第46話 ルディア旧神殿
翌朝。
宿場町を出た俺たちは、まだ人通りの少ない北街道を歩いていた。
空は晴れている。
風も弱い。
旅をするには悪くない天気だ。
「ここからだ」
先頭を歩いていたグレイが立ち止まった。
街道の脇。
普通なら見落としそうな細い道が、森の奥へ続いている。
「これ、道?」
セラが首を傾げる。
「昔はね」
グレイが苦笑した。
「今はほとんど使われていない。ここを進めば山へ入れる」
俺も奥を見る。
確かに地面には、人が歩いたような跡がわずかに残っている。
ただ、草や低い木に覆われていて、道と言われなければ気づかないだろう。
「レグ」
俺の頭の上にいるレグへ声をかける。
「ん?」
「ここから山だって」
「しんでん?」
「まだ先」
「そっか」
今日のレグは朝から竜の姿だ。
昨日、人の姿で長時間歩いて少し疲れていたこともあり、本人がこっちの方が楽だと言った。
人目も少ない。
無理に人化している必要はない。
「じゃあ行こう」
グレイを先頭に。
俺。
セラ。
その順で森へ入った。
◇
街道を外れて一時間ほど。
道は、想像していたより悪かった。
「これ、本当に前来たときも通ったんですか?」
俺が聞くと、グレイは足元を確認しながら頷く。
「通ったよ。ただ、もう少し歩きやすかった気がする」
「いつ来たんです?」
「六年ほど前だ」
「そりゃ変わるわ」
セラが呆れたように言った。
倒れた木を越える。
伸びた枝を避ける。
途中からは、どこが道なのか本当に分からなくなっていた。
グレイがいなければ、まず迷っていただろう。
「レグ」
「ん?」
「方向分かる?」
少し期待して聞いてみる。
レグは周囲を見回し。
「わかんない」
「だよな」
「でも」
鼻先を少し動かす。
「みず、あっち」
右を向く。
少ししてグレイが驚いた。
「この先に小さな沢がある」
「お前、すごいな」
「ん」
頭の上で得意そうにする。
こういうところは本当に便利だ。
沢の近くで一度休憩を取る。
水を補給し、少しだけ食べる。
グレイは地図を開き、周囲の山の形を確認していた。
「順調?」
セラが聞く。
「思ったより順調だ。このペースなら昼過ぎには着ける」
「良かった」
グレイの言葉を聞きながら。
俺は周囲を見る。
静かだった。
鳥の声。
水の音。
風で葉が揺れる音。
それだけ。
だからこそ。
小さな物音が妙に耳についた。
がさっ。
「……」
俺は立ち上がった。
「ハヤト?」
「何かいる」
セラもすぐに警戒する。
レグが俺の頭から飛び降り、地面へ着地した。
グレイも荷物を背負い直す。
「魔物?」
俺が聞く。
レグは森の奥を見る。
「いる」
「何体?」
「……よっつ」
その直後。
茂みの中から、低い唸り声が聞こえた。
◇
現れたのは、狼に似た魔物だった。
ただし普通の狼より一回り大きく、背中から脚にかけて灰色の硬そうな毛に覆われている。
「ロックウルフだ」
グレイが小声で言う。
「知ってる?」
「山地にいる魔物だ。群れで襲ってくる」
その説明が終わるより早く。
一体が飛び出した。
「来た!」
俺は剣を抜く。
正面。
牙を剥き、真っ直ぐこちらへ飛びかかってくる。
避けることもできる。
でも。
剣へ力を入れる。
ロックウルフの前脚が振られた。
爪。
真正面から止めるんじゃない。
受ける。
流す。
剣を斜めに合わせる。
ガッ!
