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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
第1部 自由への一歩

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第48話 残された名前


隠し部屋の中央。


石台の上に置かれた分厚い本を前にして、俺たちはしばらく動けなかった。


竜たちが、自分たちの系譜を残すために使っていた部屋。


もしグレイの読みが正しいなら、この中には誰と誰の間に子が生まれ、どこへ移り、どの竜が人化を覚えたのかまで記録されている。


そして、そのどこかに。


レグへつながるものが残っているかもしれない。


「時間かかりそう?」


俺が聞くと、グレイは本を慎重に開きながら頷いた。


「かなり。古い文字も多いし、名前だけ追っても意味がない。特徴や移動先まで見ないと、レグと関係がある系統なのか判断できないからね」


「じゃあ今日はここで調べる?」


セラが尋ねる。


「そのつもりだ。外へ戻る時間も考えれば、何時間でもというわけにはいかないけど」


俺はレグを見る。


竜の姿のまま、石台の前に座っている。


「レグ、大丈夫?」


「ん」


「疲れたら言えよ」


「だいじょうぶ」


いつもより返事が静かだった。


食べ物を前にしたときとも、戦う前とも違う。


レグ自身も分かっているのだろう。


これから調べるものが、自分に関わるものかもしれないと。


    ◇


それからしばらく。


部屋には、紙をめくる音とグレイの小さな呟きだけが響いていた。


俺たちは古い資料を勝手に触らず、グレイが確認したものだけを机へ並べていく。


最初に分かったのは、ルディアにいた竜たちが一つの群れではなかったことだった。


「いくつもの家系があったらしい」


グレイが指で系譜を追う。


「ここで生まれた竜もいれば、別の土地から来た竜もいる。逆に、成長して他の山や谷へ移った竜もかなり多い」


「じゃあ、ここが全部の竜の故郷ってわけじゃないのね」


「ああ。この神殿は……人間で言えば、集まる場所に近かったのかもしれない」


グレイは別のページを開いた。


「人化できる竜は、やはり全員ではない」


「珍しかった?」


「かなり。ただ、特定の系統では何代か続けて現れている」


俺は身を乗り出す。


「遺伝みたいなもの?」


「可能性はある。ただ、それだけで決まるのかは分からない」


グレイの指がページを進んでいく。


古い記録。


さらに古い記録。


途中で途切れている系譜も多かった。


竜が死んだのか。


別の土地へ移ったのか。


記録する者がいなくなっただけなのか。


そこまでは分からない。


そして。


「……あった」


グレイの指が止まった。


俺とセラが同時に近づく。


「何が?」


「見てくれ」


一つの系譜。


他より少し新しい文字で書き足されている。


グレイが読み上げる。


「ガルド。雄。濃い緑の鱗、金の瞳。人化の記録あり」


レグの耳が少し動く。


「その隣が……ミレア。雌。灰銀の鱗。人化の記録あり」


「二頭とも人化できたの?」


セラが聞く。


「ああ」


そして。


その二頭から一本の線が下へ伸びている。


グレイの声が少し遅くなった。


「子が一頭」


部屋が静かになる。


「雌」


俺はレグを見る。


レグもグレイを見ている。


「特徴は?」


グレイが文字を追う。


「黒に近い緑の鱗」


一つ。


「金色の瞳」


二つ。


さらに。


「……人化した際は、銀色の髪を持つと記されている」


セラが息を呑んだ。


俺も何も言えなかった。


黒緑の鱗。


金色の目。


銀色の髪。


全部。


レグと同じだ。


「名前は?」


俺が聞く。


グレイが首を横に振った。


「ここには書かれていない」


「なんで?」


「分からない。ただ、名前を書くための場所だけが空白になっている」


レグが石台へ近づく。


「これ」


前脚で、自分へつながっているように見える線を指す。


「レグ?」


俺はすぐには答えられなかった。


似ている。


いや。


似すぎている。


でも、ここで俺たちが勝手に決めるのは違う。


「たぶん」


俺はそう答えた。


「レグかもしれない。でも、まだ決めつけない方がいい」


レグはしばらく紙を見たあと。


「ん」


素直に頷いた。


グレイも同意する。


「同じ特徴を持つ別の竜という可能性が、完全にないとは言えない。ただ……」


もう一度記録を見る。


「可能性はかなり高いと思う」


それだけで。


十分だった。


    ◇


さらに調べる。


ガルドとミレア。


二頭について残っている記録は、それほど多くなかった。


神殿がすでにほとんど使われなくなった時代にも、ときどきここへ戻ってきては系譜を書き足していたらしい。


「二頭はここに住んでたわけじゃないの?」


セラが尋ねる。


「違うようだ。もっと南の山間部に住んでいた、とある」


「レグと一緒に?」


「子が生まれたあとは、そうだと思う」


レグが静かに聞いている。


「そのあと?」


俺が聞く。


グレイは次のページをめくった。


記録がない。


「ここで終わり?」


「系譜としてはね」


「じゃあ、何があったかは――」


「待って」


グレイが本の背表紙近くを見た。


何かが挟まっている。


薄い紙。


かなり傷んでいるが、本そのものよりは少し新しく見えた。


「これ……」


グレイが慎重に取り出す。


「手紙?」


セラが聞く。


「手紙というより、覚え書きに近い」


文字は乱れていた。


急いで書いたのか。


それとも。


書いた本人に余裕がなかったのか。


グレイはゆっくり読み始める。


