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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
第1部 自由への一歩

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第31話 治療院


王都治癒術院の門をくぐった瞬間、セラの歩幅がほんの少し小さくなった。


門の外ではあれだけ人や馬車の音がしていたのに、敷地へ入ると空気が変わる。


正面には白い石造りの大きな建物。


その左右にもいくつかの建物が並び、敷地の中を同じような服装の若い男女が行き来していた。


本を抱えて歩く者。


二人で何かを話しながら急いでいる者。


少し離れた建物からは、薬草のような匂いも漂ってくる。


「……ここなんだ」


セラが呟いた。


声が小さい。


「ここなんだろうな」


「何その返し」


「いや、俺は初めて来たから」


「私だって初めてよ」


「じゃあ同じじゃん」


「そういうことじゃなくて……」


言い返しながらも、セラの目はずっと正面の建物へ向いている。


ずっと目指していた場所だ。


王都へ来た一番の理由と言ってもいい。


緊張するなという方が無理だろう。


「セラ」


横からレグが顔を覗き込む。


今は人の姿だ。


「なに?」


「かお、かたい」


「……また?」


「うん」


俺も頷く。


「硬いな」


「ハヤトまで言わなくていい!」


「だって本当だし」


「緊張してないから」


「誰も緊張してるなんて言ってないぞ」


「……」


「あ、自分で言った」


「うるさい!」


少しだけ、いつものセラに戻った。


そのまま三人で正面の建物へ向かう。


    ◇


中へ入ると、大きな玄関ホールが広がっていた。


正面には受付。


左右の廊下から何人もの人が出入りしている。


壁際には長椅子が並び、順番を待っているらしい人の姿もあった。


「じゃあ行くか」


俺が言う。


「……うん」


セラが一歩進む。


止まる。


鞄を開ける。


「何してるの?」


「書類確認」


「さっきしただろ」


「念のため」


一枚取り出す。


確認する。


戻す。


もう一枚。


確認する。


戻す。


「全部ある?」


「ある」


「じゃあ行こう」


「待って」


「まだあるの?」


「入学金……」


「あるよ」


「大きい声で言わないで!」


「普通の声だろ」


「金貨五十枚持ってるなんて周りに聞かれたくないの!」


なるほど。


それは確かにそうかもしれない。


「悪い」


「ほんとにもう……」


セラが鞄を閉じる。


今度こそ受付へ歩き始めた。


俺とレグもついていこうとすると、セラが振り返る。


「なんで二人とも来るの?」


「え?」


「え?」


レグまで同じ顔をする。


「一緒に来たんだから、一緒に行くけど」


「受付くらい一人でできるわよ」


「じゃあ待ってる?」


「……」


セラが受付を見る。


俺たちを見る。


もう一度受付を見る。


「……近くにはいて」


「緊張してるじゃん」


「してない!」


今度こそ怒られそうなので、黙ることにした。


    ◇


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」


受付の女性が穏やかに尋ねた。


セラの背筋がぴんと伸びる。


「入学を希望していて……こちらを」


用意してきた書類を差し出す。


「確認いたしますね」


一枚ずつ丁寧に目を通していく。


セラはその間、微動だにしない。


俺とレグは少し後ろで待っていた。


「ハヤト」


レグが小さな声で呼ぶ。


「ん?」


「セラ、うごかない」


「今はそっとしといてやれ」


「なんで?」


「大事なところだから」


「ふーん」


そのとき。


「はい。必要書類は揃っています」


受付の女性が顔を上げた。


セラの肩が、ほんの少し下がる。


「それでは、こちらの用紙にお名前と現在の所属、それから簡単な経歴をご記入ください」


「はい」


紙と筆記具を受け取り、少し離れた机へ向かう。


セラは椅子に座ると、真剣な顔で書き始めた。


「ハヤト」


「今度は何?」


「セラ、なにしてる?」


「自分のこと書いてる」


「レグも?」


「入らないだろ」


「はいらない」


「じゃあ書かなくていい」


