第29話 王都が見えた
翌朝。
目を覚ますと、レグが俺の胸の上に乗っていた。
「……重い」
「おきた?」
「起きたけど、まず降りて」
「なんで?」
「重いから」
「レグ、かるい」
「自分で決めることじゃない」
小さな竜の姿で胸を張られても困る。
俺が身体を起こすと、レグは仕方なさそうに羽ばたいて頭の上へ移動した。
結局そこなのか。
少し離れたところでは、セラがすでに荷物をまとめていた。
「おはよう」
「おはよう。早いな」
「誰かさんたちと違って、ちゃんと起きてたからね」
「レグは?」
「ぐっすり」
頭の上から答える。
「お前に聞いてない」
「でもこたえた」
朝から元気だ。
俺も毛布を畳みながら、昨夜のことを思い返した。
ロイド。
ラーデンから俺たちを追ってきた男。
レグが人化できることを誰かに報告するため、俺たちの様子を見ていたらしい。
誰に報告するのか。
何のためなのか。
結局、そこまでは聞き出せなかった。
「ねえ、ハヤト」
セラも同じことを考えていたらしい。
「昨日の人、本当にもう来ないと思う?」
「さあな」
「さあなって……」
「約束はしてたけど、信用はしてない」
「まあ、そうよね」
セラも小さく息を吐く。
ただ、ロイドの言葉を全部無視するつもりもなかった。
王都では、レグが人化できることを不用意に知られない方がいい。
珍しいものを放っておけない人間が多い。
ずいぶん曖昧な忠告だったが、それ自体は分からなくもない。
「レグ」
「ん?」
「王都に着いたら、人前で急に人化するのはやめよう」
レグが頭の上から顔を覗かせる。
「ひとになっちゃだめ?」
「そうじゃない」
そこは間違えたくない。
「人の姿になりたいならなっていい。ただ、変わるところを大勢に見られないようにしようって話」
「なんで?」
「昨日のロイドみたいに、変なのが寄ってくるかもしれないから」
「ロイド、へん」
「そこは意見一致だな」
セラが苦笑した。
「つまり、人目のないところで人化してから街に入ればいいのよね」
「それなら普通の人にしか見えないしな」
レグが少し考える。
「じゃあ、ひとになる」
「もう決めたの?」
「王都、あるく」
どうやら街を自分の足で歩きたいらしい。
「分かった。ただし」
俺は指を一本立てる。
「服」
レグが黙った。
「忘れてたでしょ」
「わすれてない」
「本当に?」
「……たぶん」
「忘れてるじゃない」
セラが笑った。
◇
それからの旅は、拍子抜けするほど穏やかだった。
ロイドが再び姿を見せることもなく、商隊を狙う盗賊や危険な魔物が現れることもなかった。
日が昇れば歩き、夕方になれば野営する。
最初は慣れなかった地面での寝起きも、二日目、三日目となれば少しずつ要領が分かってくる。
セラも最初の夜ほど疲れた顔をしなくなった。
そしてレグは――。
「おかわり」
何も変わらなかった。
「また?」
「まだ二はい」
「二杯食ったから言ってるんだよ」
「きのう三ばい」
「記録更新を目指すな」
野営のたびに食事の量だけ増えていく。
商隊の人たちにもすっかり覚えられ、夕食になると最初からレグの分だけ少し多めに盛られるようになっていた。
「レグちゃん、今日は肉多めだぞ」
「!」
「ほら、また餌付けされてる」
セラが笑う。
「ちがう」
レグは真剣な顔で否定した。
「なにが?」
「レグ、ちゃんとおれいいう」
そして料理を渡してくれた男へ振り返る。
「ありがと」
「おう。いっぱい食えよ」
「ん!」
「……確かに餌付けとはちょっと違うか」
「でしょ?」
なぜかセラが得意そうだ。
「お前が育てたみたいに言うなよ」
「言ってないわよ」
そんなことを繰り返しながら、何日かが過ぎた。
そして。
「もうすぐだぞ!」
前を歩いていた商隊の男が声を上げた。
「次の丘を越えれば見える!」
セラの足が一瞬止まる。
「……王都?」
「らしいな」
俺たちは自然と歩く速度を上げた。
緩やかな坂を登っていく。
荷馬車が先に丘を越え、その後を追って俺たちも頂上へ出た。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
遥か先。
広大な平原の向こうに、巨大な城壁が伸びていた。
ラーデンとは比べものにならない。
城壁の内側には無数の建物が並び、そのさらに奥には高い塔や大きな建物の屋根が見える。
門へ向かう街道には何台もの馬車。
徒歩の旅人。
騎馬。
遠目でも分かるほど、人の流れが途切れない。
