第51話 帰る場所
《ルディア旧神殿》を出たあと、俺たちは来た道を戻った。
行きと違って、帰り道は少し静かだった。
誰も機嫌が悪いわけではない。
むしろ。
知りたかったことを知ったあとだからこそ、それぞれ考える時間が必要だったのだと思う。
レグはしばらく俺の頭の上に乗っていたが、山道を半分ほど下ったところで翼を広げ、自分で飛び始めた。
少し前を飛んで。
戻ってきて。
また飛んでいく。
いつもと変わらないように見える。
でも。
たまに遠くを見る。
そのたび。
俺は何も言わなかった。
「ハヤト」
隣を歩いていたセラが小声で呼ぶ。
「ん?」
「レグ、大丈夫かな」
「たぶん」
「たぶんって」
「分からないものは分からないだろ」
俺は前を飛ぶレグを見る。
「でも、無理してる感じはしない」
「そうね」
「何かあれば言うだろ。たぶん」
「またたぶん」
「レグだぞ?」
それでセラも少し笑った。
本人が今は両親を探さないと決めた。
だったら俺たちが勝手に心配しすぎるのも違う気がする。
いつか探したくなれば。
そのとき一緒に行けばいい。
それだけだ。
◇
その日は予定していた宿場町まで戻り、一泊した。
翌朝。
レグは人の姿になった。
宿の部屋で着替えを済ませ、銀色の髪を整えている。
「今日はそっち?」
俺が聞くと。
「ん」
鏡を見ながら頷く。
「なんで?」
「ひとでかえる」
「理由になってる?」
「なってる」
最近、言い返すようになった。
セラが後ろからレグの髪を整えている。
「じっとして」
「してる」
「してない。動いてる」
「ちょっとだけ」
「それを動いてるって言うの」
二人のやり取りを見ながら。
なんとなく。
神殿で見た記録を思い出した。
人の姿を取った竜が。
人間と同じ卓を囲んでいた。
もし。
昔のルディアでも、今みたいな光景があったのなら。
少し面白い。
「ハヤト」
「ん?」
レグが鏡越しに俺を見る。
「なにわらってる?」
「別に」
「へん」
「お前に言われたくない」
「ハヤトのほうがへん」
「はいはい」
セラが笑う。
いつもの感じだ。
それでいい。
◇
王都へ戻ったのは、その日の夕方だった。
北門が見えてくると。
セラが大きく息を吐いた。
「帰ってきた……」
「疲れた?」
「身体より、明日からの課題が怖い」
「そっち?」
「休んだ分、補わないといけないから」
「がんばれ」
レグが言う。
「他人事みたいに」
「レグ、がっこうない」
「羨ましい」
「セラもやめる?」
「金貨五十枚返して」
「やめない」
即答だった。
「判断早いな」
俺が笑う。
グレイは王都へ入る前に、一度立ち止まった。
「ここで改めて礼を言わせてほしい」
「何です?」
「神殿へ同行してくれたことだ」
「こっちも案内してもらったし、お互い様じゃないですか」
「それでもだよ」
グレイはレグを見る。
「おかげで、長年調べても分からなかったことがかなり分かった」
レグもグレイを見る。
以前なら少し警戒して俺の後ろへ隠れていた。
でも今は。
普通に向き合っている。
「グレイ」
「なんだい?」
「いっぱいしらべる?」
「ああ。神殿の記録はまだ山ほどある」
「またレグのこと?」
「君のことも少しは」
レグの眉が動く。
「でも」
グレイが続ける。
「嫌がることはしない」
「ほんと?」
「約束する」
レグは少し考えて。
「ならいい」
認めた。
グレイが笑う。
「ずいぶん信用してもらえるようになったようだ」
「ちょっと」
「ちょっとか」
「ん」
でも。
最初の「きらい」よりは大きな進歩だろう。
「これからどうするんです?」
セラが聞く。
「しばらく王都にいるよ。今回書き写した資料を整理しないといけない」
「また会う?」
レグが聞く。
グレイは少し驚いた顔をした。
「ああ。君たちが嫌でなければ」
「ごはんあるなら」
「……青葉亭にしよう」
「やった」
結局そこだ。
俺とセラが同時に笑った。
◇
王都へ戻った翌朝。
セラは早速、治癒術院へ向かった。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「がんばれ」
レグも手を振る。
「帰ったら課題やるからね」
「俺たちが?」
「手伝って」
「内容分からないけど」
「話聞くだけでもいいから」
「それなら」
「レグも?」
「寝ないなら」
「がんばる」
何を頑張るのか分からない。
セラが出ていったあと。
俺とレグは冒険者ギルドへ向かった。