「『今年、山の西側より魔物の群れが現れる』」


俺たちの表情が変わる。


「続けて」


「『数が増えている。中心には黒い角を持つ大型の獣。谷に留まることは難しい』」


レグが動かない。


「それで?」


「……『幼子を連れ、この地を離れる』」


俺は無意識に拳を握った。


グレイが続ける。


「『もし追いつかれた場合、幼子を先に逃がす。私たち二頭で群れを引きつける』」


セラが口元へ手を当てた。


「それって……」


俺も同じことを考えていた。


レグが一人だった理由。


もし。


この記録の幼竜がレグなら。


両親に捨てられたわけじゃない。


守るために。


一人で逃がされた可能性がある。


「続きは?」


グレイは黙った。


「グレイ?」


「最後がある」


声が少し低い。


「読んでください」


セラが言う。


グレイは一度レグを見た。


そして。


「『この子が生き延びれば、それでいい』」


レグがわずかに身体を震わせた。


「『いつか戻れるなら、ルディアへ。戻れなくとも、自分の居場所を見つけて生きてほしい』」


そこまでだった。


書いた者の名前は。


最後に残っていた。


ミレア。


「……おかあさん?」


レグが小さく聞く。


グレイはすぐに頷かなかった。


「可能性は高い。ただ、この記録の子がレグだと完全に証明できたわけではない」


「でも」


レグはもう一度紙を見る。


「おかあさん?」


今度は俺を見る。


答えを求められて。


少し困った。


俺に分かるはずはない。


でも。


誤魔化したくもなかった。


「そうかもしれない」


俺は言った。


「少なくとも、その子をすごく大事にしてたのは分かる」


レグは黙る。


しばらく。


本当に長く。


何も言わなかった。


俺もセラも、グレイも。


急かさない。


やがて。


「レグ」


声が聞こえた。


「ん?」


「すてられた?」


俺はすぐに首を横に振った。


「この記録がレグのことなら、違う」


「……」


「逃がされたんだと思う。生きてもらうために」


レグは紙を見る。


「おとうさんと、おかあさん」


「うん」


「レグ、まもった?」


今度はセラが答えた。


「たぶん」


優しい声だった。


「二人で魔物を引きつけて、レグを逃がそうとしたんだと思う」


「じゃあ」


レグが顔を上げる。


「どこ?」


誰も答えられなかった。


ガルドとミレアが。


そのあとどうなったのか。


生き延びたのか。


今もどこかにいるのか。


この記録には書かれていない。


「分からない」


俺は正直に言った。


「探せる?」


「手がかりがあれば」


「ない?」


グレイが記録を確認する。


「今のところは。ただ、まだ全部を見たわけじゃない」


それを聞いて。


レグが少しだけ顔を上げた。


「じゃあ、さがす」


「今日全部?」


「ん」


「外暗くなるぞ」


「……」


不満そうだ。


俺はレグの頭へ手を乗せる。


「今日はできるところまで。残りは明日でもいいだろ」


「でも」


「ここは逃げない」


少し考えて。


「ん」


納得した。


    ◇


その後も調べたが。


ガルドとミレアのその後を示す記録は見つからなかった。


分かったのは。


二頭が幼い子を連れて南の山間部で暮らしていたこと。


魔物の群れが現れ、住処を捨てる決断をしたこと。


そして。


危険になれば、子だけでも逃がすつもりだったこと。


そこまでだ。


「今日は戻った方がいい」


グレイが言う。


「外で野営する場所を作らないと、完全に暗くなる」


俺も頷く。


「続きは明日」


レグを見る。


「いい?」


「……ん」


名残惜しそうではある。


でも。


無理を言うことはなかった。


部屋を出る前。


レグがもう一度だけ、石台の上の本へ近づいた。


「レグ?」


「ちょっと」


紙を見る。


ミレア。


ガルド。


読めないはずの文字。


それでも。


そこに二頭の名前が書かれていると、もう知っている。


「おとうさん」


小さな声。


「おかあさん」


前脚を本の端へ乗せる。


そして。


「ありがと」


誰に聞かせるでもない声だった。


俺は何も言わなかった。


セラも。


グレイも。


ただ。


その場で待った。


しばらくして。


レグが俺たちのところへ戻ってくる。


「いこ」


「ああ」


地下保管庫を出る。


階段を上り。


崩れた礼拝堂へ戻る。


外へ出ると。


空は少しずつ夕方の色に変わっていた。


「ハヤト」


俺の肩へ飛び乗ったレグが言う。


「ん?」


「レグ、ひとりだった」


「ああ」


「でも」


少し間を置く。


「ひとりじゃなかった?」


俺は足を止めた。


どう答えるか。


少しだけ考える。


「たぶんな」


レグを見る。


「少なくとも、レグが一人になったのは、誰にもいらないって思われたからじゃない」


「ん」


「それに今は」


セラが隣に来る。


「私たちがいるしね」


レグが俺とセラを見る。


「ん」


今度は。


はっきり頷いた。


「いる」


まだ分からないことは残っている。


ガルドとミレアの行方。


レグが本当に二頭の子なのか。


そして。


なぜレグだけが、あの場所まで辿り着いたのか。


それでも。


今日一日で。


一つだけ。


レグが長い間知らなかったことに、答えらしきものが見つかった。


一人だったからといって。


最初から一人だったわけじゃない。


その小さな身体を。


命を懸けて守ろうとした者たちがいた。


それだけでも。


ここまで来た意味は。


十分にあったと思う。

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