第44話 方は向かう準備
翌日の昼過ぎ。
俺とレグが冒険者ギルドから宿へ戻ると、受付で呼び止められた。
「ハヤトさん。お手紙を預かっていますよ」
「手紙?」
受け取る前から、何となく差出人の予想はついた。
白い封筒。
裏返す。
グレイ・ノルマン。
「きた?」
隣にいたレグがすぐに覗き込んでくる。
「ああ。思ったより早かったな」
部屋へ戻ってから封を切ると、中には前回より少し長い手紙が入っていた。
俺は椅子に座り、レグにも分かるよう声に出して読む。
神殿の名前は《ルディア旧神殿》。
王都から北へ街道を進み、途中の町で一泊。翌日、街道を外れて山側へ向かえば辿り着くという。
順調なら二日。
神殿の調査に一日使ったとして、往復で五日ほどを見ておけばいいらしい。
そして最後には、
『行くのであれば、私も同行したい。正確な入口を知っている者がいなければ、現地で探すだけでも時間がかかる』
と書かれていた。
「グレイもくる?」
「そうみたいだな」
レグの顔が微妙になる。
「やだ?」
「……ちょっと」
前ほど露骨に嫌がってはいない。
青葉亭で直接話したことで、少しだけ印象が変わったのかもしれない。
「でも、場所知ってるのグレイだしな」
「ん」
「一緒でも大丈夫そう?」
レグは少し考えてから頷いた。
「ハヤトとセラいるなら」
「じゃあ、あとはセラだな」
治癒術院の都合がつけば、話は早い。
俺自身はいつでも動ける。
冒険者ギルドで何か長期の依頼を受けているわけでもない。
装備も、王都へ来る旅である程度揃っている。
不足しているものを買い足せば、二、三日で出発できるだろう。
「ハヤト」
レグが手紙を見ながら聞く。
「ん?」
「しんでん、なにある?」
「それを見に行くんだよ」
「おにくは?」
「神殿には期待するな」
「じゃあ、もってく」
「それは必要だな」
食料は大事だ。
レグの場合、一般的な旅人の基準で考えない方がいいかもしれない。
俺は心の中で、保存食の量を多めにすることを決めた。
◇
夕方。
宿へ戻ってきたセラへ手紙を渡すと、彼女は最後までじっくり読んだ。
「五日くらい……」
最初に気にしたのは、やはりそこだった。
「治癒術院、大丈夫そう?」
「先生に聞いてみないと分からない。でも前に相談したときは、数日なら事前に言えば大丈夫って話だったから」
「じゃあ明日聞く?」
「うん」
セラはもう一度手紙を見る。
「二日かけて行って、調査して、二日で戻る……予定通りなら五日ね」
「予定通りならな」
「そういう言い方しないでよ」
「旅なんだから何があるか分からないだろ」
「それはそうだけど」
レグがベッドの上から俺たちを見る。
「ながくなる?」
「もしかしたらな」
「ごはん、いっぱい?」
「そっち?」
「だいじ」
セラが笑った。
「確かに、そこはちゃんと準備しないとね」
「でしょ?」
「レグが偉そうに言うことじゃないだろ」
俺は手紙を受け取る。
「グレイは同行したいらしいけど、どう思う?」
セラは少し考えた。
「私はいいと思う。正確な場所を知ってるなら、一緒に来てもらった方が早いでしょ」
「俺も同じ」
「レグは?」
「いい」
さっきより返事が早かった。
「ただし」
レグが続ける。
「へんなことしたら、やだ」
「それは俺たちも同じ」
セラも頷いた。
「本人にも言っておきましょ」
グレイに対する警戒が完全になくなったわけではない。
でも。
だからといって、最初から疑い続けるだけでも話は進まない。
同行中に変な動きをすれば、その時点で止めればいい。
俺たち三人が一緒なら、それくらいはできる。
「じゃあ、治癒術院の許可が出たら行く方向で」
俺が言うと。
セラとレグが同時に頷いた。
「うん」
「ん」
決まった。
◇
翌日。
セラはいつも通り治癒術院へ向かい、俺とレグは旅の準備を始めた。
最初に向かったのは冒険者向けの雑貨屋だ。
「保存食、水袋、火起こし用の道具……寝具は今のでいいな」
必要なものを確認しながら店内を歩く。
レグは俺の横で籠を持っていた。
正確には。
最初は持っていた。
「レグ」
「ん?」
「その籠、どこいった?」
「おもかった」