腕に衝撃。
それでも。
爪は剣の横を滑り、俺の身体から外れた。
「よし!」
体勢を崩した魔物へ、そのまま剣を振る。
一体目。
倒れる。
「ハヤト、左!」
セラの声。
振り向く。
二体目が回り込んでいる。
今度は受け流しにこだわらず、横へ避けた。
その直後。
「レグ!」
セラが叫ぶ。
残りの二体がレグへ向かっていた。
レグは逃げない。
低く構え。
一体目が飛び込んできた瞬間。
前脚で――。
いや。
殴った。
鈍い音。
ロックウルフが横へ転がる。
「レグ!」
俺が叫ぶ。
「よわくした!」
本人は自信満々だ。
見る。
確かに。
以前ならもっと遠くまで飛んでいた気がする。
「……成長はしてる!」
「ん!」
褒めるところなのか微妙だ。
もう一体が背後から近づく。
セラが手を上げる。
火炎魔術。
ただし周囲は森だ。
「セラ、火!」
「分かってる!」
大きな炎は使わない。
小さく絞った火球が飛ぶ。
ロックウルフの目の前。
地面へ着弾。
驚いた魔物が横へ飛ぶ。
その先に。
レグ。
「えい」
また一発。
今度はさっきより弱い。
それでも魔物は地面を二、三回転した。
「……」
セラが何とも言えない顔をする。
「レグ」
「ん?」
「もうちょっとだけ弱くてもいいかも」
「むずかしい」
「練習だな」
残る一体は俺の方だ。
低く唸りながら距離を取っている。
こっちも先ほどみたいに突っ込んではこない。
学習しているのか。
「来ないなら」
俺から距離を詰める。
ロックウルフが動く。
横。
噛みつき。
避ける。
剣を振る。
終わった。
森に静けさが戻った。
◇
「みんな怪我は?」
セラが聞く。
俺は腕を確認する。
「なし」
レグも平気。
グレイは少し離れた場所で、いつの間にか短い剣を抜いていた。
結局使わなかったようだ。
「グレイは?」
「大丈夫だ」
「本当に最低限は戦えるんですね」
セラが言う。
「言っただろう?」
「ずっと後ろにいたけど」
「君たちが強すぎるんだよ」
それは少し分かる。
俺たちが前に出た方が安全だ。
「ハヤト」
レグが倒れたロックウルフを見る。
「できた?」
「何が?」
「よわく」
「ああ。前よりは」
「ほんと?」
「本当」
レグが嬉しそうに翼を少し広げる。
「もうちょっと練習すれば、かなり良くなりそうだな」
「ん」
「でも俺には試すなよ」
「なんで?」
「痛いから」
「ハヤト、よわい?」
「違う」
セラが笑っている。
戦闘は大したものではなかった。
ただ。
訓練してきたものを、少しずつ実戦でも使えるようになっている。
それは悪くない感覚だった。
「行こう」
グレイが言う。
「ここから先は、もうそれほど遠くない」
俺たちは再び山道を進んだ。
◇
昼を少し過ぎた頃。
森の木々が少しずつ減り始めた。
代わりに。
大きな岩。
崩れた石。
人の手で削られたようなものが、足元に増えていく。
「これ……」
セラが地面を見る。
石畳。
ほとんど土に埋もれているが、確かに人工物だ。
「昔の参道だ」
グレイが言う。
「もう神殿は近い」
レグが俺の頭から飛び降りた。
珍しく。
自分から前へ歩いていく。
「レグ?」
呼んでも止まらない。
俺たちはその後を追う。
少し進むと。
木々の間から。
大きな石造りの建物が見えた。
「……」
俺は思わず足を止めた。
崩れている。
屋根の一部は落ち。
壁には植物が絡みついている。
何本もあったであろう石柱も、半分以上が倒れていた。
それでも。
かつてここが大きな神殿だったことは分かる。
正面へ続く長い階段。
その上。
半分崩れた門。
「ルディア旧神殿」
グレイが小さく言った。
「着いた」
レグは何も言わない。
ただ。
神殿を見ている。
「レグ?」
セラが声をかけた。
「どうしたの?」
返事がない。
俺はレグの隣へ行く。
「何か分かる?」
「……わかんない」
いつもの答え。
でも。
声が少し違った。
レグが前へ進む。
一歩。
二歩。
階段の手前まで来たところで。
突然止まった。
「ハヤト」
「ん?」
「ここ」
小さな竜が神殿を見上げる。
「へんなかんじする」
「昨日の記録を見たときみたいな?」
しばらくして。
レグが頷いた。
「もっと」
セラと目が合う。
グレイも黙ったまま神殿を見ている。
「何か思い出した?」
俺が聞く。
「おもいだしてない」
レグが首を横に振る。
「でも」
また神殿を見る。
「しってるみたい」
その瞬間。
俺は少しだけ背筋が冷えた。
百年以上前の記録。
レグと同じ特徴を持つ竜。
そして。
本人さえ知らないはずなのに。
なぜか知っているような場所。
偶然なのか。
それとも。
本当にここに。
レグの過去につながる何かが残っているのか。
「行こう」
俺は階段を見上げた。
「ここまで来たんだ」
レグが俺を見る。
セラも隣に並ぶ。
グレイが荷物を持ち直した。
「地下への入口は中にある」
俺たちは崩れかけた階段を上り始める。
《ルディア旧神殿》。
その奥で。
何が待っているのか。
今度こそ。
確かめるために。




