第36話 それぞれの一歩
王都へ戻った俺たちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「おなかすいた」
「まず報告」
「でも、いらいおわった」
「報告するまでが依頼なんだって」
「さっきもいってた」
「じゃあ覚えてるだろ」
レグが少し不満そうな顔をする。
その隣で、セラが小さな袋を抱えていた。
薬草農園のバートンさんからもらった薬草茶だ。
「これ、どんな味なんだろ」
「飲めば分かる」
「それはそうだけど」
「おにくの味?」
レグが聞く。
「絶対違うわよ」
「じゃあ、いらない」
「まだ飲んでもないでしょ!」
こいつの判断基準は本当に分かりやすい。
ギルドへ入り、受付で依頼書を渡す。
担当の職員が内容を確認した。
「ホーンラビット十体の駆除ですね。農園からも問題なく完了したと連絡が届いています」
「もう?」
「依頼主の方が先に知らせてくださったようです。それと、侵入経路まで塞いでくださったそうですね」
「ああ。簡単にですけど」
「十分です。ありがとうございました」
依頼完了。
報酬を受け取り、俺たちは受付を離れた。
「これで終わり」
俺が言うと。
「ごはん!」
レグが即答した。
「それしか考えてなかっただろ」
「いらいもした」
「したけど」
「いっぱいはたらいた」
確かにレグのおかげで、ホーンラビットを探すのはかなり楽だった。
「じゃあ食うか」
「やった」
セラが呆れたように俺を見る。
「やっぱり甘い」
「働いた分だよ」
「ハヤト」
「ん?」
「セラもはたらいた」
「知ってるよ」
「セラにもごはん」
「お前が奢るみたいに言うな」
セラが笑った。
◇
その日はギルドで昼を食べたあと、特に依頼を受けず宿へ戻った。
そして翌朝。
「じゃあ、行ってくる」
宿の前で、セラが言った。
今日から治癒術院の授業が始まる。
昨日までと違って、鞄を何度も開けたりはしていない。
……出発前に二回確認していたのは見たけど。
「忘れ物ない?」
俺が聞く。
「ない」
「本当に?」
「ハヤトまで確認させようとしないで!」
「いや、昨日まであれだけやってたから」
「今日は大丈夫」
セラが鞄を軽く叩く。
レグが横から覗き込んだ。
「ほんと?」
「ほんと!」
「ならいい」
「なんでレグまで確認する側なのよ……」
でも、緊張している様子は昨日までより少なかった。
「送ってく?」
俺が聞くと、セラは首を横に振った。
「大丈夫。一人で行けるわよ」
「迷わない?」
「昨日行ったでしょ」
「王都広いし」
「子供じゃないんだから」
「セラ」
レグが呼ぶ。
「なに?」
「まよったら?」
「迷わない!」
「じゃあ、がんばれ」
「……うん」
セラの表情が柔らかくなる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
俺が返す。
「いってらっしゃい」
レグも真似した。
セラは一度振り返って笑うと、人の多い通りへ歩いていった。
俺とレグは、その姿が見えなくなるまで見送った。
「……」
「……」
二人になる。
「ハヤト」
「ん?」
「どうする?」
珍しい。
最初に飯の話じゃなかった。
「とりあえず武器の手入れかな」
旅もしたし、昨日も使った。
剣の状態は一度見てもらった方がいい。
「そのあとギルドでも行くか」
「いらい?」
「今日は近場のがあればな」
セラは初日だ。
何時に終わるかも分からないし、いきなり俺たちだけで遠くへ行く気にもならなかった。
「じゃあ、いく」
「おう」
歩き出す。
数歩。
「ハヤト」
「なに?」
「そのあと、ごはん?」
やっぱり変わってなかった。
「時間次第」
「そっか」
◇
武器屋で剣を見てもらい、その後は王都の街を少し歩いた。
旅の前後でまともに見て回る暇がなかったので、行ったことのない通りへ入ってみる。
レグはあちこちを見ていた。
食べ物だけかと思っていたが、意外とそうでもない。
「ハヤト、あれ」
「ん?」
指差した先には、小さな装飾品を並べている店があった。
「どうした?」
「きれい」
銀色の髪飾り。
青い石の付いた首飾り。
細い腕輪。
レグは少し離れた場所から眺めている。
「欲しい?」
聞くと。
「いらない」
「そう?」
「みるだけ」
そう言って、また眺める。
人の姿になってから、こういうものにも少し興味が出てきたのかもしれない。
以前なら肉屋しか見ていなかった気がする。
「レグ」
「ん?」
「一個くらい買ってもいいぞ」
「なんで?」
「別に。気に入ったのあれば」
レグが俺を見る。
それから店を見る。
しばらく悩んで――。
首を横に振った。
「いまはいらない」
「そっか」
「でも」
「ん?」
「おにくはいる」
「台無しだよ」
結局それか。
◇