「まだ保存食二つしか入ってなかっただろ」
指差す。
少し離れた場所に、籠が置かれている。
「持てるって言ったの誰?」
「レグ」
「じゃあ持とう」
「ハヤトがもったほうがはやい」
「妙に賢くなったな」
最近、言い訳まで上手くなっている。
結局俺が持った。
「保存食は……これくらい?」
店に並んでいる干し肉を見る。
普通なら十分。
でも。
隣を見る。
レグが干し肉を見ている。
「……もう少し買っとくか」
「いっぱい?」
「お前のせいだからな」
「やった」
「褒めてない」
保存食を多めに買い、水袋も予備を追加する。
山側へ向かうなら、街道沿いほど補給できる場所も多くないだろう。
薬や包帯も少し買い足した。
セラが治癒術を覚え始めたとはいえ、それだけに頼るつもりはない。
むしろ今のセラなら、治せる範囲より治せない範囲の方が圧倒的に多い。
普通の準備は必要だ。
「ハヤト」
「ん?」
レグが店の隅を指差した。
「これいる?」
見ると、小さな鍋だった。
「今のやつあるよ」
「ちいさい」
「十分だろ」
「おにく、いっぱいはいらない」
「旅先で何を作るつもりなんだよ」
「にく」
「知ってた」
必要なものだけ買う。
そう決めていたのに。
なぜか店を出るとき、少し大きめの鍋が荷物に増えていた。
……まあ。
五日使うなら便利だろう。
たぶん。
◇
昼を過ぎた頃、今度は武器屋へ向かった。
俺の剣は数日前に手入れしてもらったばかりなので問題ない。
セラの装備も、旅に出る前に確認すれば十分だろう。
問題はレグだった。
人の姿で戦う機会が増えるなら、何か武器を持たせた方がいいのか。
そんなことを考えた。
「レグ」
「ん?」
「武器欲しい?」
店内に並ぶ剣や槍を指差す。
レグはしばらく眺めたあと、自分の両手を見る。
「いらない」
「やっぱり?」
「こっちのほうがつよい」
それは知っている。
木剣を軽く振って、俺を吹き飛ばしかけるくらいには。
「でも人の姿で全力出すと目立つぞ」
「よわくする」
「練習中だもんな」
最近はかなり上手くなってきた。
ゴブリンとの戦闘でも、相手を必要以上に吹き飛ばすことはなかった。
完全ではないが。
確実に進歩している。
「じゃあ武器はいらないか」
「ん」
店を出ようとして。
レグが止まる。
「どうした?」
「あれ」
指差したのは武器ではなかった。
革製の手袋。
冒険者向けらしく、手の甲や指の一部が補強されている。
「欲しい?」
「これなら、ていたくない?」
なるほど。
素手で戦うつもりなら、悪くないかもしれない。
レグの場合、攻撃する力よりも、むしろ人の姿の手を傷つけないためのものになる。
試着させてみる。
「どう?」
レグが手を握ったり開いたりする。
「いい」
「じゃあ買うか」
「いいの?」
「ああ」
レグが少し嬉しそうに手袋を見る。
食べ物以外で自分から欲しがるものは珍しい。
そのまま購入した。
「ハヤト」
店を出てからレグが言う。
「ありがと」
「おう」
「これで、いっぱいたたける」
「用途が怖いんだよ」
◇
夕方。
宿へ戻ると、セラはすでに帰っていた。
「早かったな」
「今日は先生に相談したかったから、終わってすぐ戻ってきた」
「どうだった?」
俺が聞くと、セラは少しだけ得意そうに笑った。
「大丈夫だって」
「ほんと?」
レグが近づく。
「うん。五日くらいなら大丈夫。ただし、戻ってきたら遅れた分はちゃんと補うこと」
「そりゃそうだな」
「それと」
セラが鞄から何枚かの紙を取り出した。
「休んでる間の課題」
「結構あるな」
「言わないで……」
見ただけで嫌そうな顔をする。
「旅先でやる?」
「時間あったら」
「やらないやつだな」
「やるわよ!」
レグが紙を覗き込む。
「いっぱい」
「そうなの」
「レグ、てつだう?」
セラが一瞬だけ嬉しそうな顔をする。
「ほんと?」
「よめない」
「じゃあ何を手伝うの!?」
レグは首を傾げた。
「もつ?」
「ありがとう。気持ちだけもらっとく」
俺は笑いながら、今日買ってきたものを広げた。
保存食。
水袋。
薬。
道具。
少し大きくなった鍋。
「……鍋、大きくなってない?」
セラがすぐ気づいた。
「レグが」
