第35話 薬草畑のホーンラビット
王都の東門を出てから、しばらく街道を歩く。
「まだ?」
「まだ」
「おなかすいた」
「まだ昼じゃない」
「もうすぐ?」
「さっきからそればっかりだな」
俺の横を歩くレグが、露骨に不満そうな顔をする。
今日は人の姿のままだ。
王都の外とはいえ、人通りのある街道でいきなり竜の姿へ戻す必要もない。
セラが後ろから笑った。
「依頼が終わったら食べるって言ったでしょ」
「はやくおわらせる」
「食事を理由にやる気出すなよ」
「だいじ」
「はいはい」
とはいえ。
今回の依頼は、俺たちにとってそれほど難しいものではなさそうだ。
薬草畑へ入り込んだホーンラビットが十体前後。
注意するべきなのは、魔物そのものより畑を傷つけないこと。
特に――。
「レグ」
「なに?」
「火は?」
「つかわない」
「よし」
「さっきもきいた」
「念のため」
「しつこい」
最近、言葉の使い方がどんどん上手くなってるな。
誰の影響だ。
横を見ると、セラと目が合った。
「何?」
「いや」
たぶん俺たち二人だろう。
◇
目的の薬草農園は、王都から歩いてそれほどかからない場所にあった。
低い柵に囲まれた広い土地。
その中には何列もの畑が並び、見たことのない草や花が育てられている。
入口の前には、一人の男が待っていた。
五十代くらいだろうか。
日に焼けた顔に、土で汚れた作業着。
俺たちを見ると、すぐに近づいてきた。
「冒険者ギルドからか?」
「はい。魔物駆除の依頼を受けました」
俺が依頼書を見せる。
「助かった。バートンだ。この農園をやってる」
依頼主だ。
「ハヤトです。こっちはセラとレグ」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
レグもちゃんと頭を下げる。
こういうところは教えた覚えがないのに、いつの間にか覚えている。
「思ったより若い三人だな」
バートンはそう言ったあと、すぐに農園の奥を指差した。
「ホーンラビットが入り込むようになったのは、五日ほど前からだ」
「どの辺に出ます?」
「主に奥の畑だ。最初は二、三匹だったんだが、昨日は七匹まとめて見た」
増えてるのか。
「被害は?」
セラが尋ねる。
「こっちを見てくれ」
案内された場所には、何列かの薬草が植えられていた。
ただし。
途中。
ぽっかりと土だけになっている部分がある。
「食べられた?」
「そうだ」
バートンが苦い顔をする。
「根まで掘り返しやがる。このまま増えたら商売にならん」
レグがしゃがみ込み、土を見る。
「ここにいた」
「分かるの?」
セラが聞く。
「におい」
そう言えばレグは、離れた場所にいる人間の気配にも気づいていた。
鼻もかなり利くらしい。
「今も近くにいる?」
俺が聞く。
レグが辺りを見回す。
それから鼻先を少し動かした。
「いる」
「どっち?」
「あっち」
農園の奥を指差す。
頼もしい。
「じゃあ行こう」
「待ってくれ」
バートンに呼び止められた。
「頼むから、畑は壊さないでくれよ」
「もちろん」
俺は頷く。
横を見る。
「レグ」
「みないで」
「何も言ってない」
「火つかわない」
「分かってるならいい」
バートンが不思議そうに俺たちを見ていた。
説明はしない方がいいだろう。
◇
畑の間には、人一人が歩ける程度の土の道がある。
俺を先頭に、セラ、レグの順で進んだ。
「ハヤト」
後ろから小声。
「なに?」
「あそこ」
レグが指差す。
薬草の影。
よく見ると。
何かが動いた。
白っぽい毛。
長い耳。
そして額から伸びた一本の角。
「いた」
俺が剣へ手を伸ばす。
ホーンラビット。
見た目だけなら、角が生えた大きめの兎だ。
かわいい。
ちょっとだけ。
「……倒すの?」
セラが言う。
「依頼だからな」
「そうなんだけど」
「かわいい?」
「少しだけ」
その瞬間。
ホーンラビットがこちらを向いた。
そして。
地面を蹴った。
速い。
真っ直ぐ俺へ突っ込んでくる。
「うおっ!」
横へ避ける。
角が服のすぐ横を通り過ぎた。
「全然かわいくない!」
セラが叫んだ。
「今ので感想変わった?」
「変わった!」
ホーンラビットが反転する。
もう一度こちらへ向かってくる。
今度はタイミングを合わせた。
「そこ!」
剣を振る。
一体目。
倒した。
「思ったより速いな」
「ハヤト」
レグが呼ぶ。
「なに?」
「いっぱいきた」
「え?」
奥の薬草が揺れる。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と耳が見えた。
「本当にいっぱいだな」
セラが身構える。
六体。
いや、もっといる。
「散らばられると面倒だ」
俺が言う。
追い回して畑を踏み荒らしたら、依頼を達成しても怒られる。
「セラ、外へ逃げないようにできる?」
「やってみる」
セラが両手を前へ出した。
「畑には当てないでよ」
「分かってる!」
小さく魔力が集まる。
セラが放った火は、普段よりずっと弱い。
魔物を焼くためではなく、土の道へ落として進路を塞ぐためのものだ。
ぱっと火が上がる。
逃げようとしていたホーンラビットが方向を変えた。
「ハヤト!」
「任せろ!」
こっちへ来た二体を続けて倒す。