昼を過ぎてから冒険者ギルドへ行ったが、今日は依頼を受けなかった。
日帰りの仕事はいくつかあったものの、今からだと戻る時間が読めない。
初日のセラを宿で一人待たせるのも何となく違う気がした。
代わりに依頼書を眺めながら、王都周辺にどんな仕事があるのかだけ確認する。
ラーデンより種類が多い。
街中の仕事。
近郊の護衛。
採取。
討伐。
数日かかる仕事まである。
「王都に慣れたら、色々できそうだな」
俺が呟くと。
隣にいたレグが頷く。
「いっぱいある」
「やりたいのある?」
「つよいやつ」
意外な答えだった。
「強いやつと戦いたいの?」
「ん」
「なんで?」
レグは少し考える。
「ハヤトといっしょにたたかう」
「……そっか」
いつもなら自分が倒すと言いそうなのに。
少し変わった。
俺はレグの頭を撫でる。
「じゃあ、そのうちな」
「ん」
「でも街壊すなよ」
「こわさない」
「畑も」
「こわしてない」
「昨日はな」
「ハヤト、しつこい」
また言われた。
◇
夕方。
宿へ戻って少しすると、廊下から足音がした。
扉が開く。
「……ただいま」
セラだった。
「おかえり」
「おかえり」
俺とレグが同時に言う。
セラは部屋へ入るなり、ベッドへ腰を落とした。
「疲れた……」
「そんなに?」
「頭が」
「頭?」
レグがセラの頭を見る。
「いたい?」
「痛いんじゃなくて、覚えることが多いの」
「今日は何した?」
俺が聞く。
セラは少し考えてから答えた。
「ほとんど基礎。治癒術ってどういうものなのかとか、魔力の流し方とか」
「もう治す練習した?」
「まだ」
首を横に振る。
「最初に言われた。治癒術は、魔力を流せば何でも治るわけじゃないって」
「へえ」
「強く流しすぎても駄目。相手の状態をちゃんと見て、必要なところに必要なだけ流すんだって」
昨日の審査とつながっている。
セラがため息をついた。
「私、それが苦手」
「火炎魔術と逆だもんな」
「そうなのよ」
今までのセラは、魔力を火に変えて敵へ叩き込むことをやってきた。
治癒術では。
もっと細かく。
もっと慎重に。
「でも」
セラが続ける。
「面白かった」
疲れている。
でも、笑っていた。
「先生の話聞いてたら、ちゃんと覚えたいって思った」
「なら良かったじゃん」
「うん」
レグがセラの隣へ座る。
「セラ、なおせるようになる?」
「なる」
今度は即答だった。
「絶対なる」
「そっか」
レグが嬉しそうに笑う。
俺も笑った。
「じゃあそのうち、俺が怪我したら頼む」
「怪我する前提で話さないで」
「たとえばだよ」
「ハヤトの場合、本当にやりそうだから嫌なの」
「俺そんな無茶する?」
セラとレグが同時に俺を見る。
「する」
「する」
「……二人同時に言う?」
納得いかない。
◇
その日の夜。
夕食を終えて宿へ戻ると、受付で呼び止められた。
「ハヤトさんですよね?」
「はい」
宿の主人が、一通の封筒を差し出す。
「昼間、あなた宛てに預かりました」
「俺に?」
「男の子が届けに来ましてね。渡せば分かると言っていました」
差出人の名前は書かれていない。
俺は封筒を見つめた。
「誰から?」
セラが聞く。
「分からない」
部屋へ戻ってから開けることにした。
三人で中へ入る。
封を切る。
紙は一枚。
書かれていた文章も短かった。
ハヤトへ。
レグについて、もう少し話しておきたいことがある。
明日の夕方、西門近くの古い噴水で待つ。
来るかどうかは任せる。
――ロイド
「……」
やっぱりあいつか。
「ロイド」
レグの顔が露骨に嫌そうになる。
「まだいたのね」
セラも手紙を見る。
「もうついてこないって言ってなかった?」
「ああ」
追いかけてくるつもりはない。
そう言っていた。
確かに今回は尾行ではない。
手紙を寄越しただけだ。
「でも、レグについて話があるって」
セラが言う。
「行く?」
俺はすぐには答えなかった。
ロイドが何者なのか。
誰に頼まれてレグを調べていたのか。
まだ何も分かっていない。
ただ。
今度は向こうから、話すと言ってきた。
「レグは?」
俺が聞く。
「いきたくない」
即答だった。
「嫌いだもんな」
「きらい」
「じゃあ俺だけ――」
「でも」
レグが俺の袖を掴んだ。
「ハヤトひとりは、やだ」
「……」
セラが俺を見る。
「なら三人で行けば?」
「セラも?」
「私だけ置いていくつもり?」
「治癒術院は?」
「夕方でしょ。授業が終わってからなら行けると思う」
なるほど。
俺はもう一度、手紙を見る。
「じゃあ」
紙を折り畳む。
「三人で行くか」
「うん」
「ん」
ロイド。
灰色の外套の男。
王都へ着いてから、姿を見せていなかった。
その男が。
今度は自分から俺たちを呼んでいる。
何を話すつもりなのか。
明日。
ようやく少しは、聞かせてもらうことにしよう。




