第40話 初めての実戦
それから数日。
俺たちの王都での生活にも、少しずつ決まった流れができ始めていた。
朝になればセラは治癒術院へ向かい、俺とレグは訓練場へ行ったり、王都の中を見て回ったりする。夕方には三人で宿へ戻り、その日あったことを話しながら飯を食う。
セラは小さな傷なら治癒術で閉じられるようになってきた。ただし、先生からは毎日のように「できるからといって無理に大きな傷を治そうとしないこと」と言われているらしい。
俺の受け流しも、訓練ならかなり形になってきた。
レグも、人の姿で力を抑える感覚を少しずつ掴み始めている。
そこで。
「そろそろ依頼行くか」
朝食の席で俺が言うと、セラがパンを食べる手を止めた。
「三人で?」
「ああ。今日は授業休みだろ?」
「うん」
レグもすぐに顔を上げる。
「まもの?」
「まだ依頼決めてない」
「つよいやつ?」
「だから決めてないって」
「おにく?」
「なんで依頼の話から肉になるんだよ」
セラが笑う。
「でも私も行きたい。最近、授業ばっかりだったし」
「じゃあ決まりだな」
今までなら、なるべく簡単な依頼を選ぶところだが、今日は少しだけ考えが違った。
危険すぎるものを選ぶつもりはない。
ただ。
訓練場でできることと、実際の戦いでできることは別だ。
それを一度、確かめておきたかった。
◇
冒険者ギルドの掲示板を眺めていると、ちょうど良さそうな依頼が見つかった。
王都から少し離れた村まで、荷馬車を護衛する仕事だ。
日帰り。
最近、街道の途中でゴブリンが出ることがあるらしい。
「これどう?」
俺が依頼書を見せると、セラが内容を読む。
「護衛か……悪くないんじゃない?」
「だろ?」
「ただ、ゴブリンが出るかどうかは分からないのね」
「何も起きなきゃ、それはそれでいいだろ」
レグが横から覗き込む。
「ゴブリン?」
「たぶん出るかもしれない」
「たおす?」
「襲ってきたらな」
「わかった」
やる気は十分らしい。
受付で依頼を受けると、依頼主は東門の外で待っていると教えられた。
俺たちはそのまま向かう。
門を出たところには、小さな荷馬車と一人の男がいた。
「冒険者ギルドから来ました」
声をかけると、男はほっとした顔をする。
「助かった。今日は荷物が多くてな」
荷馬車には木箱がいくつも積まれている。
「村までどのくらい?」
「二時間半くらいだ。何もなければ昼前には着く」
「分かりました」
俺は周囲を見る。
街道は人通りがあるが、王都から離れるほど少なくなるらしい。
「じゃあ出発しよう」
男が御者台へ座る。
俺たちは荷馬車の横についた。
レグは今日も人の姿だ。
王都から出た以上、竜に戻ってもいいのだが、本人がこのままがいいと言った。
最近は、人の身体で動くことそのものが練習になっているらしい。
「レグ」
「ん?」
「もし戦うことになっても、いきなり全力はなしな」
「わかってる」
「本当に?」
「しつこい」
「最近よく言うな、それ」
「ハヤトがしつこいから」
セラが笑う。
俺が悪いのか?
