第52話 自由に生きる
王都へ戻ってから、数日が過ぎた。
神殿へ向かう前と同じように、朝になればセラは治癒術院へ行き、俺とレグは冒険者ギルドへ顔を出す。
大きく変わったことはない。
けれど、まったく同じでもなかった。
「……できた」
治癒術院から帰ってきたセラが、自分の手を眺めながら呟く。
「何が?」
俺が聞くと、すぐにこちらを向いた。
「今日ね、先生に初歩の治癒術はもう一人でも使っていいって言われたの」
「おお」
「もちろん浅い傷だけよ。深い傷とか、骨とか、そういうのはまだ駄目。でも、毎回先生に横についてもらわなくてもいいって」
嬉しそうだ。
治癒術院へ入る前。
自分には戦うことしかできないと悩んでいたセラを思い出す。
今では。
まだ小さな傷とはいえ、人を治せるようになった。
「良かったじゃん」
「うん」
「セラ、すごい?」
ベッドに座っていたレグが聞く。
「すごいわよ」
珍しく自分で言った。
「じゃあ」
レグが腕を差し出す。
「なおす?」
「だから怪我してないでしょ!」
相変わらずだ。
俺が笑うと、セラがこちらを見る。
「ハヤトは?」
「何が?」
「受け流し。最近どうなの?」
「ああ」
俺は立ち上がり、腰の剣を見る。
「訓練なら前よりかなりできるようになった。実戦はまだ相手次第だけどな」
「じゃあ、使えるようになった?」
「少しは」
覚えれば終わり。
そんな便利な力じゃない。
《自由》があるから、俺は色々な技能を身につけられる。
でも。
身につけたものを自分のものにするには、結局練習しなければならない。
それでいいと思う。
何でも簡単にできたら。
たぶん面白くない。
「レグは?」
俺が聞く。
「レグ?」
「力加減」
レグは新しい手袋をした右手を握る。
「できる」
「ほんと?」
「たぶん」
「俺の真似すんな」
セラが吹き出した。
以前なら「できる」と言い切っていただろう。
少なくとも。
自分がまだ練習中だということくらいは分かるようになったらしい。
成長している。
たぶん。
◇
その日の午後。
三人で冒険者ギルドへ向かった。
セラは今日は授業が午前で終わり。
久しぶりに三人揃って掲示板を見る。
「何かいいのある?」
セラが横から覗く。
「採取。護衛。魔物の駆除……」
「つよいやつ」
レグが言う。
「それ基準で探すな」
「おにくあるところでもいい」
「もっと駄目だろ」
「大事」
もう聞き慣れた。
掲示板を見ていると、一枚の依頼書が目に入った。
王都からそれほど遠くない村。
近くの森で魔物が増えているらしい。
村人だけでは確認が難しいため、原因を調べてほしい。
討伐が必要なら対応。
日帰りでも可能。
「これ、どう?」
俺が二人へ見せる。
セラが読む。
「明日は授業休みだから大丈夫」
レグも見る。
「つよい?」
「行ってみないと分からない」
「いく」
「決めるの早いな」
でも。
俺も悪くないと思っていた。
神殿へ行ったときのような大きな目的はない。
誰かの過去を探すわけでもない。
ただの依頼。
普通の冒険者の仕事。
今の俺たちには。
そういうので十分だ。
「じゃあ受ける?」
セラが聞く。
「そうするか」
「ん」
三人で受付へ向かう。
依頼を受ける。
明日の朝。
南門集合。
それだけで話は終わった。
俺たちはギルドを出る。
「ハヤト」
レグが聞く。
「ん?」
「このあと?」
「飯」
「やった」
聞くまでもなかった。
◇
夕方。
三人で入った店は、以前にも何度か来たことのある小さな食堂だった。
レグの前には肉料理。
俺とセラの前にもそれぞれ食事が並んでいる。
「いただきます」
セラが言う。
「いただきます」
俺も続く。
レグは。
もう食べていた。
「待てって」
「おなかすいてた」
「いつもだろ」
「ん」
本人も否定しない。
食事をしながら。
ふと。
俺は二人を見る。
セラ。
レグ。
この世界へ来たばかりの頃。
こんなふうに誰かと飯を食う毎日になるなんて、考えてもいなかった。
何をすればいいのかも。
どこへ行けばいいのかも分からなかった。
ただ。
俺には《自由》があった。
職業に縛られず。
色々なことを覚えられる力。