「でかいな……」
話には聞いていた。
それでも、実際に見るのとは全然違う。
横を見る。
セラは何も言っていなかった。
ただ王都を見つめている。
「セラ?」
「……着いた」
小さな声だった。
「まだ門の外だけどな」
「分かってるわよ」
そう言いながらも、目は王都から離れない。
ずっと目指してきた場所なのだ。
治癒術院へ行くために金を貯め、ようやくここまで来た。
「どう?」
俺が聞く。
「何が?」
「実際に見た王都」
セラは少し考えて。
「……大きすぎて、まだ実感ない」
笑った。
でも、その表情を見れば十分だった。
「ハヤト」
今度は頭の上からレグ。
「ん?」
「あれぜんぶ、王都?」
「ああ」
「おみせいっぱい?」
「たぶんな」
「おにくも?」
「たぶんいっぱいある」
「……すごい」
感動するところがセラと全然違う。
「レグ、お前はブレないな」
「?」
◇
王都の門が近づくにつれて、人の数は一気に増えていった。
商隊も列に並び、順番を待つ。
俺は周囲を見回した。
「この辺でいいか」
「人多くない?」
セラが聞く。
「荷馬車の裏なら見えないだろ」
俺たちは商隊の人に一言断り、荷馬車の陰へ移動した。
「レグ」
「ん」
「人になるなら今だぞ」
「なる」
俺の頭から地面へ飛び降りる。
念のため周囲を確認する。
誰もこちらを見ていない。
「服、出すぞ」
荷物からレグの服を取り出して渡す。
「これ」
「ん」
「じゃあ俺は向こう向いてるからな」
「なんで?」
「なんでも」
「?」
相変わらず分かっていない。
セラに任せ、俺は荷馬車の反対側へ回った。
しばらくして。
「ハヤト、いいわよ」
戻る。
そこには人の姿になったレグが立っていた。
銀色の髪に、金色の瞳。
王都へ向けて買った黒を基調とした動きやすい服も、今ではだいぶ見慣れた。
セラがレグの襟元を直している。
「はい。これで大丈夫」
「ありがと」
「どういたしまして」
レグが自分の服を見下ろす。
それから俺を見る。
「ハヤト」
「ん?」
「へん?」
「いや。似合ってるよ」
「そっか」
満足そうに頷いた。
こうして見れば、竜だと気づく人間はいないだろう。
……たぶん。
「じゃあ行くか」
「ん」
レグが俺のすぐ横へ来る。
近い。
「レグ」
「なに?」
「人の姿のときは、もうちょっと――」
言いかけてやめた。
もう何度言ったか分からない。
「……いや、いい」
「?」
セラが後ろで笑っていた。
「諦めたの?」
「少しだけ」
◇
やがて、俺たちの商隊の順番が来た。
門を守る兵士たちが荷馬車を確認していく。
特に問題はないらしく、順番に中へ通されていった。
俺たちのところでも、簡単に目的を聞かれただけだった。
「王都へ来た目的は?」
「冒険者です。こっちは治癒術院に用があって」
俺が答えると、兵士はセラを見る。
「治癒術院か。なら中央区方面だな」
「ありがとうございます」
それだけだった。
レグにも一度視線が向いたが、特に何も言われない。
普通に人間だと思っているのだろう。
門をくぐる。
そして。
「……すご」
今度はセラが声を漏らした。
目の前に広がったのは、ラーデンより遥かに広い大通りだった。
両側には何階建てもの建物が並び、商店の看板がこれでもかと突き出している。
人。
人。
人。
あちこちから声が聞こえ、馬車が行き交い、屋台からは色々な匂いが漂ってくる。
「これは……迷うな」
「最初に出る感想それ?」
「だって道多すぎるだろ」
セラは呆れながらも、楽しそうに辺りを見回している。
レグはというと。
動かない。
「レグ?」
呼んでも反応がない。
視線の先を見る。
屋台。
肉を焼いている。
「……」
「ハヤト」
「言わなくていい」
「いいにおい」
「知ってる」
「おなかすいた」
「知ってた」
「まだ言ってない」
「顔で分かった」
旅を終えて王都へ着いた最初の言葉が、それか。
セラが吹き出す。
「でも、お昼もまだだし」
「セラ?」
「せっかく王都に来たんだから、何か食べてもいいんじゃない?」
レグの顔が一気に明るくなる。
「セラ、すき」
「ちょっと待て。俺のときと態度違わない?」
「セラ、やさしい」
「俺だって干し肉何枚やったと思ってるんだ」
「ハヤトもすき」
「ついでみたいに言うな」
三人で笑いながら、大通りを歩き出す。
まずは飯。
それから宿。
そして――治癒術院。
ようやく着いた。
王都。
ここから、俺たちの新しい生活が始まる。