「そっか」


しばらくして。


「できた」


セラが戻ってくる。


受付へ用紙を渡す。


女性は内容を確認すると、今度は一冊の薄い冊子を取り出した。


「では、入学までの流れをご説明します」


セラの顔が再び真剣になる。


「治癒術院へ入学される場合、まず基礎審査を受けていただきます」


「基礎審査?」


「はい。魔力を安定して扱えるか、治癒術を学ぶうえで大きな問題がないかを見るための簡単な審査です」


セラが少しだけ目を見開く。


「治癒術が使えないと駄目ですか?」


「いいえ。入学時点で治癒術を使えない方もいます。そのために学ぶ場所ですから」


その言葉を聞いて。


セラの表情が少しだけ和らいだ。


俺も内心ほっとする。


最初から治癒術を使えないと入れないなら、何のための学校なのか分からない。


「審査はいつ受けられますか?」


「最短ですと、明日の午前中に空きがあります」


「明日……」


セラが呟く。


早い。


俺もそう思った。


「もちろん、後日に変更することもできますが」


「いえ」


セラはすぐ顔を上げた。


「明日でお願いします」


迷いはなかった。


「承知しました」


女性が何かを書き込み、小さな札をセラへ渡す。


「明日の朝、こちらを持って受付へお越しください」


「分かりました」


「審査を通過されましたら、正式な入学手続きへ進みます。その際に入学金の五十金貨をお納めいただく形になります」


五十金貨。


分かっていた数字だ。


それでもセラの手が、札を持ったまま僅かに止まった。


「……はい」


「大丈夫?」


俺が聞く。


セラが振り返る。


「大丈夫」


「金は――」


「だからここで言わないでって!」


「あ、ごめん」


受付の女性が口元を押さえている。


笑われた。


「ハヤト」


レグが袖を引いた。


「何?」


「ごじゅうきんか」


「ああ」


「おにく、いっぱい」


「まだ覚えてたのか」


「いっぱい」


「今その換算やめて!」


今度は受付の女性も完全に笑っていた。


セラが顔を赤くする。


「もう……」


    ◇


手続きはそれで終わり――ではなかった。


「よろしければ、審査を受ける場所までご案内できますが」


受付の女性に言われ。


セラは一瞬固まった。


「見てもいいんですか?」


「入口まででしたら」


「お願いします」


即答だった。


案内されて廊下を進む。


俺とレグも一緒についていく。


窓の向こうには中庭が見えた。


何人かの学生らしき人たちが二人一組になり、何かの練習をしている。


少し先の部屋では、教師らしき人の話を大勢が聞いていた。


「……」


セラが歩きながら何度も横を見る。


「気になる?」


俺が聞く。


「そりゃ気になるわよ」


「明日通れば、あっち側だな」


「まだ通ってないから」


「通る気で来たんだろ?」


「そうだけど……」


さっきから不安そうにしたり、楽しそうにしたり忙しい。


案内された先には、いくつかの扉が並んでいた。


「明日はこの辺りで審査を行います」


「はい」


「難しいことを急に求められるものではありませんので、普段通りに受けてください」


「……分かりました」


普段通り。


言葉では簡単だ。


でも今のセラを見る限り、それが一番難しそうだった。


    ◇


治癒術院を出る。


門を抜けたところで。


セラが立ち止まった。


「……はぁぁぁぁ」


長い。


ものすごく長いため息だった。


「緊張してなかったんじゃないの?」


「今終わったから!」


「何が?」


「色々!」


「便利な言い訳だな」


「ハヤト」


「はい」


これ以上言うと怒られる。


レグがセラを見上げる。


「セラ」


「なに?」


「だいじょうぶ?」


「……うん」


「おなかいたい?」


「痛くないわよ!」


「ハヤト、きんちょうするとおなかいたくなるっていってた」


「いつの話だよ」


「このまえ」


「余計なこと覚えてるな……」


セラが吹き出した。


「ふふっ……何それ」


「笑うなよ」


「だって」


さっきまで張りつめていた顔が、ようやく崩れる。


俺はそれを見て少し安心した。


「明日だな」


「うん」


セラは手の中の札を見る。


「早いなあ」


「嫌なら変えてもらえば?」


「嫌じゃない」


「なら決まり」


「簡単に言うわね」


「難しく考えても明日は来るし」