数日留守にしていたので、依頼掲示板の内容もかなり入れ替わっている。
「なにする?」
レグが聞く。
「今日は見るだけ」
「また?」
「帰ってきたばっかりだろ」
「たたかわない?」
「明日以降」
レグが少し不満そうにする。
「そんなに戦いたい?」
「つよいやつ」
「神殿で黒角の獣と戦ったばっかだろ」
「つよかった」
「満足した?」
「ちょっと」
本当に戦うのが好きになってきたな。
掲示板を見ていると、受付の職員に声をかけられた。
「お帰りなさい」
「ただいまです」
「北へ行かれていたんですよね?」
「ちょっと遺跡まで」
詳しいことまでは話さない。
レグのことも。
神殿の記録も。
必要以上に広めるつもりはなかった。
「何か良さそうな依頼あります?」
俺が尋ねる。
職員は何枚か見繕ってくれた。
近場の採取。
護衛。
魔物の駆除。
以前なら。
次はどれにしよう。
報酬は。
危険度は。
そんなことを考えていた。
今も考える。
でも。
少しだけ。
前とは違う。
王都へ来て。
セラは治癒術を覚え始めた。
俺は受け流しを身につけ始め。
レグは人の姿で生きることも、力を抑えることも覚えた。
そして。
自分の過去まで知った。
俺たちは。
ずっと同じ場所にいたわけじゃない。
ちゃんと。
少しずつ進んでいた。
「ハヤト」
レグが一枚の依頼書を指差す。
「これ」
「ん?」
見る。
近郊に現れた魔物の討伐。
それほど危険なものではない。
日帰り。
「これがいい?」
「ん」
「なんで?」
「おわったら、ちかくにおにくの店ある」
「依頼内容じゃないじゃん」
「だいじ」
変わってないところもある。
それも。
悪くない。
「じゃあ、明日セラに聞いてみるか」
「いく?」
「セラの授業次第」
「そっか」
レグは依頼書を戻した。
無理に今すぐ決めようとはしない。
少し前より。
ほんの少しだけ。
待つことも覚えたらしい。
◇
夕方。
宿へ戻ると。
セラが机に突っ伏していた。
「ただいま」
「おかえり……」
「どうした?」
「課題」
机には紙が広がっている。
多い。
思ったより多い。
「終わりそう?」
「今日だけじゃ無理」
「じゃあ飯食ってから続きだな」
「そうする」
レグが隣へ座る。
「てつだう」
「ありがとう」
「なにする?」
「まず起きてて」
「わかった」
それが最初の課題なのか。
俺は荷物を置き、窓際へ座った。
王都の夕方。
道を歩く人。
店から聞こえる声。
遠くから響く鐘。
何日か離れていただけなのに。
少し懐かしく感じる。
「ねえ」
セラが課題から顔を上げた。
「どうした?」
「神殿行って良かったね」
俺は少し考えて。
「うん」
レグもセラを見る。
「よかった」
「本当に?」
「ん」
「怖くなかった?」
「こわかった」
素直に答える。
「でも、しれてよかった」
「そっか」
セラが笑う。
俺も同じ気持ちだった。
何を知ることになるか。
行く前は分からなかった。
もしかしたら。
知らない方が幸せだった可能性もある。
でも。
少なくともレグは。
知って良かったと言った。
だったら。
それでいい。
「ハヤト」
レグが呼ぶ。
「ん?」
「ここ、レグのいえ?」
唐突だった。
俺は一瞬。
何を指しているのか分からなかった。
「この宿?」
「ちがう」
レグは俺。
セラ。
それから部屋全体を見る。
「ハヤトとセラいるところ」
ああ。
そういう意味か。
セラも手を止めている。
俺は少し考えた。
神殿の石板。
自分で選んだ場所で。
自分で選んだ者たちと。
「レグがそう思うなら」
俺は答える。
「そこが家でいいんじゃない?」
「どこでも?」
「俺たちが旅してたら宿も変わるしな」
「じゃあ」
レグが笑う。
「ハヤトとセラいるところ、いえ」
セラが目元を少し緩めた。
「うん」
俺も笑った。
「じゃあ、俺たちも簡単にいなくなれないな」
「いなくならないで」
「分かった」
「セラも」
「もちろん」
レグは満足そうに頷く。
そのあとすぐ。
「おなかすいた」
「余韻!」
セラが笑い出した。
俺も笑う。
結局。
これが俺たちだ。
大きなことを知っても。
重い話をしても。
最後には飯の話になる。
でも。
たぶん。
それくらいがちょうどいい。
旅をして。
戦って。
迷って。
また帰ってくる。
そして。
三人で飯を食う。
それが今の俺たちの日常だった。
神殿へ行く前と。
少しだけ違って。
でも。
大事なところは何も変わっていない。
俺たちは。
ちゃんと。
帰る場所へ戻ってきた。