◇
最初の一時間ほどは、何事もなかった。
天気もいい。
街道も歩きやすい。
途中で何台か別の荷馬車とすれ違っただけだ。
「平和ね」
セラが言う。
「護衛なんてこんなもんでいいんだよ」
「ハヤト、退屈?」
「少し」
「ほら」
「でも何か起きてほしいとは言ってない」
「その顔が言ってる」
最近、本当に顔で全部判断される。
そのときだった。
前を歩いていたレグが止まる。
「ハヤト」
声が変わった。
「どうした?」
「いる」
「何が?」
レグが街道の左側へ顔を向ける。
少し離れたところに、木々が集まっている。
「いっぱい」
俺とセラはすぐに表情を変えた。
「魔物?」
「ん」
御者へ声をかける。
「一度止めて!」
荷馬車が止まる。
俺は剣を抜いた。
セラも後ろへ下がりながら周囲を警戒する。
数秒。
何も起きない。
「どこ?」
俺が小声で聞く。
レグが指差す。
「そこ」
次の瞬間。
木々の間から、小さな影が飛び出した。
一体。
二体。
さらに奥から続く。
緑色の肌。
小柄な身体。
錆びた剣や棍棒を持っている。
「ゴブリン!」
セラが声を上げる。
数は――七。
聞いていたより多くはない。
「俺が前に出る。セラは荷馬車の近く!」
「分かった!」
「レグは?」
レグが俺を見る。
「たたかう」
「じゃあ右側頼む。ただし――」
「よわくする」
先に言われた。
「よし」
俺は前へ出る。
ゴブリンもこちらへ向かって走ってきた。
一体目。
棍棒を大きく振り上げる。
いつもなら避けて、そのまま斬るところだ。
でも。
今日は違う。
木剣じゃない。
実戦。
失敗すれば普通に痛い。
「……来い」
棍棒が振り下ろされる。
俺は剣を合わせた。
正面から止めない。
角度をつける。
力を――。
横へ。
ガッ、と鈍い音が響く。
棍棒が剣の表面を滑り、そのまま俺の横を通り抜けた。
「できた!」
思わず声が出る。
「ハヤト! 前!」
セラの声。
「あ」
二体目が来ていた。
「危なっ!」
慌てて避ける。
「戦闘中に喜ばないで!」
「ごめん!」
一体目を斬り倒し、そのまま二体目と向き合う。
今度は受け流しにこだわらない。
避けられるものは避ける。
使えるところだけ使う。
訓練したからといって、それ一つで全部戦う必要はない。
三体目。
剣を持ったゴブリン。
横から振ってくる。
今度は余裕を持って合わせる。
滑らせる。
体勢が崩れたところへ一撃。
「……よし」
訓練場より難しい。
相手は同じ場所を狙ってくれないし、同じ速さでもない。
でも。
使える。
それが分かっただけでも十分だった。
◇
一方。
「レグ!」
セラが思わず叫ぶ。
ゴブリンが二体、同時にレグへ向かっていた。
レグは武器を持っていない。
片方が棍棒を振る。
レグは身体を横へずらして避けると、ゴブリンの腕を掴んだ。
「えい」
軽く。
本当に軽く押したように見えた。
それなのにゴブリンは地面を転がり、そのまま動かなくなった。
「……」
レグが自分の手を見る。
「できた」
嬉しそうだ。
「いや、それでも結構飛んでるから!」
セラが言う。
「でも、きのうよりよわい」
「比較対象がおかしいのよ!」
もう一体がレグへ飛びかかる。
レグは振り返ると、今度は腕ではなく肩を軽く押した。
ゴブリンが横へ倒れる。
そのまま意識を失った。
「……」
セラが何とも言えない顔をする。
「レグ」
「ん?」
「それ以上弱くできる?」
「やってみる」
頼もしいのか不安なのか分からない。
そのとき。
「セラ!」
俺が叫ぶ。
一体のゴブリンが、俺たちを避けて荷馬車へ向かっていた。
セラが振り返る。
「止まって!」
手を上げる。
火炎魔術。
ただし、荷馬車が近い。
強く撃てない。
セラは一瞬だけ迷ったが、すぐに魔力を抑えた。
小さな火球が飛ぶ。
ゴブリンの足元へ。
「ギャッ!」
驚いて動きが止まる。
その隙に。
俺が追いついた。
「よし!」
一撃。
倒れる。
残りは一体。
最後のゴブリンは状況を見て、逃げ出した。
追うか?