別の一体が横へ走る。
「そっち!」
セラが再び小さな火を落とす。
方向転換。
俺の方へ。
「よし!」
また一体。
うまくいく。
「レグ!」
「ん!」
「まだいる場所教えて!」
レグは周囲を見回し。
「あっち二こ」
「二体な!」
「あっち三こ」
「三体!」
「いっぱい」
「そこだけ数えるの諦めるな!」
セラが笑っている。
戦闘中だぞ。
◇
しばらくして。
「……これで八体」
俺は息を整えながら剣を下ろした。
「依頼では十体前後だったわよね」
「ああ」
「レグ?」
セラが聞く。
レグは畑の奥を見ている。
「まだいる」
「やっぱりか」
俺たちは再び進む。
農園の一番奥。
柵の近くまで来たところで、レグが止まった。
「ここ」
「どこ?」
「した」
「下?」
見る。
柵の近くの地面。
薬草に隠れて分かりづらいが、小さな穴が開いている。
「巣?」
セラがしゃがむ。
その瞬間。
穴から白い影が飛び出した。
「セラ!」
俺が動くより早く。
セラが身体を逸らした。
角が顔のすぐ横を通る。
「危なっ!」
ホーンラビットは着地すると、もう一度セラへ向きを変えた。
俺が間へ入る。
「こっちだ!」
注意が俺へ向く。
突進。
避ける。
剣を振る。
九体目。
「大丈夫?」
セラを見る。
「大丈夫……びっくりした」
怪我はない。
良かった。
「まだ」
レグが言った。
「いる?」
「ん」
穴を見る。
少し待つ。
そして。
また一体。
今度は飛び出す前に分かった。
俺は横へ回り込み、畑へ入られない位置で仕留めた。
十体。
「これで依頼通りか?」
「待って」
レグが穴へ近づく。
「レグ、危ないぞ」
「もういない」
「分かる?」
「ん」
鼻を近づける。
「いない」
なら。
これで終わりか。
俺が剣を収めようとしたとき。
レグが穴の横を指差した。
「でも」
「なに?」
「こっち」
地面。
そこには。
小さな足跡がいくつも残っていた。
農園の外から。
柵の下を通り。
この穴へ続いている。
「ここから入ってきてたのか」
セラが言う。
「みたいだな」
柵の下。
一部の土が掘られ、隙間ができていた。
このままにしておけば。
また別のホーンラビットが入ってくるかもしれない。
「塞いどく?」
「依頼には入ってないけど、その方がいいだろ」
近くにあった石と土を使い、三人で隙間を埋める。
レグもちゃんと手伝った。
「これ、ここ?」
「もう少し右」
「ここ?」
「そう」
「できた」
「上手いじゃん」
褒めると。
レグが少し得意そうな顔をした。
「レグ、はたらいた」
「ああ」
「じゃあ」
「嫌な予感するな」
「ごはん」
やっぱり。
セラが笑った。
「ちゃんと働いたんだから、今日はいいんじゃない?」
「セラがどんどん甘くなってる」
「ハヤトに言われたくないって」
それもそうか。
◇
バートンのところへ戻り、状況を報告する。
「十体か」
「ああ。それと奥の柵の下に穴があったから、簡単に塞いでおきました」
「本当か?」
バートンの顔が明るくなる。
「そこから入ってきてたのかもしれません」
セラが説明する。
「助かった。あとで俺もちゃんと補強しておく」
畑を確認してもらう。
大きな被害は増えていない。
セラが火を使った場所も土の道だけで、薬草には影響していなかった。
「綺麗にやってくれたな」
「良かった」
俺も安心する。
依頼を達成したのに、畑を壊して弁償なんて笑えない。
「ありがとう。本当に助かった」
バートンが頭を下げる。
そのあと。
農園の端へ向かい。
何かを持って戻ってきた。
小さな袋。
「これは依頼とは別だ。持っていってくれ」
「何です?」
「薬草茶だ。ここで育ててる葉を乾燥させたものだよ」
「いいんですか?」
「ああ。畑まで直してくれた礼だ」
セラの目が少し輝いた。
「ありがとうございます」
「治癒術院の学生なら、薬草も勉強するだろう」
「え?」
バートンが笑う。
「さっき受付の書類が鞄から見えたんだ。違ったか?」
「いえ。昨日、入学が決まったばかりで」
「そりゃめでたい」
セラは少し照れながら袋を受け取った。
「大事に飲みます」
その横で。
レグが袋を見ている。
「おにくじゃない」
「お前にはやらない」
「いらない」
即答だった。
失礼なやつだ。
◇
農園を出る。
王都の城壁が遠くに見える。
「王都で最初の依頼、終わったな」
俺が言う。
「思ったよりちゃんと仕事した感じする」
セラが笑う。
「ちゃんと仕事したんだよ」
「レグも」
「そうだな」
「いっぱいはたらいた」
「場所教えてくれたの助かったよ」
レグが満足そうに頷く。
そして。
「だから」
「はいはい」
「まだ何もいってない」
「飯だろ?」
「ん」
分かりやすすぎる。
「ギルドで報告してからな」
「……」
「そんな顔しても駄目」
「ハヤト、つめたい」
「依頼終わるまでが仕事なの」
セラが横から言う。
「報告が終わったら食べよう」
「ほんと?」
「うん」
「セラ、すき」
「またか」
「ハヤトも」
「はいはい」
俺たちは王都へ向かって歩き出した。
薬草畑の魔物駆除。
派手さはなかった。
危険な敵が出たわけでもない。
でも。
王都で初めて受けた依頼としては。
悪くない一日だった。