最初は。
便利な能力だと思った。
実際便利だ。
でも。
今は少しだけ違う意味にも思える。
「どうしたの?」
セラが聞く。
「いや」
「また変なこと考えてる?」
「失礼だな」
「顔」
「みんな俺の顔で判断しすぎだろ」
レグが肉を食べながら俺を見る。
「ハヤト、へんなかお」
「お前まで言うな」
セラが笑う。
俺も笑った。
自由って。
何でもできることじゃないのかもしれない。
やりたいことを。
自分で選べること。
行きたいところへ行って。
覚えたいものを覚えて。
誰と一緒にいるかも。
自分で決める。
それで十分だ。
「セラ」
「なに?」
「治癒術師になったらどうする?」
「急に何?」
「ちょっと気になった」
セラは少し考える。
「まだ分からない」
「そっか」
「でも、冒険者は続けたいかな」
それは意外ではなかった。
「治癒術だけやるつもりはない?」
「ない。火炎魔術だって好きだし。それに」
俺とレグを見る。
「二人だけで依頼に行かせるの、心配だもの」
「なんで?」
「ハヤトがいるから」
「俺?」
「ハヤトだから」
レグが頷く。
「ハヤトだから」
「説明になってないって何回言えばいいんだ」
二人が笑う。
「レグは?」
俺が聞く。
「なに?」
「これから何したい?」
レグは肉を食べる手を止めた。
少し考える。
「いっぱいたべる」
「知ってる」
「つよいやつとたたかう」
「それも知ってる」
「あと」
今度は少し長く考えて。
「いろんなところ、いく」
「旅したい?」
「ん」
「人の姿でも?」
「りゅうでも」
「どっちが好き?」
聞くと。
レグは首を傾げる。
「どっちもレグ」
俺は笑った。
「そうだな」
ずっと前。
似たようなことを言った覚えがある。
竜でも。
人でも。
レグはレグ。
両親が誰だったのかを知っても。
過去が分かっても。
そこは何も変わらない。
「ハヤトは?」
今度はレグから聞かれた。
「俺?」
「なにしたい?」
「そうだな……」
答えは。
意外とすぐ出た。
「まだ決めてない」
セラが呆れる。
「何それ」
「いいだろ。今決めなくても」
「まあ、ハヤトらしいけど」
「行きたいところができたら行く。覚えたいものがあったら覚える。面白そうな依頼があったら受ける」
そして。
二人を見る。
「お前らが一緒なら、しばらくそれでいいかな」
セラが少しだけ目を丸くした。
レグはすぐに笑う。
「レグも」
「私も、まあ……それでいいかな」
セラも笑った。
「ただし」
「何?」
「無茶は減らして」
「努力します」
「そこは『分かった』でしょ」
「無理な約束はしない主義」
「ほら、やっぱり心配」
また三人で笑った。
◇
翌朝。
まだ王都が完全に目を覚ます前。
俺たちは南門へ向かって歩いていた。
セラは杖を持ち。
俺は剣。
レグは人の姿で、新しい手袋をつけている。
「今日、人なんだ?」
俺が聞く。
「ん」
「理由は?」
「あるきたい」
「疲れたら?」
「りゅうになる」
「了解」
自由だな。
でも。
それでいい。
南門が見えてくる。
門の向こうには街道。
その先。
今日向かう村。
さらに向こうには。
俺たちがまだ知らない場所が、いくらでもある。
「ハヤト」
レグが俺の袖を引く。
「ん?」
「おわったら、おにく?」
「村に店あったらな」
「やった」
「まだあるって言ってない」
セラが笑う。
「たぶんあるでしょ」
「セラまで甘やかすなよ」
「ハヤトも買うでしょ?」
「……まあ」
「ほら」
門を抜ける。
朝の光。
少し冷たい風。
遠くへ続く道。
俺は歩きながら、なんとなく空を見上げた。
この先。
何があるのか。
知らない。
どこまで行くのかも。
まだ決めていない。
それでいい。
俺は。
俺たちは。
自分で選べる。
行き先も。
生き方も。
そして。
誰と歩いていくのかも。
「ハヤト!」
前を歩いていたレグが振り返る。
「おそい!」
「今行く」
「早く!」
その隣でセラが笑っている。
俺は二人のところへ追いつく。
そして。
三人並んで。
まだ知らない道を歩き始めた。
自由に。
俺たちらしく。
これからも。
ずっと。
完