一瞬迷う。
だが。
「ハヤト」
セラが呼ぶ。
「護衛」
そうだった。
俺たちの仕事はゴブリン討伐じゃない。
荷馬車を守ることだ。
「追わない」
剣を下ろす。
逃げていく一体を見送り。
ようやく周囲が静かになった。
◇
「大丈夫ですか?」
御者の男へ駆け寄る。
「あ、ああ。こっちは平気だ」
荷馬車にも被害はない。
馬が少し怯えている程度だ。
「怪我は?」
「俺はない」
俺も大丈夫。
レグも平気。
「セラは?」
「大丈夫――」
言いかけて。
セラが左腕を見る。
服が少し切れていた。
「セラ!」
「大丈夫。かすっただけ」
近づいて見ると、本当に浅い傷だった。
戦っている間に、いつの間にかゴブリンの武器が掠ったらしい。
血が少し滲んでいる。
「痛い?」
レグが心配そうに覗き込む。
「これくらい平気よ」
セラはそう言ったあと。
傷を見る。
そして。
少し考えた。
「……やってみてもいいかな」
「治癒術?」
「うん」
先生から言われている。
無理に大きな傷を治そうとしないこと。
でも。
これは浅い。
治癒術院で練習しているものと、ほとんど変わらない程度だ。
「無理するなよ」
「分かってる」
セラは道の端へ座った。
俺とレグも近くで見守る。
左腕の傷へ右手を近づける。
一度。
ゆっくり息を吐く。
「焦らない……必要な分だけ」
小さく呟く。
手のひらに淡い光が生まれた。
魔力が傷へ流れる。
一気に治るわけではない。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
開いていた傷が閉じていく。
やがて。
セラが魔力を止めた。
「……どう?」
俺が覗く。
血は止まり、傷もほとんど分からなくなっている。
「できたな」
「うん」
セラ自身が一番驚いていた。
「実際に自分の傷を治すと、なんか違う」
「痛かった?」
「少し。でも……ちゃんとできた」
レグがセラの腕を見る。
「なおった」
「うん」
「すごい」
セラが笑った。
「ありがと」
小さな傷だ。
命に関わるようなものでもない。
それでも。
訓練じゃない。
実際の戦いでできた傷を。
セラは自分の治癒術で治した。
「先生にちゃんと話せよ」
俺が言う。
「怒られるかな」
「なんで?」
「勝手に実戦で使ったから」
「浅い傷だけって言えば大丈夫じゃない?」
「……たぶん」
「俺の真似するな」
「何が?」
「今の『たぶん』」
セラが笑う。
◇
それから先は、何事もなく村へ到着した。
荷物を届け終えると、御者の男が何度も礼を言ってくれた。
「途中はどうなるかと思ったが、助かったよ」
「護衛ですから」
「しかし、あの嬢ちゃん……」
男がレグを見る。
レグは少し離れたところで村の屋台を眺めていた。
「強いな」
「まあ……強いです」
詳しくは説明しない。
人の姿のレグをただの小柄な女性だと思っているから、余計に驚いたのだろう。
「それに治癒術まで使える奴がいる。良いパーティーだな」
今度はセラを見る。
セラは少しだけ照れた。
「まだ覚え始めたばかりです」
「それでも十分だ」
男の言葉に。
セラが嬉しそうに笑った。
俺も何となく嬉しくなる。
訓練場で覚えた受け流し。
人の姿での力加減。
覚えたばかりの治癒術。
どれも、まだ完成には程遠い。
それでも今日。
三人とも。
実戦の中でちゃんと使うことができた。
「ハヤト!」
遠くからレグが呼ぶ。
「何?」
「おにくある!」
……感動は長く続かなかった。
「仕事終わったし食うか」
俺が言うと、セラが笑う。
「結局そうなるのね」
「今日はいいだろ」
「まあね」
俺たちはレグのいる屋台へ向かった。
今日の依頼は。
ただ荷物を届けるだけの護衛だった。
でも。
俺たちにとっては。
少しだけ。
自分たちが前へ進んでいることを実感できた一日になった。