「ハヤトも賛成した」
「裏切るの早いな!」
セラが呆れた顔をする。
「まあ、使えるからいいけど」
「だろ?」
「レグ、これも」
新しい手袋を見せる。
セラが目を丸くした。
「買ったの?」
「ん」
「似合うじゃない」
「ほんと?」
「うん」
レグが嬉しそうに笑う。
「これでいっぱいたたける」
セラの顔が止まった。
「ハヤト」
「俺も同じこと言った」
「ならいいわ」
よくない気もするが。
◇
その日の夜。
俺たちは《青葉亭》へ行った。
前回と同じように店の人へグレイの名前を出すと、今日は二階にいると言われた。
案内された小さな部屋に入る。
グレイは机いっぱいに地図を広げて待っていた。
「来たね」
「ああ」
「ということは」
グレイがレグを見る。
「行くと決めたのかな」
俺たちは席につく。
「そのつもりです」
俺が答える。
「ただ、何日かかるかはちゃんと確認しておきたい」
「もちろんだ」
グレイが地図をこちらへ向ける。
王都。
北へ伸びる街道。
そして、その先にある小さな町。
「一日目はここまで進む。町で一泊して、翌朝から山へ入る」
指が地図の上を動く。
「街道を外れてからは半日ほどだ。順調なら二日目の昼過ぎには神殿へ着ける」
「そこで一泊?」
セラが聞く。
「神殿の近くに野営できる場所がある。以前私が行ったときにも使った」
「神殿の中で寝るわけじゃないのね」
「勧めない。崩れている場所もあるからね」
グレイはさらに説明を続けた。
神殿はかなり古く、地上部分は大半が崩れていること。
資料が残されていたのは地下。
そこへ入るための通路を、グレイは知っている。
「魔物は?」
俺が聞く。
「いる」
「やっぱり」
「数までは分からない。前回は小型のものが何体かいた程度だが、同じとは限らない」
「強い?」
レグが聞いた。
グレイがレグを見る。
「少なくとも、君が本気を出す必要はないと思う」
「そっか」
少し残念そうだ。
「なんで残念そうなの?」
セラが呆れる。
「つよいやつ、たたかいたい」
「旅の目的忘れないでよ」
「わかってる」
本当に分かっているだろうか。
「グレイは戦えるんですか?」
俺が聞く。
「最低限は」
「最低限?」
「逃げる時間を稼ぐくらいだと思ってくれ」
「じゃあ戦力には数えない方がいい?」
「その方が安全だね」
正直で助かる。
俺とレグ。
セラ。
戦闘になれば基本はこの三人で対応することになる。
ただ、セラも今は以前とは少し違う。
治癒術を覚え始めたことで、戦いながら魔力をどこへ使うか考える必要が出てくる。
俺もそこは意識しておいた方がいい。
「出発は?」
グレイが聞く。
俺はセラを見る。
「治癒術院は?」
「明後日からなら大丈夫」
「じゃあ」
俺はグレイへ向き直る。
「明後日の朝で」
「分かった」
グレイが頷く。
「北門で待ち合わせよう」
話は決まった。
◇
宿へ戻る道。
夜の王都を三人で歩く。
「明後日か」
セラが言う。
「早い?」
「ううん」
少し考える。
「ちょうどいいと思う」
レグは俺の横で、新しい手袋を何度も見ている。
「そんな気に入った?」
「ん」
「明日までに無くすなよ」
「なくさない」
「寝るときも付けそうだな」
「つける」
「外せ」
セラが笑う。
王都へ来てから。
ここで少し落ち着くのかと思っていた。
実際。
セラは治癒術院に通い始め。
俺も新しい技能を練習し。
レグも人の姿での生活に慣れてきた。
それでも。
俺たちはまた旅に出る。
今度の目的は依頼でも、金でもない。
レグ自身のことを知るためだ。
何が見つかるのかは分からない。
古い記録とレグが、ただ似ているだけかもしれない。
何も分からず帰ってくる可能性だってある。
それでも。
「レグ」
「ん?」
「楽しみ?」
聞くと。
レグは少し考えた。
「ちょっとこわい」
「ああ」
「でも」
俺とセラを見る。
「たのしみ」
俺は笑った。
「そっか」
セラもレグの隣へ並ぶ。
「じゃあ、ちゃんと準備して行こう」
「ん」
出発まで、あと二日。
王都で始まった新しい生活を少しだけ離れて。
俺たちは北へ向かう。
百年以上前の記録が残された。
《ルディア旧神殿》へ。