セラが俺を見る。


少し呆れたような顔。


でも。


「……そういうところ、ちょっと羨ましい」


「何が?」


「何でもない」


またそれか。


レグがセラの手元を覗く。


「それ、だいじ?」


「うん。明日必要なの」


「なくしたら?」


セラの顔が固まった。


「レグ」


「ん?」


「今それ言わないで」


「なんで?」


「また確認したくなるから!」


案の定。


セラが鞄を開いた。


「今持ってるじゃん!」


「分かってるけど!」


札を入れる。


閉じる。


その数秒後。


もう一度開く。


「ほら始まった」


「うるさい!」


    ◇


宿へ戻る頃には、日が傾き始めていた。


部屋へ入るなり。


レグがベッドへ倒れ込む。


「つかれた」


「何に?」


「いっぱいあるいた」


「今日は本当に歩いてたから、それは認める」


人の姿だと、さすがに俺の頭に乗って移動するわけにもいかない。


王都へ入ってからはほとんど自分で歩いている。


「レグ、お腹空いてないの?」


セラが聞く。


レグが勢いよく起き上がった。


「すいた」


「元気じゃない」


「ごはんはべつ」


相変わらずだ。


「今日は何食う?」


俺が聞く。


「おにく」


「聞いた俺が悪かった」


「セラは?」


レグが聞く。


「私は……何でもいいかな」


「じゃあおにく」


「結局肉じゃん」


レグは満足そうに頷いた。


俺は荷物を置きながら、セラを見る。


「今日は早めに寝た方がいいだろ」


「子供じゃないんだから分かってる」


「夜中まで書類確認するなよ」


「しないわよ」


「審査の札も」


「ある!」


即答。


「ちゃんと鞄の中」


「分かった分かった」


「……でも」


セラが一度言葉を止めた。


「やっぱり、ちょっと怖いかも」


俺は黙って続きを待った。


「もし駄目だったらって考えちゃう」


「そりゃ考えるだろ」


「ハヤトなら考えないでしょ」


「考えるよ」


意外そうな顔をされた。


「俺を何だと思ってる?」


「何とかなるって本気で思ってる人」


「まあ、それも思うけど」


俺はベッドへ腰を下ろす。


「駄目だったら嫌だな、とか。失敗したらどうしよう、とか。それくらい普通に考える」


「……そうなの?」


「当たり前だろ」


俺だって何も怖くないわけじゃない。


ただ。


「考えてもやるなら、結局やるしかないじゃん」


セラがしばらく黙った。


「……それだけ?」


「それだけ」


「もっとこう、いいこと言わないの?」


「期待されても困る」


セラが笑う。


「ハヤトらしい」


「それ褒めてる?」


「半分くらい」


「半分かよ」


「セラ」


ベッドからレグが呼ぶ。


「ん?」


「だめでも、セラはセラ」


俺とセラが同時にレグを見る。


本人は何でもない顔をしていた。


「ハヤトがいってた」


「俺?」


「どっちでもレグはレグって」


ああ。


昨日の話か。


人の姿でも。


竜の姿でも。


レグはレグ。


「だから」


レグはセラを見る。


「セラもセラ」


セラは何も言わなかった。


ほんの少しだけ目を見開いて。


それから。


「……ありがと」


笑った。


レグも笑う。


「ん」


「俺よりいいこと言うじゃん」


「レグ、すごい?」


「すごいすごい」


「じゃあ、おにく二こ」


「なんでそうなる」


台無しだ。


セラが笑い出した。


俺もつられて笑う。


明日の結果がどうなるかは分からない。


でも。


少なくとも今夜まで、不安だけで過ごす必要はない。


「よし。飯行くか」


「おにく!」


「声でかい」


「今日は好きなの食べていいよ」


「ほんと?」


「セラの前祝いだからな」


セラが俺を見る。


「まだ受かってないけど」


「だから前祝い」


「落ちたら?」


「そのときは残念会」


「結局食べるのね」


「飯は大事だろ」


「ハヤト」


「何?」


レグが真剣な顔をする。


「それ、だいじ」


「そこだけは意見合うな」


三人で部屋を出た。


明日の朝。


セラは治癒術院の基礎審査を受ける。


王都まで来た目的が、いよいよ本当に動き始める。


そして今夜は。


その前に、三人で腹いっぱい食べることにした。

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