるんだ」
「ハヤト」
「だから説明になってないって」
レグも笑う。
でも。
俺はもう一度、手紙を見る。
今すぐじゃなくていい。
セラには治癒術院がある。
俺たちも王都で受けたい依頼がある。
グレイだって、まだ記録を調べている途中だ。
それでも。
いつか。
「まあ」
俺は手紙を机に置いた。
「気が向いたら行ってみるか」
レグの目が輝く。
「いく?」
「気が向いたらって言っただろ」
「レグ、むいた」
「早いわ」
セラが笑う。
「私の予定も聞いてよ」
「セラもいく?」
レグが聞く。
「まだ行くって決まってないの!」
「いかない?」
「……行くことになったら行く」
結局行くんじゃないか。
三人で笑った。
窓の外には。
王都の街並みが広がっている。
ここへ来たときは。
この街だけでも、知らないものばかりだった。
今では。
少しだけ慣れた。
でも。
世界はまだ広い。
俺たちが知らない場所も。
知らない人も。
知らない竜も。
きっと。
いくらでもいる。
「ハヤト」
レグが俺の袖を引く。
「ん?」
「きょうは?」
「何が?」
「おにく」
「さっき食っただろ」
「よる」
「まだ昼過ぎだぞ」
「よるになる」
「そりゃなるけど」
セラがまた笑う。
俺も。
つられて笑った。
この先。
どこへ行くのか。
まだ決めていない。
次に何が待っているのかも。
分からない。
でも。
それでいい。
行きたくなったら。
行けばいい。
俺たちは。
まだ知らない場所へ。
いつだって。
歩き出せるのだから。
第一部 完




